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第21話~病み上がりの二人~

文字数を減らしてその分投稿間隔を短くしようと思っていたのに、気が付いたら一万文字を超えていた……。

癖って中々抜けないですね。

「部長、これ何ですか?」


「さつまいものおすそ分け。嫁の実家で採れすぎてしまったらしい。ちゃんと寝かせて追熟してあるから甘いぞ」


「あ、ありがたく頂きます」


「沢山あるから追加が欲しかったら遠慮なく言ってくれたまえー」



「おっ、佐藤。良い所に」


「……先輩、それ何ですか?」


「じゃがいものおすそ分け。今年はかなりの豊作らしくてな、田舎から送られてきたんだ。

 流石に食いきれねえから配って回ってんだよ」


「……あざーす」


「お代わりあるぞー。まだまだあるぞー」



「……いや、食べ物のおすそ分けは有り難いんだ。有り難いんだけども、



 段ボール単位でのおすそ分けは、在庫処分って言うんだよなあ……」


――――――


 朝斗が目を覚ましてサートと出会ったあの日から一週間が経った。


 この一週間で朝斗の周囲の環境はがらりと変わり、まさに地獄から天国へと移り変わったかのように穏やかな日々が続いていた。


 その始まりとなったあの日、人並み外れた生命力を持った朝斗も流石に病み上がりで長時間の会話はまだ無理があったのだろう。朝斗が疲れの表情を見せてきたところでそれを察したサートが今日はこれまでにしようと話を切り上げた。そして当分の宿代は既に支払い済みであることを伝え、最後に余計な心配をせずに今は身体を休めることだけに専念するように念押しをする。


 そんなサートの心遣いを理解した朝斗は、今は精いっぱいその言葉に甘え、身体を回復させたら必ず恩返しをしようと心に誓った。



「ゴーッツくーん! あーそびーましょー!」


 だがその一週間後。朝斗は早くもその誓いをしたことを少しだけ後悔し始めていた。


「朝からそんな大声出して迷惑になりませんか?」


「ばっか、ちゃんと風の魔術であいつの部屋だけに届くよう調整をしてるに決まってるだろ」


「……いや、それは」


 朝斗は魔術については何も知らないが、その魔術の使い方はきっと間違っていると思ったが口には出さなかった。そして改めて、自分はこんな悪戯みたいなことをする人に助けられたのだと実感する。


「(良い人なのは間違いないし、色々と凄い人なのも分かってはいるけど、やっぱり何かが突き抜けた人って一周回ってどこか子供に戻るものなのかな?)」

 

 と、まだ日本で暮らしていた時に両親や親戚の付き合いで様々な人物と交流をしてきた中で出会った、極めて優秀でその業界の権威ともいえる人物達なのに、そんな人たちに限ってどこか子供っぽい一面を持っている人が多かったという記憶を思い出す。

 朝斗から見たサートも彼らと同じように、自分の人生を思いきり楽しんでいるというような雰囲気が感じられた。


「そうだ、どうせ会うなら礼を言うだけじゃなくてついでに顔を売っとくといい。この前の主級討伐の功労者だし、実力は確かだから何かあった時に頼りになるぞ」


「あ、はい!」


 サートの特製ブレンド栄養ドリンクという名のポーションが効いたせいなのかは分からないが、驚異的な回復速度で身体を回復させていった朝斗の容姿は別人だと見違えるくらいに変わった。

 もはや誰も元が半死半生のゾンビだったとは思えないだろう。ちょっとした病気で痩せただけだと言われても信じてしまうほどに体力を取り戻し、長時間歩くことも可能になった。


 そこまで身体が動けるほどに回復をした朝斗は、出来れば自分を助けてくれた人たちに可能な限りお礼を言いたいと考えていた。そして朝斗の様子を見に早朝から宿屋に来たサートにそのことを伝えたのだ。


「ゴッツ達驚くだろうなー。だってアレがこうなるんだもの」


 そう言って改めて朝斗の姿を見直す。最早誰も今の朝斗を見て元があの迷宮奴隷であるとすぐに気がつく者はいないだろう。

 体調の回復度合いを確かめるついでに、職場で大量に貰った芋類を消費するための人員候補として勧誘するために朝斗のいる宿屋に向かったサートが、本人を見ても一瞬誰だか分からないほどに様変わりしたのである。薬の効果を抜きにしても驚異的な回復力であった。

 だが、


『でもまだまだ痩せてるな』


『流石に一週間じゃ元の体重まで戻りませんよ』


『よっし、なら体重を戻すのを手伝おう!


