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セドリック様は引きこもりたい! ~侯爵家の次男坊は神々の創った仮想世界に夢中です  作者: 長野文三郎


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なんにもないと思ったら


 家族で食後のコーヒーを飲んでいるとリューネがやってきた。


「おはようございます、侯爵。メドナ様」


 びっくりするほど愛想がよい。

 朝日を浴びたリューネの笑顔はまぶしいくらいだ。

 はじめて家に来たときは嫌々って感じがにじみ出ていたのになあ……。

 あまりの変貌へんぼうぶりにメドナ兄さんが少し驚いているくらいだ。

 もとからリューネを気に入っている父上はニコニコと椅子を勧めている。


「よく来たね、リューネさん。コーヒーはいかがかな?」

「ありがとうございます。でも、早く出発しないと帰りが遅くなってしまいますので」

「ほぉ、きょうはどこまで行くのだったかな?」


 リューネの代わりに僕が答える。


「ケステムの方まで足を延ばそうと考えています」

「ケステム? あんなところ、なにもないぞ。若い二人が行ってもつまらんだろうに」


 にっこりとしたリューネが首を横に振った。


「セドリック様はいつも楽しいところに連れて行ってくださるのですよ。きょうも期待していますわ」

「そうなのか? しかしケステムなんてねえ……」

「リューネさんは野趣あふれるところが好きなのです」


【ヤバい冒険の匂いがする場所】をみやびに言い換えるとこうなる。


「ふむ、二人の気が合っているようで私も嬉しいよ。気を付けて行ってきなさい」


 父上と兄さんに見送られて僕らは出発した。



 僕とリューネ、リンガールを含む護衛四人は南へ向けて馬を飛ばした。

 エビダスでは徒歩だったから遠く感じたけど、馬を使えば意外に近い。

 ギリギリ日帰りできる距離である。

 結婚前のリューネを泊まらせるわけにはいかないからね。

 いくら護衛がいるからといって、そんなことは許されない。


「あら、お父さまだったら喜んで泊まってこいと言いそうだけど」

「そうなの!?」

「お父さまはセドリックのことが気に入っているのよ。是が非でも私と結婚させたいみたい。特にセドリックが刺客を撃退してからは、かなりその気よ」


 エンゲルス殿は武闘派だから武芸者が好きなのだろう。


「エンゲルス殿はそうでも、君はそれでいいの?」

「わ、私? そ、それは……その……いつまでもひとりは許してもらえそうもないし、セドリックがかまわなければ……」


 かりそめのお付き合いだったはずなのに、変われば変わるものだなあ。

 でも、リューネとの結婚なら楽しそうだ。

【黎明の神器】を一緒に使えれば協力して冒険ができるだろう。


「セ、セドリックはどうなのよ? 私みたいなガサツな女は嫌なんじゃない?」

「そんなことないさ。僕はスカートの中にナイフを隠している令嬢に目がなくてね」

「ばかっ!」


 たわいもない話をしているうちに景色はすっかり岩山になってきた。

 この風景には見覚えがあるぞ。

 エビダスで見たウラル廃鉱山そのものだ。


「目的地が見えてきたよ。いまからあの山に向かうからね」

「あそこになにがあるの?」

「おそらく古い坑道。少なくとも洞窟があると思う。場合によっては骸骨戦士が現れるかもしれないぞ。大丈夫かい?」

「骸骨戦士! 楽しみね」


 不敵な笑みを浮かべながらリューネは馬を操っている。

 本日のリューネはしっかり武装しているなあ。

 はじめから戦うことを前提で遊びに来ているのだ。

 まったくもって頼もしいご令嬢だった。



 見覚えのある岩山をぬって目的地までやってきた。

 エビダスではここにウラル廃鉱山があったのだが、現実ではどうだろう?


「セドリック、ここがそうなの?」

「うん。おかしいな……」


 廃坑はおろか、鉱山の跡地さえ見つからない。

 山を背にした広めの空き地に、風が吹いているだけだ。

 なんにもない大地にただ風が……。

 リンガールの言っていたとおり、ここには何もないのだろうか?


「せめて洞窟くらいはあると思ったんだけどな。ごめん、リューネ。今回は空振りのようだ」

「いいのよ。一緒に馬を走らせていただけでも楽しかったわ」


 リューネは慰めてくれたけど、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 せめて、それらしいものでも見つかればいいのに。


「ちぇっ!」


 腹が立った僕は斜面の岩肌をブーツで蹴った。


 ゴトッ。


 岩が崩れて地面に落ちたぞ。

 やけに黒い岩だな。

 それにところどころキラキラした部分がある。


「これ、なんだろう?」


 リューネに見せるも首をかしげている。


「岩……?」

「脳筋か……」

「ちょっと、失礼なこと言わないで! セドリックだってわからないんでしょう?」

「そうなんだけどさ。あ、リンガール! これがなんだかわかるかな?」


 リンガールは調査部のエースである。

 もしかしたら知っているかもしれない。


「なんでございましょう、セドリック様?」


 近くにきたリンガールに黒い岩を手渡した。

 岩を持つリンガールの手が震えているぞ。


「セドリック様、これをどこで?」

「どこでもなにも、この斜面を蹴ったら落ちてきたんだ」


 リンガールは声を潜める。


「専門家ではないので確かなことは言えませんが、これは銀鉱石かもしれません」

「あ!」

「セドリック様がおっしゃられていたウラル鉱山というのは……」


 ひょっとして、この世界のウラル鉱山はまだ開発されていない?

 つまり、ここは手つかずの銀山!


「リンガール、これを父上と兄さんに見せよう。すぐに帰った方がよさそうだ」

「おっしゃるとおりですね。ところでセドリック様、どうしてここに銀山があるとわかったのですか?」

「それは……たまたまだよ。ウラル鉱山は僕の勘違いだったんだから」

「さようでございますか……。セドリック様、このことはくれぐれもご内密に」

「わかっている。なあ、これが本物の銀鉱石なら僕のお小遣い.は増額だよね?」

「ケチな……ゲフンゲフン! 厳しいメドナ様でもそれは確実でしょう」


 レイマール金貨は見つからなかったけど、その代わり銀の山を見つけてしまった。

 現実もどんどんスケールアップしていくなあ。

 もっともケステムは自分の土地ではないし、僕の懐に入るのはわずかなお小遣いくらいだろう。

 それでも僕は満足だった。


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