美鳥と一孝 美鳥
お昼休み、歩美と食堂にいます。一孝さんといっしよに食べたかったな。4時間目が始まる前に一孝さんからメール。期待を膨らませてオープンしたら、
》お昼は河合さんと食べて。友達は大切に
》びえん! わかった
でもね、歩美と食べる昼ごはんも美味しいの。
「ねぇ、美鳥。朝から幸せ感ハンパないけど」
「ふっ、わかる? 昨日の私とは違うのだよ」
「あ〜、なんとなく察する」
「聞いて、ねぇ聞いてよ」
「ハイハイッと」
そんなふうに歩美と戯れあっていると、
「美鳥さん、こちらにいらしていたのですね。相席してもよろしいかしら?」
丁寧な言葉が耳をくすぐる。振り返れば、
「お姉様」
「えっ、『お姉様』って胡蝶様?」
その本人が立っていて歩美は驚いて二の句が告げられず、口をパクパクさせているだけになってしまった。
毛先が内側へ巻くようにウェーブがついているふわふわな黒く長い髪。ナチュラルにメイクしている整った顔立ちの胡蝶様。美しい、綺麗というオーラを纏いながら艶然とお立ちになっている。後ろには菜央様、吉乃様お二人も。
「同席の栄誉を賜ります、此方にどうかお座りください」
私は立ち上がり、空いていた椅子を手で指し示す。
「御二方も此方にお掛けになってくださいな」
テーブルには六席ある。私の左には歩美が座っている。右手にゆっくりとした仕草でお姉様が座った。菜央様吉乃様も間を空けずに座っていく。あらかた、昼のランチセットは食べ終わっていてよかった。もう少し早かったら、緊張で喉を通らなかったから。
「あら、美鳥さん。口元にソースが」
お姉様はポケットからハンカチーフを取り出すと私の口元をへ、
「やっ、やめて。お姉ちゃん。自分で拭けるよぉ〜」
しまった。本当の姉にいじられた記憶が蘇り、つい。
「『お姉ちゃん』」
胡蝶様は手を握りしめて目を瞑っている。
「やはり良いものですね。美鳥さん。リラックスして砕けた感じで話しましょう」
「えっ、いいんですかぁ」
「はい。皆さん、俺私と話すと固く鯱鉾はった言葉遣いになって硬すぎるの。肩凝ってしょうがないのょ」
お姉様の口調が変わっていく。力がねけ、ベールを取る以上に緊張感が薄れていく。それに合わせるのも妹の勤めだね。リアル姉貴によくいじられるからお手の元だったりします。
「お姉ちゃんは、いつも3人で食べるの? あのお兄さんは一緒じゃないの」
「上総。ああ、織田上総は人混み替え苦手でねぇ。いつも私たち4人で教室で食べてるのよ」
「じゃあ、今日はどうしたの?」
「もちろん美鳥ちゃんと食べて、お喋りしてみたかったの」
「ふーん、そうなんだ。ありがとうお姉ちゃん」
呆気に取られていた歩美が息を吹き返した。
「美鳥はすごいや。私なんか雰囲気に飲まれてかたまちった」
お姉ちゃんは、歩美にふる。
「あなたは川合…」
「歩美と言います」
お姉ちゃんは歩美に笑顔で続けた。
「いつも緑がお世話になってるでしょ。ありがとう」
「いえ、こっちもお世話になってるんで、えへへ」
「これからも、うちの美鳥と仲良くしてね」
「はい」
すると、静かだった菜央様が話をしてきた。
「なんか楽しそうだね。肩の力も良い具合に抜けてるし」
「そうなのよ、うふふ」
ふんわりとお姉ちゃんが微笑む。
「お姉ちゃん!その顔、良いよ。楽しそーで」
「そう」
「そう、その笑顔。力が抜けて、良い感じ」
「ありがと、美鳥。あなたのおかげよ」
「えっへん」
すると昼休みが終わる5分前のチャイムが鳴った。
「時間が過ぎるの早いわね、で、美鳥、連絡先教えて」
「ハイ」
「川合さんも良いかしら」
「私も?」
「もちろん」
「美鳥、今度のお休みにショッピング行きません? あなたの化粧品買いに行きましょう」
「うん、私もそれを頼みたかったの。いこーね、お姉ちゃん」
「放課後、私たちの教室にいらっしゃい。当日の打ち合わせしましょう」
「わかった。いくね」
「では、これで」
御三方は立ち上がり食堂を出て行った。なんとなく足取りも軽かったような。
「意外と気さくな方達だったね」
「もっと砕けるとすんごーいのよ」
あまり口外できないけどね。
放課後になり、お姉様に会いにいくため階段を上がって行くと、あの3人がいた。やっぱり、にしゃにしゃ笑ってる。関わらない方が良さそうなので階段を駆け上がった。あれ、後ろをついてくる気配が。
あと少しでお姉様のいる教室だというところで……
後ろから抱きつかれた。身動きがしづらい。手を振り回した。遠くに、バトミントン部の高梨先輩が見えた。声を出そうとしたら手で口を塞がれてしまった……
昼休みの食堂は真鍋くんと食べている。なんか、教室でまごついているんだよね。
2人ともパスタ、お俺はトマトベース、真壁くんはナポリタン。
「真鍋くん、知ってる? ナポリタンてパスタはイタリアにないって」
赤いトマトソースで口の周りをべしゃべしゃにして食べている真壁くん、ごくりと飲み込んで、
「それぐらいは知ってますと言うか、最近知りました。日本でできたもので、確か?」
知っていて残念だけど、俺が続ける。
「そう、横浜のレストランで作られたんだって、実は俺も最近知った。ははは」
2人して笑っていると、後ろから、
「見つけたぞ、風見! どこいってるんだ」