 ちょうどこれから焼き芋大会をしようと考えていたんだ。食うのを手伝ってくれ』


『……芋、ですか?』


『ちゃんと味が付いている日本産のじゃがいもとさつまいもだから』


『芋かあ……』


『マヨネーズ・塩・胡椒・醤油・バター、その他調味料も沢山揃えてあるから!』


『むしろ調味料だけ舐めていたいです』


『許さーん。芋を食え、芋を。一人でも戦力が欲しいんだ。礼を言うためにゴッツ達のところにも行くんだろ? 焼き芋大会はそこでやるつもりだから逃がさんぞ』


 このように無理やり理由をこじつけられて、有無を言わさずにサートに連れ出された朝斗。口笛を吹きながら上機嫌に歩くサートと、仕方がないとどこか諦めたような眼をしてその後ろについていく朝斗達はこうしてゴッツ達の拠点である屋敷へとやってきたのだ。



「なーにが、あーそびましょーだこんにゃろう。朝っぱらから気が抜けるような呼び方しやがって」


 そしてサートの呼びかけに答えて屋敷から出てきたゴッツは、朝から一体何の用だと呆れたような声を出した。


「ミラの様子を見に来たついでにちょっと色々ね。今の調子はどうなの?」


「ああ、一昨日からようやくまともに飯が食えるくらいになったんだが、まだまだ本調子じゃねえな」


「ほー、もしかしたら早くもまた俺の特製ブレンド栄養ドリンクの出番があるかな?」


 ミラが未だに回復しきっていないことに驚きつつも、それならばと以前調合した特製ポーションの在庫量を確認するサート。

 少量を作るよりもある程度量が多い方が調合するときの難易度が下がるため、大量に作ったは良いが消費しきれずに余ったポーションを、このまま捨てるよりも誰かに使いたいと思っていたのだ。


「効くのかそれ」


 どこか疑わしげな身を向けるゴッツに対して、サートは自信満々に胸を張って朝斗を指さして言った。


「こいつを見ろ。効果は実証済みだ!」


「そいつは?」


「アシャット」


「アシャット? こいつが!?」


 ゴッツは先ほどからサートの隣にいる黒髪の痩せた男が何者なのか気にはなっていたが、まさかその正体があのアシャットだとは思ってもいなかったようであった。あの怪我からこんな短期間でここまで回復をしたこともそうだが、それ以上にこんなに若いとは思ってもいなかったのだろう。まるで幽霊でも見たかのように目を丸くして驚いていた。


「スミマセン、朝から、急に」


 まさかお礼を言うよりも先にこんな形で謝罪の言葉を言うことになるとは思っていなかった朝斗。


 まだ片言程度にしかこちらの世界の言葉を話せない朝斗だが、朝からお騒がせして申し訳ないという気持ちから何度も頭を下げる姿を見て、お前もいろいろと大変そうだなとゴッツが朝斗に同情の視線を向ける。そしてその視線の意味を理解した朝斗はこのくらい何でもないですと同じく目で返した。


 世界は異なっても目での意思の疎通は共通なのだということを証明した瞬間である。


「というわけで後で礼はするからちょっと庭を貸してくれ。焚き火しても問題ない場所があったろ?

