男の戦い 女の子の闘い そのあとに
美鳥が教室の出入口に佇んでいる。頭も体も疲れ、心が打ち拉がれている時、美しくも可愛い女の子がこちらを見ている。俺は死んで審判の門の前にでもいるとかと思ったよ。天使が誘ってくれたと思ったよ。瞼を瞑り、目を開けるとそこに美鳥がいる。2年会わないだけで大人へと成長して美しく花開いて行く美鳥がいる。廊下からとの明かりが後光となっている。どこぞの天使とか女神の絵画のようだ。
「どこの天使かと思ったよ。いや女神かなぁ。綺麗だよ。美鳥」
思わず言葉に出してしまった。あわわわわ
しまった。美しくなった美鳥が何処へでも羽ばたいて行けるように封印した言葉を使ってしまった。
美鳥は口元を両手で押さえて瞳を大きく見開き驚いている。徐ろにこちらに向かって来たと思ったら駆け出し、俺の胸に飛び込んできた。ぎゅっと抱きつき頭を胸に埋めていたのだけど、頭を上げてこちらを仰ぎ見て来た。いつにも増して艶々した肌、くっきりとした眉、艶やかで蠱惑的な唇、クリクリっとしてキラキラした目で俺を見てくるんだ。
「どう、いい女になったかなぁ」
もう、全ての縛りなんぞ引きちぎって抱きしめたい。
「ああっ、確かに。惚れちゃぃそうだ」
躊躇などない。言葉でしか伝えられないのか辛い。
美鳥は最高の笑顔でこちらをみると俺の胸に顔を埋めた。
「お兄ぃ、大好き」
の言葉はくぐもってもはっきり聞こえた。
両の手を美鳥の背に回して抱きしめようと逡巡していると、
「お取り込み中、申し訳ありませんがこういう事は誰も見ていないところでしていただけないでしょうか?」
そうだ、ここにはこいつコットンがいるんだった。
「なんか、今にも死にそうな顔で教室に入って来たし、座るのも億劫そうだったんで 静かにしていたんだけれど」
コットンは一度言葉を切った。
「いきなりクライマックスのラブシーンを見せびらかすとは、てえしたもんだよ。すっとこどっこい」
コットンは腕を組んでプンスカしている。俺はちらっとコットンを見たけど、あとは紅くなった顔でソッポを見ているしかできなかった。美鳥はいつの間にか俺から離れて両の耳を手で塞いでしゃがみ込んでいる。
すると
「あら、美鳥さん。まだ、いらっしゃったのですね。殿方とは会えまして」
開いていた出入り口から美鳥に声がかかる。
「お姉様」
「お姉様?」
美鳥は出入口に佇む女性に返事を返している。意外の言葉なるで思わず聞いてしまった。
「お前。美華姉いるだろ?」
「うん、いる」
「じゃあ、誰?」
「お久しゅうございます。風見様。何時ぞ以来でしょうか?」
俺は立ち上がり、件の女性をみる。相手は俺を知っているようだが、俺は……。記憶の蓋が少し開いた。
「胡蝶?」
「いかにも私くしですが」
「ゲェー、あの、あの胡蝶が『ワタクシ』 えー」
「存外に失礼な事をおっしゃていますわね」
「そろそろ、戯れも終わりにしてやってくれ。風見」
胡蝶の後ろから脱色したようなライトブラウンの長髪をした男が現れる。
「織田か。悪ぃ。挨拶が遅れて」
「いいさ。元気そうで何よりダァね」
美鳥も立ち上がり俺に並ぶと。
「階段下で会いましたね。その節はありがとうございました。おかげで」
美鳥は俺の腕を抱え、
「お兄ぃに」
「お見せできまして。よろしい事」
胡蝶が続けた。
「なんか、美鳥が世話になったようで」
「手間っていう事ないさね。みんなコイツらが勝手にやった事」
胡蝶は手元を口で隠しジト目で織田を見つつ、
「勝手とは酷い言い草」
「胡蝶、いや胡蝶先輩。お礼は俺がする。美鳥に色々と教えて頂きありがとうございます。美鳥を綺麗にしてもらってありがとうございました」
顔を赤く染める美鳥の横で俺は深く頭を下げた。
「あのイッコウが頭を下げ、私くしに可愛い妹もできました。本当に今日はよき日でございます」
機嫌良く、胡蝶たちは教室を去っていった。
入れ違いに教室の前の扉が開いて、
「イッコウ大丈夫なの? 帰ったと思ったら下駄箱に靴のこってるし」
高梨が入って来た。
「大丈夫だよ。丁度帰るところだったんだ」
「なら、途中までいっ、しょ、に帰ってあげ、よう、かな」
とだんだん、喋りが尻窄みになってしまっている。俺もゾクって冷や汗が出るくらい圧力が美鳥から感じられた。
「お兄は私が責任持って家まで送って行きます」
「何、言ってるの、イッコウはねえ……」
「高梨、それ以上は言わないでくれないか」
