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第23話~地下空間~

「一体何の騒ぎかと思えば、やはりお前の仕業かサート」


「そんなに褒めないで下さいよ。照れるじゃないですか」


「開き直るな馬鹿者」


「あ、ちょ、暴力反対。俺の貴重な脳細胞が破壊される!」



「あのユーザス・ハーザが呆れているなんて」


「見習うなよミラ。馬鹿が移ったら困る」



 あれから時々思い出したようにオタクモードに入ってはサートに質問攻撃を浴びせるミラを、サートはあの手この手でいなし続けること数十分。そろそろはぐらかすのも限界が近づいてきたかなとサートが思い始めたとき、ようやくユーザスがサート達の前に姿を現した。

 そして、何やら今まで嗅いだ事の無い食欲をそそる良い香りが辺りに漂っていることに気がついたユーザスがその発生源を探るために周りを軽く見渡す。すると、湖のあった場所の近くでドンチャン騒ぎをしている冒険者の集団が視界に入ってきた。


 迷宮内で食事をすること自体は別に珍しいことでもないが、それでもこんなに騒がしく食事をとることはあまりない。大きな火を焚いて、そこに迷宮内で狩った小動物と見慣れない芋類を一緒に焼き、その周りでそれぞれ自由に寛ぎながら食事をとっている様は、酒が入っていないだけで最早宴会と言っても過言ではない騒ぎようであった。


 ユーザスはもうこの時点でもしや、と少しだけ嫌な予感を感じていたが、万が一ということもあり得るためとりあえず目的の人物を探すことにした。

 だがよりにもよって一番騒がしい場所の、しかもその騒がしさの中心にいるのが自分の探していた人物だということに気がついたユーザスは、疲れがどっと押し寄せてきたような気がして思わず自分の眉間を揉んでしまうのであった。




「本題に入るぞ」


「うぇーい」


 目に感じる疲労感を抑え込みながら、目の前に広がる宴会もどきの緩い空気を無視して早速本題に入ろうとするユーザス。だがそれに対してサートは、ミラの相手をしていて食べられなかったじゃがいもを齧りながら適当に返事を返したせいで、もう一度ユーザスに杖で頭を叩かれてしまった。


「あだっ」


「お前と言う奴はまったく、真面目に話を聞け」


「片手に芋を持ったまま顔だけ真面目っていう方が間抜けに見える気がするんですがー、それについてはどうお考えでしょうか」


 ああ言えばこう言う。

 仮にも元師匠であった人物に対して失礼すぎる態度であったが、これにはサートなりの考えがあった。


「せっかくなので食べてみます? 美味いですよ」


 何も知らない一般人でも一目で分かる只者ではない雰囲気を纏うユーザスという人物に対して、いつものマイペースを崩さずに焼き芋でも食べないかと提案をするサート。

 そんなサートを見て、ユーザスはこの調子だといつまでたっても本題に入ることが出来そうにないと感じたのか、一瞬悩むそぶりを見せるもすぐに諦めたように軽く溜息を吐き、サートが差し出した芋を受け取った。

 開き直ったのである。


「真面目にやろうとしていたこちらが馬鹿みたいだ」


 そう言って地面に座り込んで焼き芋の皮を剥き始めたユーザスを見て好機と悟ったのか、先ほどから二人のやり取りを冷や冷やしながらも会話に入れなかったミラやサイスたちがユーザスに挨拶をするために近寄ってくる。


(……雰囲気がいつもの感じに戻ったな。これは、間違いないか)


 余裕がない。サートがユーザスを一目見て感じた違和感がそれだ。

 前世で長年の付き合いがあったサートにしか分からないほどの僅かな違和感だったが、今日はいつもの落ち着いて飄々とした態度が少し無理をしているように見えた。

 しかし、ユーザスの老獪とも言える高い演技力のせいでサートも確証を持つまでは出来なかったため、サートは敢えて気の抜けるような態度でユーザスの反応を窺っていたのだ。そして、最初に姿を現した時のユーザスと今のミラ達と挨拶を交わしているユーザスとでは、明らかに身に纏う空気の質が違っていることでサートの疑念は確信に変わったのである。


 こんなユーザスは初めて見た。いや、正確に言えば今までもユーザスには同じように余裕の無い時があったのだろうが、それに前世の自分が気が付くことが出来なかっただけなのだろう。


(これは俺が成長したということかな? っかー、っべーわ。まじ、っべーわ。ついに師の足元ぐらいは見え始めてきたんじゃないか? 肩を並べる日も秒読みじゃないかこれは)


