闇夜に狙われた者3
今回は、ジョージュの部下のロイの視点で話が進みます。
俺はロイ。ジョージュ坊ちゃん専属の優秀なボディーガードだ。
その俺は今、なにかおかしなことに巻き込まれている。
最近坊ちゃんが始めたという『オカルト探偵』の仕事に、助手として来ているのだ。
突然だが、俺から見た、うちのジョージュ坊ちゃんについて紹介しよう。
坊ちゃんは、身内の贔屓目をなしにしても、頭が良く、成績優秀で、運動神経が抜群に良く、容姿端麗だ。金持ちで御曹司だけど、嫌みっぽいところがなく、朗らかで愛嬌もある。
どこからどう見ても完璧である、うちの坊ちゃんには、ちょっと欠点…いや、変…いや、変わった趣味があった。
ジョージュ坊ちゃんは、重度のオカルトオタクだった。
しかも、ただのオタクじゃない。
悪魔祓いのため教会に足しげく通い、モンスター退治のためと言い銃の腕を磨くような、超アクティブで、謎めいた、本格志向な妥協を許さないタイプのオタクだった。
…いったい何が彼をそこまで駆り立てるのか。
そんな彼に、俺がこの仕事に助手としてくっついてきたのは、俺の祖父であるセバスチャンこと執事長が同行するように命令してきたからだ。
この件で外出する直前、俺はセバスチャンに、「いいかロイ、坊ちゃんに何かあったらタダでは済まさんぞ。怪我でもしたら切腹しろ」と言われた。
もうこうなっては、どちらが本当の孫か分かったものではない。
と、まあ、そんな感じで、オカルトなんて全く信じていなかった俺だが、案内されてきた目の前の部屋の荒れた様子に、驚かざるを得なかった。
目の前にあるデイジアの父親の部屋は、暗い青色の壁紙でクラシックな雰囲気の、本棚やベッド、机などが揃った、大人の男性が住むのにふさわしい普通の部屋だった…だろうと思われる。
その部屋は今や、窓ガラスは割れて、ガラスの破片が散らばっており、本や何かの書類が床に散らばっていて、まるで部屋の中に台風がきたようだった。
よく見ると、赤い血痕のようなものも飛び散っている。
(これはモンスターというより、強盗が入った可能性が高いのでは…?)
この部屋まで案内した依頼人の女性、デイジアは、「部屋は自由に調べてください。その間、私はお二人が泊まるお部屋の準備をいたしますね。調査が終わりましたら、お部屋に案内しますので応接間に来てください」と言い、部屋から出て行った。
部屋には、俺と坊ちゃんの2人きりになった。
ジョージュ坊ちゃんが俺の方を向き、指示を出す。
「ロイ、何かモンスターの痕跡がないか、調べるのを手伝ってくれ」
「はい、わかりました」
俺達2人は、彼の部屋の調査を開始した。
部屋を調べようという坊ちゃんに、「わかりました」と返事をしてみたはいいものの、何を調べていいのやら。
一応、床の上に何か気になるものがないか、かがみこんで注意深く探してみる。
「坊ちゃん、ガラスの破片に気をつけてください」
「ああ、わかった」
坊ちゃんはいつになく真剣な表情で、緊張しているようにも見えた。
散らばった本の中には、何かの研究書のようなものがあった。
そのうちの何冊か手に取ってみる。
「『吸血鬼の生態について』、『不死の肉体を持つ吸血鬼』…?
