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男は狼


 雨が降り続けると、あの日のあなたに向けられた冷たい眼つきを思い出して、涙を堪える。


 またあの日のように、あなたをうんざりさせるかもしれない。あなたは一人を望んでいるかもしれない。


 入学式の日に、偶然あの図書室に迷い込んだことをまだ覚えているのかな。

 なんて表現すればいいかわからないけれど、あの日あなたに出会えたことが私の運命を変えたと思うの。



 あなたの記憶に、私はもういないかもしれない。


 それなら、王子様を待ち続けるお姫様なんかに私はならない。





 私の目の前には、固く閉ざされた図書室の扉があった。

 王子様が来ないなら、私から迎えに行ってやる。


 ようやくここまで足を運んだが、なかなか扉に手を伸ばすことができない。

 ここに来るまではむしろかかって来いの姿勢で構えていたのに、いざとなると心臓が今にも破裂しそうで、勇気というものがこれっぽっちも湧かない。やっぱり無理だよぉ。



「あれ見ろよ。俺らの他にサボりがいたぜ」


「珍しいじゃん。しかも女子だ」


 図書室の前で結局右往左往していたら、不良生徒に絡まれてしまった。めんどくさいな。こんなエリートボンボン学校にも不良っているのか。

 ネクタイもろくに締めず、印象の悪い男子二人組は、図書室の前まで近づいてきてジロジロと値踏みするように見てくる。すごく気持ちが悪い。


「結構可愛いんじゃね?」


「俺、タイプかも」


 あっ、なんかいい感じに評価されてしまったらしい。これは面倒だな。そう思ってここは一旦退くべきかと思案に耽ける。


「なあ、お前名前は? 何年?」


 いきなり図々しく絡まれた。

 

「新入生じゃないの? ねぇ、それより彼氏とかいる?」


 もう一人の眼鏡にも、気持ち悪い質問をされた。私が今話したいのはこんな人達じゃない。


 ああ、どうして見てもらい人に見てもらえないんだろう。



 そんな秘めた思いを伝える人もこの場にはいない。だから何も言わず踵を返そうとした。


「ちょ、おい待てよ!」


 私に無視されたのが気に食わなかったのか、茶髪の人が逃すまいと私の腕を掴んだ。

 そのまま腕を引っ張られ、勢いのままに壁際に追い詰められた。無理やり背中を押し付けられて、痛みに顔を顰める。


「無視とは生意気だな。痛い目見てえのか」


 こんな人達より、あの人の方がずっと怖いんだから、脅しなんかに屈さず押さえつける男を睨み返してやった。

 でもそいつは不敵な笑みを浮かべて、もう一人に指図した。


「そうだな、こいつの服脱がせてやれ」


「はっ!? ちょっと……!」


 思いもしなかった言葉に、背筋が凍りつく。

 ふ、服なんて知らない男子に脱がされて、たまったもんじゃない。けど、逃げようにも茶髪の方ががっちりと手首を掴んでいて、とても逃げられるような状態じゃない。

 抵抗しても、男女の差には敵わない。

 そうしている間にも、眼鏡の男子が私の着ているシャツに手を伸ばそうとしている。


「やだっ、ちょっとやめて……!」


「おびえちゃって、可愛いなあ。お兄さん達が優しく手ほどきしてやるよ」


「や、やだぁ……!」


 

 助けを求めようにも、もとよりこの辺りは人通りが少ない。人が通る気配もなければ、誰かが助けに来てくれることも期待できなかった。

 ネクタイを外され、シャツも脱がされていく。悔しかった。怖かった。誰か助けてほしかった。


 そんな時に浮かぶのはやっぱりあの人の顔で……本ばかり読んでるあの人の顔が浮かんできて、彼の名前を必死に呼んだ。


 こんな時くらい助けてくださいよ。高雅さん……。



 すると突然、背後の壁がスライドして動いた。

 いや、壁じゃなくて、私がこのド変態二人組に押さえつけられていたのはどうやら図書室の扉だったらしく、彼らの手を離れて私の身体は開いた扉の向こう側に倒れていく。

 だけど、私の身体が床に叩きつけられることはなく、背後の人物に支えられていた。



「ねぇ、君たち。そこで何してるの?」


 その声が、また聞きたかった。

 私の耳を溶かすほどに透き通るその人の声。


 なんだ。たまには助けてくれるんですね。

 なんて相変わらず顔色も変わらない高雅さんを見ることができて、ホッとしている自分がいる。


「……ねぇ、君たち。誰の許可があって、僕のテリトリーの前でレイプしてるの?」

 

 とかちょっと油断してたら、目の前で襲われていた娘がいるのに全く励みにならない言葉を何の躊躇もなくこの人は吐いて、その二人組に事態を問い質している。

 一応彼から守られてる(?)立場なのに、二人組を睨む高雅さんの視線があまりに鋭くて、こっちまでビクビクしてしまう。


「き、きききき桐嶋高雅がなんでっ……」


「こっ、ここってまさかと、図書室なの……?」


「そうだけど、何?」


 この場でどんな人物を相手にしているのか彼らはすんなりと理解したようで、仲良く尻尾を巻いて逃げていった。その光景を目の当たりにしてしまって、ある意味震えが止まらなかった。

 ええ……そこまで恐れられてたの……? 桐嶋高雅って何者……?



