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大谷どん吉の超・ソウサク記   作者: 御王礼
アナザーエピソード②『人生のトライアウト』
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アナザーエピソード②『人生のトライアウト』

 ――大谷どん吉と別れてから数日が経った。


 オレ、不良リョースケの目元には、いつの間にか深い隈が刻まれていた。

 当然、学校へ向かう気力も湧かず、不登校となったオレは、緑色の地味なジャージ姿で自室のベッドに横たわる、引きこもりの日々を送っていた。


「あの~今日の飯代、ここに置いとくから……」


 母親が亡くなって以来、親戚の家で暮らすオレは歓迎されるはずもなく、基本的に食事代として現金を渡されるだけの関係だった。

 叔母は五千円札を封筒に入れ、オレが立てこもる部屋のドアの前に置く。


「あと、別に学校行かなくてもいいけど……犯罪だけはやめてよ。仕方なく養ってあげているって事を肝に銘じてね!」


「あっ、はい……ありがとうございます」


 いつも通り、ドア越しに気のない返事をする。


 超能力を失ってから、学校での一件を叔母に話した結果、しばらくは休んでいいという話でまとまっていた。

 社会的な体面を気にする叔母にとって、オレが学校で問題を起こし、その責任が自分に降りかかることこそが恐怖だったのだ。


 ――ガチャン!