 んで、一緒に食うの手伝ってくれ、二人じゃ全然減らせる気がしないんだ」


「どういうわけなのかは分からねえが、何か食わせてくれるってんなら問題ねえし大歓迎だ。

 で、何を食えって?」


「これ」


 話を今日のもう一つの目的に変えたサートがそう言って木箱に移し替えた芋たちを影から取り出す。

 今までサートが持ってきた食べ物は全て珍しくて味も良い物ばかりだったため、今度は何だろうかと内心ウキウキした顔で箱の中を覗いたゴッツだが、箱の中身が何かを理解した瞬間その顔が無表情に変わった。


「なんだ芋か……」


「お前もそんな反応すんのかい。気持ちは分かるが良く見ろ、灰芋じゃねえよ」


 灰芋とはサートや朝斗のトラウマとなっている味の全くしない芋のことである。いくつか根付くのに条件があるが、その条件さえ整っていれば繁殖力が強く、荒れた土地でも放っておいても勝手に育つため、主に家畜の餌として重宝されている植物だ。家畜だけでなく人が飢えを凌ぐために栽培している村も多い。


 だが貧しい村出身の者ならば、必ずと言ってよいほど子供時代に嫌というほど食べさせられていた影響で、芋嫌いになった大人も少なくない。

 似たような経歴を持つさつまいもと異なる点として、灰芋の特徴は完全に無味無臭ということだろうか。汁物や味の濃い食材と一緒に調理をすればまだマシだが、それすらままならない、灰芋をそのまま食べることしかできないほど貧しい家は悲惨であった。


「美味いのか? これ」


「味は保証する。ただ量が多いんだよ」


 何しろ立場が下のこちらが断れないのをいいことに段ボール単位で押しつけられたのだ。じゃがいもは芽が出る前に、さつまいもも既に十分に追熟がされているせいでこれ以上の保存も難しい。どちらか片方の種類のみだったらまだしも、運が悪いことにタイミングが重なってしまったせいで余計な苦労を強いられる羽目になってしまったと愚痴るサート。


「食いきれねえなら売りゃあ良いじゃねえか」


「貰い物を売るってのもなあ……」


 そもそも馴染みの無い怪しい芋を誰が買うのかという話である。こちらの世界で芋を売るというだけでも難易度が高いのに、売れたとしても二束三文で買い叩かれることが分かり切っている。


 味は良いのだから調理済みの物を売るにしても、料理などの加工品や既製品を売るのは完全に商会ギルドの管理区分だ。手続きに時間がかかるし、税や規則などのしがらみも多い。

 味見だけをさせて残りはそのまま売ったとしても、必ず栽培をしようと企てる者が出るだろう。当然簡単にはいかないだろうが、芋から無理やり発芽をさせて植物の成長を促進させることが可能な魔術師も存在するのだ。


 もし万が一、まぐれでも栽培が成功して現代の品種改良を重ね続けた高品質な芋が世に出回ってしまったら、大陸中の食糧事情が変わるだろう。良い影響もあるだろうが、それ以上に今まで食料を生産していた農村で農家が何人首を吊ることになるか分からない。


「(そんな心配をするくらいなら今ここで全部焼いて食った方が楽だよな)」


「はあ、でも芋かあ……。サート、お前にはがっかりしたぜ」


「よし決めた。ゴッツ、お前が食うじゃがいもにバターはやらねえ」


 そう二人がいつものように軽口をたたき合っていると、ギイっと玄間の扉が開く音が聞こえて誰かが出てくる。


「お久しぶりです、サートさん」


 声を掛けられた方向をみると、アーグに身体を支えられながらミラが玄間から歩いてこちらに向かってきたのが視界に入った。


「そちらのアシャットさんもお元気になられたようで良かったです」


「そういう自分はちっとも元気じゃなさそうなんだが。え? 何? ミラの使った秘薬ってそんなに副作用がヤバイものだったの?」


 少なくとも魔術が暴走したことが原因でここまで弱るというのは少し考えにくいことだ。だとすると原因はミラが使用したという、とっておきの秘薬とやらだろうサートは推測する。