「……君も、いつまで僕の腕に支えられているつもり。さっさとそれを直して帰りなよ」


 その言葉にふと我に返り、彼にはだけた部分を指摘されていることに気づく。

 こ、こんなはずじゃなかったのにと、慌てて彼に隠れて服を直す。


「お、お見苦しいものをお見せしました……」


 ああ、気まずい。なんか余計に気まずい。

 言いたいことも吹っ飛んでしまった。どうしよう。なんて切り出したらいいかわからない。


「あ、あの、高雅さん……」


「その名前で呼ばないでって、口止めしたよね」


 せっかく会えたのに、またその辛辣な声に制されてしまう。まだ、行かないでほしい。


「ここに来たのは、私の気持ちを伝えたくて……」


 すごく緊張してる。声が微かに震えているかもしれない。

 それでも彼の反応は冷静で、どこまでも冷たく突き放してくる。


「君の気持ちなんて知らない。僕の時間を邪魔する奴らはみんな追い返した」


「何度追い出されても、またここに来ます。私はあなたがいたから、また学校に行こうって思えるようになったんですよ」


 遠くへ行ってしまいそうな背中に必死にしがみつきたくて、無意識にその人の服の裾を引っ張った。

 ほんの一瞬、動きを止めてくれた。どうか氷のようなその人の心を溶かしてほしい。


「どうして、そこまで僕にこだわるんだ。あの老いぼれから、何か聞いたりしたの?」


「いいえ、おじいちゃんは関係ありません。だってこれは、私の問題だし……自分の力で何とかしたいと思ったから」


「…………」

 

 無言が返ってくる。

 もう言葉にすらならないほどに彼から呆れられてしまったかもしれない。プライドなんて捨てるつもりで来たけど、やっぱりへこむ。


 こんなに捨て身の決意を固めてやって来たことなんてないから、彼にまた相手にされなかったら泣いてしまいそうだ。

 受験で落ちたときも泣いたことなんてなかったのに。


 けれど、高雅さんの様子が少しおかしい。



「はあ、ほんと君ってバカだね」


 後ろ姿で見えないけど、低い声であの高雅さんが、笑っている……?


 何が起きたのか把握できない私の腕を突然引っ張って、図書室のドアを中から閉める。


 それはあっという間の出来事で記憶がない。


「へっ?」


「僕に歯向かうことの意味がわかっていないんだ。愚かだよ」


 私の背後に再び迫る壁と、目の前には俯きながら顔を隠した高雅さんが迫る。

 なんか、あれ、さっき見たような光景が……。でもさっきと違うのは、相手があの高雅さんっていうことだ。



「ああああ、ああの、こここ高雅さん!? こここれは一体全体どどどういうあれですか……!?」


 事態を何となく把握して動揺する私に、静かに肩を震わせて高雅さんが笑う。


「ねえ、君は勘違いしているよ」


 こんなにも近くで彼の気配を感じたことがないほど、至近距離にある高雅さんの冷たい顔が見下ろしている。正直なところ、ドキドキしてしまう。こんなことをするような人には見えないから、余計に……。



「君程度のバカな女に興味はないけど、僕も結局はさっきの奴らと同じで、汚くて貪欲な一人の()なんだよ――」


 耳元で囁かれる声が、本ばかり読んでる人とは思えないほど艶やかで意識を朦朧とさせる。頬はほのかに赤くなる。

 さっき助けてくれたときとはまるで違う雰囲気を纏う。獲物を狩るような目だ。それでも目の奥は濁っている。


「や、やめてください」


「こっち見なよ。それとも今になって怖くなったのかい」


 その目から逃れるように顔を逸らしても、顎を持ち上げられて無理やり視線を絡める。

 こんなこと、彼も望んでいないことはわかってる。だけど、私から退くことも許されない。意地の張り合いだ。



「高雅さんは、そんな人じゃない」


 彼を拒絶することはできない。わかってくれないなら、わかってくれるまで、離れないよ。

 ここで彼を信じなければ、きっと何も変わらないから、彼の気配が近づいても動かなかった。


「……勝手に信じていればいい」



 そっと目を閉じれば、彼のにおいが鼻先を掠める。


 そして、微かに唇に触れ合う感触がした。




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