誰かは、声でわかっているんで、俺は徐にスラックスのポケットからハンカチを取り出し、口を拭ってから、彼の方を向いた。
「勿体ぶらずに、早くこっち向け」
「いえ、もう向いてますよ。八重柿先輩」
にこっと笑い返してあげた。相手が美鳥なら抱きついてあげるのに、やろー、しかもヴァカにすることじゃない。
「何か呼ばれてましたっけ?」
彼はズダンと踏み込んで俺を指差して、
「昨日の試合はなんだ。途中棄権だと! そんなもの、俺は認めんぞ」
確かに俺は、昨日の試合で途中棄権した。この高校に着て早いうちにに部長には、話しておいたんだが、高梨やこいつには話してなかったようだ。
「そんなこと言っても勝ちは勝ちですよ。俺は、もう動けなかったんですから」
2年前の首の怪我で1試合もたない体になってしまつたんだよ。その事について泣いたし悩んだけど克服して昨日の試合で納得したんだよ。
八重垣は一度、目を瞑るとカッと見開き、
「最初は良かったんだ。途中からだよ。そうタイムで高梨と何か話した後からおかしくなったんだ。何を話したんだ」
こいつにしては、よっぽど悔しかったんだろうよ、でも、
「何もアドバイスもないよ。病み上がりで体動けるか、聞かれただけ」
さすがに'やっちゃって'なんて言われたとは言えない。高梨に飛び火する。
「では、なんでたぁ」
「お前、ヴァカだろ」
「なんだと」
俺を捕まえようとしたところを、彼と一緒に来た仲間が引き留めてくれた。ナイスです。
「あの試合、途中から変わったのわかりましたか?」
俺は彼の顔を凝視して見ながら言った。
「ドライブやカットを入れて、変化させたでしょう。覚えてます」
反論が来るとは思わなかったんだろう、目を見張った。
「それからじゃないですか? 調子狂ったの」
「確かにそうだが、しっかり反応したぞ」
俺は畳み掛ける、
「でも苦し紛れのもので、まともにレシーブできましたか?」
「自分のポイントに俺の返したもの行きましたか?」
「逆に俺のポイントに打ち返したでしょう」
彼は、
「煩い、うるさい。俺の力を持ってすればなあ」
俺は、
「もってすれば何ですか」
「お前なんかには負けん」
口惜しそうな顔をしていう。でも、
「なんでそうなったか、わかりますか?」
「………」
「ヴァカなんですよ」
「何おっ」
「怒るという事は、自分でも気づいているからでしょう」
できるだけ落ち着いた口調で話しかける。
「俺は自分のポイントにシャトルが飛んで来やすいように、先輩をコントロールしてるんですよ。チップショットで体勢を崩して、ロプを上げてのけ反らせる。カットを使って左右に揺さぶる。甘くポイントに来たところでスマッシュする。試合の流れ覚えているでしょう」
「ぐぬぬぬぬわ」
彼は唸り、拳を握り込む。
「タイム以降はその繰り返しなんですよ」
「おまっ…」
激昂するのに先んじて俺は聞く、
「先輩、将棋とか囲碁って知ってますか?」
彼は拍子抜けしたように、
「いきなり何を言う、そんなもん知らん! チェスなら知り合いと少しやった時あるが」
「戦術っていうのがあるんですよ。上には戦略があるんですが。先輩にはそれがない。ないから相手の戦術に呑まれるんですよ」
「そんなもん、俺の力があれは負けん」
また、怒り出したけど迫力ない。
「でも、俺の方が早くマッチポイントになりましたよ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
「だから戦術をって、俺、チェスは知らないなあ」
その時まで存在が忘れ去られた真壁くんが、
「僕、やってます。チェス。タブレットでネットを繋いで」
いきなりだったけど、俺は閃いた。
「先輩、俺に負けたと思うなら、この真壁くんとチェスしてください。彼に勝てたら再戦しましょう」
真壁くんも驚いて、
「こんな先輩となんて、できませんよ」
「こんなとはなんだ」
怒ると思ったけど、凪いだ反論だよ。
真壁くんがあうあう言い出したんで俺が代わりに言う、
「彼は先輩をすごい人だって言ってました。謙遜してるんですよ。どえらい先輩って」
先輩は嘆息して、
「そこまで言うんなら、やってもいいぞ」
少しは気分良くなったようだ。俺は、
「真壁くん頼むよ。俺を助けると思って」
「でもぅ僕なんて………わかりました。僕にいつも付き合ってくれる風見くんのためです」
俺は真鍋くんに合掌する。
「ありがとう。助かる。さすが真鍋くんだよ」
「えへへへ」
頭をかき、恥ずかしがる真鍋くん。
「ところで何時どきやるんだ、チェス」
先輩から聞かれた。確かにボードはない。
「タブレットでもできますよ。ここに持ってます」
思わず、
「偉い真鍋くん! さあ、すぐ始めましょう先輩」
「おぅ」
彼は力無い返事を返して来た。気が変わらないうちにと、空いたテーブル席にタブレットを置いて、両サイドに2人を座らせて、
「では握手から、じゃ、初めて」
試合を始めさせる。ポーンを5個投げて先手後手を決めていく。
2人が初めていった。
結果は、以後、チェスの対戦が昼休みの名物になった事の報告ということで。
実を言うと八重柿先輩が社会人プレイヤーになっても、真壁くんはボランティアとして同行し、続けたそうな。




