Special menu5 ダンジョンのアレ焼肉(7)
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Web、書籍、コミック、引き続き「ゼロスキルの料理番」の世界を
ご堪能いただければ幸いです。
今日もどうぞ召し上がれ!
ボッ!!
小竜が吐く炎のような音を立てて、紅蓮が踊った。
ディッシュが得意とするシチリン料理。
その網の上に乗ったのは、食べやすいサイズにカットされた大腸である。
むろんただの大腸ではない。
ダンジョンの厄介者ミミックの大腸だ。
その迷惑な魔獣の大腸は、鮮やかな縞模様をしていた。
舌の時もそうだったが、ミミックの肉の色は牛や豚に似ている。
魔獣が青や紫色に対して、全体的に赤身なのだ。
ミミックの大腸もぬめっとした白に、薄い桃色をしている。
その肉質も、やはり牛を想起させた。
べたっと平たく、ぬめりがある。
ちょっと見た目には気持ち悪くとも、その白い脂質は輝き、思わず生唾を飲み込みほどの魅力を秘めていた。
ボッ!!
再びシチリンの炎が荒ぶる。
大腸から垂れた脂が炭の熱に触れて燃え上がっているのだ。
小さな炎であるが、それはまるでシチリン自体が口を開けて、「俺にも食べさせろ」と叫んでいるようにも思えた。
身の部分に薄く焼き目がついていく。
白い脂の部分がプルプルと震え、頃合いを教えてくれた。
「そろそろだな」
ディッシュが箸で摘まむ。
ウォンの鼻の前に嗅がせてみせた。
神獣の毛はすでにモフモフである。
思わず触りたくなるのを、ディッシュはぐっと堪えた。
一方、ウォンは真剣に肉の具合を計ってみせる。
「うぉん!」
「よし。食べていいぞ、ウォン」
ウォンは口を開ける。
「あーん」という感じにだ。
どうやら食べさせてもらいたいらしい。
「なんだ、お前も『あーん』してほしいのか?」
ディッシュの問いに、ウォンは答えなかった。
だが、口を開けて主が肉を与えてくれるのを待つ。
どうやらアセルスとのやりとりに触発されたようだ。
「わかったわかった」
ディッシュは観念した。
大きく開いたウォンの舌の上に、たった今焼き上がった肉を乗せる。
すると、早速ウォンは熱々の肉を口の中で転がし始めた。
その様を、周りの人間たちが羨ましそうに見つめている。
不意に静寂が訪れ、ウォンの顎と牙を鳴らす音だけが響いた。
やがて神獣の瞳がカッと見開く。
「うぉおぉおおぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉお!!」
得意の遠吠えを披露する。
ウルベン城塞都市に響き渡った。
ウォンの毛がモフモフになっていく。
いや、モフモフだけではない。
一級の美容液にでも浸けたかのように艶やかになっていく。
夕闇の中、ぼうと光っていた。
「おお!」
「すごい、遠吠えだ!」
「狼が光っているぞ!!」
皆が驚いていた。
その反応に、ウォンをよく知るアセルスたちですらおののく。
「こんなウォンを初めて見たぜ」
「ウォンちゃん、いつもよりも多めに光ってますぅ……」
「ウォンの反応……。それほどおいしいのか」
そこまでおいしいというのか……。
やがて皆の視線が、ミミックの大腸に戻された。
お腹も、辛抱もここまでだ。
「ディッシュ、私にもくれないか」
「もちろんだ、アセルス。みんなも焦るなよ。人数分はあるからよ」
ディッシュはシチリンで焼いていた大腸を皿に盛る。
皆の前に提供した。
皆が箸を構え、摘まみ上げていく。
その顔が幸せに歪む中、アセルスもまた焼いた大腸を箸で摘まむ。
「柔らかい……」
臓物もまたルーンルッドでは定番の焼肉メニューである。
アセルスも勿論大好きだ。
特に腸の部分は好みで、焼肉に行けば必ず頼む部位でもある。
焼いて柔らかくなるのは、よく知っている。
けれど、持った時の感触はいつもの腸よりも柔らかい。
何より垂れてくる脂がまた違う。
蜜のように爛れ、その香りと相まって食べる前から口の中に味が広がっていく。
芳醇な風味、脂から溢れる甘み。
想像するだけで、理性の箍が外れそうだ。
大腸自身が自分のおいしさを訴える――そんな魅力を秘めていた。
アセルスは溢れてきた涎を拭う。
エア焼肉はここまでだ。
今、目の前に実物があるのだ。
牛でもなければ、豚でもない。
魔獣ミミックの大腸が――。
食べなければ、一生後悔することになるだろう。
「いただきます」
改めてアセルスは食材と料理人に感謝する。
桃色の唇を開け、ミミックの焼き大腸を口の中に運んだ。
――――――――ッ!!
