11.善人、赤い糸の相手を綺麗にする
山の中、二人を宿に帰して、私は一人、一晩中ここにいた。
モンスターの後始末だ。
グール以外にも強くなるモンスターがいるかも知れない。それに先手を打って処理してしまおうと、一晩中ここに籠もっていた。
展開している魔法陣の端っこに気配が引っかかって、飛行魔法で低空飛行して近づくと、まだ操作してないミノタウロスがいた。
ミノタウロスはこっちに気づいて、巨大な斧を振りかぶって迎え撃ってきた。
山に溶け出す私の魔力にグールと同じく影響されているミノタウロスは、洞窟の中で戦った時よりもパワーもスピードも上がっている。
大樹を薙ぎたおす斧を賢者の剣で受け止め、返す刀で四肢をまとめて切り離す。
動けなくなったミノタウロスに呪いをかける。
魔法陣がミノタウロスを包み込み、成功する。
これでミノタウロスも、次に生まれてきた時は三秒で寿命を迎えるようになる。
これで一息――
「――ッ!」
背後から急速に何かか近づいてきた。
感知の魔法陣の端っこから一気に迫る存在、速い!
振り向きざま賢者の剣の全力斬撃――。
「あっ」
斬撃は空を切った、迫ってきたものの正体を理解して私は苦笑いした。
飛んで来たのは、赤い糸。
最近流行っているという、占いの赤い糸だ。
剣では斬れなかったそれは私の小指に巻き付いてきた。
「誰かが占ったのか」
最初にアンジェとやった後、赤い糸の水晶玉について賢者の剣に聞いてみた。
「確か……距離関係なく世界の果てからも飛んでくるんだっけ」
(応)
最近簡単な意思表明が出来るようになった賢者の剣が答えた。
赤い糸はゼアホースの街の方から伸びてきたが、本当にゼアホースから来たものなのか怪しいものだ。
文字通り世界の果てから来ても私は驚かない。
何しろSSSランクの人生だ、もう赤い糸程度では驚かない。
なにせ――と思いつつ水晶玉を作った。
それを理解した私は好きな時に生み出す事ができる。
その水晶玉に手を触れると、十本の指から赤い糸が出た。
SSSランク人生の私は赤い糸がたくさんあるのだ。
「うん、ちょっとホッとした」
赤い糸が山に伸びていない事を確認した私はホッとして、モンスターの後始末を続行した。
☆
「ただいま。アンジェは?」
宿の部屋に戻ってくると、部屋の中には浴衣でくつろいでるエリザの姿だけがあった。
「ちょっと使いにいってもらったの」
「使い?」
「勅命の宣告にね。あの子、帝国の皇女だから」
「なるほど、皇女が皇帝の勅使って事だね。かなり重大な勅命みたいだけど、手伝いは必要?」
「ううん、必要なのは格式だから。アンジェだけで大丈夫」
「なるほど」
「一応聞いとくわ。アレクサンダーとカーライル、どっちが好き?」
「どっちも僕の名前だから――待って、このタイミングで『一応聞いとく』って、もしかして」
ちょっと悪い予感がした。
アンジェが今どこにいるのかが急に気になってきた。
「美人温泉は完全にアレクの業績よ、その事実を民に教えるだけ。アレクサンダー温泉かカーライル温泉か、どっちかにするつもりよ」
「それはちょっと困るね、今後恥ずかしくてきにくくなる」
「ほこらに神像で祀られてる人が今更何を」
にこりと笑うエリザ。
それはそうだけど。
「ところで、なんでそれを持ってるの?」
「うん? ああこの水晶玉? さっきちょっと赤い糸を切ってしまってね」
「き、斬ったの!? なんで?」
エリザはパッと飛び上がった。
それまでくついろいでいたのに急に慌てだした。
「いきなり襲われたって勘違いしたんだ。モンスターの警戒中だったからね」
「そ、そう。それで斬れたの?」
「斬れなかった。賢者の剣じゃ赤い糸は切れないらしい」
「そ、そうなの…………ふふん、アレクにも出来ない事があるみたいね」
「そうみたいだね」
むしろちょっとホッとした。
赤い糸を斬れたりすると、それを喧伝されるかも知れない。
エリザも父上と同じで、とにかく私を持ち上げる事に余念はない。
今も温泉に私の名前をつけようとしているのがまさにそれだ。
「…………ほっ」
「どうしたの?」
「な、なんでもないわ」
一瞬だけ変な顔をしたエリザ。
斬れなかったのが不満だろうか。
「それよりも、モンスターは片付いたの?」
「うん、もう大丈夫。この先このゼアホースはご当地のモンスターに襲われる事がないはず」
「そう、お疲れ様。何かご褒美を考えないとね」
「それは……多分いらないんじゃないかな」
「どうして?」
訝しむエリザ。
私は持っている水晶玉を部屋のまん中のテーブルにおいて、窓際に向かう。
騒ぎが聞こえた。
街の入り口から仰々しい、皇族用の馬車が乗り込んできて、アンジェが皇女のドレスをまとって、街中をゆっくりと進む。
皇帝の勅命、皇女が勅使。
まるで大がかりな儀式みたいに、アンジェが街中を進んでいた。
ゼアホースの住民も、よそからやってきた湯治客も。
ほぼ全員、アンジェに見とれていた。
「僕のアンジェがここの温泉で更に綺麗になったんだからね」
「それをちゃんと本人言いなさいよ?」
「もちろんそうするつもり」
「そう………………羨ましいわね」
「うん、今何かいった?」
「ここの名前はアレク温泉にするって言ったの」
「えええ!?」
「残念だったわね。『何かご褒美』のタイミングでやめてっていわれたら考えたのに」
「それ、考えるだけでしょ」
考えるが、やめるとは言ってない。
案の定エリザはにやりと。
「ばれた?」
「もう慣れた」
微苦笑する私、にやりと笑うエリザ。
「さて、あたしもうひとっ風呂浴びてくるわ」
「そう?」
「ええ、もっと綺麗になりたいしね」
「……うん」
エリザの表情に一瞬どきっとした。
本人の美貌でも、美人温泉の効果でも無い。
エリザが艶然と微笑むその表情にどきっとした。
☆
こうして温泉の一件が収束し。
温泉は私の名前に、可愛い許嫁は更に美人になったのだった。




