友人 『クリス』
オカルト探偵事務所を立ち上げ、事務所のホームページを作ってから、2週間が経った。
お客さんから連絡があるかもしれないと、仕事用の携帯はいつも手放さずにいる……が、鳴ったことなど一度もない。
今日こそはと思い、大学での昼休憩にも食堂で携帯を見てみるが、いつも通り通知の一件も着ていなかった。
あまりの反響のなさに溜め息をつく。
「どうしたの?珍しいね、ため息なんて」
テーブル席に向かい合わせで座っている背の高い黒髪の男性が、飲み物を片手にそう言った。
「クリス・・・前に話した俺の事務所に、仕事の依頼がなかなか来なくてさあ…どうしてだと思う?」
俺に話しかけた男、大学の同級生で友人のクリスに、今の心情を吐露した。
「やっぱり、キャッチフレーズの『ゴーストもゴーッとやっつけて』とか『吸血鬼もキュウッと絞めて、一気に解決!』とかがよくなかったのかな?
怖い気持ちを笑いに変えるのは必要だと思って、面白いフレーズにしたつもりだったんだけど…」
俺がそう言うと、クリスは肩をすくめてちょっと笑いながら言った。
「う~ん、そこじゃなくて、単純に、ホームページの内容に信憑性がないんじゃないかな?せめて、信頼されるように、顔写真でも貼ってみたら?」
「それはもうやった。でも、写真を掲載したら、いたずらメールがくるようになっちゃったみたいでさ。」
テーブルの上に置いていた紅茶を見つめながら答える。
「なっちゃったみたい?君が確認してるんじゃないのかい?」
クリスはちょっと驚いたように言った。
「最初に着た変なメールを、部下のセバスチャンがたまたま開けて見つけちゃったみたいでさ。それからはずっとセバスチャンがメールをチェックするって言い張るんだよ。」
俺がそう言うと、クリスは合点がいった、という顔をする。
「それはそれは…セバスチャンも大変だなあ。彼は、君に対してかなり過保護だしね。写真なんて載せたら、ただ君に会いたいだけの女の子からメールがいっぱい着そうだ。
大事な大事~な一人息子の坊ちゃんに、変な虫がつかないようにって、彼は目を光らせているんだね」
「そ、そんなことないよ…」
周りを警戒するようなポーズ(セバスチャンの真似か?)で俺をからかうクリスに、俺の顔は少し赤くなった。
「あれ?自覚がないのかい?
俺の女友達も言ってたけど、君ってかなりカッコイイと思うよ。
同じ学年の女の子の間じゃ、君ってこう呼ばれてるんだ。
『鍛えられた身体に、日焼けした肌が魅力的な、青い目をした爽やか笑顔の王子様』ってね」
そう言って、クリスはニヤニヤしながら俺の反応を窺っている。
クリスはこうやって、俺をからかって遊ぼうとすることがある。
俺は「嘘くさいな~。初めてそんなこと聞いたぞ…」と言い、動揺を隠すように紅茶を飲んだ。
「それはジョージュ、君があまり周りの人に興味がないからじゃないのかい?」
しかし、そんなことをニコニコしながら言ってくるクリスは、おれなんかよりよっぽど整った顔立ちをしている。
細身で背が高く、黒髪黒目の、どこかミステリアスな雰囲気を持つ中性的な顔立ちの美青年。
彼と一緒に出掛けると、多くの女性が振り返る、そんな表現が大げさじゃないほどの美貌だ。
その上に彼は、穏やかで優しく、物知りなところも女性に人気だった。
まあ、モテすぎるので、男には非常に嫌われていたが……。
そんな彼と俺がなんで仲良くなったかというと、意外なことに、彼も俺と同じオカルトオタクだったからだ。
彼は、俺がオカルトの話をしてもドン引きしない、大学での貴重な話し相手だった。
彼との出会いは、俺が大学に入る少し前にあった夜の社交パーティーだ。
初めて会ったときから、俺の話に興味を持ってくれた彼と意気投合。大学まで同じだと分かってからは、学部が違っても昼ご飯を一緒に食べる、仲が良い友人となった。
俺が2個目のハンバーガーを食べてる時に、すでに食事を終えたクリスが口を開いた。
「でも本当に信じられないな、君がオカルト探偵事務所を設立するなんて。
君がホームページを見せてくれるまで、正直嘘かと思ってた。」
彼はそう言って、刺繍の綺麗な布で口を拭く。
「嘘なわけあるか!俺は有言実行するタイプだ」
俺が笑ってそう言うと、クリスは言いづらそうな顔をしながら「そうじゃなくて…」と続けた。
「ジョージュ、君って、本当にその、幽霊だの悪魔だの、吸血鬼だのの存在を信じてるのかい?」
困った顔をしながら言うクリスに、俺は少し憤りを覚える。
「クリス!いつも俺達話してるだろ!幽霊や吸血鬼は本当にいるんだ!研究書がそう言っているし、見た人だっている!」
「君はそう言うけど、実際に君が本物を見たわけじゃないんだろ?