 そんな事を考えながら緩みそうになる顔を必死で抑えつけるサート。


「そっちの中身が黄色い方は何も付けずにそのまま食べて下さい。白い方はそのままでもいけますが、調味料を付けた方がより美味いですよ」


 今まで影すら見えなかった相手に少し近づくことが出来た実感を得たせいか、それとも師の意外な一面を発見して、いじれるネタを見つけたとでも考えているからなのか。機嫌の良さを隠すこともせずにユーザスへ美味しい焼き芋の食べ方のレクチャーを始めたサート。


『朝斗くーん、何か適当に調味料持ってきてくれなーい?』


『はい、分かりました。今行きまーす!』


 ユーザス達のいる場所とは少し離れた所でアーグと一緒に調味料類を管理していた朝斗が、サートの呼びかけに反応して返事をする。そしてサートはそのやり取りをユーザスが興味深そうに見ていることに気が付き、彼が例の蟻の主級<アント>から生き残った唯一の迷宮奴隷であると簡単に紹介する。

 それを聞いたユーザスは、ほう、と自らの髭を撫でながら朝斗を遠目で観察し始めた。


「聞いたことのない言語だな」


「そこはスルーでおなしゃす」


 下手な長命種よりも長生きをし、更に世界中を訪れたことのあるユーザスが聞いたことのない言語とは一体何なのか。そこら辺を深く追及されると非常に面倒なことになりかねないと思ったサートは、内心で冷や汗を掻く。だがサートの反応からまともに答える気はないことを悟ったのか、それとも元々それほど興味が無かったのか、ユーザスからはそれ以上特に追及を受けることもなく食事の時間が過ぎて行った。


「茶はあるか?」


「ほうじ茶なら」


 それから多少の雑談を挟みながらも二種類の芋を食べ終わり、最後にサートから渡された水筒のコップに入った熱いお茶をゆっくりと味わいながら飲み干したユーザスは、静かに深く息を吐いてしばらく目を瞑った。


「良い茶だな。香りが良い」


 鼻を抜ける香りと口の中に残る後味が、気持ちを落ち着かせてくれる。サートと朝斗の使用する言語やこの独特な材質のコップなど、突けばいくらでも襤褸が出るが、今はこの茶の美味さに免じてやることにしたユーザス。

 それに、どうせ元弟子の性格からして、いくら追及したところでのらりくらりとはぐらかされて徒労に終わるだけだろう。なんだかんだ言いながらも、昔からそういうところは何があっても絶対に口を割らなかったのだ。ならば最初から無駄なことはするべきではない。


「まあ、ペットボトルの中身を移しただけなんですけどね。でも素人が下手に淹れるよりは大分マシかと」


「……お前は隠す気があるのか、それとも無いのかどちらなのだ」


 自分の記憶にあるよりも性格の適当さ加減に磨きがかかっているこの元馬鹿弟子に対して、ユーザスは今日何度目か分からない溜息を吐いた。




「要するに、この湖の下に巨大な地下空間があるから、そこを調査して来いと?」


「巨大なというよりは長大な、と言った方が正確だな。暴走したミラの凍結魔術を解いた時にその存在を感じ取ったのだ」


 食事も一段落が付き、改めて本題に入ったユーザス。有名人であるユーザスを一目見ようと、もしくは顔を覚えてもらおうといつの間にか周りに冒険者たちが集まっていた。そんな彼らにも聞かせるように、ユーザスのはっきりとしたよく通る声で語られる内容に全員が驚きを隠せずにいた。


「長大って、具体的にはどれくらい長さなんですか?」


「それを調べるのが、お前に頼みたい仕事だ」


「自分で調べればいいじゃないですか」


「私が知覚出来る範囲で、軽く見積もっても中階層まで届きかねない深度なのだ。しかも構造が相当入り組んでいてな、お前なら何か問題が起きてもすぐに戻ってこられるだろう?」


 それを聞いてサートは納得した。そういうことなら確かに転移魔術が使えるサートが適任だ。道に迷っても、緊急事態が発生しても転移魔術さえ使えればすぐに入口まで戻ってやり直すことが出来る。

 これほど調査に役立つ魔術を使える者もいないため、サートに依頼を持ってきたユーザスの判断は妥当と言ってよいだろう。この点については何も疑問は無い。


 疑問があるとすれば、そもそも何故ユーザスがその地下空間の調査をしようと考えたのかだ。


(でも聞いても教えてくれないんだろうなあ。あの人そういうところ頑固だし)


