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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
136/209

Special menu5 ダンジョンのアレ焼肉(7)

おかげさまで、4万pt突破しました。

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。

Web、書籍、コミック、引き続き「ゼロスキルの料理番」の世界を

ご堪能いただければ幸いです。

今日もどうぞ召し上がれ!

 ボッ!!


 小竜が吐く炎のような音を立てて、紅蓮が踊った。


 ディッシュが得意とするシチリン料理。

 その網の上に乗ったのは、食べやすいサイズにカットされた大腸である。

 むろんただの大腸ではない。

 ダンジョンの厄介者ミミックの大腸だ。


 その迷惑な魔獣の大腸は、鮮やかな縞模様をしていた。

 (タン)の時もそうだったが、ミミックの肉の色は牛や豚に似ている。

 魔獣が青や紫色に対して、全体的に赤身なのだ。


 ミミックの大腸もぬめっとした白に、薄い桃色をしている。


 その肉質も、やはり牛を想起させた。

 べたっと平たく、ぬめりがある。

 ちょっと見た目には気持ち悪くとも、その白い脂質は輝き、思わず生唾を飲み込みほどの魅力を秘めていた。


 ボッ!!


 再びシチリンの炎が荒ぶる。

 大腸から垂れた脂が炭の熱に触れて燃え上がっているのだ。

 小さな炎であるが、それはまるでシチリン自体が口を開けて、「俺にも食べさせろ」と叫んでいるようにも思えた。


 身の部分に薄く焼き目がついていく。

 白い脂の部分がプルプルと震え、頃合いを教えてくれた。


「そろそろだな」


 ディッシュが箸で摘まむ。

 ウォンの鼻の前に嗅がせてみせた。

 神獣の毛はすでにモフモフである。

 思わず触りたくなるのを、ディッシュはぐっと堪えた。


 一方、ウォンは真剣に肉の具合を計ってみせる。


「うぉん!」


「よし。食べていいぞ、ウォン」


 ウォンは口を開ける。

 「あーん」という感じにだ。

 どうやら食べさせてもらいたいらしい。


「なんだ、お前も『あーん』してほしいのか?」


 ディッシュの問いに、ウォンは答えなかった。

 だが、口を開けて主が肉を与えてくれるのを待つ。

 どうやらアセルスとのやりとりに触発されたようだ。


「わかったわかった」


 ディッシュは観念した。

 大きく開いたウォンの舌の上に、たった今焼き上がった肉を乗せる。


 すると、早速ウォンは熱々の肉を口の中で転がし始めた。

 その様を、周りの人間たちが羨ましそうに見つめている。

 不意に静寂が訪れ、ウォンの顎と牙を鳴らす音だけが響いた。


 やがて神獣の瞳がカッと見開く。


「うぉおぉおおぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお!!」


 得意の遠吠えを披露する。

 ウルベン城塞都市に響き渡った。


 ウォンの毛がモフモフになっていく。

 いや、モフモフだけではない。

 一級の美容液にでも浸けたかのように艶やかになっていく。

 夕闇の中、ぼうと光っていた。


「おお!」

「すごい、遠吠えだ!」

「狼が光っているぞ!!」


 皆が驚いていた。

 その反応に、ウォンをよく知るアセルスたちですらおののく。


「こんなウォンを初めて見たぜ」

「ウォンちゃん、いつもよりも多めに光ってますぅ……」

「ウォンの反応……。それほどおいしいのか」


 そこまでおいしいというのか……。


 やがて皆の視線が、ミミックの大腸に戻された。

 お腹も、辛抱(こころ)もここまでだ。


「ディッシュ、私にもくれないか」


「もちろんだ、アセルス。みんなも焦るなよ。人数分はあるからよ」


 ディッシュはシチリンで焼いていた大腸を皿に盛る。

 皆の前に提供した。


 皆が箸を構え、摘まみ上げていく。

 その顔が幸せに歪む中、アセルスもまた焼いた大腸を箸で摘まむ。


「柔らかい……」


 臓物(ホルモン)もまたルーンルッドでは定番の焼肉メニューである。

 アセルスも勿論大好きだ。

 特に腸の部分は好みで、焼肉に行けば必ず頼む部位でもある。


 焼いて柔らかくなるのは、よく知っている。

 けれど、持った時の感触はいつもの腸よりも柔らかい。

 何より垂れてくる脂がまた違う。

 蜜のように爛れ、その香りと相まって食べる前から口の中に味が広がっていく。

 芳醇な風味、脂から溢れる甘み。

 想像するだけで、理性の箍が外れそうだ。

 大腸自身が自分のおいしさを訴える――そんな魅力を秘めていた。


 アセルスは溢れてきた涎を拭う。


 エア(ヽヽ)焼肉はここまでだ。

 今、目の前に実物があるのだ。

 牛でもなければ、豚でもない。

 魔獣ミミックの大腸が――。


 食べなければ、一生後悔することになるだろう。


「いただきます」


 改めてアセルスは食材と料理人に感謝する。

 桃色の唇を開け、ミミックの焼き大腸を口の中に運んだ。


 ――――――――ッ!!


