第22話~アルバの大蛇~
大変お待たせいたしました。第22話更新です。
本当は5000文字位で一区切りを付けようと思っていたのに、何故か3倍になっていますね。
不思議なこともあるものですね。
勇者アルバの冒険。
この大陸に住む人間なら、誰もが一度は子供の頃に聞いたことのある物語だ。
今から約300年前に実在した冒険者アルバ。後に勇者アルバ・エルマインと呼ばれるようになった男の史実をもとにしたお伽噺だが、その物語には今なお解明されていない謎が多く残されている。
『勇者アルバの冒険』の冒頭は、エ=ルー大陸からこのファ=ルー大陸を目指していた最初期の開拓団が乗った船の中から始まる。
何日も空が分厚い雲に覆われる酷い嵐に見舞われたせいで、自分達の乗る船が今どこにいるのかを見失ってしまったある日のことだ。このままでは陸地にたどり着く前に船員全員の命が危ういという時に、突如天空から青い太陽が雲を割って現れ、まるでアルバたちの乗る船を導くようにゆっくりと水平線の彼方へ沈むように移動していった。
星明りどころか、今が昼なのか夜なのかすら判別するのが困難なほど黒い空の下。船員たちは、まるで天の導きのように現れたその不思議な太陽を見失ってはならないと必死に舵を取り、三日三晩その青い太陽を追い続けたという。そして四日目の朝、青い太陽が今までにない速さでいきなり動き出したかと思えば、まるで役目を果たしたかと言わんばかりにアルバたちの乗った船を振り切ってどこかへ消えてしまう。
船員たちは突然消えてしまった太陽の姿を探そうとしたが、その必要はなくなったのだと悟る。何故なら自分達の進行方向に大きな陸地が見えたからだ。
そしてその陸地こそが自分達の目指していたファ=ルー大陸だったのである。
この開拓船の中で当時最年少であった幼い少年アルバはこの時の記憶が忘れられず、あの青い太陽をもう一度見たいと強く願った。そして大人になったらこのファ=ルー大陸を自分の足で隅々まで冒険してあの青い太陽を探し出し、あの時のお礼を言うのだと少年アルバは決心したのである。
これが勇者アルバの冒険の始まりを告げるエピソードである。
地域や年代によって多少細かい内容の違いはあるが、青い太陽に導かれたアルバがもう一度その太陽に出会うために冒険者を志すという流れはどれも変わらない。
だがその後の大人になったアルバが経験した冒険については地域によって大きな差があった。
身体も心も大きく成長したアルバは、幼いころからの夢を叶えるためについに旅に出た。その旅の途中でアルバは賢者の巨人に知恵を借り、魔華の樹海で傷ついた身体を砂金の滝壺で癒した。そして流星の川に導かれて辿り着いた地こそが、後に『迷宮都市アルバ』と呼ばれるようになった場所だったのである。
ここまでの流れはどの話でも共通している部分だが、アルバが青い太陽に再び出会うことが出来たというハッピーエンドで物語が終わる話もあれば、結局最後まで出会うことが出来ずにその生涯を閉じたという結末の話もある。獣人達の集落や辺境の村々では、恐らく当時のアルバのことだろうと思われる人物の逸話が口伝で伝えられており、地域によっては新しいエピソードが付け加えられている場合もあった。
そして、その非常に地域差の激しい物語と言える『勇者アルバの冒険』の数ある不思議の一つに、興味深いものがある。
それはアルバが訪れた場所や経験した出来事の一部を、生物に喩えて伝えられている地域が多くあるということだ。全ての逸話が生き物に喩えられているわけではないが、何故か生物に喩えられている話の部分はどの地域も一致しているのである。
青い太陽、賢者の巨人、魔華の樹海、砂金の滝壺、流星の川。
どれも『勇者アルバの冒険』には欠かせないエピソードだが、それぞれが鳥、鼠、ヤドリギ、蜂、蛇に喩えられている。
何故これらの生物に喩えられているのか、それともただの象徴なのか、それならばどうしてこれらの生物なのか。昔から様々な考察をされ、中には実際にアルバの足跡を辿って直接自分の目で確かめようとする者もいたが、今でも全ての謎は解けていなかった。
「なんで「アルバの大蛇」の紋章がこんなところにあるんだ?」
サートの目の前には大きな岩。
そしてその岩が鎮座しているのは、凍りついていた迷宮地下4階層にあった湖の底。
このポツンと一つだけ聳え立つ大岩以外に目立ったものは湖の底には無い。周囲を氷で囲まれたこの岩をよく見れば、この同じ迷宮地下4階層に散らばる多くの岩と同じような材質と大きさであることが分かった。