 似た者師弟であることを、二人とも自覚をしていない。


「では頼んだぞ」


「あ、やっぱり一緒に来ないんですね」


「やらなければならないことがあってな。それに、こんな年寄りに長距離を歩かせるつもりか?」


「あなたこの前どこから俺を呼び出したのか覚えてます?」


 ユーザスとサートが二人で話している間、その周りで今の話を聞いていた冒険者たちはざわめいていた。どこか浮かれたような雰囲気で仲間たちと語り合う冒険者たちを見て、朝斗は何故彼らがそこまで嬉しそうにしているのか疑問に思い、サートに質問をする。


『皆何をそんなに興奮しているんでしょうか?』


『そうだなあ、簡単に言えば、下の階層に繋がる新しいルートが発見されたかもしれないからだな』


 新しいルート、ということはつまりまだ誰も踏み入れたことのない場所であり、そこには手付かずの資源や新種の生物がそこに眠っているということである。そしてそれ以外にも、下の階層へのショートカットが出来ればそれだけで有用であるし、その道を本格的に調査して整備をするという新しい仕事も生まれる。

 それ以外にも冒険者にとって喜ばしいことは多くあり、たとえ地下空間がそこまでの規模ではなかったしても、少なくとも損をすることは無い。


「あ、あの! 本当にその調査に私たちも一緒に付いて行ってもよろしいでしょうか?」


 今更ながら、自分がもしかしたらこの迷宮都市アルバの歴史に残るかもしれないようなことに関わろうとしていることに気が付いたのか、思わずユーザスとサートに確認を取るミラ。


「構わんよ。むしろそれを前提でサートに依頼をしたのだ。ギルドからも許可を得ているから心配はいらない」


「俺もどうせそんなことだろうと思ったから二人を誘ったんだし」


「そ、そうなんですか?」


 改めて了承の意を確認することが出来て一安心したミラであったが、今度は周りにいる冒険者たちの羨ましそうな視線が気になりだした。もしかしたらこの町の歴史に名が刻まれるかもしれない非常な名誉なことなのだから無理もないが、こうも注目の的になるのは慣れていないために非常に居心地が悪かった。

 そういえば、と、一緒にサートについて行くアシャットはこの状況に対してどのように対処しているのか気になったミラは朝斗の姿を探し始めた。


(か、完全に気配を消している)


 一体どこでそんな技術を身に付けたのか、その姿を視界内に捉えても思わず二、三回ほど見逃してしまうほどに見事に気配を消して冒険者の中に溶け込んでいる朝斗がそこにいた。

 いつの間にか一人だけ安全圏まで逃れていた朝斗をそのまま凝視し続けていると、そのミラの視線に気づいた朝斗が申し訳なさそうな顔をして目礼を返してくる。


(ズルい)


(誰にも話しかけられないように背景に紛れるのは昔から慣れているんです)


 ミラと朝斗が言葉を発さずに目線だけで会話をしているうちに、サートとユーザスのたわいのない話も終わりが近づいてきた。


「因みに、この意味深なアルバの大蛇が刻まれた大岩とは何の関係が?」


「それもついでに調べてこい」


「タダで?」


「もちろん対価は渡そう。ミラと、そちらの少年にもな」


 そう言って立ち上がったユーザスは短く口笛を吹く。するとどこからともなく一羽の黒い小鳥がものすごいスピードで飛んできたかと思えば、そのままサートの持つ杖に留まり小さくピィと一鳴きした。


「んん? ……って、この鳥もしかして」


 どこかで見た覚えがあるような気がする。と、立ち難そうに何度も脚の位置を調整しながら杖の上に留まるその小鳥をじっと観察するサート。そして、その燕のような姿をした真っ黒な小鳥がついに杖の上で直立するのを止めて、器用に杖にぶら下がるように移動したところでその小鳥の正体を思い出した。