 玄関が閉まる音が響く。 叔母はいつも通り、アルバイト先へ向かったのだろう。


「………クッ!」


 ……やっぱり生きるって、厳しいわ。オレには何もないねん!母ちゃん‼️


 亡き母の言葉を思い出すと、先の見えない未来への不安ばかりが募り、自暴自棄に陥りそうになる。

 オレは仰向けになると、込み上げる涙をこらえるように、両手で強く額を押さえて体を縮こませた。

 特段、夢や目標があるわけではない。将来を考えるだけでストレスが溜まることに気づいてからは、気晴らしにスマホを片手にネットサーフィンをすることが日課になっていた。


「――チェッ!飽きたな。ゲームやろっと!」


 スマートフォンの画面に流れてきた、とあるテレビ番組の切り抜き動画。

 偉そうに語る赤髪で鼻ピアスをしたバスケットボール選手が目に入り、気分を害したオレは舌打ちをした。

 スマホをベッドに放り投げ、次はオンラインゲームを始めようと、いつものように机の引き出しからヘッドホンを取り出す。

 学校から支給されたノートパソコンを開き、ゲームの準備に取り掛かった。


 *******


『――有難うございました。またのお越しをお待ちしております』


 黄昏時、セルフレジから女性の合成音声が流れた。

 叔母から渡された金のうち、手元に残った二千円札を握りしめ、オレは近所のコンビニに来ていた。天然水と牛丼を購入して店を出た、その時だった。


「――んっ⁉」


 コンビニの目の前には、都内では珍しいストリートバスケ用のコートを備えた公園がある。そこで一人の男性が、突如としてふらつき、地面に倒れ込むのが見えた。


「――だ、大丈夫ですか?」


 オレはとっさに駆け寄り、倒れた男性に肩を貸そうと手を差し伸べた。


「ああ、すまないね。僕は大丈夫だよ!いつもの事さ――」


 男性はオレの存在に気づくと、ゆっくりと自力で立ち上がった。

 身長は一六〇センチほどと小柄で、タンクトップ、ショートパンツ、バッシュに至るまで、全身を赤で統一している。

 頭は丸刈りで、髪の色も赤かった。 彼の足元には、先ほどまで使っていたであろうバスケットボールが転がっている。


「いつものことって……ん?あんた、まさか!バスケ選手の………」


 オレは昼間、スマホで見て不快感を覚えた赤髪鼻ピアスの選手を思い出していた。

 バスケットボールに詳しいわけではないが、彼のことはSNSのニュースで見聞きした記憶がある。

 今年で四十歳を超えながらも現役復帰を表明した田所ススムが、明後日に行われる国内プロチームの合同トライアウトに参加するという報道だった。


「おお、俺のファンか!いつも応援ありがとう。ごめんね、今日はサインできない。でも、その代わりに明後日、プロに戻るから!」


 オレを自身のファンだと勝手に思い込んだ田所ススムは、自慢の白い歯を見せつけて笑い、転がったボールを拾いに行こうとする。


「あの、オレが言うのもなんですけど……まだ、夢見てどうするんですか?人間、老いには勝てませんよ」


 皮肉を込めて、世間の多くの人が抱いているであろう感想を、鼻で笑いながら彼にぶつけた。


「――ハハハハッ!うん、まさに君の言う通りだよ。いいね、もっと言って!俺、君みたいな人を見るとゾクゾクする‼」


 手を叩いて爆笑する田所は、意外にもオレの言葉に興奮している様子だった。


「…………はぁ⁉」


 予想外の反応に、オレは首を傾げ、呆然と立ち尽くす。


「よかったら今度のトライアウトのチケットあげるから見に来てよ!来たら間違いなく、君の心臓を揺さぶってみせるから!」


 田所はポケットから観戦チケットを一枚取り出し、オレに手渡してきた。


「――えっ、あの!ちょっと‼」


 街頭でのティッシュ配りよろしく、思わずチケットを受け取ってしまった。

 無論、すぐに返そうと声をかけたが、田所はすでに背を向けて走り出し、ボールを拾って再び練習に打ち込んでいる。オレの声は届かなかった。


 ――よくもまあ、無謀なことをする人もいるんだな。


 仕方なくチケットをしまい、オレはその日は彼を放っておくことにした。


「……ハアッハアッア‼ハアッ‼」


 ハードな練習で自らを追い込み、息を切らす田所の荒い呼吸を背中で聞きながら、オレは帰路についた。


 *******


 せっかくチケットをもらったのだからと、オレは自宅からほど近い「大東京都津島アリーナ」に足を運んでいた。会場に入り、一人で席に腰掛ける。

 当然ながら、周囲の観客は目視で数えられる程度しかいない。最大五千人を収容できる体育館だというのに、世間の関心は決して高くないようだった。


「おい、兄ちゃん。誰を見に来たんだ?」


 周りが年配のコアなファンばかりの中、若い学生のオレが珍しかったのだろう。

 ボロボロになった京都の「ハンナカーズ」の帽子を被った白髪の老人が、隣の席に座って話しかけてきた。


「……た、田所?」


 うろ覚えだった名前を思い出し、咄嗟に答える。


「へぇ~、田所くんね。いいセンスしてるよ。彼は、若い頃は凄かったんだよ。日本代表にも入ってさ!」


 かつて田所がスター選手だったことを、オレはこの老人から初めて知った。


「でもね、試合を見たら分かると思うけれど彼はもう年だ。走れる体力はないし、パワーも衰えている。今日は彼の最後の勇姿を見届けよう」


「は、はい……」


 どちらかと言えば人見知りのオレは、内心、この老人と試合観戦をするのが苦痛だった。すぐにでも家に帰りたい。

 だが、もともと暇つぶしで来たのだ。試合が始まるまでは、しばらく我慢することにした。


 *******


 試合が始まると、やはり一度は戦力外通告を受けた選手たちの集まりだからか、素人目にも分かるような凡戦が続いていた。


「はあ~」


 初めてのバスケ観戦は退屈で、オレは欠伸を噛み殺しながら眠気と戦っていた。気づけば、試合は終盤の第四クォーターに突入している。


『――選手の交代をお知らせします。菅井選手に変わりまして背番号一〇番、田所ススム選手が入ります!』


 ぱっとしない会場の雰囲気を吹き飛ばそうとでもするかのように、男性アナウンサーが張りのある声でコールした。

 観客は依然として少ないものの、温かい拍手が彼を迎え入れる。


「おい、兄ちゃん起きろ!田所くんが入るぞ‼️」


「――えっ⁉」


 片目が閉じかけていたオレは、ハンナカーズの帽子を被った老人に肩を叩かれ、目を覚ました。


 ――さあ、見せてくれよ。


 この時すでに、バスケ素人のオレは、コートに入った田所に魅せられていた。

 長年のファンでも何でもなく、つい先日まで鼻で笑っていた相手だというのに――なぜだか無性に、彼を心の底から応援したくなっていた。

 自分でも理由は分からない。ただ、年齢に抗い、ひたむきにボールを追う彼の姿を見ていると、手を叩いて「頑張れ!」と叫びたくなった。


「――あと、三〇秒!このワンプレーに彼は全てを懸けるぜ‼️」


 会場の電光掲示板を見つめ、老人は両手を固く握り、息を呑んだ。


 ――ピッ‼️


「――オフェンスファウル。赤、一〇番‼️」


 レフェリーが、田所のファウルを告げた。


「ああ、終わったな……」

「――もう、全盛期じゃないもんな」

「ハハハッ、老害やん!」


 試合前のメディアでの大言壮語もあってか、一部のアンチらしき観客から野次が飛ぶ。

 結局、気合が空回りした田所はファウルを連発し、終盤にもかかわらず途中交代を命じられてしまった。


「……へへッ‼️」


 しかし、ベンチに戻った田所は、すぐに自身のバッグからノートを取り出し、何かを書き込みながら頷き、薄ら笑いを浮かべていた。


 まるで、まだまだやれるという手応えを感じているかのような表情だった。

 傍から見れば、まったく活躍できなかった不甲斐ない結果に過ぎない。


「――っ、ハハッ!」


 だが、オレの頬には、わけも分からず涙が伝っていた。

 さらに、自然と笑みがこぼれ、らしくもなく立ち上がって拍手を送っていた。

 不覚にも、四十歳を過ぎ、誰もが「無理だ」と嘲笑する中で、真剣にバスケと向き合う田所の姿に、オレは心を揺さぶられていたのだ。


 そこにはきっと、試合の結果を超えた感動があった。

 この日、オレは初めて知った。

 たとえ超能力がなくても、人間はたった一人の心を奮わせることができるのだと。


 今なら、大谷どん吉が超能力者だったオレを逮捕せず、見逃してくれた理由が少しだけ分かる気がする。


 おそらく彼は、超能力の有無にかかわらず、どんなに失敗を重ねた人間にも底知れぬ力や可能性があることを知っていたのだろう。


 超能力を失った今、正直に言って、明確な夢や目標があるわけではない。

 けれど、決心はついた。


 ――どんなに絶望的な状況でも、思わぬ形で誰かを勇気づけることだってある。


 ならばオレは、母が言っていたように、生きている限りやれることを必死にやり、無理矢理にでも前を向いて生きていきたい。


 別に、完璧な超能力者になれなくたっていい。

 そう心に決め、オレは今、未来へ続く小さな第一歩を模索し始めていた。


次からは第三章へ入ります!よろしくお願い致します。

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