アセルスの瞼が大きく開く。
背筋が一瞬にして伸び、雷に打たれたかのように硬直する。
しかし、顎は動き続けていた。
まず感じたのは、食感であった。
プリプリなのだ。
しかし、ただ柔らかいだけではない。
確かに歯応えがあり、優しく押し返してくる。
歯の1本1本を細やかにもてなさんとしていた。
おかげで何度も噛んでいるのに疲れない。
むしろ噛むという行為そのものに、口の中が癒やされていく。
それは味にも関係しているのだろう。
タンでも感じたその独特な旨み。
筆舌しがたい脂の甘み。
トロッとして、かつ蜜のように甘い。
いや、これまでそう表現した肉脂は多い。
だが、この大腸は間違いなくその中でも1番と称しても過言ではないだろう。
神経に直接触れるような官能的な甘みが身体を貫く。
なのに、牛や豚にあるような重みはあまりない。
とろりとしているものの、後味は意外なことに淡白で、するりと喉の中に消えていくようだった。
食べても疲れず、代わりに肉の旨みが顔を出す。
ふわふわした食感のおかげで、身体が浮き上がりそうだった。
つい真っ青な空に浮かんでいるようなイメージが想起される。
高い空の上にあっても、そこは温かく、陽の光もひたすら優しい。
そう――陽の光に包まれているようだった。
そして、そこにまた麦酒である。
流し込んだ瞬間、キレのいい泡の感触と、火照った口の中が冷えていく。
焼肉と麦酒。
この黄金コンビは、たとえ魔獣肉であろうと変わらなかった。
うまい……。
その一言すら忘れて、アセルスは夢中で頬張った。
感想を聞こうとしたディッシュも、その表情を見てすべてを理解する。
寂しい限りではあるが、客が自分の料理に夢中になることほど、料理人にとって誇らしいことはない。
「さーて、次は何にしようかな」
ミミックの臓物は1種類だけではない。
小腸、心臓、胃、あるいは膵臓や腎臓なんて変わり種もある。
その中でディッシュが選んだのは、やはり定番の部位だった。
ミミックの箱の中から取りだしたのは、財宝ではない。
いや、ここに揃った食いしん坊たちにとっては、ある意味お宝であろう。
その食材を見て、大腸の味に取り憑かれていた人々の目が変わった。
ディッシュが取り出したのは、ルビーよりも深い赤をした内臓である。
「ディッシュくん、それって――」
ヘレネイは少し圧倒されながら、ディッシュが手に持った部位を指差す。
いつも通り、ディッシュは得意げに笑った。
「にししし……。こいつはミミックの肝臓だ」
「「「「「「肝臓……!!」」」」」」
ヘレネイだけではない。
聞き耳を立てていた全員が、ディッシュの言葉に反応した。
ディッシュは視線を浴びながら、ミミックの肝臓を切り始める。
1口サイズに切り分けた後、瓶を取り出した。
ふわりと良い香りが漂ってくる。
アセルスは思わず頬を赤くした。
「ディッシュ、それは酒か?」
「ああ。肝臓は内臓の中でも一番臭味があるからな。それを消すためと、人間の害になるような穢れを払うためだ」
「しかし、良い匂いの酒だな」
「忘れたか、アセルス。お前、前にこの酒を呑んでるんだぜ」
「まさか、あの聖水を使った酒か!」
それはアセルスとディッシュが、【白鯨討ち】のロドンと一緒にドクブクロを食した時である。
