終章 われらの海
終章 われらの海
マルタ攻略から、ひと月ほどが経った。
イタリア王国首相ベニト・ムッソリーニは、首都ヴァレッタの総督府を視察していた。
ついでに功労者の表彰もしようということらしい。
総督府宮殿の広間にて、次々と勲章が授与されていく。
今や公然の存在になった、海軍航空隊の関係者も例外ではない。
マリーニ大佐も胸を飾られて、その手を熱く握られている。
遣伊将校の日本人ふたりも、同様だった。
加藤中佐の次は、伊東少佐の番である。
「ご苦労だった。感謝している」
「光栄です。ドゥーチェ」
ムッソリーニの手は強く、そしてぶあつい感じがした。
それを握り返すと、ドゥーチェが少し表情を変える。
「きみは――地中海に来たことがあるかね?」
「ええ。二十年ほど前にも、一度」
「……そうか」
会話はそれだけだった。
ムッソリーニは熱っぽい顔を取り戻して、次の功労者を呼んだ。
列に戻った伊東に、加藤が耳打ちする。
「伊東、ドゥーチェとなにを話してたんだ?」
「前にも来たことがあるかって聞かれました」
「へえ」
「あの人、なんか見たことある気がするんですよね」
「そりゃそうだろう。イタリアのいちばんえらい人だぞ」
「いや、そういうことではなくて」
「なるほどね」
「なにがです」
「伊東元帥は総統ともお近づきってことなんだな」
「……加藤司令は、これからさらに忙しくなるんですからね」
厭そうな顔をする加藤を無視して、伊東は自らの手を見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
一九一七年、地中海のことである。
気づいたときには、全身ずぶ濡れで短艇に寝かされていた。
たしか自分は、迫撃砲の騰発事故により負傷、後送されていたはずだ。
傷病人輸送船「スペランツァ」のベッドで寝ていると、外が慌ただしくなっていた。
雷跡、魚雷、などの単語が聞こえたが、どうにも身体が動かなかった。
しばらくすると、衝撃と爆発があった。
船は急速に傾いて、寝台から投げ出された。
激痛に苛まれながら意識を失って、今ここで洋上にひとり揺れていた。
短艇に救助されたのは幸運だったが、そこから身体が動かない。
寄木細工のような駆逐艦が、溺者を何人もすくいあげている。
ここにいるぞ、助けてくれ、そう叫ぼうにも喉から声が出なかった。
だが駆逐艦の甲板にいる青年が、こちらに気がついた。
東洋人らしい。
縄を下ろしてくれるものの、それを掴む力が出ない。
彼は士官候補生のようだった。
そして、なにやら叫んでいる。
下士官の制止を振りきって、縄を伝って降りてきた。
救助者はまず自身の安全を確保するのが、海難救助の鉄則である。
そうでなければ、救える者も救えなくなる、あるいは要救助者が増えるからだ。
それを理解していても――理解していたからこそ、彼が降りてきたことに安堵した。
士官候補生の青年は、小柄ながら力強い印象があった。
彼は手を握って引き寄せながら、わたしの身体を抱きかかえた。
なぜ来てくれたんだ。か細い声が、喉からこぼれた。
「あなたがたの海を、取り戻すためです」
彼は拙いイタリア語で、そのように答えてくれた。
それはわたしの問いを誤解したのだろうが、妙に肚に落ちる言葉だった。
「われらの海、か」
口の中で呟くと、ヴェロ・エレティコは再び深い眠りに就いた。
のちにイタリア王国の首相として、われらの海を手にすることを夢に見て。
そういうわけで「地中海の海鷲 マルタ島奇襲作戦」でした。
11万5000字を書ききるというのは初めての試みでしたが、なんとか着地できたことを嬉しく思います。
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
せっかくなので、というのもおかしいですが、今しばらく自作語りをお許しください。
さて、このボリューム感で書いたのも初めてなら、架空戦記を書いたのも初めてのことでした。