「はい。大変お手数をおかけして申し訳ないのですが、そのことについてご相談がありまして」


 いくつもの借りを作ってしまっている現状で、更に手を煩わせてしまうことに多少の心苦しさはあったが背に腹は代えられない。ミラもここまで強い薬だとは思っていなかったようで、流石に自分一人では手に余ると判断して同じ魔術師のサートに助言をもらえればと考えたのだ。


「あー、なんとなく分かった。とりあえず今は無理せずそこに座って待っててくれ。今からちょっと色々準備するから。

 あと、この際だからついでにもっと体重を増やそう。いくらなんでも細すぎて見てて不安になって来る」


「あら、良いこと言うわねサート。そうなのよこの子全然食べないのよ。もっと食べないと体力がつかないわよっていつも言っているんだけどねえ」


 そこには、まるで母親のような小言を語り始めたアーグの横でどこか恥ずかしそうに、しかし自分の心配をしてくれていることが分かっているために無碍にも出来ず、困ったような表情で苦笑するミラの姿があった。


――――――


「おお、なんかすげえ良い匂いがしてきた。しかもこっちの芋は甘い匂いがするぞ! なんだこの芋、すげえ!」


「ぬわっはっは! 良いぞ良いぞ、その反応が見たかったんだ! いやー、やっぱりこっちに来て本当正解だったわ」


 ゴッツ達の拠点の庭に火を焚き、芋を焼き始めてしばらく経つと、辺りに焼けたじゃがいもの食欲を刺激する香りと、さつまいもの甘い香りが広がる。

 その匂いを嗅いだゴッツは、最初のテンションが嘘のように焚き火の前に陣取って芋が焼きあがるのを今か今かと待っていた。


 そんなゴッツの様子を見て、わざわざ段ボールから木箱に芋を移し替えたり、どうせなら石焼き芋にしようと手頃な大きさの小石をいくつも掻き集めたりと、地味に手間をかけた甲斐があったと満足そうに笑うサート。


「よし、これですっきりしたわよ。うん、思った通りなかなか男前じゃない。後はちゃんとご飯を食べて体調が元通りになれば女の子が放っておかないわよ」


「ありがとうございました。スミマセン」


「お礼を言う時は謝らなくてもいいの」


「ハイ。ありがとうございました」


 サートが高笑いをあげているすぐ横では、アーグが朝斗の乱れた髪をハサミで整えていた。

 今までは髪の毛が伸びてきたら自分で適当な刃物を使って短くしていたのだが、切れ味の悪い刃物で無理やり切っていたために常にぼさぼさ頭で、鏡も無かったせいでバランスも悪かった。しかし、こうしてしっかりと身だしなみを整えてみれば朝斗の本来持つ器量の良さと育ちの良さが滲み出て、もう少し顔色が良くなれば誰もが認める好青年となるだろうことが誰の目にも分かった。


「イケメンだと知っていればもうちょっと扱いを雑にしたのに」


「男の僻みは醜いわよサート」


 そんな朝斗を見て少しだけ本音交じりの冗談を言うサートに対してアーグも笑いながら返答をする。


「あなたも偶には何時も被っているフードを脱いで顔を出せば良いのに。アシャットと同じ国の出なんでしょう? ここらへんじゃ珍しい顔立ちだから沢山声を掛けられるわよ」


「そんなことしたら俺の謎に包まれた凄腕魔術師感が薄れるから嫌だ」


「そんなんだからモテないのよお馬鹿」


「アホみてぇな理由だな。腕が良いのだけは認めるが」


「よし決めた。ゴッツ、お前が食うじゃがいもにマヨネーズはやらねえ」


 サートと朝斗は、お互いにどんな関係があるのかと聞かれたときに、同郷出身であると説明することにした。同じ故郷出身の者が遠く離れた地で迷宮奴隷になっていることをサートが哀れに思い、その身柄を引き取ったと言えば大抵の人間はそれだけで納得するだろうと考えたからだ。


 実際にそれほど間違っているわけではないし、言い訳としてはこれで十分だろう、というのが二人の共通意見だ。


「まあいいや。髪を切り終わったら次はこっちだ」


 バターとマヨネーズが何かをまだ分かっていないゴッツが後で悔しがる顔を思い浮かべて少し満足したサートは、次に朝斗を呼んで影から取り出した容器に入った数種類の液体で順番に口をゆすぐように指示をする。

