menu109 魔獣と人間の違い
12月に入れば、色々と告知できるかもです。
お楽しみに……。
ちょっと今日のお話は浪花節という感じですが、
どうぞお召し上がり下さい。
馬鈴薯の種芋を植えた5日後――。
「うわあ!」
声を上げたのは、村の子どもたちだった。
側に付いたアセルスやフレーナ、エリーザベトも畑を見ながら呆然としている。
ディッシュは満足そうに頷き、ウォンは何やらご馳走を期待しているのか、舌を出して、涎を垂らしていた。
5日前に植えた種芋から小さな芽が出ていたのである。
これには村人もおののいた。
「そんな! 芽が出るのが早すぎる。この時期なら20日はかかるのに」
村長はプルプルと身体を震わせ、腰が抜けそうになるのを耐えていた。
ディッシュは件の畑に入っていく。
出てきた芽をじっと見つめ、子どもを可愛がるように撫でた。
「人間と同じさ。適度なタイミングと適度な食事を与えれば、早く育つんだよ」
「さすがディッシュくんですぅ」
「すげぇ!」
エリーザベトとフレーナがごくりと息を呑む。
それはアセルスも同様だった。
「魔獣の死骸に汚染された畑を蘇らせるどころか、作物の成長速度までアップさせてしまうなんて。やはりディッシュは大したヤツだ」
「俺は褒められるようなことはしていないけどな。……それに、まだ馬鈴薯が実ったわけではないし、油断は禁物だ」
「種を植えて、こうして芽まで出たんだ。あとは、収穫を待つだけではないのか?」
アセルスの質問に、ディッシュは「チッチッチッ」と指を振った。
「アセルスは農業が初めてか?」
「あ、ああ……。恥ずかしながら」
「そうか。じゃあ、今回はいい勉強になると思うぞ。作物も人間と同じだ。手をかければかけるほど、こっちの期待に応えてくれる。まだまだやることはいっぱいあるんだぞ」
ディッシュはにしし、と笑った。
さらに2日が経った。
芽は順調に育ち、人の手の平ぐらいの大きさになる。
すると、ディッシュはとんでもないこと言い出した。
「芽を切る!?」
アセルスは素っ頓狂な声を上げた。
すると、ディッシュは事も無げに頷く。
成長した馬鈴薯の芽を切るというのだ。
これには村の者たちも驚いた。
折角育った馬鈴薯の芽を隠すようにして、子どもまで泣き出す始末だ。
それでも、ディッシュは冷静だった。
「つっても、全部切るんじゃないぞ。芽の中でひ弱な芽を切って、強い芽を残すんだ。俺はこれを芽かきって呼んでる」
「お待ち下さい、ディッシュ殿」
呼び止めたのは、村の村長だった。
さすがに馬鈴薯の芽を切ると聞いて、看過できなかったらしい。
これまでディッシュの行動を容認してきた村長も、その行動に反対した。
「馬鈴薯は芽の数だけ、地中に埋まった茎の数を増やします。もし、芽を取り除いたら馬鈴薯の収穫量が減ってしまいますぞ」
「うーん。前半はあってるけど、後半は間違いだ。正確にいえば、収穫量は減るかもしれないけど、人間が食べられる馬鈴薯の数は増えるだ」
「人間が食べられる馬鈴薯?」
村長は首を傾げた。
周りの村人に答えを求めるも、皆もわからない様子だ。
「確かに芽の数だけ、馬鈴薯は地中の茎を伸ばす。だが、地上や根で吸収できる栄養は限られているから、実がなる部分を多くしたって、栄養分が行き届かなくて、小さい馬鈴薯しかできない。小さい馬鈴薯は栄養分がそこまでないし、何より満足感がねぇ。だったら、大きく育ちそうな芽だけを残して、栄養分を使ってもらった方が、結果的に実りはいいんだ」
「なるほど。……確かに理にはかなっている」
先ほどまで反対していた村人も、ディッシュの的確な答えを聞いて、一瞬にして黙ってしまった。
