menu102 アセルスからの頼み
ちょっと言い忘れていたのですが、
書籍版『ゼロスキルの料理番』の続巻の製作が決まっております。
只今、編集様にしばかれている最中です。
そちらの方もお楽しみ!
『があああああああああ!!』
ドラゴンの吠声が轟いた。
その瞬間、口から黒い霧のようなものが放射される。
むせ返るほど辺りに立ちこめた。
「くっ! ポイズンドラゴンの毒息か……」
アセルスは膝を突いた。
感覚が麻痺し、思うように力が入らない。
横のフレーナも一緒らしい。
褐色の肌が青くなり、毒息の力に屈する。
その2人の乙女を見て、ポイズンドラゴンは牙を剥きだした。
討伐しにきた冒険者を笑っているように見える。
さらに毒息の量を増やし、アセルスたちパーティを苦しめた。
目の前にいるのに、アセルスは【光速】を発動できないでいる。
フレーナにしても一緒だ。
【炎帝】のスキルでも、毒息を燃やし尽くすことは不可能だった。
意識が飛びそうになった一瞬、のびやかな声が聞こえた。
「はいはーい。みなさ~ん、元気を出してくださいねぇ」
エリーザベトだ。
スキル【聖癒】を発動する。
すると、アセルスやフレーナを蝕んでいた毒が消えた。
ついでに、周りの毒息も同じく浄化されていく。
視界もクリアになり、濃い紫色したドラゴンの姿が露わになった。
アセルスとフレーナはぐっと己の手に力を入れる。
前者は細剣を、後者は斧を握った。
顔を上げ、ポイズンドラゴンを睨み付ける。
「終わりだ、ポイズンドラゴン」
「よくもやってくれたね。倍返しだよ」
その瞬間、両者は飛んだ。
始めに仕掛けたのは、【光速】のスキルを持つアセルスだった。
スキルによってポイズンドラゴンを翻弄する。
その硬い皮膚を速度と膂力を持って切り裂いた。
『があああああああああああああ!!』
溜まらずポイズンドラゴンは仰け反る。
なんとか反撃しようと、毒息を吐き出した。
だが、すぐにエリーザベトによって中和されてしまう。
そこに閃いたのは、紅蓮の炎だった。
ポイズンドラゴンの直上、大戦斧を握ったフレーナが踊り出る。
得物には、特大の炎が纏わり付いていた。
「いっけぇえええええええ!!」
フレーナの咆吼が戦場に響き渡る。
瞬間、ポイズンドラゴンの鼻頭に炎の刃が刺さった。
そのままケーキでもカットするように、ドラゴンを真っ二つに切り裂く。
ゴホッ!
炎が湧き上がる。
たちまちポイズンドラゴンの巨躯を包み込んだ。
一柱の炎となり、戦場で赤く輝く。
炎の中で悶えながら、ついにポイズンドラゴンは大地に伏すのだった。
「ふぅ……。ヤバかった……」
最初にお尻をつけたのは、フレーナだ。
大きく胸を反り、荒い息を繰り返している。
「ぜはっ!」
アセルスも同じく立った。
細剣を突き立て、フレーナと同じく息を吐き出す。
アセルスたちのパーティーは辺境に於いて最強のパーティーである。
しかし、その彼女らをもってしても、ポイズンドラゴンは強敵だった。
小さなワイバーンはともかく、ポイズンドラゴンのような地竜種はいずれも強敵なのだ。
パーティーにエリーザベトがいなかったらと思うと、ぞっとする。
逆にいえば、彼女がいたからこそ、アセルスたちはギルドの受付嬢フォンから依頼をもらったのである。
「前回のダイダラボッチほどではないにしても、さすがに準Sランク魔獣は厳しいなあ」
「弱音を吐くな、フレーナ。この程度の敵――もっと簡単に対処できないとダメだぞ。たるんでいるじゃないのか?」
「むっ! アセルスにいわれたくないな。休みの日に意中の人のところで飯食ってるヤツが!」
「べべべべべ、別にでぃでぃでぃでぃ、ディッシュが意中の相手なんてわわわわわ私は一言も……」
アセルスは激しく動揺する。
その姿を見て、あと2つ、3つ文句を言ってやろうと思っていたフレーナは、矛を収めた。
というより、疲れすぎてそれどころではなかったのである。
「はいは~い。2人とも喧嘩しな~い。今、癒やしますからねぇ」
1人元気なエリーザベトは、スキル【聖癒】を使って、仲間を回復させる。
傷や状態異常、精神安定も兼ねているこのスキルは、まさに万能のスキルだった。
「聖騎士様、ありがとうございました」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、白髪の老人が近づいてくる。
そのさらに背後には、小さな村があった。
戦闘が終わったことに気付いたのだろう。
家の窓や扉から、村人たちが様子を窺っている。
村の近くにポイズンドラゴンが現れたのは、3日前ぐらいになる。
夜な夜な田畑に現れては、農作物を荒らし回っていたそうだ。