坊ちゃん、この本、なんだか坊ちゃんの部屋にあるような種類の本ですね。この部屋、よく見たら、吸血鬼に関する本だらけですよ」
「そうか。もしかして彼女のお父様は、吸血鬼のことを研究してたのかもしれないな。
そういえば、さっき彼女が言っていたモンスターの特徴は、吸血鬼と同じだ。事件となにか関係があるのかもしれない」
俺が少し本の中を開けて読んでみると、印刷された字の隣にたくさんの書き込みがあり、本の持ち主が真剣にこのことを研究していたことがよくわかった。
そして、どの本にも、吸血鬼に関係することばかり記載されている。
『吸血鬼、生と死の狭間に存在する者、不死者』
『人間の生き血を啜る。血を吸われた者は死亡するか吸血鬼となる』
『吸血鬼の容姿は、生前の人間の姿のままであることが多い。吸血する際は、長い牙が出現するとされている。また、変身能力を持つ者もいると言われている』
『吸血鬼の苦手なものは、日光、聖水、ニンニク、においの強い香草などがある』
『吸血鬼を退治する方法は、いくつかあり、心臓に金属の杭を打ち込む、首を切り落とす、死体を燃やす、銀の弾丸で撃つ、などの方法が挙げられる』
『実際の吸血鬼とは、仮死状態で死んだと思われていた人間が蘇ったものではないかとされる』
研究書の、一切感情的な訴えがない客観的な文章の表現や、挿絵の吸血鬼の被害者の傷のリアルさは、オカルトを信じていない俺でさえ、吸血鬼が本当にいるのではないかと思わせるほどだった。
なにかゾワゾワするような、不気味さを感じた。
坊ちゃんはその間も、机や椅子、ベッドの上から下まで、隅々まで調べているようだった。
ベッドの上の布団を触ったりして、手に汚れでもついたのか、指をこすっている。
ちなみに俺は何しているのかと言うと、少しドキドキしながらクローゼットを開けたが、…特に変わったものは何もなかった。
…雰囲気に飲まれてんのかなあ、俺。そう思った。
机の下に、倒れた写真立てを発見したので、適当に机の上に戻しておく。
写真には、笑顔のデイジアと、デイジアの父親であろう優しそうな男性が2人並んで写っていた。
笑顔のデイジアの下には、空いたスペースに「デイジア」と書かれており、男性の下には「オルバ」と書かれていた。オルバとは、父親の名前だろう。
今度は、俺が本を読んでいる間に、坊ちゃんが調べていた棚を見てみる。
棚は少し埃被っていて、先ほど案内された応接間の机よりはずいぶん汚れていた。
棚の中には、さっき本で絵が載っていた杭らしき物やハンマー、透明な水が入った小瓶がいくつか置いてある。
その小瓶の1つに触れようとすると、俺の後ろにいた坊ちゃんが「その小瓶には聖水が入っている」と言った。
ふと坊ちゃんの方を見ると、坊ちゃんは立ったまま、俺がさっき見つけた本をパラパラと捲り、続いて、薄いノートのようなものを読んでいるところだった。
坊ちゃんは何か見つけたのか、ノートを読みながら息をのんだのが分かった。
そんな様子の坊ちゃんが、なんとなく気になったので声をかける。
「坊ちゃん、どうです?何かわかりましたか?」
「ロイ…ちょっとこれを読んでみろ。机の上にあった日記だ」
俺は言われるがまま、坊ちゃんから受け取った日記を読んでみる。
日記には、デイジアの父親で、この部屋の主である「オルバ」が、吸血鬼について熱心に研究する様子が記録されていた。
日記の持ち主「オルバ」はとてもマメな性格なのか、数年前からほぼ毎日、日記をつけていた。
几帳面に毎日つけられていた日記の最後の更新日は、今から約1か月前ほどだ。
日記をつけるのに飽きてしまったのだろうか?
最後の日記には、このように書かれていた。
『ようやく長年探し求めていた吸血鬼の居場所を知ることが出来た。早速、明日から調査に向かうことにする』
『吸血鬼は恐ろしい存在だ。だが、私は吸血鬼に心を惹かれてやまない。超常的な存在に、恐怖より憧れの気持ちの方が勝ってしまうのだ。
非現実的な存在をずっと追い続ける私は、娘の言う通り、おかしいと思われても仕方ないのだろう。だから、吸血鬼のことは黙って家を出ようと思う。
用意は十分だ。吸血鬼は聖水をかけられると動きを一瞬止めること出来る。聖水は変身を解く力もあると言われている。そして何より、吸血鬼を殺す方法だが、杭で心臓を穿つことが最も確実だろう』
坊ちゃんが開いてみせたページを読み終わった俺は、顔を上げて坊ちゃんの顔を見る。
「読んだか?…ちょっと耳貸せ」
坊ちゃんはそう言いながら、真剣な顔をして手招きする。
俺が耳を近づけると、坊ちゃんは、思ってもみなかったことを言った。
「…気をつけろ。最悪の場合、ここの一家全員が吸血鬼だ」