この世界には勇者がいるらしい?
「オリバーさんは、警戒心がなさすぎます」
「はい…」
なんで私はお説教から入ってるんだ…。
「基礎体力や足場が悪いところでの移動、魔法の技術は目を見張るところがありますが、簡単に心を許すその気楽さは、旅人としてはかなり危険です」
「…はい」
ぺたんとお尻をつけてうなだれる。牧場の隅っこ、そんな使われてない場所を借りて簡単な講義をすることにはなったが(ありがとうございます)、最初の授業でお説教とは情けない。
しかも、今の私の見た目ってばちこり大人なんよな、センスいい服着てる。
俯いた私を見て虐められていると思ったのか、ゆきうさが私の膝にぽふんぽふんとすり寄ったり、お説教してるボルカにぽこぽこと緑の耳で殴ったりしている。なお、元がクッションなのでダメージはゼロ。
赤くて透明なガラス玉のような瞳がパチパチするのは可愛いけど、お説教の雰囲気が緩くなっちゃうから「ちょっとごめんね」とメルがどける。
「オリバーさん、貴方は『勇者様』とは違うんですから、絶対的な加護があるわけじゃないでしょう」
「勇者様?」
「あんたほんとに興味ないことには興味なさすぎでしょ」
「ほらジャックに言われちゃおしまいだよ」
「おいどういう意味だ」とか小競り合いを始める彼らを尻目に、ボルカは説明を続ける。
「異世界から召喚された、魔人に対抗する強力な力を持つ存在ですよ。本人たちは転生した〜とかなんとかで大はしゃぎだったらしいですが」
おい待て、私それに巻き込まれたとか言わないよな?なあ。
勇者御一行様の一人として選ばれたはいいものの、どっかバグって変なとこ行っちゃったみたいな。最近だとなろう系も癖のあるやつが出てきていろんなパターンあるからな。
「それで、勇者様は仲間を集めて、戦力の増強を図っているらしいですよ。なんでも、世界中に散らばった仲間――使徒がいるとか」
なにそれ吐きそう。私がその使徒のパターンじゃないですかヤダー。
うーわ知りたくなかった。なんかやっちゃいました系の無知シチュの方がマシだったかもしれん。
「…なるほど?それで、その使徒というのは…何か目印でもあるんですか?」
「なんでも、体のどこかに紋が表れるそうです」
うん、よかった。とりあえずこのコスプレ解かなければバレることはないな。
にしても目印あるのか〜。どこにあったんだ?手足とかわかりやすいとこにはなかったはずだ。まさか、南総里見八犬伝の一人みたいに尻にでもあるんだろうか。
「…なるほど、じゃあその勇者様にでも会ったら、適当に何かを譲って離れますか」
「えっもったいない!オリバーさんほどの実力者なら、仲間にしてもらえそうなのに」
だからだよ!!!
そもそも私がアルビノを選んだのも(エンジョイが一番だけど)遠巻きにされるためなんだってば!私は委員長とか実行委員とかクソ面倒なことはしたくないの!!
なんてことを、言えるわけもなく。
「私じゃ実力不足ですよ。魔法がなければ自衛もできない。魔法しか取り柄のない木偶の坊なんです、私は」
「…じゃあ俺たちが鍛えます」
「ええ、それは素直に受けますとも。ですが…所詮は付け焼き刃、最前線で役に立つとは思えませんね」
「まあそれはそうですけど…」
もったいないぐぬぬ…ってしてる。
なんというか、いい人ってだけじゃなくて、ちゃんとこっちのこと考えてくれてる。変に夢を見せるでもなく現実は現実だと言ってくれる。
まじで罪悪感捨てて接した方がいいかもしれない。虚無の心で利用した方がいい。うん。
***
「まずは素振りですね。型を見るんでやってみてください」
「それはいいのですが…あの…」
「なんです?」
「いえ、皆さんの仕事は大丈夫ですか?ギルドの依頼は…」
「大丈夫ですよ。俺たち以外にも冒険者はいますし、俺たちはペーペーなんで」
「まだ中の下ってレベルかなぁ」
「いや中の部分入れてる?俺等」
そんなに!?あのサイズのイノシシ秒殺して中の下!?そんなレベル高いのこの世界?!
え、てか中の下のレベルの人たちが「この人の実力ヤバい(ヤバい)」ってなるって私の体術ヤバない?どんだけ弱いの私。
とりあえず木刀出して型見せるかぁ。
「え、今どこからそれ出しました」
「え、このバッグですね」
手荷物入れてる肩掛けバッグには、昨夜のうちに異空間収納を付けといた。私の実力のカモフラージュにはなってくれると信じてる。
「え、それも無限収納が付与されてるんですか!?ちょ、み、見たい!」
「ネロこっちで抑えとくんで〜」
「はーい」
とりあえず一式見せたら、胴・小手はともかく面はそれなりに形になってるらしい。「不思議な型ですね」とは言われた。突きを見せたら「へなちょこ」「フォーク斜め刺し」「下手くそ」と酷評。
頼んだ私が言うのもなんだけど、おい。泣くぞ。
次は、メルが構える木の棒(太)に何発も打ち込む。木と木がぶつかる音がカン、カコンと響く。
「腰が引けてる!足元をしっかり意識して!」
「はい!」
「打った後に自分の勢いで跳ね返って隙ができてる!」
「は、はい!」
「基礎の練習で手首はそんなにぐりんぐりん回さない!」
「はい!」
とりあえず実力見せたら、お手本としてジャックとメルの模擬戦。
おお、すごい。もう違う。自分の型との違いはわからないけど、打ち合う音がもう違う。木剣を振るう速さも違う。私の時より明らかに大きくビュンビュンゆってる。
ゆきうさも大コーフンで耳ピコピコしてる。抱っこしてるネロの腕の中でばいんばいんしてる。
重い木の音、しっかり踏みしめる足音、そして何よりその気迫。
「…追いつけるでしょうか」
思わず呟いたその言葉に、チラリとボルカがこちらを見る。
「追いつけるでしょう。貴方がここに到達する頃には、彼らはもっと先にいるでしょうけど」
「……」
ああ、彼らは、彼らには驚かされてばかりだ。
本当に彼らは、強い絆で結ばれているのだろう。
「…追い抜きますよ。絶対」
ゆきうさの抱っこを変わってもらって、抱きしめながら言う。
見て盗もう。教えてもらって盗もう。その技術を、業を、更にその上を。
「…良い目になりましたね」