そしてその岩肌にはこれ見よがしに魔術陣が一面に直接刻まれていた。水苔や水草に覆われてなお目立つその刻印を見て、これが自然に出来たと思う者は誰もいないだろう。
中でも一際目立つのが、まるで注連縄のように大岩の表面をぐるりと一周巻きつき、その鱗の一つ一つが蛇の頭を模している一匹の大蛇の彫刻である。
その禍々しくも神々しい蛇は俗に「アルバの大蛇」と称され、「勇者アルバの冒険」に出てくる流星の川を象徴する紋章であった。
「刻まれているのは、硬質化と加重か?」
水草を手で避けながら、アルバの大蛇以外の岩肌に刻まれた魔術陣をじっくりと観察したサートは、それが何の魔術陣なのかを大まかながらに理解することが出来た。
「あー、これは確かに気になるわ。いやでも待てよ、ここまで露骨だと逆になんかの罠だという可能性が……」
十分にあり得る。というか自分なら絶対にそうする。
そんな事を考えていたサートだが、そこへサートの横にいる人物から呆れたような突っ込みが入った。
「流石にそれは無いでしょう。サートさんじゃないんですから」
「君本当に遠慮が無くなってきたな。いや、良いことなんだけどさ」
口に出したわけでもないのに何故か自分がやりそうなことだと見抜かれ、ちょっとビックリするサート。
その朝斗の突っ込みにサートはペチペチと大岩を叩いていた手を引っ込め、手に着いた水苔を拭いながら後ろを振り返った。
今この迷宮地下4階層にある凍った湖の底には、サートが誘った朝斗とミラ、そしてそれ以外にもミラが心配で付いてきたゴッツ達一同が揃っていた。ミラはこの大岩に刻まれた魔術陣に興味があるのか、どこか楽しそうに岩の周囲を回りながら夢中で観察したり、サートと同じように岩に刻まれた紋章を手で触って質感を確かめたりしていた。
「というか、自分で言うのもなんだけど、良く来たね」
「誘ったの自分じゃないですか」
「いやまあそうなんだけどね?」
ゴッツの屋敷で朝斗とミラに冒険をしないかと誘ったは良いが、正直あんな誘い方で付いてくるとは思ってもいなかったサート。ユーザスに呼ばれたのは自分で、それに関係の無い、しかも病み上がりの朝斗達に一緒に付いてこないかというのは自分でも無茶を言っていると分かっているため、別に断られても仕方のないことだと思っていたのだ。
なのに、駄目で元々のつもりで誘ってみたら朝斗だけでなくミラまでも付いてきてくれた。どちらか片方でも来てもらえたら十分すぎると思っていたサートにとって、この結果はかなり予想外のことであった。しかもついでにゴッツ達一同もオマケで付いてきたのだ。別に悪いことではないが、なんでやねんというのがサートの率直な思いであった。
そんな感想を朝斗に伝えると、逆に朝斗からそもそも何故誘ったのか、という至極当然の疑問がサートに返される。それに対して、サートも自分の方が変なことを言っているという自覚があるので、先に自分が質問に答えることにした。
「誘った理由は色々あるよ」
「それは分かっています。サートさんが何も考えずに行動を起こすタイプの人ではないのはなんとなく分かってきましたから」
意外と、という言葉は口に出さずに飲み込む朝斗。
この人は見た目の性格とは裏腹に、何も考えずに衝動だけで動くタイプの人ではない、と朝斗は感じていた。傍から見れば勢いで行動を起こしたように見えても、実際は心の奥底でしっかりとリスクを天秤に掛けた上での行動をするタイプだ。
だから今回の誘いも、病み上がりで足手纏いにしかならない筈の自分たちをわざわざ誘うだけの理由があったはずだ、と朝斗は確信していた。少なくとも、「なんとなく面白そうだから」という無責任な理由ではないということは言い切ることが出来る。
家柄故に老若男女問わず様々な人物と接してきて磨かれた朝斗は、その年齢不相応に養われた人間を見る目でサートをそう分析した。そんな年下の少年に自分の内面を見抜かれたサートは特に動揺することも無く、照れるぜ、といつものように茶化しながら話を続ける。
「一番は予感。もしくは経験則から来る確信と言っても良いかな。多分、今日は何かが起こる。そんな予感がしたから、若手の良い経験になるかなーと思ったのがまず一つ」
「えぇ……」
自分の予想と大きくかけ離れた理由を聞いて、思わず力が抜けそうになる朝斗。
その反応を見てサートは当然の反応だと思いながらも、そんな曖昧な理由でと笑いたければ笑えば良いと言った。
だがサートにとっては決して曖昧な理由などでは無い。何故なら、自慢じゃないが少なくともユーザスからの呼び出しで何かが起きなかったことなど無かったのだから。毎回起きるトラブルの規模に大小の差はあれ、何も無いというのはまずあり得ない。前世の一生で思い知ったこの世の法則の一つである。