 アセルスの瞼が大きく開く。

 背筋が一瞬にして伸び、雷に打たれたかのように硬直する。

 しかし、顎は動き続けていた。


 まず感じたのは、食感であった。


 プリプリなのだ。

 しかし、ただ柔らかいだけではない。

 確かに歯応えがあり、優しく押し返してくる。

 歯の1本1本を細やかにもてなさんとしていた。

 おかげで何度も噛んでいるのに疲れない。

 むしろ噛むという行為そのものに、口の中が癒やされていく。


 それは味にも関係しているのだろう。


 タンでも感じたその独特な旨み。

 筆舌しがたい脂の甘み。

 トロッとして、かつ蜜のように甘い。

 いや、これまでそう表現した肉脂は多い。

 だが、この大腸は間違いなくその中でも1番と称しても過言ではないだろう。


 神経に直接触れるような官能的な甘みが身体を貫く。

 なのに、牛や豚にあるような重みはあまりない。

 とろりとしているものの、後味は意外なことに淡白で、するりと喉の中に消えていくようだった。


 食べても疲れず、代わりに肉の旨みが顔を出す。

 ふわふわした食感のおかげで、身体が浮き上がりそうだった。


 つい真っ青な空に浮かんでいるようなイメージが想起される。

 高い空の上にあっても、そこは温かく、陽の光もひたすら優しい。


 そう――陽の光に包まれているようだった。


 そして、そこにまた麦酒である。

 流し込んだ瞬間、キレのいい泡の感触と、火照った口の中が冷えていく。

 焼肉と麦酒。

 この黄金コンビは、たとえ魔獣肉であろうと変わらなかった。



 うまい……。



 その一言すら忘れて、アセルスは夢中で頬張った。

 感想を聞こうとしたディッシュも、その表情を見てすべてを理解する。

 寂しい限りではあるが、客が自分の料理に夢中になることほど、料理人にとって誇らしいことはない。


「さーて、次は何にしようかな」


 ミミックの臓物(ホルモン)は1種類だけではない。


 小腸、心臓(かく)、胃、あるいは膵臓や腎臓なんて変わり種もある。


 その中でディッシュが選んだのは、やはり定番の部位だった。


 ミミックの箱の中から取りだしたのは、財宝ではない。

 いや、ここに揃った食いしん坊たちにとっては、ある意味お宝であろう。

 その食材を見て、大腸の味に取り憑かれていた人々の目が変わった。


 ディッシュが取り出したのは、ルビーよりも深い赤をした内臓である。


「ディッシュくん、それって――」


 ヘレネイは少し圧倒されながら、ディッシュが手に持った部位を指差す。

 いつも通り、ディッシュは得意げに笑った。


「にししし……。こいつはミミックの肝臓だ」


「「「「「「肝臓……!!」」」」」」


 ヘレネイだけではない。

 聞き耳を立てていた全員が、ディッシュの言葉に反応した。


 ディッシュは視線を浴びながら、ミミックの肝臓を切り始める。

 1口サイズに切り分けた後、瓶を取り出した。

 ふわりと良い香りが漂ってくる。

 アセルスは思わず頬を赤くした。


「ディッシュ、それは酒か?」


「ああ。肝臓は内臓の中でも一番臭味があるからな。それを消すためと、人間の害になるような穢れを払うためだ」


「しかし、良い匂いの酒だな」


「忘れたか、アセルス。お前、前にこの酒を呑んでるんだぜ」


「まさか、あの聖水を使った酒か!」


 それはアセルスとディッシュが、【白鯨討ち】のロドンと一緒にドクブクロを食した時である。


 あの時、ディッシュはマダラゲ草の種実に火精霊の灰をかけて、発酵させて見事醸造酒を作ったのだ。

 使った水が聖水であるため、その味は清らかで癖がなく、水のように飲めてしまうとロドンも絶賛する味だった。


「そう。それだ」


 ミミックの肝臓を軽く酒に浸した後、あまり時間を置かず取り出す。