「イッコウが止めるなら…」
「お兄ぃ、何かあったの。あったのだったら教えて、ねえ」
美鳥は俺に向き合い下から覗き込んでくる。こんな心配した顔はさせたくなかったんだけどなあ。
「なんでもないよ、さっきまで先輩とバトミントンの試合をやっててね。もう、これはって無いくらいに負けちゃってねえ。ちょっとショックで」
嘘である。
「それで疲れてる感じしたんだね。さっきは黄昏てたから」
「ごめんな。心配させて。そんなに黄昏てた?」
「もう、消えるんじゃないかと」
俺は美鳥の頬へそっと手を当て、
「大丈夫。もう美鳥の前から消えたりしないから」
「お兄ぃ」
「と言うわけで高梨、俺は美鳥を家まで送るよ。見てくれよ、さっきまで胡蝶たちにいじられて別嬪さんになった美鳥を。このまま一人で返したらじ誰かにお持ち帰りされちゃうよ」
「別嬪さん!」
美鳥は赤らめた頬を手でおおい、恥じらってしまった。
「と言うわけじゃないよ。ハイハイ。ナイトよろしくお姫様をエスコートしてくんなまし」
高梨は手をひらひらさせて、呆れたと言う顔をして教室から出ていった。
「じゃあ、帰るか」
「うん」
何事も無く美鳥は自宅に送り届けたよ。でも何か、美桜さんと言い合いになってたなあ。メイクがどうのこうの。
翌日の放課後になってすぐに、高梨からスマホへ連絡が入る。
「イッコウ、美鳥ちゃんは今日はサマーセーターだった?」
「でしたよ。ブレザーがクリーニングから帰って来てないって言ってました」
「すぐに上に来て、ゴミ置き場の隣の予備室」
「なんかあったんですか?」
「とにかく急いで、美鳥ちゃんが」
「いきなりクライマックスのラブシーンを見せびらかすとは、てえしたもんだよ。すっとこどっこい」
コイツに聞かれてた。迂闊だった。コイツに何を言われるかわかんない。耳を塞ぎ目を瞑って嵐が去るのを待つしかないの。
すると微かに聞こえて来たのは胡蝶お姉様の声。目を開け仰ぎ見れば、お姉様が艶然としていた。どうやらお連れの男性も含めお兄ぃとは旧知の間柄みたい。あ姉様のお手前のお陰で私はお兄ぃから聞きたかった言葉を受け取る事ができた。
「綺麗だ」
お兄ぃに認められた。お兄ぃに隠れて背中を見ることしかできなかった私が彼と向き合うことができた。体いっぱいに満たされた’大好き'を彼に注ぎたいんだ。
お姉様へは、彼の腕を抱き、思いが成就したことを見せることができた。もう、感謝しかない。
そこへ高梨先輩がきた。彼を心配して来たようだけどお生憎様、これからは私がその役をやりましょう。スッこんでろ。
でも、ふと我に帰った。教室で彼をみた時はどうだったの。疲れて打ちひしがれて消えてしまう気がしなかったの。
「お兄ぃ、何かあったの。あったのなら教えて」
心配する気持ちが出てしまったんだろうか、彼は私を励ましてくれる。優しいなぁ、労わってくれるん。
「大丈夫、もう美鳥の前から消えたりしないから」
今、欲しい言葉を渡してくれる。
「俺は美鳥を家まで送るよ。見てくれよ、さっきまで胡蝶たちにいじられて別嬪さんになった美鳥を。このまま一人で返したらじ誰かにお持ち帰りされちゃうよ」
彼が家まで送ってくれることになった。ああっ優しいが眩しい。ならと二人横になって歩いた。家までの道のりを彼の腕を掻き抱き続けた。彼に寄りかかりずっと顔を見ていたと思う。彼の腕の逞しさに惚れ、紅潮してはにかむ彼の顔をスパイスに道行を堪能しました。会話なんて今はいらない。家までの帰り道がいつまでも続けと願った。
でも、現実は厳しい。家の玄関に到着した。ママが迎えに出てくれたけど
「またぁ、お化粧はダメって言ったでしょ」
「お姉様、違う。先輩のお手前です」
「お姉? 美華?」
「違う、間違い」
「睫毛のクルンクルンだし、マスカラまでぇ」
「他の先輩方がてぇてぇって言ってたけど」
「もう!、クラスの子には見せてない?」
「一孝さんには、」
「『一孝さん』 えぇ!」
「もう! いいでしょ」
「約束して、学校へはしていかないと、休日は美鳥が考えれば良いことだし」
「いいの?」
「美鳥もそう言うお年頃だもんね」
「ママ!」
「でも悔しいなぁ。母親の醍醐味とられた」
「何それ」
「娘へメイクの手解き」
「じゃあ、ママお願い。まだ上手く出ないの」
「承りました。えへ」
寝る前に
≫一孝さん 呼んでよい?
≫おう
≫おやすみなさい 一孝さん
≫おやすみ 美鳥