なまじ前回の呼び出しが比較的小規模な結果に終わった分、そろそろ大きな揺り戻しが来るころなのだ。こればかりは師弟関係であったサートにしか分からない感覚だろう。
「もう一つは、他の冒険者たちに朝斗君の顔を売るため」
先ほどとは打って変わって真面目そうな理由に、話を聞く体勢を整える朝斗に対してサートもふざけずに真面目な顔をして話を続ける。
朝斗が元の世界に帰りたいというのならともかく、本人がそれを望んでいないのならば当然こちらの世界で生活基盤を築く必要がある。職人の徒弟になるのか、商人見習いとして生きて行くのかは今の段階では分からないが、少なくとも伝手も何もない今は冒険者として迷宮に潜って金を稼ぐ生活が続くだろう。
「はっきり言って言葉の不自由な異国の人間とか、他の奴らからしたら良いカモだからな?」
そのサートの忠告に、朝斗は良く分かりますと深く頷いた。何を隠そう朝斗はそれが原因で迷宮奴隷として売られてしまったのだから。一番最初の頃よりはマシになったとはいえ、まだまだこちらの世界の知識が足りていないのだ。そんな現状故に、下手をすればまた奴隷として売られることになりかねないことを朝斗は十分すぎるほど理解していた。
「自慢じゃないけど、俺はこの街じゃそれなりに有名だ。少なくとも、魔術師の仲間に喧嘩を売ろうって馬鹿はこの街にはいないはずだ」
命がけで迷宮に潜って得た成果を他の冒険者に横取りされても、言葉が不自由な内は泣き寝入りするしかない。それが味方も知り合いもいない新参の余所者だったらなおさらだ。だから、そうならないためにサートが朝斗の後ろ盾になろう、ということなのである。そして、そのためにどうやって魔術師の身内であると周りに示すのか。
「一緒に迷宮に潜るのが一番手っ取り早いということですか」
「まあね。魔術師と親しいせいで引き起こされる問題もあるだろうが、言葉が分からないとニコニコして誤魔化していれば、相手が勝手に深読みしてくれるさ」
ついでにゴッツ達とも仲良くなって、実力のある冒険者の味方を増やすことが出来たら儲けものだ。ただし、サートが手を貸すのはここまでである。同郷の好と、一度世話を見ると決めたから責任を取ってここまでのお膳立てはしたが、このあとどうなるのかは全て朝斗自身の努力とコミュ力次第だ。
誰かに騙されてもう一度奴隷として売られそうになるか、命に関わるような大怪我をしたら助けるつもりではあるが、それ以外は全て自己責任とするつもりのサートであった。
そして最後にもう一つ理由があった。むしろサートにとってはこれが一番大きな割合を占めるのかもしれない。
朝斗はこの世界に迷い込んでからすぐに迷宮奴隷として売られ、いつ死ぬとも分からない悪夢のような日常を送ってきた。故に朝斗にとって迷宮に潜るというのは即ち、思い出したくもない悲惨な記憶を刺激するものなのだろう。
(俺も前世はあまり良い人生は送ってこなかったけど、それでもこの世界にはそれなりに愛着はある)
サートにとってこの世界はいわば魂の故郷である。そこがどんなに田舎だろうが不便だろうが、人なら誰でも自分の生まれた故郷を良く見てもらいたいものだ。
だからサートはこれを機に、この世界で迷宮に潜って生きるか死ぬかの生存競争しかしてこなかった朝斗に、何か他の違う喜びを見出してほしかった。そして、辛い記憶しかないこの世界を少しでも好きになってもらえるように、まずは冒険という楽しさを知ってほしかったのである。
だが、恥ずかしいからそんなことは絶対に口に出すつもりは無いサートであった。
「次はこっちから聞くけど、本当に何で来てくれたの? 自分でもあまり良い誘い文句では無かったと思うけど」
先ほどから岩の周りをぴょこぴょこと飛び回るように移動し、一体何がそんなに楽しいのかニコニコ顔で観察を続けるミラの様子を二人して眺めながら、今度はサートが朝斗にそう質問した。
(良く飽きないなあ。というかミラの笑った顔って初めて見たけど、本当に母親そっくりだな。
……どうか性格だけは母親のようにはなりませんように)
質問をしながらも頭の片隅で気楽にそんな事を考えていたサートだが、どこか答えにくそう様子だった朝斗の返答を聞いて、その思考も一瞬停止してしまうことになる。
「命を救ってもらって、宿屋のお金まで出してくれて、お世話になった人からのお誘いを断るという選択肢はなかったので」
「……あ」
朝斗にしてみれば実質ほとんど強制に等しい誘いだ。何故来てくれたのかも何も、行くしかなかったのである。
