それぞれの責務
帝羽は、それから龍の宮で鷹の皇子として扱われ、部屋も貴賓室へと移された。
帝羽は大変に勤勉な性質で、普段は維明と共に維心の政務を横に立って学び、他は兆加について最近の神世の動向などを事細かに学んで、そうして空いた時間には、維明と共に訓練場で汗を流した。どうやら、それは龍の血がさせるようで、鷹とはまた違った感じであった。
維明は、そんな帝羽をまるで己の兄弟のように思っているようで、本当は自分の方が少し年上であるのに、まるで兄を慕うような感じだった。毎日のように帝羽の部屋へ出掛けては、よく遅くまで話しているようだった。
維心は、そんな維明の様子を兆加から聞いて、ため息をついた。
「やはり、歳の近い兄弟を作っておいてやるべきであったか。しかし、前世将維と明維があれほどに諍いを起こしたということもあるし、此度はあまり歳が近いのもと維月と話し合ったゆえなあ。」と、維月を見た。「やはり、今からでも子を。のう維月、あと一人ぞ。良いではないか。」
維月は、維心を見上げて困ったように微笑んだ。
「維心様ったら…前世のことがあるから、皇子が多いのも困ったものとおっしゃっておったのに。」
維心は、眉を寄せた。
「確かに、主に懸想するような子では困るが、此度は大丈夫ぞ。我も学んだゆえ。」
維月は、フッと息をついた。
「分かりましたわ。あの、そのような機会がございましたなら。無理にお子をとは、おっしゃらないでくださいませね。」
維心は、眉を寄せた。
「どういうことぞ?」
維月が、調節できるのではなかったか。
しかし、維月は維心の顔色を見て、首を振った。
「維心様、調節できるとは言うて、今日おっしゃって今日出来るものではありませぬわ。今無理に抑えておる状態であるのを、自然の状態にするだけでございます。そうすれば、そのうちに、ということでありまするわ。」
維心は、それを聞いてぱあっと表情を明るくした。
「そうか、自然にの。ならばすぐに出来ようほどに。前世は間を開けることなく出来たではないか。主が調節せなんだら、すぐにも授かるであろうて。我も常より励もうほどに。」
維月は、兆加の前でも普通にそんなことを言ってのける維心に、真っ赤になって首を振った。
「まあ維心様!あの、いつも通りで良いでございまする!兆加が居るのに!」
兆加も、どうしたものかと下を向いて所在無さげにしている。維心は、つまらなさそうに言った。
「なんだ、まだ居ったのか。まあ良いわ、兆加は気にせぬ。ささ維月、もう休もうぞ。」
維月は、窓の外を指して首を振った。
「まだ夕暮れでございまするから!」と、立ち上がった。「少し、維明の様子を見て参りまするわ。御前失礼を。」
維心は、慌てて維月の手を引っ張って座らせた。
「わかった、無理は言わぬから!ここに居れ。」と、兆加を見た。「主も、もう下がって良い。」
兆加は、維心にひょこと頭を下げると、一目散に居間を出て行った。これ以上居ては、維心の機嫌が悪くなると思ったのだ。
「いつまで経っても、主はそのようにつれないことを申すものよ…。」
維心が、維月を横から抱きしめてため息を混じりに呟く。
維月は、フッと肩で息をついたのだった。
神世では、鵬明が何やら龍王の逆鱗に触れることをしでかして、それが発覚し、神としての命を散らされたと噂されていた。
月の宮へ侵攻し、兵を数多く失ったことなど、神世の誰も知る由もなかった。
鵬明の子の鵬加は、もう成人して100年ほどの神であったので、立派に政務をこなしていた。父がしたことは、詳しく李俊から聞いていた。よく宮を攻め滅ぼされることが無かったものと冷や汗を流したが、それでも父が生きていてくれたことは嬉しかった。