 これは何かと尋ねる朝斗に対し、サートは歯と顎の治療のための薬だと答えた。


『まずその歯と顎を治さないと何も食べられないだろう』


 芋を少しでも減らしてくれないと俺が困るんだ。そう語ったサートに朝斗はでしょうねと笑って返す。


『これが消毒兼麻酔で、こっちが歯やもろもろを再生させる方の薬。で、最後にこっちの軟膏を頬から顎にかけて馴染ませるように塗りこめば完了。あと、間違っても飲み込まないように』


『麻酔? 麻酔が必要なんですか?』


『別にしなくてもいいけど、ものすごい速さで口の中が再生をするから死ぬほど痛痒いぞ』


 そう言われて色々と想像をしたのだろう。少し引き攣った顔をしながらサートに言われたとおりの順番で恐る恐る液体を口の中に入れた朝斗。


「因みにこれ、虫歯もついでに治療してくれたりする。ゴッツもやってみる?」


「俺様そういうのとは無縁だから。見ろこの輝かしい歯を!」


 芋が焼けるのを今か今かと焚き火の前で待機をしていたゴッツは、サートの提案に対して自慢の歯を見せびらかすような笑みを浮かべて返答をする。

 歯並びが良く、現代人でも滅多に見ないほどに白くキラリと輝くその歯を見たサートは、素直に感心をした。


「おお、マジだすげえ。ゴッツのくせに歯だけはイケメン」


「歯が悪いと食い縛れなくて全然力が出えねえんだよ。だから結構気を使ってるんだぜ。

 ただ、食い縛りすぎて顎が壊れた奴なんて俺も初めて見たがな」


 その言葉にちらりと朝斗の方を見るゴッツ。まだこちらの言葉を片言程度しか話せない朝斗は、二人が自分のことについて話していることに欠片も気づいていない。ただサートに言われたとおりに口を濯いでいたら、本当に口の中の感覚が徐々に無くなってきたことに対して無邪気に驚いているだけだった。


「肉壁として死ぬのが当たり前の迷宮奴隷が、あんな細い身体で、よくここまで生き延びたもんだ」


 そう語るゴッツの顔はいつもと違って少し真剣な眼差しだった。


「だったら少し気にかけてやってくれ。素直で良い奴なんだがその分カモにされやすいタイプなんだ」


「……ま、気が向いたらな」


「因みに、超真面目な性格だからからかうと面白い奴だぞ」


「気が向いたわ」


「二人とも馬鹿やってないで、お芋をひっくり返すのを手伝いなさい」


――――――


「本当に申し訳ありません。私が未熟なばかりに……」


 ある程度まで歯の再生を終えた朝斗とゴッツ達がたき火を囲んでお互いに交流を深めている少し横で、サートはミラの診察をし始めた。すでに体調は少しずつ回復傾向に向かってはいるが、しかし恐らくこのまま何もしないままだと少なからず後遺症が残るだろうというのがミラの見立てであった。


「まあこればっかりはしょうがない」


 治癒の魔法だけではどうにもならない事であるし、それほどまで強い薬を使用した時の対処法というものをミラはまだ修めていない。若さ故の経験不足故にそこは責められることではないだろう。