「……そう言われてみれば、そこは考慮してなかったわ。正直済まんかった」
「い、いえ、別に嫌という訳でも無かったですし、自分にとっても良い機会だったので」
相手の為になる筈だと思っての行動だったが、その相手の立場のことまでは考慮していなかった。これは反省するべきだと、改めてもう一度謝罪の言葉を述べるサートに、朝斗は本当に気にしなくても良いのだと返す。
それに、もしもっと気軽に断ることが出来る状況だったとしても、恐らく自分はサートの誘いに付いて行っただろうと朝斗は思った。コネ作りのためという打算もあるし、奴隷としてではなく冒険者としての戦い方を学ぶという目的もある。
だが一番の理由は、冒険に行かないかと誘ってくれたサートの、フードの陰からちらりと見えたその顔が、とても楽しそうな顔をしていたからだ。その楽しそうな表情で、まるでこれから遊びにでも行くかのような気軽さで、自分も一緒に行かないかと誘われたからだ。
言ってしまえばそれだけだ。それだけだが、そのことが朝斗にとっては新鮮なことだった。
(自分でも馬鹿みたいな理由だと思うけど)
優秀な姉と比べられ、今まで学校以外の空いた時間は全て勉強に費やし、成績を競い合う学友はいても一緒に遊ぶような友人はいなかった。そして教養として学ばされた習い事も厳しいだけで一度も楽しいと思ったことが無かったことを思い出す朝斗。
両親の仕事と家柄の関係上、その家族である朝斗も未成年でありながら様々な人と直接会う機会が多かった。その時に恥をかかないようにと常日頃から厳しくしつけられた朝斗にとって、友達と精いっぱい遊んで楽しむということをしたことが無かった。
何の因果かこちらの世界に流れ着いてからもそれは変わらない。死なないように足掻くのが精いっぱいで、気が付けばいつの間にか二年の歳月が流れていた。
だからこれが初めてなのだ。何のしがらみもなく、誰かに遊びに誘われるのは。
実際は遊びに行くわけではないのだが、そんな些細な問題など気にならないほど、朝斗は今ワクワクしていたのだ。命の危機があるかも知れない方向に自分から進んで行っているというのに、何故かニヤけてしまいそうになる顔を落ち着かせるのに必死な朝斗だった。
「因みに、ミラさんを誘った理由もあるんですか?」
「それはまた別の事情があってだなあ」
どう説明したら良いのかサートが悩んでいると、ミラを心配して一緒についてきたゴッツが二人に声を掛けてきた。
「おーう、芋配り終えてきたぜ。やっぱり最初は芋だからか微妙な顔をされたが、匂いを嗅がせたら一発だったぜ」
「マジか! よ―し、これで大分在庫を減らせたな! ここで手足を冷やしながら氷掘ってる冒険者相手ならいけると思ったんだよ」
今このアルバ迷宮地下4階層では迷宮内に現れる魔物を狩る以外の、新しい仕事の需要が生まれていた。それはミラが凍らせた湖から氷塊を削り出すという仕事だ。
湖の中で氷漬けにされていた主級の巨蟻自体はユーザスの手を借りて既に迷宮の外へと運び出されていたが、湖は依然凍りついたままであった。それを見た商機に敏感な冒険者たちが、これは売れると我先に湖の氷塊とその中に閉じ込められた魚などを削り出し、商人ギルドに売り始めたのである。
これは冒険者ギルドにとっても嬉しい誤算であった。ギルドもここ数週間まともに迷宮に潜れず資金が底を尽きかけていた一部の冒険者のために、姫騎士隊員の遺体の回収という任務を与えていた。また、王族に仕える立場であった彼女たちの装備品を横流しさせないために、裏で隠れて売り捌くよりも何倍も儲かる値段の報奨金を別途で与える布告もしていた。
この報奨金の資金はギルド長がエルマルドラを通して国庫から引っ張ってきたもので、ギルドの懐は全く痛まないというところに冒険者ギルド長の有能さが窺える。
だがそんなボーナス依頼にも数に限りがあり、困窮した冒険者の全てに行き渡るわけではない。金の無い冒険者がこのままだと犯罪に走り、街の治安に影響を及ぼす可能性があるという現実にどう対処するか頭を悩ませていた時に、手っ取り早く安全に金を稼げる仕事が現れたことはまさに僥倖であった。
氷漬けにされた魚は勿論、氷単体でも需要はある。湖全体が凍りついていて量については当分は心配をする必要が無いとはいえ、その氷が溶けてしまう前になるべく多くの氷を削り出さねばならない。そんな一種のボーナスタイムの中、互いに競うように湖の氷を削り出してとうとう湖の底近くまで氷が削り取られていったその時に、突如現れたのが例の魔術陣が刻まれた大岩であったのだ。
「そういやゴッツ達は参加しないのか? 楽して稼げる滅多に無い機会だぞ」
