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私と先輩の出会い


 私は昔から、先輩を食べてしまいたいと思っていた。

 食べてしまえば先輩は私の一部になる。

 そしたらこれほどの執着で囚われ続ける事もないのに、と。



 私が先輩を初めて認識したのは、中学一年生の春だ。

 新しい学校、新しいクラス、新しい制服。

 何もかも慣れなくて、私は馴染みがある『本』のある図書館に向かった。

 図書館は小学校も中学校も何も変わらず、古い紙の匂いに包まれていて、心底落ち着いた。

 

 そこの壁に貼られていた読書感想文に私は目を奪われた。

 まだあの頃そんなに普及していなかった……原稿用紙にデジタルの文字がプリントされた状態で読書感想文が張ってあった。

 他のはすべて手書きだ。

 真四角のマスの中、真ん中に小さく、迷い無く座る活字に私の目は吸い寄せられた。

 でも心のどこかで疑っていたのだ、だってわざわざプリントアウト?

 字が汚いのかな? それとも意識高い系? 少しバカにしていたのは否めない。

 でも読み進めるうちに、私は文字に吸い込まれていった。

 その本は有名な本で、私は何度も読んだことがあった。


 でも『こんな話では無かった』。

 そして『反対側から見たらこんな話なのかもしれない』と思った。


 読書感想文の皮を被った、ひとつの完成した物語。

 私はプリントアウトされた味気ない先輩の名前に触れた。

 キンと冷たい紙、指先に伝わる感触を今も覚えている。




 春の温かさはまだ遠い、うすら寒く誰もいない図書館で私は先輩の文章に触れた。




 私は先輩が何者なのか調べた。

 そして一つ上の女の人で、2年3組だということを知った。

 直後に行われた委員会挨拶で図書委員だという事も。


 図書館のHPに『オススメ本コラム』というページがあり、そこで先輩が紹介している本をすべてチェックした。

 私も本が好きで、先輩と同じ本の9割は読んでいた。

 でも先輩が紹介すると別の顔を見せるので、再読した。

 先輩はいつも本の中で立ち位置が違う。主人公の反対側だったり、完全に俯瞰だったり、あとがきを読んでから中に入ったり。

 毎回読んでから先輩がどういう思考で本を読んだのか追う。

 理解できない時は「先輩は何を思ってあの感想を書いたのか」を考え続ける。

 それは単純に本を読む行為ではない、物語を通して、私は先輩という人を知ろうと思ったし、形を作り出そうとした。

 

 文字で人を作り出すという執着を開始しながら、私は先輩に半年以上接触しなかった。

 先輩は家が遠いようで、朝は居ないと知ったので、基本的に図書館には朝以外近寄らないようにした。

 それに近づいても何も話せない、私の中に先輩と話せるストックがないと知っていたからだ。


 会話というのは、同じ知能を持っていないと成立しない。

 私が話をしても、宇宙人に伝わらないように。

 同じ武器を持っていないと会話にならないのだ。

 先輩に「こんにちわ」と言われて「にゃー」と返すわけにいかない。


 私はまず人間になる。

 

 読んで読んで、たぶん先輩が読んだ本は全て読んで『私の中に先輩の思考をインストールして』やっと私は書けそうだと思った。

 それは絵を。 

 昔から物語を読み、それを絵にすることが好きだった。

 小説の挿絵みたいな感じで、印象的だったものを絵に書き起こすのが好きだった。

 家族の話を読んで抽象画を書いたこともあるし、ファンタジーを読んで想像上の人物を書くこともあった。

 ずっと先輩の話の絵を書きたかったけど、なんだか定まらなくて苦しかった。

 でも自分の中で何かが満ちたのを感じた。


 絵にして落とすことは、私にとって『最大の理解』なのだ。


 先輩は一年生の夏休みの自由研究で小説を書いていた。

 私がまだ小6で、先輩の欠片も味わって無い頃に書かれた文章。

 私はそれを発見した時に、図書館に床に転がって喜んだ。

 先輩の世界、先輩の文字、先輩が詰まっているに違いない。

 あまりに興奮したので、とりあえず先輩が読んだ本をすべて読んでから、絵にするならこの本と取っておいたのだ。


 そしてその日は訪れた。


 季節はもう秋で、図書館は人が多くて落ち着かなかった。

 だから朝一番、書庫の鍵を借りて、椅子を一つ持って座った。

 そして背筋を伸ばして、読み始めた。

 貪るように読んだ。それは普遍的なファンタジーだったのに、先輩は文章の中でどうしようもなく『真実を隠していた』。

 私の知らない恐ろしい先輩の執着がそこにあるのに、表面には全く現れてない。見えない、見せない、先輩は心を見せない。

 暴きたくて知りたくて、でも最後まで物語は普通にハッピーエンドを迎えて、私は膝を抱えて泣いた。

 『先輩には大きな秘密がある』

 そして先輩はそれを誰にも絶対にいうつもりはない。

 どれほど近づいても先輩の中に入れそうにない。

 どうしようもなく無力を感じて、泣きはらして、気が狂ったみたいに絵を書いた。


 私は美術部に入っていた。

 そして先輩の小説を読んで浮かんだイメージを荒ぶるままに書いた絵が、県の優秀賞に選ばれた。

 これもまた私の気持ちを苛立たせた。

 他にも沢山絵を書いたのに、出展したのに、選ばれたのは先輩の本を読んで気が狂った絵だ。

 めちゃくちゃ絶賛されて「天才」とか言われたけど、それは全て先輩の話に対してなのだ。

 私は持ち帰ったその絵を、即捨てた。



 お前らは先輩の話も知らないくせに、絵だけ褒めるなんて頭悪いのかよ。



 その数日後……冬のとても寒い日だった。

 前日から雪予報で、私はマフラーでぐるぐる巻きにした状態で帰ろうと昇降口に向かった。

 二年生の昇降口前、真っ黒で大きな傘を持った人が立っていた。

 先輩だ。

 気が付いたので、私はマフラーで顔を隠して、そそくさと離れた。


「ねえ、ちょっと」


 心臓が飛び出しそうなほど驚いた。

 先輩が私を見ていて、話しかけていた。

 先輩の視界に私が入っていて、私の視界に先輩が入っていた。

 こんなに近くで先輩を見たのは初めてだった。

 先輩の肌はキメ細やかで、きっと化粧なんてしてないのに唇は艶々していた。

 そしてふわりと木苺のような甘酸っぱい匂いがする。

 私は身体中に走りまわる心臓の音が、先輩に聞こえて無い事を祈る。

 先輩は艶々とした唇を開いて、言葉を出した。


「……美術展の絵、描いたの、君?」


 私は静かに頷いてた。

 先輩はふわりとほほ笑み


「君のこと、気になるから友達になってよ」


 先輩は私に向かって手を差し出した。


 へえ、宣戦布告じゃん。


 なんだろう、私はそう思ったんだ。


 でも吐くほど天に上るほど、今すぐ死ぬほど、嬉しかった。

 先輩の視界に私が居る。

 私は死ぬほど先輩を知ってるけど、先輩私を知りませんよね?

 私は手袋を取って、差し出された先輩の手を握った。

 びっくりするくらい冷たくて、長く私を待っていた事を知った。




 喰ってやる。





 静かにふり始めた雪を感じながら思った。


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