その父の鵬明は、今は宮から少し離れた別院に住んでいた。同じく皇子に譲位して、退位した緑青と、今では仲良く昔語りなどしてのんびりと過ごしている。人になったこともあって、老いは驚くほどに早いと聞いていたが、それでも瞬く間というほどでもなく、余生を送るには調度いい時間だと鵬明は言っていた。
先頃、同じように王の退位と即位があった鷹の宮から、今日は新しい皇子が見つかったとそのお披露目の宴が開かれるので、鵬加もそれに招待されていて、出席するのに慌しくしていた。
「王。そろそろ出立のお時間でございまする。」
李俊が来て、膝を着く。鵬加は、立ち上がった。
「よし。では、参ろうぞ。」
そうして、鵬加は鷹の宮へと飛び立ったのだった。
鷹の宮では、箔炎と箔翔が、並んで上座に座り、そして帝羽が箔炎の隣に座る状態で、皆を迎えていた。招待された神達が次々に現われては挨拶をして、そして一言二言言葉を交わして己の席へと散って行く。そこへ、公青が現われて軽く会釈した。
「このたびは、誠におめでたいことぞ。して、それが第二皇子か?」
箔炎が、頷いた。
「帝羽と申す。我と龍の女の間の子であるので、身は龍であるが、気は我での。見知っておいてもらえればと。」
公青は、頷いた。
「帝羽殿。我は主の兄君の、義兄となる公青ぞ。見知っておいて欲しいもの。」と、箔翔を見た。「此度はこちらの申し出をお受け頂き、感謝するぞ、箔翔殿。我の妹、結蘭を娶ってもらえると聞いて、やっと片付くかと安堵しておる。」
箔翔は、軽く頭を下げた。
「これよりは、親しくして頂ければと思うておる。」
公青は、満足げに頷いた。
「では、また宴の席にて。」
公青は、機嫌よく己の席へと去って行く。それを見送りながら、箔炎は思い出して小声で箔翔に言った。
「そういえば主、よう公青の妹を娶ることにしたもの。そんな良識があったのかと、維心とも炎嘉とも、感心しておったのよ。公青を押さえておけば、我らは龍側の宮であるから、誰も龍に仇なすヤツが居らぬようになろう。あれで公青は、西の島を押さえておる大きな宮の王。敵になられると、面倒なところであったからの。」
箔翔は、驚いたような顔をした。
「何と申されました?良識と?」
箔炎は、訳が分からぬといった風の箔翔を見て、がっかりしたような表情をした。
「なんだ、たまたまか。主、何も考えずに公青の妹に決めたの。」
箔翔は、首を振った。
「そのような!あれとは、即位の式の時に、庭で少し姿を見ておったので、良いかと思うたのです。大変にはきはきとした、美しい女でありましたので。」
箔炎は、手を振った。
「ああ、もう良い。そうか、美しいからか。成長しておると思うた、我が愚かであった。」と、横の帝羽を見た。「のう、帝羽。主ならば、我が何を言うておるのか分かるの。」
帝羽は、箔翔がじっと見ているので言いにくそうだったが、頷いて答えた。
「は。兆加よりいろいろ聞いておるので。龍王に叛意がある輩が、公青殿と結ぼうとしたことがあったと聞きました。公青殿はしかし、鷹と結ぶことを選び、鷹は数ある縁談の中より公青と結ぶことを選んだのだと。つまりは、これは政略であると聞いておったのです。しかし、そうではなかったということでありまするな。」
箔炎は、頷いた。
「そういうことだ。ま、結果的に同じであるし、良いがの。」と、箔翔を咎めるように見た。「主も、もっと学ぶが良い。父がしばらくはここで政務を代わってやるゆえ、維心のところへ行って、帝羽と共にもう少し学んで来るが良い。帝羽を見よ、僅かな間にこれほどに世を見通すようになって。帝羽に王座を譲るべきであったかと思うではないか。」
帝羽が、びっくりしたように目を丸くした。そして、もごもごと言った。
