menu153 ゼロスキルの圧勝
おかげさまで新作の『300年山で暮らしてたひきこもり~』が、
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「この肉はな…………」
レッドバーンの肉だ。
「「「「「レッドバーン!!!!」」」」」
皆が声を揃える。
アセルスたちはもちろん、店主や野次馬たちまで驚いていた。
レッドバーンとは、別名『赤飛竜』と呼ばれる竜種の1種だ。
飛行することに特化したことから、竜種の中では小型の部類に入り、手が翼と一体となっているところが、他と違う大きな特徴だろう。
だが、何よりもレッドバーンを『赤飛竜』とたらしめているのは、その鮮烈な赤い鱗であろう。
実はレッドバーンの鱗は、市場でも人気の素材だ。
軽量な上に、耐火性能に優れているため、冒険者たちの防具はおろか建材などにも使われていて、重宝されている。
魔物の中では、比較的に知られている一方で、その姿を見たものは実は少ない。その肉ともなれば、恐らくここにいる誰もが食べたことがないだろう。
そもそも、それは魔獣の肉なのだ。
「レッドバーンの腸詰めだと!」
「魔獣の肉をおいしく食べられるものか」
「そうだ! きっと……」
「いいえ」
口々に言い合う店主たちに対して、毅然とした態度で否定したのは、ディッシュではなく、エーリクだった。
店主たちの前に進み出て、吸血鬼特有の赤い目で睨む。
これまで若輩と舐めていたエーリクが吸血鬼であることを思い出すと、騒ぎ立てていた店主たちは、一瞬にして静まった。
エーリクは説明を続ける。
「この腸詰めは、ラニクランド王家の吸血鬼が討伐したものです」
「吸血鬼が……」
「討伐?」
「したって……」
店主たちは首を傾げる。
「あんたたちは知らねぇっていうより、俺も知らなかったんだけどよ。カルバニア王国で出回っているレッドバーンの鱗は、主にラニクランド王家――つまり、優秀な狩人である吸血鬼が刈り取ったものなんだよ」
「なっ――」
「吸血鬼たちが」
「レッドバーンの鱗を」
ディッシュの説明に店主たちだけではなく、周りも驚いていた。
レッドバーンの建材は有名でも、その素材を取る職人や、建材などに加工する製産元などは、意外と知られていない。
それでも店主たちはムキになって、否定の言葉を繰り返す。
「信じられねぇ……」
「吸血鬼がどうやって、レッドバーンを倒すんだよ」
「飛竜だから、飛んでる相手にどうやって?」
「こうやってですよ」
おもむろにエーリクは、上着を脱ぐ。上半身裸になり、真っ白は身体を露わにした。意外と筋肉質な身体を見て、ご婦人方からは『眼福』と小さく声が上がる。
すると、エーリクは目をつむり、下ろした拳に力を入れた。
肩甲骨の辺りがうねる。皮膚が裂けると、現れたのは鮮血――ではなく、黒い幹のようなものだった。
それがスルスルと伸びていくと、薄い皮膜の付いた翼が現れる。
「これは……」
「吸血鬼の――」
「まるで蝙蝠の翼だ」
まさしくエーリクの背中から生えてきたそれは、蝙蝠の翼だった。
エーリクが少し力を入れるだけで、翼は大きくはためく。
その時、集まった人間の脳裏には同じ考えがよぎっていた。
吸血鬼のイメージは、「血」のイメージがあるが、その他にも変身や飛行能力があるということだ。
「皆さんも知っておられるかと思いますが、僕たちには空を飛べる能力があります。ただ、この力には制限があり、昼間飛ぶことはできません。しかし、陽が沈み力を解放することができれば、僕たちは無敵です」
吸血鬼が夜、その怪力を発揮することもまた広く知られている事実である。
夜の間であれば、もしかしたらSSクラスの聖騎士アセルスですら、凌駕するかもしれない。
そんな彼らからすれば、例えレッドバーンが我が物顔で空を飛ぼうとも、敵ではないのだ。
「そうか」
アセルスは呟く。
「ディッシュ、それでレッドバーンの肉を選んだのか?」
「そうだぜ。何も特産品が、普通の肉や野菜に限るってわけじゃないだろ。おいしく、そして安全に食べることができれば、別に魔獣の肉の腸詰めだってかまわないはずだ」
「確かに。ディッシュらしい発想だな」
そもそもキングアップルジュースを売り出す時点で……いや、ディッシュに頼んだ時点で、こうなることはわかっていた。
そして、ディッシュの言う通りの展開になってきている。
今、ここで魔獣の肉といっても、悲鳴を上げて追及する人間はいない。
ニャリスの言ったイメージのハードルを下げるというのは、吸血鬼だけではなく、魔獣料理に対しても効果があったのだ。
