[お手紙のお礼SS]頬袋がもとに戻るまで、あと
昨年いただいたお手紙のお礼にとしたためたものを少し手直ししました。
年度が変わりましたので、こちらに。
時系列なし、コメディよりのラブコメ。
これより前のSSはデータが残っていなかったので、お手持ちの方はこっそりお楽しみください。
「惨敗ですわ……」
がっくりとうなだれる私を、心配そうに見つめるエレノア嬢と、素知らぬ顔をしたギルベルト殿下とセドリック様が囲む。
丸テーブルの上には五枚ずつのトランプが各人の前に広げられている。
そう、私は今、ポーカーフェイスの特訓の成果を披露しつつ、ポーカーに興じているところなのだ。
結果はまあ、ご覧の通りなのだけれども。
負けた者は手作りの品をふるまうという賭けをしていて、誰が負けても楽しそう、とウキウキしていたというのに…これではおもしろ味に欠けるわ。
「屋敷では上達が見られると評価もいただいておりますのに。あのレヴィにだって、少しは勝ち星をあげられるようになってまいりましたのに…」
五戦して全敗とはこれいかに。
「リーゼリット、おまえ……それはただの接待ポーカーだろうが」
「え…っ、せったい…接待ポーカー…?」
私は三つ下のレヴィに──前世も合わせればさらに年の離れた従弟に──そんな悲しいことをさせて喜んでいたのか…。
やさしさが、つらい……。
「結果は少しばかり傾いてしまいましたが、私はリーゼリット様の手作りのお品をいただけることが楽しみですわ」
「エ、エレノア様…!」
柔らかなほほえみでフォローをくださる…間違いない、彼女は女神さまの化身だわ。
「きっとお二方も同じ気持ちで励まれたのでしょう。心なしか気迫が違いましたもの」
そうなの?と二人を見やるも、殿下はちょうど紅茶を口に含んだところのようで表情はうかがえず。
セドリック様にいたっては常と変わらぬ顔を向けるばかりだ。
「君の婚約者が『まだ』君の手料理にありつけていないようだから、気を利かせただけだよ」
なんと、気遣いだったとは。
セドリック様ってば、本当に丸くなったなあ。
なぜか殿下の目が険しくなっているような気がしないでもないけれど。
「皆様のお口に合うかはわかりませんが、アイスクリームをご用意いたしますわ」
よし、と立ち上がる私を、殿下の怪訝な目が映す。
まあ、怪訝に思うのも無理はない。
この国のアイスは材料を入れたボウルを、塩と氷をつめた一回り大きい器に入れ、延々かき回して作るのだ。
今から始めるつもりかと不思議なのだろう。
「ふふん、とくとご覧あれですわ」
ヘネシー邸のキッチンに場所を移し、冷蔵庫──といっても、上段の氷室に入れた大ぶりの氷で下段を冷やす、というものだが──の氷室に入れておいた金属製のバットを取り出す。
私おなじみの前世で培ったレシピサイト知識、『裏技的アイス』の初披露である。
三人は興味津々とばかりに私の手元をのぞき込んでいる。
「下ごしらえはすませてきましたの。キャンディとミルクを入れたバットを冷蔵庫の下段で一晩寝かせまして、キャンディが完全に溶け切ったのちに氷室に移すのですわ」
ちょうど頃合いに固まったそれを、お借りしたスプーンでガリガリほぐす。
「あとはこうしてほぐすだけですの」
「へえ、ずっとかき混ぜなくていいんだ。それは楽かも」
セドリック様が目を丸くする中、私は四人分のグラスに取り分け、どや顔で差し出した。
「完成ですわ! どうぞ召し上がれ」
ほとんど放りっぱなしでできるこのアイスを手作りと呼んでいいかは謎だけれど。
前世で料理の基礎よりも裏技にばかり興味を示していた私にできるのは、こういったものしかない。
裏技を使ったとは思えぬ出来に、目を瞬かせて食すエレノア嬢とセドリック様。
さあて殿下はどうかな、と横目を向ければ、一口含んで小さく頷いている。
どういう心境だよ。
「お口に合いましたか?」
尋ねてみると、咳払いののちに返ってきたのは──
「まあ、悪くはないな。…だがリーゼリット、おまえ、負ける前提で用意していたのか」
………なんですと?
「そうだよね。下ごしらえに一晩って、よっぽど自信がなかったってことでしょ」
殿下のつっこみに、セドリック様も同調してくる。
へえ、そういうこと言っちゃうんだ、ふーん?
私は二人の手からグラスを奪うと、残っていたアイスを一息にかきこんだ。
頬がリスのようになっているが、この際気にしない。
「なっ! 俺はまだ一口しか食べていなかっただろうが。しかも、おまえそれ…!」
「はらはうははひはりはげるもほはほはいはへんは」
(訳:からかう方に差し上げるものはございませんわ)
「ちょっと何言ってるのか、わからないんだけど…っ」
呆気にとられていたセドリック様の頬が、なぜかじわじわと染まっていくような。
隣を再び見やれば、殿下も口元を押さえて赤くなっている。
はちきれんばかりに膨らんだ頬をもぐもぐさせている様があまりに間が抜けていて、笑いをこらえているというわけではないらしい。
「リーゼリット様! 今のは、間接的な、その…っ」
エレノア嬢のあわてっぷりと言い淀んだ言葉のおかげで、私はようやく思い至る。
殿下たちに一矢報いるつもりでとった行動が、恋愛音痴の自らにも被弾するものであったことを。
……ああどうか、頬の熱で一瞬でも早く、頬袋の中身を溶かしてはくれまいか。