あの時、ディッシュはマダラゲ草の種実に火精霊の灰をかけて、発酵させて見事醸造酒を作ったのだ。
使った水が聖水であるため、その味は清らかで癖がなく、水のように飲めてしまうとロドンも絶賛する味だった。
「そう。それだ」
ミミックの肝臓を軽く酒に浸した後、あまり時間を置かず取り出す。
あまり長く漬けていると、肝臓自体の味や旨みが消えてしまうからだ、とディッシュは説明する。
皿に盛りつけると、細かく刻んだ葱に胡麻油と塩を振った。
ミミックの肝臓刺しの出来上がりだ。
皿に盛られたのは、宝石のように美しい赤き肝臓。
元が魔獣とは思えないほど、照り輝いている。
これまた見た目からおいしそうだった。
早速、皆が摘まむ。
「「「「「うまあああああああああああいいい!!」」」」」
絶叫――――。
食べた者が一様に顔を綻ばせる。
アセルスも、ウォンも。
フレーナやエリーザベトも。
ヘレネイやランクもご満悦といった感じだった。
噛んだ瞬間のプリッとした歯応えがたまらなく愛しい。
そこからサクッと入っていく感触は、牛の肝臓と似ていた。
肝臓にしかない食感に、皆が目を細める。
さらに広がっていくのは、独特の味わいだった。
そこに胡麻油の豊かな風味。
ピリッと効いた塩の味に思わず顔が綻ぶ。
食指が動き、また1枚と皿に手を伸ばしてしまう魔力があった。
肝臓独特の臭味は、ディッシュの努力によって取り除かれ、ほのかにあの醸造酒の香りが漂っている。
ディッシュが持った酒に興味を持った者は、杯に注ぎ、肝臓と一緒に味わっていた。
それがまたたまらない。
清らかな喉越しからキュッとくる酒精の感じが癖になりそうだ。
そこにまた肝臓のサクッとした食感と、胡麻風味の塩味がベストマッチしていた。
全体的に牛の肝臓刺しといったところだが、臭味がないぶん、苦手な女子どもでも箸が進んでしまう。
酒と相まって、焼肉ですでに胃がもたれているはずの人々の箸が、肝臓の載った皿に伸びた。
街中に突如始まった酒盛り。
騒ぎとその料理の噂を聞きつけ、人々が集まってくる。
ミミックの臓物は、牛や豚よりも一回り大きいとはいえ、さすがに底を突きかけてきた。
逆に腹をなで回し、お腹いっぱいの者も現れる。
だが、ディッシュの動きは止まらなかった。
皆が満足する中で、今度は鍋を用意しはじめる。
「でぃ、ディッシュ……。まだ作るのか?」
「ああ……。なんか客が増えちまったからな」
にしし……、と笑う。
料理人のディッシュとしては嬉しくてたまらないのだろう。
今やギルド前に集まった人族やエルフ、あるいは獣人たちは、皆自分の客なのだ。
ゲテモノ魔獣料理が、今客の心を掴んでいる。
ディッシュが喜ぶのは至極当たり前のことなのだった。
アセルスは思わず目を細める。
ディッシュが認められていく。
それはアセルスにとっても、幸せなことだった。
「そうか。――――で、何を作るのだ?」
「臓物といえば、これを作らなきゃもったいないだろう」
そしてディッシュは歯を見せる。
自信満々に言い放った。
ミミックの臓物鍋だ。
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