だったら、オカルトの研究なんて、本を読んだり意見を交換したりするぐらいにして、…わざわざ、依頼を受けてまで確かめに行くようなことじゃないんじゃないか?」
クリスが珍しく、オカルト話に関して、否定的なこと言う。
前に一緒に、幽霊が出ることで有名なトンネルに行った時にはこんなこと言わなかったのに。
(あの時は、けっきょくトンネルの近所に住んでいた頭のおかしな老人が叫んでただけだと分かったが…。)
「クリス、そうじゃない。俺は超常現象を信じている。
実際にモンスターに困っている人たちは、目に見えないけどいるはずなんだ。
きっと助けを求めてる。俺はその人たちを助けたい。
そして、モンスターを退治できたら、世界はより安全な良いものになるんだ。
…それはいいことだろう?」
「OK、OK…まあ、俺もだいたいは君と同じ意見さ、ジョージュ。」
あまり納得していないような表情でクリスは言った。
「だろう?クリスなら分かってくれると思ってたよ」
俺はその表情を無視して、言葉だけを額面通りに受け取った。
少し間をおいてクリスが呟く。
「でも、君の言うモンスター退治の依頼なんて、そうそうこないと思うけどね……」
「わからないぞ…この瞬間にもホームページに依頼が着てるかも」
「そんな簡単にいくかな…」
ブーン…ブーン…
突然俺の携帯のバイブ音が鳴る。
ポケットの中を手探りで確認してみると、…鳴っているのは、仕事用の携帯の方だった!
俺は思わずクリスの方に視線をやる。クリスは「どうしたの?」という感じの表情だ。
画面を見ると、俺の部下のセバスチャンからの電話だ。
急いで電話に出る。
「はい、ジョージュです」
「坊ちゃん、こちらはセバスチャンです。今坊ちゃんの事務所のホームページに、メールで仕事の依頼が着ていました。転送いたしますので、ご確認ください。」
「わかった。すぐ確認する」
俺はそう返事して、携帯をピッと切る。
「話をしてたら依頼がきたぞ、クリス!」
「えっ!?本当に?ねえ、ジョージュ、どんな依頼なんだい?」
「え、やっぱり気になる?
でもそれはー、お客さんの個人情報だから、言えないなあ!」
俺は嬉しくてテンション高めに言った。
しかしクリスはなぜかテンションが低く、この展開を喜んでいないようだった。
「詳しくは聞かないよ。お客さんの名前なんかはね…。
で、どんな内容なのかな?」
「ああ、えっと…ちょっと読んでみる…」
ついに依頼された初めての仕事の内容は、このようなものだった。
「『モンスター退治の依頼。私の父がモンスターに襲われました。そのモンスターに、次はお前を殺すと予告までされています。私はとても恐ろしい、どうか助けてください。詳しい話は会って直接お話しします。すぐに来てください。』」
ついに望んだ仕事がきて、思わず手を握りしめた。
間違いなくこれは、モンスター退治の依頼だった。
すぐに行かないといけないから、今日は早く家に帰ってオカルトハンターとしての仕事道具をとってこなければいけない。
俺がそんなことを考えていると、クリスがこんなことを言う。
「ねえ、だいたいの場所でいいんだけど、その…依頼者が来てほしいって言っている家の場所ってどこ…?」
いつも温和な顔をしたクリスが、あまりにも真剣な顔で聞いてくるものだから、思わずたじろぐ。
地図を指さして、この小さな街の近くにある山の方だ、なんて曖昧に伝えると、クリスは片眉を上げる。
「ねえ、ジョージュ。本当に行くの?何もないかもしれないよ。
行ったって、依頼なんて嘘だったって言われちゃうかもしれないよ?本当に行くの?」
「な、なんだよ、やけにいつもより否定的だなあ。
でも、依頼主の人、困ってるみたいだからさ。とりあえず話を聞いて相談に乗ってあげたいんだ。
もし、依頼が嘘ならそれは、平和だったから良かった、ってことにするよ」
それを聞いてクリスは納得したのだろう、「そうか…ううん、なんでもないよ。気をつけてね…」と淡々と言った。
俺は「ああ、ありがとう」と返した。
それから俺はクリスと別れを告げ、仕事道具を取りに行くため事務所に戻るのだった。