menu138 夢の料理
これにて第5章が終了です。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ルルイエ湖の湖畔に笑い声が響いていた。
すっかり陽が落ちたにも関わらず、大勢の人間が討ち取ったスカイドラゴンの料理に舌鼓を打っている。
デラン王の計らいで、飛竜を使って酒が運ばれてくると、今日の功労者である竜騎士達に振る舞われた。
生憎と麦酒だけだが、皆楽しそうだ。
竜騎士の中には、王の姿もある。
麦酒を片手に、今日の戦いの話を竜騎士達と語り合っていた。
ロドンは、醸造酒でないことを残念がっていたが、結局一番麦酒を飲んでいた。
赤ら顔で「もう1杯」と杯を掲げた先には、すでに酔いつぶれてしまった竜騎士達がまさに死屍累々と倒れていた。
アセルスとウォンの食欲は、相変わらず旺盛だ。
1人と1匹はよっぽどお腹が空いていたのだろう。
アセルスはずっと戦っていたし、ウォンはここまでの道中の距離は決して短いものではなかった。
夢中になって、ディッシュが作るスカイドラゴンのコース料理を堪能している。
一方、グリュンはそんな騒ぎから少し離れ、麦酒が入った杯を片手に、ほぼ解体されたスカイドラゴンを見つめていた。
その顔は少し悔しそうだ。
できれば、自分とホーデンだけで仕留めたかったからである。
もっと強くならなければ……。
スカイドラゴンの遺骸を見ながら、グリュンは硬く心に誓う。
すると、ふとあるものが目に入った。
スカイドラゴンの皮膚に、何か黒くつるりとしたものがあった。
思い切って触ってみると、やたらと硬い。
目玉だろうかと思ったが、スカイドラゴンの目は別の場所にあった。
「どうした、グリュン?」
1人首を捻っていると、ディッシュが声をかける。
少しお酒が入っているのだろう。
若干鼻の頭が赤い。
顔には締まりがなかった。
「ディッシュさん、これは何でしょうか?」
思い切って、先ほど見つけた黒い塊を指差す。
ディッシュは目を細めて、よく見た後、髪を掻いた。
「すまねぇ。俺もわからねぇんだ。解体してた時から気になってたんだよ」
「ディッシュ殿でもわからないことがあるのですね」
「わからないことだらけだよ。だから、知りてぇし、食べてみてぇんだ」
ディッシュは黒い塊に触れる。
触っているうちに、触り心地の良さに気付いたのだろう。
コネコネと触り始めると、ディッシュは自分の推測を言った。
「これはもしかしたら、鱗があった痕跡かもな」
「痕跡?」
「竜ってみんな硬い鱗を持ってるだろ? でも、スカイドラゴンにはそんな鱗はない。速く動くために、必要ないって思ったんだろ。この黒い塊は、その名残だと思う」
「なるほど」
グリュンは感心する
言われてみれば、正解のような気がした。
「やはり、さすがですね、ディッシュ殿」
「あくまで憶測だよ。俺は料理人であって、学者じゃないからな」
「あの……。この黒い塊ですが、私がもらってもいいでしょうか?」
「好きにしろよ」
ディッシュは包丁を突き立てる。
塊は2つあって、2つともグリュンに預けた。
「どうするんだ?」
「こうするんですよ――――」
グリュンは自分の薬指の上に置いて、黒い塊をかざした。
◆◇◆◇◆
「ファナ……。私と結婚してほしい」
その言葉は、『竜の住み処』に響いた。
いつもは騒がしく、かつ慌ただしい定食屋が、今はしんと静まり返っている。
お客たちは固唾を呑み、長鷲族のシェフが調理場から覗き見ていた。
居合わせたディッシュ、アセルス、ロドンも見守っている。
今ここでの主人公は、グリュンだ。
その真剣な眼差しを受けるファナは、ただただ驚いている。
そして2人の間にあるのは、黒真珠のような輝きを持つ宝石だった。
信じられないファナは、幾度か空気を誤魔化すような仕草をする。
夢じゃないのか、そんな気分なのだろう。
でも、何度頬をつねっても、彼女の前にいるグリュンが消えることはない。
「えっと……グリュン。1つ言わせて」
「なんだい?」
「私、仕事中なの」
「あ――――――」
本当に何も考えていなかったらしい。
グリュンは思わず顔を赤らめていた。
口調と眼差しに誠実さは感じるが、相当緊張していたようだ。
「でも、ここは……。ファナと初めて出会った場所だから」
「そう。そうね。……そうだったわ」
初めてファナは笑顔を見せる。
最初は戸惑っていたが、いつしかこの空気を楽しむようになったらしい。