「ここ最近はちっとばかし目立って稼ぎすぎたからな、これ以上は余計な嫉妬を買うだけだ」
ただでさえ二体の主級の討伐にも参加して莫大な報奨金を手に入れたことが周りに知られているのだ。それに加えて更に小金稼ぎのために金欠気味な冒険者達の稼ぎを奪うような真似をすれば、それが違法でも何でもないと分かっていても良い感情を抱かないのが人間だ。
「まあ、暫くの間はおとなしく休むことにするさ。主級を連続で相手したのは流石にきつかったからな」
「自分で休暇を選べるのが個人事業主の良いところだよなー。羨ましい」
そう言ってゴッツから渡されたまだまだ十分に熱が残っているさつまいもに齧り付く。朝斗もその横で同じようにじゃがいもを食べ始めていた。
「芋うめ」
「すみません、マヨネーズってありますか?」
「調味料関係は今アーグがあっちで全部管理してるぞ」
ほら、とサートが指を差した方向に朝斗が視線を向けると、仕事を休憩してじゃがいもやさつまいもを食べている冒険者たちの集団の真ん中にアーグがいるのを見つけた。サートから預かった調味料を誰かが使いすぎて全員に行き渡らない、というようなことが起きないように管理をしているのだろうが、気のせいかアーグのテンションがやけに高いように見える。
アーグが近くにいるのなら周りの冒険者に絡まれても何とかなるだろうと思った朝斗は二人に断りを入れ、より高カロリーを求めてそちらの方へ向かって行く。それを見たサートは、まるで熱に誘われて徘徊するゾンビのような足取りだと錯覚した。
「しっかし、初めて経験したが転移魔術ってのは本当に便利なもんだよなあ」
視線をマヨネーズにロックオンしたまま一瞬も逸らさない朝斗を見送りながら、ゴッツが自分が今食べている芋を眺めてしみじみと呟いた。
ゴッツの屋敷でサートが朝斗とミラを冒険に誘ったあの瞬間から、まだ芋が冷めるほどの時間も経っていないのに、今は迷宮の中にいる。便利すぎて、今まで長い時間を掛けて徒歩で移動していた自分達の苦労を思い出して泣きたくなったくらいだ。
そもそも何故こんな状況になっているのか。その理由はサートが朝斗とミラを冒険に誘った直後にまで遡る。
サートの誘いに二人とも乗り気だったのは良いが、そこに意外と心配性なアイラが自分も付き添うと言いだしたのだ。そこから、アイラが行くのなら自分もとサイスが名乗りを上げ、さらにサート達に足りないフィジカル面を補うための護衛としてガランもついて行くことになった。
ここまで人がいなくなると、ゴッツとアーグも流れで一緒に来ようとしたのだが、問題は途中まで行っていた焼き芋大会の後始末である。火の始末だけならばすぐに終わるが、これ以上ないほどに綺麗に焼き上がって美味そうな香りを放つ芋をどうするかで悩んだ。流石に短時間では全ての量を食べ切ることは出来ず、かといってせっかく焼けた珍しい芋をこのまま放って冷ましてしまうのはあまりにも惜しかったのだ。
サート達について行くのを諦めるのか、間違いなく絶品だろう芋を犠牲にするのか。どうしようかと悩み始めたゴッツとアーグに対して、なら全部丸ごと持っていけばいいじゃないかとサートは提案する。今すぐここで食べきれない分の芋は冷めてしまうかもしれないが、悩んでもそれ以上の案が出てこなかったので、最終的に二人はその提案を採用したのである。
焼き立てが一番美味しかっただろうにと、若干名残惜しそうに焚き火から芋を掻き出して、庭に配置してあった台車に皮鎧と一緒にまとめて載せる。そして迷宮に向かう準備が終わり、いざ出発しようとしていたところにサートから制止の声がかかった。
『一度冷めた芋は温め直しても美味さが半減するんだ。だから今日はちょっと特別』
本来ならばこの地下4階層に来るまでにもう少し時間がかかっていた筈だった。だが、サートの転移魔術によって移動時間が実質ゼロになったおかげで逆にユーザスを追い越して時間の余裕が出来た。そして焼き芋大会の続きなら迷宮の中でやればいいと、その空いた時間を有効利用して焼き芋大会の第二部を開いたのである。
ついでに迷宮内にいる冒険者たちにも焼き芋を振舞えば在庫処分も捗るし、何よりゴッツ達だけでなくより多くの者たちの反応を見ることが出来てサート的にも良いこと尽くめだった。
そんなこんなでサートの転移魔術で迷宮まで来たゴッツ達だったのだが、その顔はどこか拍子抜けしたような感情が浮かんでいた。
なにせ人生で初めて体験する本物の転移魔法だ。個人差はあれど、一体どのようなものなのかと皆不安と期待の入り混じった興奮した気持ちであった。それなのに実際は瞬きをしたと思ったらいつの間にか迷宮の中の景色に変わっていたという、なんとも味気ないものだったのだから無理もないだろう。
