menu107 魔獣の焼き卵かけご飯
おかげさまで、コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』が、
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今夜もどうぞ召し上がれ!
アセルスが卵かけご飯に腹鼓を打つ一方、ディッシュはある相談を持ちかけられていた。
村人がお椀を持ったままディッシュの元に集まる。
熱々のご飯の中には、バジリスクの卵の黄身が手つかずのまま残されていた。
食べないのか、と聞くと村人は頭を振る。
「おいしそうなんだけどね。卵を生で食べるのはちょっと抵抗があるんだよ。どうにかならないかね、料理人さん」
1つ注文を付ける。
なるほど。
確かに卵の黄身の生食は怖い。
魔獣の卵というなら尚更だろう。
ちょっとした相談に対して、ディッシュは村人が持っていた椀を取り上げた。
「あ。ちょっと料理人さん」
「食べないとは言ってないんだよ」
村人達は慌てふためく。
その様子を見ながら、ディッシュはいつも通り「にしし……」と不敵に笑った。
「まあ、ちょっと見てろって」
ディッシュは椀の中に醤油を多めに加える。
箸を勢いよく突っ込むと、ぐるぐるとかき混ぜ始めた。
「一体、何をするんだ?」
「卵かけご飯を混ぜてるだけじゃないのか?」
「これが料理なのか」
村人たちは興味津々で見守る。
よくかき混ぜると、今度は家の窯を借りた。
こういう田舎の村では、今でも普通に火焚きをして、火を付けているところが多い。街では当たり前のように種火石を使うが、あれはあれで高価なのだ。
だが、ディッシュにとってはお馴染みだ。
いつも通り、サッと火を付ける。
その様子を見て、窯を貸した家の女将が驚いていた。
先ほど混ぜた卵かけご飯を、三角むすびにして成形する。
それをトレーに置いて、窯の中で焼き始めた。
「おお!」
「これは!!」
「もしや――」
村人たちの目の色が変わる。
ディッシュがやろうとしていることに気付いたのだ。
時々、裏返しながら、じっくり焼き目が付くのを待ち続ける。
しばらくしてディッシュは言った。
「頃合いだな」
ミトンをはめ、年季が入った鉄のトレーを取り出す。
お待たせ! 焼き卵かけおむすびのできあがりだ!!
現れたのは、焼き目の付いた卵かけおむすびだった。
その見たことのない料理に、皆が「おお!」と叫ぶ。
バジリスクの卵が材料だというのも驚くのに、それをおむすびにして、しかも焼くなんて発想は全くなかったのだ。
見た目は、小麦で作った菓子のように見える。
だが、漂ってくる匂いが違う。
焼きたての卵焼きの香りと、香ばしい醤油の香りが鼻腔を衝いた。
すでに村人たちの唇には、ぬらぬらとした涎が付いている。
椀を預かった村人に、ディッシュは焼き卵かけおむすびを渡した。
早速、みんなは頬張る。
「うっまぁああ!!」
吠えずにはいられなかった。
当然のことではあるが、そこには卵かけご飯の味があった。
濃厚なバジリスクの黄身が、焼いた白飯によく絡んでいる。
その濃厚さも、火を通したことによって、より濃くなっているような気がした。
余計な水分が飛んだことによって、黄身の味がさらに濃く出たのだろう。
そこに香ばしい風味が鼻から突き抜けていく。
食感も最高だ。
うまく火を入れた証拠である。
外はサックリとしているのに、中はもっちりとして柔らかい。
一部半熟になっているところもあって、とろりとした黄身の味わいを残していた。
「お、おい!」
「俺にも食わせてくれよ」
「俺も!」
「私も!」
「ぼくも!!」
殺到する。
皆がまだ食べていない卵かけご飯を差し出した。
噂を聞き、食べかけを持ってくるものもいる。
「落ち着けよ。料理は逃げやしねぇって。食べれなかったヤツも、明日食べればいい。バジリスクは多産だからな。いっぱい卵を産んでくれるぞ」
「おお!」
「じゃあ、残っているバジリスクも農場に放ったらどうだ」
「そうだな。そうしよう」
「でも、危険じゃないのか?」
皆はもう1度、ディッシュの方を見て、確認する。
「大丈夫だ。バジリスクの魔眼はつぶしてある。それ以外じゃ、無害だよ」
おおっ、村人から歓声が上がった。
それはディッシュの説明に感心したのか。
それとも明日も卵かけご飯が食べられるという期待なのか。
そのどっちもなのか。
判然とはしなかったが、ディッシュを見る目が変わったことは確かだ。
いや、それはディッシュに対する関心度だけではない。
食事を取るというのは、人として当たり前の行動だ。
故に、それがなくなるだけで、人はパニックになる。
思考を奪われてしまう。
食事がするというのは、どんな偉大な君主の演説よりも、人間を奮い立たせることができる。
そこに感動が加われば、尚更のことだ。
ゼロスキルの料理人――ディッシュは、死にかけた村に食事と感動を与えた。
今、この中において、彼ほど村人の尊敬を集める人間はいないだろう。
「ありがとうございます、ディッシュ殿」
頭を下げたのは、村長だった。
ご飯を食べたからだろうか。
初めて会った時よりも血色が良い。
心なしか背筋が伸びているように見えた。
「別にまだ俺は礼を言われるようなことをしてないぞ」
「ご謙遜を。村に食事を与えてくださりました。こんなにおいしいものを」
村長は空になった椀を見せる。
ちょっと名残惜しいのか。
客人の前でも、唇に付いた黄身をぺろりと舐め取る。
「俺がエリザに頼まれたのは、この畑を再生してくれってことだ。まだそれを達成してないからな。礼はまた後にしてくれ」
「そうですか。ところで、畑はいつになったら直りますか?」
「ポイズンドラゴンの死骸カスを取るなら、明日ぐらいには完了するんじゃないか?」
「「「「あ、明日……!!」」」」
村人達は素っ頓狂な声を上げる。
口をあんぐりと開けたまま固まった。
「悪い。遅かったか。バジリスクをもっと投入できれば、もっと早く――」
「いいいい、いいえ!! とんでもありません。むしろ早すぎるくらいですよ」
「そうなのか?」
「しかし、今から畑をやっても、作物が育つのは秋から冬の前になってしまいますなあ」
村長は遠い目をする。
すると、ディッシュは首を振った。
「ん? そんなに待たなくてもいいだろう」
「いや……。馬鈴薯でも、90日はかかります」
「ん? 馬鈴薯が食べたいのか? だったら、30日あれば十分だな」
「「「「30日!!」」」」
また村人たちは目を剥いた。
そこにお腹を膨らませたアセルスたちがやってくる。
「ディッシュ、聞いたぞ」
「さすがにぃ~、30日は無茶なのですよぉ」
「だよな。無理がある」
アセルス、エリーザベト、フレーナは頭を抱える。
しかし、ディッシュは退かない。
むしろ、「なんでそう思うんだ?」とばかりに、目を瞬かせた。
「なんだ。お前たち、飯の材料を作るのに、そんなに時間をかけていたのか?」
「え? しかし……」
「考えてみろよ。誰かさんの飯の材料……。いつもどこから調達してると思ってるんだ?」
「山からではないのか?」
「もちろん、それもあるけどよ。俺の畑の中で育てているのもあるんだぞ」
ディッシュは腕をまくった。
「よし! じゃあ、わかった。俺流の農業を教えてやるよ」
にしし、とディッシュはいつも通り微笑むのだった。
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