「あの…………ファナ………………。答えは?」
「そ、そうね……。プロポーズする場所としては、最悪だけど」
そう言うと、調理場のシェフがムッとして嘴を尖らせた。
「でも――――」
あなたは最高だわ。
「じゃあ――――」
「はい。よろしくお願いします」
最後にファナは柔らかな笑顔を浮かべる。
そして宝石のように輝く、スカイドラゴンの鱗を受け取った。
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
その瞬間、歓声が沸き上がる。
やんややんやと場を盛り立てられ、店にあった新聞が紙吹雪に変わった。
舞い散る紙吹雪の中で、ルルイエ王家領に生まれた新しいカップルはとても幸せそうだ。
アセルスが拍手を送ると、ディッシュとロドンが後に続く。
鶏竜をくわえていたウォンが、「うぉおおおおおおお!」と祝砲を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
そして別れの朝はやってきた。
行きはホーデンに乗ってきたディッシュだが、帰りはルルイエ王家が手配してくれた馬車で帰ることを選択する。
ディッシュがウォンと一緒に帰りたいと言い出したからだ。
ルルイエ王家領にある朽ちた城壁の前で、ディッシュ達は別れの挨拶を王から受けていた。
「ディッシュ殿、アセルス殿、ロドン殿、そしてウォン殿。この度は、我が王家領を救っていただき、改めて感謝を申し上げる」
デロン王は頭を下げる。
言葉と態度に恐縮しながらも、代表してアセルスが前に出た。
「いえ。我々は確かにお手伝いしましたが、ルルイエ王家の竜騎士たちの力がなければ、スカイドラゴンもあの魔族も討伐することもできなかったでしょう。我々への労いの言葉はそこまでにして、どうぞ陛下の家臣を褒めてやって下さい」
「過分な言葉、痛み入る。どうか皆様、息災で。そして、もし宜しければ、またこの王家領に来ていただきたい。いつでも歓迎しよう」
「それは有り難い。また鶏竜をご馳走になりに来ます」
「待っているよ」
デロン王は最後にそれぞれと握手を交わすと、後ろに下がった。
それと入れ替わるようにグリュンが進み出てくる。
側にはファナが寄り添っていた。
実に幸せそうで、初々しいカップルだった。
「私たちからも礼を言わせていただきます」
「もうお礼のおかわりはたくさんだぞ、グリュン。散々聞いたからな」
ディッシュはいつも通りだった。
アセルスとロドンも同調するようにクスリと笑う。
グリュンはちょっと困ったような顔をしたが、最後には笑顔を取り戻した。
「どうか皆さん、お元気で」
「またうちの鶏竜も食べに来てね」
ファナは手を振る。
すると、グリュンはディッシュの前に立つと、何かを握らせた。
ディッシュは手を開き、確認する。
「グリュン、これは?」
「餞別です。どうか持っていって下さい。いつかきっと役に立つ時があるでしょう」
グリュンは最後にディッシュにウィンクを向けた。
ついに馬車の出発の時間となる。
馬車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。
窓を開けて、手を振る。
皆が「さようなら」と手を振り返した。
『ぎゃあああああああ!!』
名残惜しそうに嘶くホーデンの吠声が、もの悲しく響いた。
馬車は街道を北に進む。
カルバニア王国まで3日といった旅程だ。
疲れたのだろう。
ロドンもアセルスも早々に眠ってしまった。
そのアセルスは涎を垂らしながら、横のディッシュにもたれかかる。
ふっと笑ったディッシュは、アセルスに毛布をかけた後、握った手をそっと開いた。
それはスカイドラゴンから取った黒い塊だ。
丁寧にカットされ、丸い宝石のように光っている。
指輪にするには、ちょうどいい大きさだろう。
「ディッシュ! お腹空いた!!」
アセルスの声に、ディッシュは思わず肩をびくつかせる。
思わず黒い塊を落としそうになったが、間一髪キャッチした。
横を見ると、アセルスは寝息を立てている。
どうやら寝言だったらしい。
「夢の中でも食べてんのか、アセルス?」
ディッシュは肩を竦め、自分も瞼を閉じた。
夢の中のアセルスに、料理を作るために……。
次回の更新ですが、8月4日です。
コミカライズの発売日になります。
すでにAmazonなどで、ご予約を承っております。
是非ともお買い上げいただきますようお願いします。