迷宮に転移した直後の、あれ? もう終わり? とでも言いたげなゴッツ達の表情は、サートが思わず噴き出しそうになるくらい面白かった。
「最初の『うわ、芋かよ』っていう怪訝そうな顔が、一口食べた後に驚きの顔に変わる。そんな期待通りの反応を沢山見ることが出来て、今日もとっても飯が美味い。
ついでにゴッツ達の面白顔も見ることが出来たし、機会があったらまたやろう」
「性格の悪い奴め」
ふははは、と大きく胸を反らせて高笑いをするサートにゴッツが呆れたような眼で突っ込みを入れる。だが本人はどこ吹く風と全く気にしていないどころか、むしろ開き直って反論をし始めた。
「失敬な。誰かに美味しい物を食べさせて笑顔にさせる。そしてそれを見て自分も笑顔になる。誰も損をしていない素晴らしいことじゃないか。
これのどこが性格が悪いやつなのか理解できないわー」
「それってよお、愛玩用の動物に餌をやって、食べる姿を見て楽しむのと何が違うんだ?」
「暑苦しいおっさんと愛玩動物を同列に語るかお前」
いつものようにサートとゴッツがお互いに軽口をたたき合っていると、先ほどからずっとアルバの大蛇が刻まれた大岩を調べていたミラが、とりあえず満足したのか小走りでこちらに寄ってきた。
「サートさん、サートさん。凄いですよ! 大発見です! こんな大発見の現場に居合わせることが出来るなんて、私、この街に来て良かったです。サートさん、お誘い頂いて本当にありがとうございました!」
「お、おう。意外な反応にちょっと驚きを隠せないんだけど。え、なんかテンション高くね?」
いつもの冷静で自己主張をあまりしないミラとはかけ離れた、興奮が冷めやらないような様子に少し戸惑うサート。病み上がりで無理させたせいでおかしくなってしまったのか、と自分の横にいるゴッツに視線で伺うも、そのゴッツはあまり驚いた様子も無く平然としていた。
「ああ、お前はまだ知らなかったか。外じゃ滅多に見せないが、家の中だと偶にこうなるんだよなあ。まあ、気を許して貰えた証とでも思っとけ」
「マジか、超意外……でもないや」
何せミラの母親であるリラにも多少方向性は違うが似たような部分があったのだ。普段とのギャップの差に思わず驚いてしまったが、そう考えると意外でもないかもしれない。
いつもの落ち着いた性格と恵まれた容姿のせいで誤解されやすいが、そういえばミラはまだ17歳だったということを思い出すサート。この世界の17歳は既に成人とみなされる年齢であるが、それでも現代の常識に当てはめると、まだまだ現役の高校生真っただ中である。こういう面があっても何もおかしくは無い。
「サートさん、サートさん、サートさん。ここにアルバの大蛇が刻まれた遺物が存在するということは、やはり勇者アルバが流星の川によって導かれたのはこの地で間違いないのでしょうか? この迷宮都市アルバの周辺には大きな川も、川が枯れたような形跡も存在しないことから、一部では全く違う土地なのではないかという説も挙げられていましたが、この大岩の存在によってそれらの説が全て間違いだと証明されますよ! ねえサートさん! サートさんはどう思いますか? 」
「でもちょっとウザいと思ってしまった俺は、人間が出来ていないのだろうか」
「慣れてくれ」
ゴッツ曰く、ミラがこんな風になってしまうのは勇者アルバの冒険について語る時だけだという。それでもここまで興奮するのはかなり久々のことらしい。
「ミラ、お前は常識人だと思っていたのに……、俺の周りには変な奴しかいないのか」
「お、自己紹介か?」
「やかましい、変人筆頭。言っとくけど俺、お前が本当に純人間種かどうか疑ってるからな」
「ねえサートさん! あれ、サートさん? 私の話聞いてますか? 意見を聞かせて下さい! サートさーん!」
先ほどから自分を無視しているサートの周りをうろちょろと動き回りながら、何とかしてサートの意識をこちらに向けさせたいミラ。それに対してサートは片手でミラをいなしながら徹底的な無視を貫き通し、何事も無いようにゴッツと話を続ける。
「で、これはどうやったら治まるんだ?」
「思う存分ミラの話に付き合ってやるか、時間が過ぎるのを待て。いつもだったらアイラとか、聞き上手なガランが対応してるんだが、前に一度アーグの故郷に伝わる勇者アルバに関する話をしたら大変なことになってな。」
そこでゴッツが辛い過去を思い出すかのように疲れた目をしながら、まだ諦めずにサートの気を引こうと袖を引っ張ったり目の前で手を大きく振ったりと試行錯誤をしているミラに視線を向ける。