感心した様子で、山の中に住む青年の話に聞き入っている。
「あと、弱い芽を放置しておくと、そこから病気になる可能性もある。全体に行き渡る前に、切っておく方が馬鈴薯を生かすことにも繋がるんだよ」
「ふ~む。可哀想ですけどぉ、ディッシュ君のぉ言うことの方がぁ、正しいように思いますねぇ」
エリーザベトも感心した様子で頷いた。
「どうでしょうかぁ、村長さん。ここもぉ、ディッシュ君の言うことにしたがってはいかがですかぁ?」
「いえいえ、聖女様。別に反対するなどと……。しかし、驚きました。一体、ディッシュ殿はどこでその知識を学んだのですか? どこかの研究所で勤めていたとか」
「そんなわけないよ。俺が生まれたのは街だが、俺を育ててくれたのは山だ」
「では――――」
「全部試したんだよ。その上での結論だ」
「なるほど」
村長は「はあ」とエリーザベトとともに感心した。
ディッシュはほぼ教育というものを受けた事がない。
唯一あるとすれば、母の教えと、魔獣学者だった父の資料を読んだことぐらいである。
それ以外はすべて山で住んでいた時の経験と試行錯誤の結果だ。
彼の豊富な山での知識を論破することは難しい。
王宮の魔獣研究者や農業研究者すら凌駕する。
何故なら、彼らの研究室は王宮にあって、山の中にはない。
常に山で暮らし、危険と隣り合わせの中で生きるディッシュに、知識で勝てるわけがないのだ。
それが辺境の村なら尚更だろう。
「じゃあ、早速やるぞ。芽かきにはちょっとしたコツがあるから、気を付けてくれな」
「「「「おお!!」」」」
アセルスたち冒険者と村人たちが声を揃えるのだった。
◆◇◆◇◆
種芋を植えてから、15日後――。
馬鈴薯は順調に育っていった。
ディッシュも驚くほどの成長速度らしい。
30日を待たずして、収穫ができるかもしれないと予想していた。
その最中、畑に突如影が揺れる。
柵の中に入っていくと、大きく葉を広げた馬鈴薯を見つめた。
時間は丑三つ時である。
村は寝静まり、明かりはない。
その影は月明かりだけを頼りに、何やら馬鈴薯の茎や葉の裏を観察していた。
次に土の状態を確認する。
今日、ディッシュは村人たちとともに土寄せという作業を起こっていた。
これは土の中の馬鈴薯が出てこないようにする作業だ。
馬鈴薯は種芋よりも上にできる特徴があるため、土を被せないと、表面に芋が出てきてしまうのだという。
『他にも土の栄養を与えるって作用もある。これも馬鈴薯を育てるために重要なことだぞ』
説明していた。
土に栄養が行き届いているからか。
陽は沈み、気温が低くなっても、土はまだ温かいような気がした。
影は土を手に取り、持っていた袋の中から何やら取り出す。
「そこまでだ!」
声が上がる。
ふわっと光が広がった。
現れたのは1人の女騎士である。
甲冑を身に纏い、腰に差した剣の柄に手をかけていた。
スキルだろうか。
全身から光を放っている。
「ひぃいいいぃいぃいい!!」
影は情けない悲鳴を上げる。
すると、すてんと尻餅をついた。
目の前の女騎士の殺気に圧倒されたようである。
涙が月光を反射し、キラキラと輝いていた。
光の中から現れたのは、アセルスである。
影の戦意が喪失するのを見て、柄に置いた手を離した。
鉄靴を鳴らし、影の前に立ちはだかる。
「やはり、あなたでしたか、ケネルさん」
アセルスの光を当てられたのは、村の男だった。
名をケネルといい、村の【植物士】だ。
ディッシュの介入を最後まで拒んでいた男である。
すると、ケネルは首を振った。
「お、オレは何もしていない!」
「本当にそうですか? あなたが我々をずっと見ていたのを、私は知っていたんですよ」
