menu106 魔獣のTKG in 牛酪!
今回はニヤニヤから、どっしりです。
本日もどうぞ召し上がれ!
お前の大事なものを、俺にくれないか?
ディッシュの言葉がアセルスの頭を揺らす。
まるで鉄鎚で殴られたかのようだ。
それほどの衝撃がアセルスに襲いかかり、一瞬思考を奪う。
そしてようやく言葉の意味を飲み込めた時、キュゥッとアセルスの顔が赤くなる。
動揺したのは、アセルスだけではない。
エリーザベトは「あらあら」と頬を染め、フレーナもまた「面白そう」とばかりに歯を見せた。
村人たちもニヤニヤと笑っている。
子どものいる母親は、何故か反射的に子どもの目を隠した。
「でぃ、ディッシュ……。そそそそそそれは、どどどどどどどどういう意味だ?」
アセルスは思わず声を荒らげる。
その言葉に、一同も「うんうん」と頷き、好奇の視線を向けた。
溶けた鉄のように赤くなったアセルスを見て、1人自然体のディッシュは首を傾げる。
「お前、何を動揺してるんだ?」
「ど、どどど動揺もするだろ。だだだだ、だって……。わわわわわ私のだい――大事なものって……。そそそそ、それはその……」
「ん? ダメなのか? あの時はくれたじゃないか?」
「くくくく、くれた……!!」
アセルスはますます慌て、ディッシュはますます怪訝な表情を浮かべる。
一方、仲間が困っているというのに、エリーザベトとフレーナはさらに賤しく微笑んだ。
「あらあら……。アセルス、もうそこまで済んだんですか?」
「意外と奥手だと思ってたのに……。なんだ、やることや――――」
スコン、とフレーナの額に器が直撃する。
光速の速さに、さしものフレーナも反応できない。
そのまま目を回して、倒れた。
「黙れ、フレーナ」
「心配しなくても、もう黙ってますよぉ、アセルス。ふふふ……。別に照れなくてもいいのに。いいことじゃないですかぁ」
「あらあら」と言いながら、エリーザベトは【聖癒】でフレーナを回復する。
「ご、誤解だ! ディッシュから何か言ってくれ」
「ん? 別に俺は何も誤解を生むようなことは言ってないぞ。ただ、アセルスの大事なものをくれって言ってるだけだ」
「そそそそそ、その大事なもの……というのは、その…………」
フレーナに器を投げつけたアセルスの勢いは、再び鎮火させた。
太股をモジモジと動かし、胸の前でツンツンと指先を絡める。
頬を真っ赤にしながら、正視できないディッシュを横目で見つめた。
「い、いや……。その……そうはっきり言われると、わ、私も…………う、うう嬉しくないわけでもないのだが……。その…………時と場所を、だな」
「ああ。そういうことか。わりぃわりぃ。確かに人前で言うのは恥ずかしいよな」
「お、おお! わかってくれたか」
「じゃあ、今から人気のないところでこっそりと……」
人気のないところでこっそりと……!!
「はうぅぅぅううぅ!」
堪えきれなかった。
アセルスは鼻血を流し、そのまま卒倒する。
空を仰ぎ見ながら、何故か幸せそうな顔を浮かべていた。
「あらあらぁ……。ディッシュくんは大胆ですねぇ」
唯一生き残ったエリーザベトは、パタパタと倒れたアセルスに風を送った。
一方、ディッシュは蓬髪を掻く。
一体どうしてこうなったのか?