「アーグって『ウー・シーン』の魔族だろ? あの一族の集落って確か……ああ、なるほど」
そんなミラの努力を全て見えないもの、聞こえないものとして処理しているサートは、アーグの故郷と聞いて記憶にある知識を掘り起こして納得をした。
魔族と一言で言ってもその種類は数多い。獣人にも犬の獣人、猫の獣人と多くの種族が存在するように、魔族にも様々な種族が存在する。そもそも獣人と魔族という区別もあくまで人間、人族から見たときの呼び名にすぎない。
獣の特徴を持つ比較的人間に近い見た目を持つ種族を獣人、獣の特徴は持たないが人間に近い、でも根本的なところで人間ではない種族を魔族と呼んでいるだけにすぎない。故に、言ってしまえば獣人から見れば人間も数多くある魔族のうちの一種で、魔族から見れば人間も猿の獣人の一種のような存在なのである。
そして、アーグは人間やその他の種族から『ウー・シーン』と呼ばれる魔族の一族である。人族の国である中原の国『ユーラ王国』から、魔華の樹海と呼ばれる森林型の迷宮を挟んだ反対方向にその一族の住む集落がポツリポツリと点在している。
魔華の樹海とは勇者アルバの冒険にも出てくる有名な巨大迷宮であるが、その森の真ん中を通って反対側まで通り抜けるのは大変難しい。勇者アルバの足跡を追おうとする者は、その大半がここで挫折をしてしまうほどの困難な道のりなのである。
なので、殆どの者は魔華の樹海を大きく迂回する経路を進むのだが、険しい山脈を越えて行かなければならないため、それも決して楽とは言えない。そのため、魔華の樹海よりも先にあるファ=ルー大陸の反対側の土地は、未だに人族にとっては何があるのか殆ど分からない暗黒大陸のままであった。
「……詳しいな。まさかアーグの種族まで知っているとは思わなかったぜ」
「まー、伊達に魔術師やって無いし、一部じゃ有名だし」
そんな滅多に聞くことのできない、魔華の樹海の向こう側で伝えられている勇者アルバの足跡と逸話をアーグから聞いたミラは、それから数日の間ずっと怪しい笑みを絶やさなかったらしい。それだけならまだ良かったのだが、毎晩寝る間も惜しんで碌に食事もとらず、ぶつぶつと何かを呟きながら安い羊皮紙に延々と何かを書き込んでいき、日に日にやつれて行くミラを止めるのに大変な労力を費やしたのだ。
「あの時のミラは何か知らねえけど、すげえ迫力があってなあ。こっちも相当気合入れねえと声すら掛けられなかったんだよ」
(それは完全に母親の遺伝だな。というかあれか、ミラは勇者アルバオタクか。そうかそうか)
不運にも母親の遺伝を強く受け継いでしまったらしいミラに、サートは非常に残念なことだと嘆く。ついでに、何もオタク気質なところまで似なくても良かったのではないかとも思ったサートだが、ここで一つ思い付いたことがあった。
「その節は大変ご迷惑をお掛け致しました。ですが、長年議論されてきた魔華の樹海の『最奥』と『砂金の滝壺』について謎を解く足掛かりになるかもしれない情報を聞いたら、私じゃなくても同じことをすると思いますよ?」
「お、少し戻った」
多少冷静さを取り戻したミラにほっと胸を撫で下ろすゴッツ。だが、続くサートの言葉のせいでそんな束の間の安心も無駄になってしまう。
「俺、『砂金の滝壺』になら昔(前世で)行ったことがあるぞ」
「……おい馬鹿―――「それは本当ですか!?」―――責任取れよお前この野郎!」
サートが何を言っているのか理解をするのに一瞬だけ間が空いたが、その後の反応は早かった。
一時は落ち着きを取り戻したかに見えたミラが一瞬でサートに詰め寄る。顔の前数センチまで近づいたミラを目の前にしながらも、ここで首を絞めるまで行かないあたりがまだまだ可愛いところだなと思いながら、サートはケラケラ笑いながら慣れたように対応をする。
「ねえサートさん、それは本当なんですか? ねえってば!」
「別に教えてあげるのは構わないんだけども、その前にちょっと口開けてみ。ほら、あーん」
これが母親であるリラが相手であったのなら、顔が近づいてきた時点でその鼻頭に思い切り頭突きをかまして正気に戻すところなのだが、ミラにそんなことをするわけにもいかない。
なので、ここまで母親にそっくりならばと、頭突きではない別の方法で落ち着かせることにした。
ミラはキョトンとした顔をしながらも、とりあえず言われたとおりに口を開ける。そこにサートは乾パンとセット売りにされていた氷砂糖を懐から一欠片だけ取り出し、ミラの口の中に放り込んだ。
ふが……?