「え?」
うまく隠れていたつもりだろうが、歴戦の冒険者であるアセルスには丸わかりだった。
アセルスだけではない。
フレーナやエリーザベトも気付いていた。
ケネルを包囲するため、今も物陰に隠れて様子を見守っている。
「その手に持った物を見せてもらおう」
「こ、これは――」
ケネルは慌てて隠そうとするが、アセルスの方が速い。
【光速】のスキルを使える冒険者に、村の【植物士】が勝てるわけがなかった。
アセルスはケネルの手首を掴む。
そのまま後ろ手に捻り上げた。
ケネルの手の平から何か葉のようなものが落ちる。
「言え! 一体、何をしていた!?」
アセルスは詰問する。
村人の前では決して見せなかった聖騎士の獰猛な形相に、ケネルは竦み上がった。
涙を流し、唇を震わせる。
空気が緊迫していく。
最中、呑気な声がアセルスの耳朶を震わせた。
「アセルス、離してやれ」
月明かりの下、ディッシュが現れる。
後ろにはウォンも控えていた。
「ディッシュ! お前も気配に気付いたのか?」
「いいや。俺は畑がちょっと気になったから来ただけだ。また魔獣に荒らされたら、かなわないからなあ。そしたら、魔獣じゃなくて、魔獣よりおっかないアセルスに出会ったってわけだ」
「ディッシュよ、私だって怒る時は怒るのだ」
「わかってるよ。でも、大丈夫だ。その【植物士】のおっさんは、お前が考えているようなことをしにここに来たんじゃないぞ」
ディッシュはケネルの手の平から落ちた葉を拾い上げた。
「いい枯れ葉だ。あんたが集めていたんだな」
「集めて? ディッシュ、それは?」
「魔草の枯れ葉だ。前にアセルスと一緒に探しに行ったろ?」
「そう言えば、その時には1枚も……。まさかお前が全部拾って――」
「別に悪いことをしようとしていたわけじゃねぇよ。元々そのおっさんが、葉を取っておいていたんだと思うぜ」
「彼をかばうのか、ディッシュよ」
「落ち着けって、アセルス。俺はここに来た時から、すげぇ不思議だったんだ」
「不思議?」
「この村の辺りの土って結構痩せてるのに、村の畑の状態は悪くなかった。たぶん、そこのおっさんが色々やって、作物が育つように土を育てたんだと思う」
「本当か?」
「あ、ああ……。なのに、あんたたちよそ者が来て……」
ケネルは己の怒りを思い出す。
キッとディッシュの方を睨んだ。
その敵意を見て、アセルスはさらに捻り上げる。
「何を言うのだ! ディッシュがいなければ、馬鈴薯はここまで育たなかったんだぞ」
「いやいや、アセルス。俺だけの功績じゃねぇよ」
「ディッシュ?」
「そのおっさんが、畑をずっと守っていたから、馬鈴薯はここまで成長できたんだ。土の中に魔草の枯れ葉を入れたりしてな。ありがとよ。あんたのおかげで、後もうちょっとで収穫できそうだ」
「こ、この男が……」
「そうだ。だから、そろそろ離してやってくれ」
気が抜けるほど、ディッシュは明るい笑顔を向ける。
アセルスの力は自然と抜け、こみ上げてきた怒りも霧散した。
ケネルは解放される。
手首の辺りを気にしながら、背筋を伸ばした。
「悪りぃな、よそ者がしゃしゃり出てよ」
「別にディッシュが謝ることではないだろう。ディッシュは村に請われて――」
アセルスが弁明するが、ディッシュは静かに首を振った。
「ここはおっさんの“縄張り”だ。自分の“縄張り”を荒らされたんだ。怒るのも当然だろう」
「そんな……。まるで獣みたいな道理ではないか」
「間違っていねぇだろう。俺から言わせれば、獣も人間も変わらねぇよ。腹が空いたら、ご飯を食うし。雨が降ったら、住み処に逃げる。敵が来れば、守ろうとする。何も違いはないだろ」
「た、確かにそうだが……」