山の知識では他の追随を許さないほど博識な青年も、この事態に理由については訳がわからないらしい。
少々困った顔で、エリーザベトに尋ねた。
「エリザ、アセルスは何を動揺しているんだ?」
「その前に聞きますけどぉ。ディッシュくんが言うアセルスのぉ大事なものってぇ、なんですかぁ?」
ふんわりと尋ねる。
ディッシュはさも当然のように答えた。
「ん? そんなの決まってるだろ?」
牛酪だ……。
「牛酪?」
「アセルス、いつも大事そうに持ってるだろ。非常食用に」
「あ~あ。そういうことですかぁ」
エリーザベトはアセルスの袋を漁る。
ヨーグの葉の一部で包まれた牛酪を差し出した。
「は~い。どうぞぉ」
「ありがとな、エリザ。ところで、アセルスは何と勘違いしていたんだ?」
「ふふふ……」
「え? 何を笑ってるんだよ」
気が付けば、周りの村人も笑っていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべる一方、何故かため息を吐く者もいる。
子どもたちもようやく母親の目隠しから解放された。
どうやら、わからないのは、ディッシュとウォンぐらいらしい。
「それはぁ、いつかアセルスに聞いてみるといいですよぉ」
ニヤニヤとエリーザベトは笑う。
この後、ディッシュは意識を取り戻したアセルスに理由を聞くのだが、結局アセルスは顔を真っ赤にして、【光速】で逃げるのだった。
◆◇◆◇◆
牛酪を手に入れたディッシュは、早速調理に取りかかる。
といっても、至極簡単な調理だ。
先ほどの生卵に、アセルスにもらった牛酪を加えるだけだ。
バジリスクの生卵白飯 in 牛酪!
牛酪ができたての白飯に溶かされていく。
艶々とした輝き、まるで新雪のように美しく、溶けた油分は雪解け水のように清らかで、白飯に浸透していく。
さらに濃厚なバジリスクの黄身だけを載せ、醤油でとどめを刺す。
贅沢! しかし、これは――――。
絶対においしいヤツや……。
じゅるり、と唾を飲む音が聞こえてくる。
湯気とともに漂ってくる牛酪の香り。
白飯にからまる油分。
そして背徳感……。
単なる卵かけご飯が、村人から正気を失わせる。
飢えた狼のように目を光らせた。
「よし。順番に配膳するからな。落ち着けよ。みんなの分があっから」
ディッシュ自ら盛りつけていく。
アセルスたちも手伝った。
皆が、ディッシュの料理に笑顔になっていく。
卵かけ白飯が行き渡る。
ディッシュは両手を合わせた。
「いただきます!」
「「「「「「いただきます!!」」」」」」
元気の良い声が返ってくる。
皆がその言葉を待っていたのだ。
一斉に箸を付ける。
十人十色――思い思いのやり方で、卵かけご飯を頬張った。
瞬間――。
「「「「うまああああぁぁぁぁぁあああいいいいいい!!」」」」
絶叫が森に囲まれた村にこだました。
「何これ……!」
「黄身が濃い」
「おいしい」
「いい甘さだ」
「この白飯もおいしいよ」
「噛めば噛むほど甘みが」
「牛酪と、これは魚醤? 滅茶苦茶あってる」
「牛酪が白飯にからんで……はうぅ」
驚きと歓喜の声が次々と上がる。
アセルスも早速食してみた。
入念に牛酪を白飯で溶かす。
程良くなったところで、黄身を割り、牛酪飯と一緒に口に掻き込んだ。
「ぬほほほほほほほほほほほおおおお!!」
咆哮を上げた。
食べる前からわかっていた。
これは、絶対にうまい、と……。
だが、食べてみると、予想以上に美味だ。
バジリスクの濃厚な黄身。
そこに畳みかけた牛酪がたまらない。
飯、黄身、牛酪の順で、舌に重しでも置かれたようにガツンと来る。
口の中で感じる重力に、アセルスは酔いしれた。
されど、味はさっぱりだ。
かけられた醤油のコクが、食材の重さをうまく消している。
飯の甘さ、黄身の甘さ、牛酪の甘さ。
3つの甘みも過度に主張するわけでもなく、それぞれの役目を背負って、舌の中で三重奏を奏でていた。
そして遅れてやって来たのは熱だ。
食材が持つ膨大な熱量が身体の中を駆けめぐる。
まるで炊きたてのご飯を、直接胃に投入されたかのようだ。
白飯、黄身、牛酪と一緒に煮込まれた鍋の中で漂うように、アセルスは味に酔いしれるのだった。
からり……。
箸が器を叩く音が、あちこちで聞こえる。
皆が満足していた。
翻ってみれば、たった一杯のお椀である。
それでも麦飯を5杯食べたかのような重さを、腹の中に感じていた。
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今回のアセルスさんもキレッキレなので、是非チェックしてくださいね。
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