5
映画まではまだ時間があるし、先に腹ごしらえしようとランチになったのだが、ショッピングモールの入り口に入った途端、狙いすましたかのように奈都だけアンケート調査の女性につかまった。時間も取らないということなのでしっかりアンケートに答えて、理世たちの元へと戻るところで、今度はお年寄りに食品売り場の場所を聞かれて道順を教える。
奈都にとってはいつものことなのだが、今日は人といるので、奇異な目で見られていないかとびくびくする。
「奈都さんって、なんか雰囲気が優しいから話しかけやすいもんね。この間も駅前で謎の宗教に勧誘されてたし。三回も。全部わたしが撃退してやったけど」
ひそ、と理世が彼らに耳打ちすると、亮太がなんかわかると、うんうんうなずいていた。
(全部聞こえてますよ、若者たちよ)
お年寄りに感謝を伝えられて、いえいえと返しながら、奈都は肩で深い息を吐いた。
特定の人にはよく話しかけられるが、本当にナンパみたいなことは一度もない。つまりは奈都の見てくれが、気弱そうだとか、押しが弱そうだとか、そういうことなのだと思っている。
見た目だけは極端にいい優一と一緒にいても、女性たちから嫉妬の目を向けられたこともない。人畜無害すぎて風景と同化しているのかもしれない。それはそれで切なくもある。
そして気を取り直して、ランチ。
ビュッフェ形式で、レディーファーストということで奈都と理世が先に料理を取りに立った。理世が木製の皿に、これでもかと料理を片っ端から盛りつける。この細い体のどこにそんな量が入るのだろうかと疑問に思いながら、奈都は野菜中心に食べたいものだけを一口ずつ綺麗に盛りつけた。芸術性を重んじて、最後にエディブルフラワーを添えて。
しかし男ふたりも理世と同じよう山盛り状態の皿を持って帰って来たせいで、奈都の皿はこのテーブル上では少数派、異質な存在と成り果ててしまった。おかしい。
嬉々として大盛りに挑もうとした亮太は、奈都のちまちました皿をしばし放心した様子で眺めて、本心をぽろり。
「え、そんだけ……?」
彼の目に憐れみが含まれているのはなぜなのだろう。
「もしかして……ダイエット中?」
「ちょっと亮太! 女性にそんなこと聞くの失礼でしょう!」
理世が烈火のごとく叱るので亮太はしゅんとしながら謝罪してきた。
「ごめんなさい……」
「いや、それは全然。気にしてないから、気にしないで? でも減量してるわけではないよ。食べすぎて眠くなると困るから、ちょっと少なめにしただけで」
せっかく映画を観に来たのに、お腹いっぱいで寝落ちはきつい。
奈都としては太っているつもりはないが、痩せているわけでもない。いかにも普通の中肉中背。だけどわりと筋肉のつきやすい体質ではあるので、そのあたりは気をつけている。
「足りなかったらまた後で取りに行くから大丈夫」
気にしてないと微笑むと、亮太は失言のお詫びのつもりなのか、奈都の方へとそっと、まるで献上するように杏仁豆腐をひとつくれた。あまいものは取ってきていなかったので、ありがたく受け取っておく。
その仰々しいやり取りを黙って眺めていた純誠が、思わずといった感じにふっと笑ったのに気づき、奈都は小首を傾げて隣を見た。
「いや。おかしくて」
その亮太はというと、すっかり気を取り直した様子で、いつの間にか仲直りした理世と楽しそうに食べ比べをし合っている。本当にお似合いで見ていてほっこりとする。
しかし彼らがそうなってくると、邪魔するわけにもいかず、奈都は純誠を相手にしなければならないわけで。
正直な話、どんな話をすればいいのかよくわからなかった。
お見合いみたいに、ご趣味は? と聞くのもありだろうが、同じ質問を返されると色々と困る。ひと言口にしたが最後、ユアステ愛を語る情熱は止まらないだろう……。
なので遠い目をしていた奈都はちょっと考えてから、今さらな話をふってみた。
「あの、本当に、彼女いないんですか?」
「いないですね。仕事以外で女性と食事をしたのも久しぶりなくらいです」
(めちゃくちゃモテそうなのに)
こんな優良物件を放っておくなんて、世の女性たちはなにをしているのか。奈都のように恋愛休業中なのだろうか。
それとも、彼の理想が高すぎるのか。それは難儀なことだ。毎日理世を見ていたら女性に対しての美の基準がおかしくなるのも、わからなくはない。
「俺よりも。あなたは彼氏がいるのに、よかったんですか?」
奈都は手を止め、純誠の方に顔を向けた。
笑っているのに、ほんの少しだけ、咎めるような響きを感じ取った。彼氏がいるのにほかの男と出かけるのは、世間から見たらよろしくないことだろう。だが奈都の恋人(偽物だが)は、あの優一だ。世間一般の常識からは、かなりずれている。たとえ本当に付き合っていたとしても、行動を束縛したりはしないだろう。対人関係に関してはそういう淡白な人だ。
「ちゃんと了承を得ているから大丈夫です」
純誠はふと怪訝そうに眉根を寄せた。
「ケンカしていたんじゃ?」
(おっと。その設定、忘れてた)
言い訳を考える余裕はなかったので、察してくださいとばかりの微笑みを見せるに留めた。あとは勝手に解釈してくれると助かるのだが。
「……よほど、うまくいってないんですね」
作戦通り、嫉妬されないほどに関係がこじれていると判断したようだ。後はそれに合わせればいい。そしてあえてこちらから語る必要もない。
気まずくなりかけたところで理世たちが話しに加わり、無難な話に流れていった。
予定通りに映画(理世の好みで選んだので洋画のロマンスものだった)を観て、感動冷めやらぬまま、ふと、隣にあったゲームセンターを目にした瞬間、奈都の鼓動は大きく跳ねた。不整脈ぐらい、ばくん! と。
だって。
みのりんがいた。
彼女たちが。
愛してやまない彼女たちの姿が、そこにあった。
奈都が凝視しているのは、アニメとコラボしたゲームセンターのキャンペーンポスター。
新しい衣装で微笑む彼女たちの、なんと愛らしいことか。
そして液晶画面で次々とプライズ品の宣伝が!
しかも五百円投入ごとにストラップがもらえる!
(ちょちょちょ、ちょっと待って。今日って、何日だった……!?)
混乱する頭の底から今日の日付を引っ張り出してきて、パニックになった。キャンペーン開始はまさに、今日からだった。
ぴたりと足を止めてしまった奈都を心配して理世が顔をのぞきこんできた。
「奈都さん?」
「あ、いや……」
冷や汗が背中を伝うのを感じた。目的を知られたら、それはもう奈都のオタク(認めていない)がバレるわけで。
しかし、来店だけでポストカードがもらえるのだ。なくなり次第終了なのだ。
(ほしいほしいほしいほしいほしい!)
欲望のまま突き進むか。
リスクを回避して後日また足を運ぶか。
葛藤する奈都に、ここで救いの神が。
亮太が本当になにげなく言った。
「あ、ゲーセン寄ってく?」
「寄ってく!!」
奈都は食い気味に、そして拳を握って同意した。
最後に愛は勝った!
運が奈都に味方した瞬間だった。
最推しの誘惑に負けた、三十歳