しかし架空戦記を書くぞ、といって架空戦記らしい架空戦記を書くと、架空戦記を読んだことのない人にはなんのこっちゃ、となる部分があまりにも多い。架空戦記というのは、そういうジャンルなのですね。
なので架空戦記らしい架空戦記というよりも歴史小説、あるいは大河小説とでもいうべきところを目指して書いてみました。目指したものになっているかはわかりませんが、後世の歴史家や伝わっている通説なんかをでっちあげていくのは、とても楽しい手法でした。またやりたいですね。
それで、いつか書いてみたいと思っていたおはなしが、今作の「イタリアがもうちょっとがんばっていたら」というやつです。
史実におけるイタリアは、正直あまりいいところがありません。わたしはそれを、やらなくていいことをやったために、やらなければいけないことができなくなった、という印象を強く受けました。
やらなくていいことをやらせないために、思いついたのはイタリアの空母計画でした。史実において、イタリアの空母は未成のまま終戦を迎えています。これをなんとか前倒しにすることでバタフライ・エフェクトを起こしていこう――というのが本作です。
おはなしのはじまりを一九三五年としたのは、四~五年もあれば航空隊の体裁くらいはできるだろう、という安直な考えでした。
まさか史実のイタリアが、ここから第二次世界大戦の参戦まで数度の対外戦争をしているなどと思わず、想定以上の章と文字数を費やすことになりました。
冗長になることは避けるよう努めましたが、複数のイベント(とあえて称しますが)を経ることで加藤と伊東、そしてかれらの航空隊が成長していく姿を描けていたらいいなあ、と思います。
本作は自称「痛快架空戦記」でありまして、その心は、加藤航空隊にせよ「綾鷹丸」にせよ、法や制度の穴を脱けるようなところにあります。
ただ第六章、本作の山場にして核心であるマルタ奇襲作戦においては、加藤や伊東、マリーニ、航空隊もまじめに戦争をすることになります。
ほんものの戦争の前にはかれらもまじめにやるしかない、ということではあるのですが、どうにも第五章までの空気感とあわない。
そこでいい味を出してくれたのが、対するイギリス勢でした。
特にプレストン大尉と軍曹のコンビは、とてもお気に入りです。かれらはプロット時点では存在せず、単にマルタの苦境と慌てふためく防御陣地の代表として出しただけだったのですが――結果はご高覧の通りです。書いていて、めちゃめちゃ楽しかったですね。
そんな本作ですが、終戦まで持っていくには全三部作くらいが必要かなと見込んでおり、この「マルタ奇襲作戦」は第一部にあたる位置づけです。
続きが書けるかどうか、書くかどうかも含めて未定なので、ここでいったん完結といたします。
ただまあ、本作の世界線ですと、たとえばドイツはリソースを地中海やアフリカに割く必要がなくなります。すると史実以上にドイツはヨーロッパ、あるいは東部戦線において優勢を維持できる可能性がある。
それがソ連の動向を変容させれば、今度は極東方面へも影響が現れるはずです。また、フランスを脱出した艦隊が仏領インドシナへ到着すれば、東南アジアの軍事均衡を傾けるでしょう。そしてこれらは、大日本帝国の身の振りかたをも変えていく要因になる。
――などと、なかなか書きごたえがありそうなおはなしの土台ができているので、書けるもんなら書いてみたいとは思っています。
なお、本作を書くにあたり複数の本や資料、ウェブサイトを参考にいたしました。作中における解釈、あるいは誤りについては、わたしに責があるものです。
また、作中には複数の歴史上の人物が登場します。かれらの言動は作中における演出であり、名誉を貶めたり社会通念上の評価を変更したり、作者の意見を代弁するものではありません。とりわけファシズム、ファシストを美化し正当化する意図は全くございませんのでご理解くださいませ。
ご高覧ありがとうございました。
またぜひ、どこかでお付き合いいただければ幸甚です