 あまり長く漬けていると、肝臓自体の味や旨みが消えてしまうからだ、とディッシュは説明する。


 皿に盛りつけると、細かく刻んだ葱に胡麻油と塩を振った。



 ミミックの肝臓刺しの出来上がりだ。



 皿に盛られたのは、宝石のように美しい赤き肝臓。

 元が魔獣とは思えないほど、照り輝いている。

 これまた見た目からおいしそうだった。


 早速、皆が摘まむ。


「「「「「うまあああああああああああいいい!!」」」」」


 絶叫――――。


 食べた者が一様に顔を綻ばせる。

 アセルスも、ウォンも。

 フレーナやエリーザベトも。

 ヘレネイやランクもご満悦といった感じだった。


 噛んだ瞬間のプリッとした歯応えがたまらなく愛しい。

 そこからサクッと入っていく感触は、牛の肝臓と似ていた。

 肝臓にしかない食感に、皆が目を細める。


 さらに広がっていくのは、独特の味わいだった。

 そこに胡麻油の豊かな風味。

 ピリッと効いた塩の味に思わず顔が綻ぶ。

 食指が動き、また1枚と皿に手を伸ばしてしまう魔力があった。


 肝臓独特の臭味は、ディッシュの努力によって取り除かれ、ほのかにあの醸造酒の香りが漂っている。


 ディッシュが持った酒に興味を持った者は、杯に注ぎ、肝臓と一緒に味わっていた。


 それがまたたまらない。

 清らかな喉越しからキュッとくる酒精の感じが癖になりそうだ。

 そこにまた肝臓のサクッとした食感と、胡麻風味の塩味がベストマッチしていた。


 全体的に牛の肝臓刺しといったところだが、臭味がないぶん、苦手な女子どもでも箸が進んでしまう。


 酒と相まって、焼肉ですでに胃がもたれているはずの人々の箸が、肝臓の載った皿に伸びた。


 街中に突如始まった酒盛り。

 騒ぎとその料理の噂を聞きつけ、人々が集まってくる。

 ミミックの臓物(ホルモン)は、牛や豚よりも一回り大きいとはいえ、さすがに底を突きかけてきた。


 逆に腹をなで回し、お腹いっぱいの者も現れる。


 だが、ディッシュの動きは止まらなかった。


 皆が満足する中で、今度は鍋を用意しはじめる。


「でぃ、ディッシュ……。まだ作るのか?」


「ああ……。なんか客が増えちまったからな」


 にしし……、と笑う。

 料理人のディッシュとしては嬉しくてたまらないのだろう。

 今やギルド前に集まった人族やエルフ、あるいは獣人たちは、皆自分の客なのだ。


 ゲテモノ魔獣料理が、今客の心を掴んでいる。


 ディッシュが喜ぶのは至極当たり前のことなのだった。


 アセルスは思わず目を細める。

 ディッシュが認められていく。

 それはアセルスにとっても、幸せなことだった。


「そうか。――――で、何を作るのだ?」


臓物(ホルモン)といえば、これを作らなきゃもったいないだろう」


 そしてディッシュは歯を見せる。

 自信満々に言い放った。



 ミミックの臓物(ホルモン)鍋だ。 



コミックス『ゼロスキルの料理番』の

Amazonなど各通販サイトの在庫が戻ってまいりました。

まだコミックを手に入れていないという方は、

是非これを機会にゲットしてくださいね。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 ホルモンの旨そうなこと。近くに店ないので食べに行けない。くー、麦酒で喉を鳴らしたい。たまらんですな。 レバ刺しとは、ますますたまらんですな。 ウォンまであーん…
[一言] ううう、飯食ったばっかりなのにホルモンが食いたくて堪らぬ! 食後に読むモンじゃないな、飯テロ小説め! 俺はこの世に許せないモノが一つと言わず沢山あるが、中でもレバ刺し禁止だけは絶対に許せん!…
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