「このおっさんは、自分の仕事の領分を荒らされたんだ。よく思わないのは、当然だろう。……悪かったな、おっさん。俺らは明日発つよ。ここまで育てば、問題ないと思う。バジリスクの飼育にも、みんな慣れてきたしな」
ディッシュは落ちた魔草の枯れ葉を拾い、ケネルに返す。
すると、ウォンとともに踵を返した。
「ま、待て……。待ってくれ!」
ケネルは葉を袋に戻さず、ディッシュを呼び止める。
少々ばつの悪そうに下を向き、おぼつかない口ぶりで告げた。
「その考えからすれば、私は“縄張り”を守れなかったということになる。自分の“縄張り”を守れなかったのだから、他の人間が“縄張り”を治めるのもまた道理だ」
「何が言いたい?」
アセルスはもう1度詰問する。
「……君がいなければ、ここまで畑が蘇ることはなかっただろう。ありがとう、ディッシュ・マックホーン」
ケネルは頭を下げた。
数日前、ディッシュを罵倒していた【植物士】が感謝し、頭を垂れたのだ。
その姿を見て、アセルスも驚いていた。
「それでお願いがある。もう少し村のために働いてくれないだろうか?」
「いいのか?」
ディッシュは振り返る。
「もう少し……。私は君が育てた土と作物を見たい。そしてもっと勉強したいんだ。書物にも載っていない、君の経験と知識を。それに――」
「ん?」
「これは私だけではないと思うのだが、君の料理を食べてみたい。この馬鈴薯で一体、君は何を作るのか。作物ができること以上に、村のみんなは楽しみにしてるはずなんだ? ダメだろうか?」
ケネルは顔を赤くしながら、懇願する。
一方、ディッシュは少し間の抜けた顔をしていた。
ケネルの頼みが、予想から外れていたからだ。
いつも通り追放される――そうディッシュは思っていた。
だが、結果は逆だ。
残ってほしいと言われ、さらに料理まで作ってほしいという。
(そんなことを言われたのは、初めてかもな)
小さい頃、ゼロスキルと忌み嫌われていた。
そして街から追い出され、山で自由に生きることを決めた。
しかし、今再び人里に戻ってきた青年の力をほしいと求める人がいるという。
どこかで諦めていた。
けれど、心のどこかで期待していた。
誰かが自分を頼りにしてくれることを……。
ディッシュは奮い立つ。
「にしし……。仕方ねぇなあ。うまい飯を作るまで、ここに残ってやるよ」
そしていつも通り笑った。
「よし! なら、早速レシピを考えなきゃな。今から仕込むか」
「あ、ちょっと……。もう1つ」
「ん? なんだ、おっさん?」
早速、炊事場を借りようとしていたディッシュを、ケネルは呼び止める。
「その……。“おっさん”、というのは止めてくれないか? オレは、これでも26歳で……。その……」
ケネルの顔がさらに赤くなる。
すると、ディッシュとアセルスは「ぷっ!」と噴き出した。
側のウォンと一緒に笑い出す。
「わ、笑い事じゃなくてだな」
「わりぃわりぃ。……改めてよろしくな。えっと…………」
「ケネルだ。よろしく、ディッシュくん」
「ああ。よろしくな、ケアル」
「け、ケネルだ……。そんなどこかの回復魔法みたいな名前ではない!」
「わりぃわりぃ……。名前を覚えるのが苦手でよ」
ディッシュは蓬髪を掻いて誤魔化した。
そして改めて手を差し出す。
山に住むゼロスキルの少年と、村の【植物士】はがっしりと握手するのだった。
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また『ゼロスキルの料理番』のコミカライズですが、
次回更新は12月13日になります。13日の金曜日に何か起こるかも知れませんよw







