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帝羽は、鷹の宮第二皇子として神世に周知され、そうして龍の宮で精進する日々を送っていた。

箔翔は、同じように龍の宮で学んでいたが、以前居た時のように、時にふざけたりなどなく、それは真剣に毎日を過ごしていた。元より維明も帝羽も真面目なので、そんな箔翔にペースを乱されることもなく、さくさくと学んでいた。

箔翔は、月の宮へ行くという帝羽を、完全にライバル視していた。

弟であるからと、前は立ち合いに負けてもそう悔しくもないような様であったのに、今ではそれは悔しそうに、何度も立ち合いを望んでは帝羽に突っかかって行っていた。時にそれは、維明の失笑を誘っていた。そこまで、なぜにむきになるのか。

今日も、何度も何度も帝羽に立ち合いを望む箔翔に、維明は声を掛けた。

「もう今日は良いではないか、箔翔。これは昨日今日やったからと上達するものではないわ。父上もそうおっしゃっておられた。帝羽とは、場数が違うのだ。幼い頃から、命のやり取りの場に立たされておったのだからの。少しずつ追いついて行けば良いのだ。」

しかし、箔翔は首を振った。

「我は、こやつに負ける訳にはいかぬのだ。我は鷹の王なのだぞ?これは、鷹の皇子ではなく、月の宮で龍として軍神に下るというのに!」

帝羽は、それを聞いて、何かに気付いたように刀を下げた。

「兄上…もしや、それを常、思うておられたか。」

箔翔は、帝羽を睨んだ。

「そうよ!父上は笑うが、我は主を副王に据えて、共に政務をと思うておったのだ。なのに、主は軍神になるという。月の臣に下ってどうなると申す。それに、月の宮は軍神に困っておらぬ!優秀な将は揃っておるし、滅多なことでは月の結界は破られることはない。主のその能力が、無駄になるわ!」

それを聞いて、帝羽は維明と顔を見合わせた。だからなのか。箔翔は、自分の側に来ないという弟に、寂しさも手伝ってむきになっていたのか。

維明が、箔翔の肩に手を置いた。

「箔翔、帝羽は龍。鷹ばかりの宮で、皆何も言わずとも肩身が狭かろう。主の父もそれを考えて好きにすれば良いと申したのだと聞く。元々帝羽は、皇子の地位など要らぬと申しておったのだ。月の宮へ行くこととて、臣に下るなどという意識はないと思うぞ。」

帝羽は、頷いた。

「我は、副王などになる筋ではないのです。血筋だけは父上の筋であり、そのように思われるやもしれませぬが、実際は場末で殺戮の限りを尽くしておった。今更にそのように晴れがましい地位に就けるなどとは、我は思うておりませぬ。月の宮は、そのような神が多く居ると聞く。皆が立ち直るための場を与えておるのだと。我は同じ境遇の神の中で、役に立つことが出来ればと思うておるのでございます。」

箔翔は、帝羽を見上げた。帝羽は、青い瞳で気遣わしげにじっと自分を見つめている。維明にも似た、謹厳で実直な帝羽…だからこそ、側にと思うたのに。

「主は、同じ父上の子であるのに我には無い物をたくさん持っておる。主が側に居ってくれれば、どれほどに心強いかと思うて…主が弟であったので、それは嬉しかったのだ。どこに居ようとも、主が我を助けてくれることは分かっておるが、それでも…。」

維明は、箔翔の気持ちがよく分かった。自分とて、たった一人で王座に座らされた時のことを思うと居た堪れなかったからだ。父上はまだ大変に若く、もしかして自分の方が先に世を異にするのではないかと思うほど。なのでまだまだそんなことにはならないので、こうして安穏としていられるが、明日にでも譲位などと言われたら、とても耐えられないだろう思えたからだった。

そこへ、低い声が割り込んだ。

「…王とは、孤独なものぞ。」三人は、驚いて振り返った。そこに居たのは、維心だった。「我は前世、父を弑して王座に就いた。その時、まだ200歳になったばかりだった。もちろんのこと引継ぎなど何もなく、全ては突然に始まった。神世の王は、父を弑した我を快く思うてなかったし、龍族の地位すら危うくなるような状態で、我の政務は始まった。敵は宮の中にも居り、必然的に我はそのような輩を黙らせるため、同族までも殺して宮を統治した。当然のことながら、皆我を恐れてひれ伏すばかりだった。しかしそうせねば、荒ぶる神を統治しては行けぬ。それから我は実に1500年もの間、孤独にただ世のためだけを考えて生きた。維月が現われるまで、我には安住の場などというものはなかった。」