奇跡的に死者が1人もいない。
街が近く、すぐにギルドに通報し、アセルスたちが早急に現場に向かったことが功を奏したらしい。
「なんとお礼を言っていいやら……」
村長の目から涙がこぼれる。
まさに九死に一生。
3日は短くても、彼らにとっては地獄の日々だったに違いない。
その小さく丸まった村長の肩を叩いたのは、アセルスだった。
「私たちは当然のことをしただけです。死人が出なかったのが本当に良かった」
「はい。ですが……」
村長はポイズンドラゴンが荒らした畑の方を見た。
農作物が食い荒らされている。
さらに先ほどの毒息の影響を受けたのだろう。
残っていた農作物も、たちまち腐ってしまっていた。
さらにポイズンドラゴンは、早速腐臭を放ち始めている。
ディッシュが言った通りだ。
魔獣の腐敗は早い。
しかも、毒竜の遺体となれば、その臭いも格別だった。
「大丈夫ですよぉ、村長さ~ん」
間延びしたような声が、肩を落とす村長の背後から聞こえる。
振り返ると、エリーザベトが立っていた。
女神のような笑顔を浮かべている。
「わたしのぉ、【聖癒】の力ならぁ……。元に戻せると思うのですよぉ」
『聖女』と綽名を持つエリーザベトは、自信満々に言い放つ。
「おお! 聖女様!!」
「うふふふ……」
エリーザベトは微笑し、畑の前に立つ。
スキル【聖癒】を発動すると、周囲に強烈な浄化の光を投げかけるのだった。
◆◇◆◇◆
「へぇ……。さすがはエリザだな」
感心したのは、ディッシュだった。
アセルスたちの話に興味津々といった様子で聞いている。
場所はネココ亭だ。
月一のクエストをヘレネイ&ランクと一緒にこなした後、ギルドでアセルスたちが待っていた。
大事な話があるということで、そのままヘレネイたちとは別れ、夕食を食べがてら、ネココ亭にやってきたのである。
夜になってもネココ亭は繁盛していた。
仕事を終えた酔客が混じり、昼間とはまた違う喧騒で賑わっている。
ニャリスも、入ってきたアセルスたちに注文だけを聞いただけで、構う暇もないらしい。
忙しく動き回っていた。
そんな中、珍しくアセルスたちパーティーは神妙な顔をしていた。
円テーブルには、ディッシュの左からフレーナ、アセルス、エリーザベトの順番で座っている。
特にいつもニコニコしているエリーザベトが落ち込んでいるように見えることが、ディッシュには意外だった。
「今のところ、いい話じゃねぇか。ポイズンドラゴンを討伐したんだろ?」
「ああ。討伐は成功した。エリーザベトの【聖癒】も成功して、村は元に戻った」
「うん。それでめでたしめでたし――じゃねぇのか?」
「そうは行かなかったんだよ」
フレーナはブスッとした顔でテーブルに肘を突く。
すでにテーブルには空の皿が並んでいた。
ナームの魚料理はすべてを食べることができるほどおいしい。
それ故に、骨の一本まで食べ尽くされている。
おいしい料理に舌鼓を打ったのに、アセルスたちパーティーの顔は浮かない。
満足げな表情をしているのは、ディッシュの側で寝そべるウォンぐらいなものだろう。
モフモフになった尻尾を動かし、うつらうつらとしていた。
「実は、その村の村長さんから手紙が来ましてぇ」
アセルスに代わり、エリーザベトが口を開く。
「浄化した畑で作物が育たないそうなんですよぉ」
エリーザベトは項垂れる。
すると、アセルスが口を開いた。
「だから、エリザはもう1度、【聖癒】で浄化しに村を再訪したのだが……」
「結果は同じだったわけか。で? 俺に相談ってのは?」
「おそらくだが、ポイズンドラゴンの毒息の影響が畑に残っているのではないかと思ってな。ここは1つ。魔獣の専門家で、しかも農業にも詳しいディッシュに見てもらいたいと思ったのだ」
「なるほど。そういうことか」
「受けてくれるか?」
「俺のは独学だからな。……でも、まあアセルスたちが困ってるなら、力になるぜ」
「おお! 受けてくれるか、ディッシュ!」
「ありがとうございますぅ」
「頼むぜ、ディッシュ!」
というわけで、ゼロスキルの料理番は、アセルスたちがポイズンドラゴンを討伐した村へと向かうのだった。
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コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』の最新話が2週連続で更新されました。
今回は残念系聖騎士アセルスが、例のアレに挑戦します!
すでにTwitterでは「オ〇マ」とか言われてますがw
是非そちらの方もよろしくお願いします\(^o^)/