ミラはいきなり口の中に異物を入れられて一瞬焦るも、すぐに自分の舌の上に感じる甘味に気が付き、そちらに意識を集中させる。舌で氷砂糖を転がしながら、それが毒ではないことを分析し終えた頃にはすっかり気持ちも落ち着きを取り戻し、その様子をゴッツは驚きを隠せないような顔で見ていた。
どうやらサートの予想通り、甘いものが好きなのも母親譲りらしい。高い身長と切れ長の目をしている美人顔、そして普段の落ち着いた性格のせいで大人びて見えるミラだが、こうして甘味を楽しんでいる姿を見ると普通の年相応の少女なのだということを改めて実感する。
(やっぱり、こういうところもそっくりなんだなあ)
「今何を食わせたんだ?」
先ほどの興奮した様とは打って変わって、真剣な表情で口の中にある甘味に意識を集中して味わうミラ。そんな姿を見たゴッツはいったいどんな薬を与えたのだろうかと少し心配になった。
それを察したサートは、毒ではないことを証明するために氷砂糖を自分の口の中に入れ、ついでに余分に取りだした氷砂糖のうちの一つを指でピンッとゴッツに向かって弾き飛ばした。
「うおっと。お? 甘い……?」
「甘い物を口の中に入れてやれば、こうやって落ち着くことが分かって良かったな」
サートの飛ばした氷砂糖をパクリと見事口でキャッチしたゴッツが、その果物とも樹液とも違う、今まで経験したことの無い全く混じり気の感じられない上質な甘さに驚く。
ミラの母であるリラも、気分が高揚して暴走しそうになった時はこうして甘い物を与えると大人しくなったのだ。そのことに気が付くまでに前世では多くの犠牲を払ったが、どうやらそこはミラも同じようだった。
駄目だったら諦めて頭突きをして正気に戻すつもりだったが。
「お前……もしかしてそれを教えるために?」
「それもあったけど、一番はミラの変化の落差が面白かったから遊んでただけ」
「やっぱり性格の悪い奴だよ、お前」
「なんかアホがアホなことやってら」
「まあまあ、ミラもなんだかんだ楽しそうですし」
そんな傍から見れば遊んでいるようにしか見えない三人を少し離れた場所で見守るアイラとサイス。黙々と装備の点検を続けるガランを手伝いながら、ようやく一段落したところで何やら騒がしい方向に視線を向けてみればこれである。
「真面目にやってるこっちが馬鹿みたいだ」
「確かに、気が抜けそうになるのは同感ですが……」
そう言って片手に持ったじゃがいもを齧りながら溜め息を吐いた。
「追加の芋を持ってきたぞ」
そんななんとも言えない雰囲気を漂わせる二人の下へ、ガランがじゃがいものお代わりを持ってやってくる。二人ともそれぞれ好みの調味料が異なるようで、アイラはケチャップ、サイスは塩のみの味付けを好んで食べていた。因みにガランはじゃがいもよりもさつまいも派で、ホクホクしたものよりも少ししっとりとした焼き芋の方を好んでいた。
「どうした、何やラ浮かない顔をしていルが」
ガランからじゃがいもを受け取り、軽く礼を言った後にまた溜め息を吐く二人。そんな二人に一体どうしたのかと尋ねるガランだが、アイラが無言で指さす方向を見るとなんとなく二人の気持ちが分かってきた。
「あのユーザス・ハーザの言葉を疑うわけではありませんが。本当に今日、この迷宮都市アルバが滅びるかもしれないような出来事が起こるとは思えませんね」
そう言って、今朝ユーザスと出会った時のことを思い出す。
ここ最近の主級との連戦で酷使した身体を回復させるために、冒険者稼業は暫く休むつもりだったサイスたち。だが、殆ど日課となっている早朝の冒険者ギルドへの依頼の確認のためにサイスとアイラ、そしてガランと一緒に歩いていた時のことだ。
そろそろ冒険者ギルドの建物が見え始めようとする距離まで来たところで、見覚えのある人物を視界内に捉えた。
『ミラが随分と世話になっているようだな。改めて礼を言いたい』
最初はなんて事の無い普通の挨拶だった。
以前ミラを尋ねてゴッツ達の拠点に来た時に少しだけ言葉を交わしたことがあった程度だが、無視をするには相手の名前が大きすぎる。とりあえず失礼にならないように声をかけたが、どうやら相手は自分達のことを覚えていてくれたらしく、色々と当たり障りのない世間話を続けていた。
『そうだ、一つ伝言を頼まれてくれるか? なに、そう大したものではない』
迷宮の地下4階層にあった湖の底に興味深いものが現れた。
そのことをそろそろこの町にやって来るであろうサートに伝えてほしい、という内容の頼みごとをされたサイス達。
何故自分で魔術を使って伝えないのかと少し気にはなったが、それぐらいならば別に手間でもないので、サイス達はその頼みを引き受けることにした。ここまでは何の問題も無かった。問題はここからだ。
『ありがとう。では、対価を渡そう』
そう言って、ユーザスはまるで今の空模様でも伝えるかのような自然な口調で言い放つ。
『今日、このアルバの街は滅びる』
「『そんな未来を回避したければ、ミラが起こすだろう行動を邪魔してはならない』だもんなあ」
「『ついでにサートの奴も一緒に行動させれば、少なくとも最悪の事態だけは免れる、かもしれん』ですもんねえ」
あのユーザス・ハーザが断言したのだ。滅びると言ったら滅びるのである。むしろ、滅びなかったら滅ぼすのである。
そんな大魔術師が、アルバの崩壊を避けるために名指しで挙げた人物たちを改めて見てみる。
「それでサートさん、砂金の滝壺に行ったことがあるというのは本当なんですか?」
「教えてあげてもいいけど、とりあえずもう一度口を開けてみようか」
「あ、俺ももう一個欲しい。あーん」
「「「はあ……」」」
今日一番の溜息が迷宮内に響いた。