維明は、父を見上げた。

「父上…。」

維心は、箔翔を見つめて続けた。

「誰も、好きで王になるのではない。しかし、一族で最も強い力を持って生まれた、それが代償なのだ。弱い同族を守り、統べて行かねばならぬ。箔翔よ、主は恵まれておるのだ。まだ父が存命で、こうして友や弟が居り、何かあれば相談することも出来るではないか。我にはそれすらなかったぞ。それでも、力を持って生まれてしまったからには、王としての責務を負うしかないのだ。誰に頼るのでもない。己がするのだ。だからこその王。絶対的な権力は、それゆえについて参るのだと心得よ。頼るのではない、頼られるのだ。王とは、そういう存在ぞ。」

帝羽は、それを黙って聞いている。箔翔は、顔を上げた。

「では、我が帝羽を副王にとは、間違っておるのだと…?」

維心は、困ったように微笑んだ。

「主が王であるのだから。誠にそう望むのなら、命じれば良いのだ。だが箔翔よ、副王に据えるとは、我も前世将維をそのようにしておったがの、王が優秀であって、それを学ばせるためであることが多い。次の王になるためにの。副王の方が優秀であるなど、聞いたこともないぞ?今の状態では、帝羽は王の器であるのは間違いない。このまま副王になれば、臣下が割れる。主に着くもの、帝羽に着くものとの。神は、力のある者に従うのだと知っておるだろうが。帝羽にその気がなくとも、臣下達が帝羽を王にと推せば、主は宮を追われるか幽閉されるか…そこまでにならずとも、宮が乱れるのは確か。主のためにはならぬ。王位は絶対ではないぞ。王として絶対の力を持っておるからこその王。臣下に認められぬのは、ただの王族の神よ。我ならば帝羽は宮へ置かぬ。」

箔翔は、はっきりと帝羽の方が優秀なのだと言われて、少なからずショックを受けた。確かに、自覚していたことであったが、面と向かって言われてしまうと、衝撃だったのだ。

箔翔は、立ち上がって維心と向かい合った。

「つまり、我が王として立派に君臨するようになれば、帝羽を宮へ置くことが出来るということでございまするね。」

維心は、少し眉を上げたが、頷いた。

「そうだ。主がそう望むのならの。だが、何度も申すが、帝羽は王の器ぞ。これはいつまで経っても変わらぬ。つまりは主がいくら成長しようと、帝羽を副王に据えるのは危険が伴う。我が前世、明維と晃維の二人を西へ出したのはなぜだと思うか。王族で、力が拮抗しておる者同士を同じ宮へ置くのはあまりようないのだ。」

つまりは、帝羽と自分は、同じ宮で居るべきではないということなのか。

箔翔は、それを知って、愕然とした。力が近しい帝羽と自分。同じ宮で居れば、臣下達が割れる元になる。自分はどうあっても、一人で王として君臨しなければならないのだ。

箔翔が自分の言ったことを理解するまで、維心はじっと黙って辛抱強く待っていた。しばらくして、我に返った箔翔の顔つきは、スッと険しいものになった…維心は、それを見て思った。やっと、王として孤独に戦う決心がついたのか。

「維心殿。」箔翔は、言った。「分かり申した。我は、誰に頼ることなく、王として君臨出来るよう精進致しまする。」

維心は、頷いた。

「誠、分かったのなら良いがの。」と、維明を見た。「主も肝に銘じておくがよい。いつか我が譲位すれば、主も同じぞ。ま、まだまだ先は長いがの。」

維明が頭を下げると、今度は柔らかい女声が割り込んだ。

「維心様?こちらでございまするか?」

その声が聴こえた途端、維心も維明もパッと表情を明るくした。維明は慌てて表情をひきしめたが、維心は振り返って満面の笑顔で手を差し出した。

「おお維月。湯はどうした?湯殿へ参っておったのではないのか。」

維月が、維心の手を取って微笑み返した。

「居間へ戻ったら、維心様が居られぬので。探しに参りましてございます。」

維心は、それは嬉しそうに維月を引き寄せた。

「また主は…我が少しでも側を離れるとそのように探しに参りおってからに。」

しかし維明は、常は父の方がそうやって母を追い回していることは知っていた。母は、極たまにしかこうして探しに来ないのだ。

維月は、維明や箔翔、帝羽の手前、少し恥ずかしげに言った。

「あの…お邪魔でありましたなら、先に戻っておりまするわ。」

しかし、維心は維月を抱く手に力を入れて首を振った。

「もう、話は済んだ。共に戻ろう。」と、他の三人を見た。「ではの。主らも、精進するが良い。」

そうして、維心と維月は、それは仲睦まじい様子で、二人並んでそこを出て行った。

箔翔は、維心がどうしてあれほどに維月に執着するのか、分かった気がしていた。

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