だが、店主たちは引き下がらない。
どうしても負けたくないようだ。
「魔獣の肉を食わせるとは」
「なんてことを……」
「魔獣の肉はまずいということを知らないのか?」
その声は虚しく響くのみだ。
魔獣の肉は不味い。
これは確かに定評であるのだが、美味しそうに食べているアロラを見れば、一目瞭然である。
実に幸せそうな表情を浮かべて、食べている。
「味だけじゃない。安全面にだって、きちんと配慮したんだぜ。なんせレッドバーンの肉は、そのまま食べてしまうと、本当に喉が焼けてしまうからな」
「えええええええ! ディッシュよ。お前を信じているが、そんな肉を食べて大丈夫なのか?」
「アロラを見れば、安全だってわかるだろ?」
「それはそうだが……」
「大丈夫ですよ、アセルス殿。あの肉にも、我ら吸血鬼族の知恵が加味されておりますので」
レッドバーンは火属性である。
ディッシュ曰く、火属性の魔獣は強い辛みのある肉になる。
特にレッドバーンの辛みが強く、ディッシュの言う通り本当に口の中や胃が焼けただれるほどの効果を持つ。
「それを抑えるために色々と試したんだけど、なかなかうまくいかなくて、エーリクとも相談したんだよ」
「キングアップルジュースの保存を考えていた時に、魔獣の属性は血に出ることがわかりました」
血という分野において、吸血鬼族の右に出る者はいない。
たとえ、それが『ゼロスキルの料理人』のディッシュであっても、その膨大な知識に太刀打ちはできない。
エーリクたちはその後、その属性を抑える方法を編み出すことに至る。
「激しい辛さを抑えると同時に、辛さではなく、味の中に熱さを加える事ができたんです」
「熱さ……」
「にししし……。すげーだろ。味が『熱い』んだぜ。これって冬の食べ物として、最適だろ」
「副産物として、保存日数も増やすことができたことも良かったですね、ディッシュさん」
「ああ!」
エーリクとディッシュ、互いに親指を立てて、健闘を称えた。
「おいしかった……」
ついにアロラは食べ終える。
周囲がディッシュやエーリクの説明を聞いている間も、彼女は夢中になって食べていたようだ。
結果はもう言わずもがなだろう。
アロラは迷うことなく、ディッシュとエーリク、さらに吸血鬼族たちが作ったレッドバーンの腸詰めを推した。
「他もおいしかったけど、やっぱり食べるとほんわりと温かくなってくる感じは、本当に不思議な味だったわ。さっきまで寒かったのに、今ちょっと汗ばむぐらいよ」
アロラはパタパタと手団扇で首下を扇ぐ。
「そんな馬鹿な!」
「俺たちの料理が」
「吸血鬼の――それも魔獣の料理に負けるなんて!」
ありえない、と声を荒らげる。
「なら、みなさんも食べてみるニャ」
ニャリスが店主たちの前に皿を差し出す。
真っ赤な腸詰めを前にして、息を飲んだ。
しばらく動かないのを見て、ニャリスは笑った。
「んん? どうしたのかニャ? 怖いのかニャ? 魔獣の料理が? それとも吸血鬼族の料理がかニャ? それとも、負けるのが怖いのかニャ~」
煽りに煽る。
そのしたり顔も、思わず殴り付けたくなるほど、卑しい。
余程、ニャリスも思うところがあったのだろう。
「た、食べるわ」
「何が怖いものか」
「所詮は、料理だろ」
ついに店主たちが、竹串を握る。
同時に頬張った。
「「「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
驚声が王都の通りの一角に響き渡る。
そのあからさまな反応を見て、どよめきが起こった。
「う、うめぇ! あふれ出る肉汁の濃厚さがたまらねぇ」
「牛とも豚とも違う歯応えも最高だ」
「すごい……。身体がほんのりと温かくなってくる。口の中に小さな暖炉でも突っ込んだみてぇに温かくなってくる」
先ほどまで、目くじらを立てていた店主の顔が、弛緩していく。
童心に返ったかのように、レッドバーンの腸詰めを食べ、そのおいしさに驚嘆していた。
こうなると、我慢できないのは、一部始終を見ていた野次馬である。
「わしもくれ!」
「私も!!」
「俺には10本!」
「じゃあ、こっちは20本だ!」
たちまちエーリクの屋台に、人々が群がる。
吸血鬼族が作ったレッドバーンの腸詰めは、飛ぶように売れていった。
コミカライズ『ゼロスキルの料理番』更新されました。
ついに王宮編が完結です。何かほしいものがあるか、と言われたディッシュが出した結論とは?
答えはヤングエースUPに掲載された最新話をご覧ください。
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