エピローグ
―― エピローグ ――
ブライアンの悪行はあっというまにヴァレナへ広がり、捕らわれていた子供たちも家族の元へと帰って行った。
隠れる必要もなくなったから、マユラはライと一緒にモンスター・カウンセラーの事務所へと戻ってくる。無機質な灰色の階段を上った二階の扉を開いて中に入れば、整理された一室が姿を見せた。
無駄なものがなく愛想のない部屋だが、懐かしさを覚えて、マユラは自然と笑顔になった。
「さーて、久しぶりの我が家はいいものですね」
後ろからついてきたライが、じっと事務所を見つめて、マユラを見上げる。
「ここがマユねーちゃの家?」
リリィの屋敷に世話になって、ライも我が家という存在を意識したのだろう。あどけない問いかけに、マユラもにっこりと答えた。
「そうなりますね」
ライは部屋の中に入って、ソファへと飛び乗った。ふわふわな感触を楽しむように、手でソファを押しはじめた。
マユラが荷物を降ろして一息つこうとした時に、ライが振り返る。
「それから、クリスにーちゃの家?」
続いた問いかけに、マユラは少しだけ考える。だけど、肯定以外の返事が思い浮かばない。
「……そう、なるんですよね、まあ、はい」
ぐるりと部屋を見まわした。ここは、クリスファーとマユラの家。居場所だ。ここからすべてが始まった。
感慨深さに浸る暇もなく、来客用のベルが鳴る。
扉を開けた先には、上品なドレス姿のリリィが立っている。
「クリスファーさんはどうされたのですか?」
おっとりと首をかしげたリリィに、マユラは曖昧に微笑んだ。
「ん、なんか用事があるとかで、後から来るみたいですよ」
「まあ、そうなのですね。ハデスさんも忙しいみたいですわ。自然公園の開発が見直されて、なくなるかもしれないとのことで、エギュトさんと一緒に、色々とお仕事があるようです」
「ふうん。そうなんですか」
自然公園の開発について、ブライアンが裏で強引に進めようとしていたらしい。理由は地下道の存在で、自然公園の上に病院を造れば、今よりずっと簡単にモンスターの子供をヴァレナの外へと運べるからだ。
そうした事情が表立ちになり、自然公園の病院開発について考え直されることになった。これから、モンスターを交えて、話し合っていくのだろう。
モンスタークラブのリーダーのエギュトは相当な忙しさらしい。
「まあ、リリィさんも座ってください。お茶を入れますね」
「ありがとうございますね、マユラ先生」
リリィはライの向かいへ座った。マユラは薬缶を火にかけて、茶葉を用意する。ちょうど湯が沸いて火を止めた所で、扉が開いた。
姿を現したのは、外出用のコートを見につけたクリスファーだ。
「やあやあ諸君、待たせたね」
上機嫌に言うと、彼は仮面をはずして部屋に入ってくる。
それからマユラに目を向け、片目を閉じて苦笑した。
「マユラ、君に嘘をついていたんだ。先に謝っておく」
目を瞬くマユラが質問するよりも先に、クリスファーの背後から誰かが現れた。金髪の女性はソファに座るライを見つけて、一直線に向かってくる。
ライもまた目を丸くしたまま、彼女の胸に飛び込んだ。
「マーマ!」
金髪の女性は、いつか見た依頼人で、ライの母親だった。
彼女は膝をつくと、温もりを確かめるようにライの体を抱き締めた。
「そばにいてあげられなくて、ごめんなさい」
それきり、二人は言葉もなくただお互いの温もりを確かめ合っていた。
虚を突かれたまま、マユラはクリスファーへ目をやる。
「どういうことですか、クリスファーさん?」
クリスファーは得意気に話してくれた。
「劇場に避難してから何日か後にね、彼女とはたまたまあったんだよ。それで彼女から雷獣の弾丸を託されたんだ。それだけだよ」
「ライくんのお母さんの居場所を、知っていたんですね」
「まあね。でも敵の存在までは教えてくれなかったんだ。信じてもらえないだろうし、そこまで巻き込みたくなかったのだと、言っていたよ」
十分巻き込まれていたので、余計な気遣いかもしれないと思いながら、しかしマユラは母子の再会を前にして、皮肉を口にする気にはなれなかった。
「よかったですわ!」
リリィが花の咲くような微笑みで、そっと手を組んだ。
純粋に喜ぶ彼女を見ていると、マユラもそんな気になってくる。
「まあ、今回は不問にしますよ」
クリスファーへとそっと囁く。彼は当然というように不敵な笑みを浮かべて、とっても嬉しそうにマユラへと言った。
「父の許可が出たんだ。これからも、モンスター・カウンセラーを続けていいと」
コルターに見つかったので、もしかすると、モンスター・カウンセラーは今までのように続けられない可能性も考えていたが、杞憂だったらしい。
マユラとしても喜ばしいことだ。
「これからも、よろしくお願いしますね」
差し出したマユラの右手を、クリスファーはがっちりと右手で握った。
悪魔の少年と、行く当てのない少女の出会いから始まったモンスター・カウンセラーは、エクソシストの少年と異世界の少女によって、ふたたび始まる。