「その…我は龍であるので、父上。鷹の王にはなれませぬ。」
箔炎は、その真面目な様子に、思わず笑った。
「冗談ぞ。案じずとも、王は箔翔。しかし、こやつはもっと成長せねばならぬ。遊んでばかりではならぬぞ。王で、その宮は変わるのだ。帝羽、主のその謹厳な様は、間違いなく龍のそれよ。鷹ではない。なので、そのような無理は、我は言わぬよ。」
帝羽は、ホッとしたような顔をした。箔翔は、面白くなかったが、それでも帝羽が間違いなく僅かな間にどんどんと学んで成長して行くのを見ていて、焦っていた。父が代わってくれるというのなら、今度こそ、自分も龍の宮で気を入れて学ぶとしよう。
「父上、それでは我は、もうしばらくお時間を頂いて、しっかりと学んで参りまする。」
箔炎は、頷いた。
「そう時はないぞ。我に残された時間、あと100年しかないのだ。」それには、帝羽も箔翔も驚いた顔をした。箔炎は、苦笑して言った。「実は、今だから申すが、我が主に譲位を急いだのは、我に死斑が現われたため。」
箔翔は、ショックを受けた顔で呆然と箔炎を見た。それは、老いが始まる証では。あと、100年も持たぬのでは…。
無意識に自分の手首を見る息子達に、箔炎は首を振った。
「最後まで聞け。しかし、我は抗った。我が妃が陰の地であるので、必死に留めようと気を放って分けてくれておった。そのお蔭で、誰よりも老いはなだらかであったが、逆らうのは難しくなり…どうしたものかという時に、陽の地が現われた。そうして、我にはまだ責務が残っておったと言って、100年の時を与えてくれたのだ。そして、死斑は消え去った。」
帝羽は、呆然とその話を聞いていた。地…龍王ですら、全く敵わないのだという。寿命まで司っておるのか。
「地は、龍王とはまた違った形で命を司っておるということでございまするか?」
箔炎は、頷いた。
「そうだ。維心ですら、あやつに寿命を握られておるであろうの。しかし、滅多に寿命の操作などしないのだと聞く。ひとえに、我にまだ責務が残っておったからなのだ。」と、帝羽と、箔翔を見た。「我の責務、探しておったが、おそらく主らであろう。帝羽を我が子と認知し、未来を与え、箔翔に学ぶ時間を与える。そのための、100年。我は、そう思うておる。」
箔翔は、身が引き締まる思いだった。あと100年で、父は逝く。それまでに、自分は父に恥じないような王にならねばならない。帝羽をうらやんでいる場合では、ない。
「父上。」箔翔は、明らかに違う顔つきになって、箔炎を見た。「我は、必ずやそれまでに父上が安心してくださるような王になるよう、精進致しまする。」
箔炎は、驚いたようだったが、微笑んで頷いた。帝羽は、今言わなければと思い、箔炎に言った。
「父上。我も、兄上がお困りの時にはお助けできるよう、精進して参りまする。しかし、常はこちらではなく、別の宮へと仕えたいと思うておるのですが…。」
箔炎と箔翔は、同時に帝羽を見た。帝羽は、じっと箔炎を見つめて続けた。
「月の宮へ。我は、月の宮の軍神として、仕えたいと思うております。」
箔翔は、下を向いた。自分は、鷹の宮へ来てほしい。側に居てもらえれば、帝羽ほど心強い神は居ないからだ。しかし、帝羽は龍。やはり、鷹の宮では否か。
箔炎は、じっと帝羽を見ていたが、頷いた。
「あそこは、いろいろな神が来ておって、誰も詮索せぬ場。それに、王の蒼は大変に穏やかで良い王ぞ。軍神にも龍が多く、主も疎外感もないであろう。では、我から蒼へ打診しておこうぞ。龍の宮で学んだ後は、月の宮へ参れるようにの。」
帝羽は、ホッとしたように笑った。
「は!ありがとうございまする。」
箔翔は、下を向いたままだったが、また挨拶の神が来て、その話はそこで終わったのだった。