「って、地味に俺のトラウマになっているあの弾丸鳥じゃねえか!」


「群の中でも一際強い個体を選りすぐったのだ。本当は私が使い魔にしたいぐらいなのだが、お前に譲ろう」


「トラウマだつってんだろうが! 嫌がらせか!? そうなんだな!?」


「お前のその反応を、全く期待していなかったと言えば嘘になるがな」


 似た者師弟であることを当人たちは自覚していないが、普段のサートを知るゴッツ達は二人のやり取りにどこか既視感を覚えるのであった。




「とりあえず、この大岩を退ければいいんですね」


 一通りユーザス相手に突っ込みを入れて満足したのか、それともただ単に疲れたのかは分からないが、正直そこらへんは慣れたものなのでそのまま頼まれた仕事を進めるサート。そのまるで何事もなかったかのような切り替えの早さについていけてない者もいたが、そんな彼らを気にせずに杖でアルバの大蛇が刻まれた岩を囲う様にその周りに魔術陣を描いていく。


「そうだ。アルバの大蛇とは別に、いくつもの魔術陣が刻まれていたのは分かるだろう?」


 ユーザス曰く、その魔術陣のうちの一つに周囲の地面を固くさせ、たとえ穴を掘ってもすぐに修復させる働きを持つ術があるのだという。まずはそれを何とかしなければ地下空間に入ることが出来ないのだ。

 それを聞いたサートは、明らかに何かを封印しているパターンじゃないかと心の中で突っ込みを入れる。しかし、だからといってそのままにしておいたとしても、何時か必ず調査のために誰かが同じことをしなければならないのだ。だったらユーザスというこれ以上ない魔術のスペシャリストがいる今のうちにやってしまった方がむしろ安全である。

 そう思ったサートは、杖で地面に線を描いていく度にぶらぶらと揺れる小鳥を見て、もう少しこの鳥がぶら下がりやすいように杖を加工しようかとたわいのないことを考えながら作業を進めていった。


「よし、完成。んじゃ、さっさとしまっちゃおうねー」


 そう言って最後の仕上げとして地面に杖をこつんと突き立てる。そしてそのまま魔力を流して魔術陣を発動させると、サートの足元から出た黒い影が大岩を覆いつくし、岩はそのまま影に沈んでいってしまった。


「これで魔術のラインは断ち切ったから、何かしら変化があるはずだけど」


 見た目では何が変わったのかよく分からないので、岩が鎮座していた場所で適当に足踏みをしてみると、突然足元の一部が崩れ落ちて地面に深い穴が現れる。

 危うくサートも一緒に落ちかねなかったが、宙に浮かぶことで落下を免れることが出来た。


「あっぶね」


 サートが安堵の溜息をついている僅かな間にも地面は少しずつ崩落していき、穴は広がっていく。それを見た冒険者たちは次々と湖の底を抜け出して安全圏へと避難し、最後の一人が湖の範囲の外に出た頃には既に穴は湖の底の半分近くの大きさにまで広がっていた。



「一先ず落ち着いたか」


「何か出てくる気配も無し、と。とりあえず新鮮な空気を送り込むついでに、風の魔術で軽く奥を探索してみます」


 まるで獲物を待ち伏せしている巨大な口のような大穴。

 地面が真下に落ちていたせいでかなり底が深いと思っていたが実際はそこまでではなく、むしろ地面の下にある広い空間の先には緩やかな傾斜の横穴が奥の方に続いていた。


「うん、先が長すぎて全く分からん。やっぱり入って行かなきゃ駄目かあ」


 先ほどから轟々と大量の風を送り込み、ついでにそのまま魔術で簡単に中の構造を把握しようとしていたサートであったが、あまりにも先が長すぎるせいで上手くはいかなかった。


「しょうがない、覚悟を決めるか。ミラちゃーん、朝斗くーん、行くぞー」


「「はい!!」」


「サイス達も、準備は良いか?」


 二人の気合の入った元気の良い返事を聞きながら、今度はサイスとアイラ、ガランにも確認を取るサート。


「問題有りませんよ」


「こっちは準備なんてとっくに終わって、待ちくたびれてんだよ」


「ゴッツ、アーグ。ルすを頼んだ」


 こうしてサート一行はユーザス達に見送られながら先を進んでいく。

 前人未到の迷宮に足を踏み入れることに多少の不安とそれ以上の期待を胸に抱いていた一同。だがその数刻後、ユーザスに対するサートの怨嗟の叫びが迷宮内に木霊することになるのを、当のユーザス以外はまだ誰も知らなかった。



「あの糞爺、後で絶対顔面にドロップキック喰らわせてやる」


お久しぶりです。

皆さんの応援のおかげで書籍化することが出来た本作ですが、表紙や挿絵の一部を公開しても良いという許可がいただけました。

もう既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、活動報告の方で色々と書籍情報やイラストの方も載せておりますので、興味のある方はぜひご覧いただければ幸いです。

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