「とりあえず、ミラが使ったっていう秘薬の予備とかの残りってまだある?」


「はい。こちらです」


 何をするにしてもまずは現物を見てからでないとどうしようもない。ミラもそれが分かっていたからだろう、あらかじめ自分が使用した薬と同じものを用意していた。


 掌にすっぽりと収まるほどの大きさの半透明の瓶を受け取ったサートは、ちょっと失礼とミラに断りを入れてから蓋代わりの栓を抜く。

 最初は匂いを嗅いだり、手に一滴だけ垂らして反応を見ていたが、特に大きな変化が見られないことを確認するとそのまま手に垂らした水滴を舐めるサート。


「うーむ、これは……んん?」


 舌の上で転がして味を分析していると、何かに気が付いたサートは慌てて秘薬を吐き出して口の中を水で漱ぐ。


「ミラちゃん本当にこれこのまま飲んだの? 丸々一本?」


「は、はい。そうですけど」


 サートのまるで劇物でも扱うような反応をみて動揺をするミラ。まさかそこまでするほどの危険物だとは思っていなかったために内心で不安が増してきていた。

 そんなミラを今は敢えて無視をしてサートは手早く薬剤調合用の道具といくつかのガラス製の実験器具を影から取り出し、自分の周囲に風の結界を張る。そして屋外に居ながらにして魔術で塵や埃を防ぐ擬似的なクリーンルームを作り出したサートは、更に数種類の薬草や純水といった薬の材料を用意した。


「お、どうした?」


 そんなサートの様子に気が付いたのかゴッツ達が会話を止めてサート達のそばに近寄ってくる。


「ちょーっと気になることが出来てね。もしかしたら……」


 何かあったのかと尋ねてくるゴッツに返事を返しながらも手の動きは止まらず、気がつけばいつの間にかサートの前にはいくつもの試験管が並び、その中に入っている溶液にミラの持っていた秘薬を一滴ずつ垂らして反応を見始めていた。


「あー、やっぱり。奇しくも俺特性スペシャルブレンド栄養ドリンクとほとんど成分が同じだわこれ。



 半分以上が猛毒だ」


「えっ?」


『……ちょっと、佐藤さん? 今なんかすごい嫌なことを聞いた気が……』


 そのサートの呟きを聞いて大きく反応をした者が二人いた。

 一人は言わずもがな当事者のミラである。そしてもう一人は、サート曰く半分以上が猛毒のである秘薬と殆ど同じ成分らしい物を飲まされた朝斗だ。ミラは驚愕といった表情をしているが、朝斗の顔は少し引き攣っていた。


『(材料は聞くなって、こういうことだったのか……)』


「誤解のないように言っとくけど、成分は同じでも濃度が全然違うからな? 薬も過ぎれば毒になるし、逆に毒も薄めれば薬になるんだよ」


 サートは薬を調合し始めた手を止めずに、そんなことは言われなくても分かっているだろうとミラと朝斗双方に向かって言い放つ。その言葉を聞いて確かにそれもそうだと少しだけ落ち着きを取り戻す二人だが、今度はゴッツがサートに質問をした。


「ほーん、じゃあこの草はなんの薬になるんだ? 俺の記憶が正しけりゃ、これは確か食ったら腹を下す毒草だったはずだが」


 昔空腹に耐えかねて適当に摘まんで食べたら地獄を見たと苦い顔をするゴッツにサートは説明をする。


「腹を下すっていうのは、逆にいえば腸にある悪い物を全て洗い流してくれるともとれるだろ。この毒草は効力は強いけど刺激は比較的弱いから、適切な処理をすれば副作用も少なくて身体に負担がかからない、かなり優秀な虫下しの材料になる」


 朝斗に飲ませるために用意をしたものだが、少し飲む量を減らせば便秘薬としても使えたりする。結果的に荒れた肌の改善にも繋がるとサートが付け加えると、是非とも欲しいという声がアーグから挙がった。


「それじゃあこれは何に使えるの? 食べたら熱を出して何日も寝込んでしまう毒キノコだけど」


「それはちゃんと適量を摂取すれば新陳代謝を高めて体内の毒素排出を促進する薬になるし、後は強心剤の材料にもなったりするな。因みにそれはミラ用ね」


「「「「へえー」」」」


 予想外にも薬学への深い理解を見せたサートに一同は口を揃えて感嘆の声を漏らした。しかし、


「意外ね」


「見直したぞ」


 アーグとゴッツは普段サートのことをどう思っているのかよく分かる反応を返していた。


「他人を素直に褒められなくなったら人として終わりだと僕は思いまーす」


「そういうことを堂々と口に出して要求する奴も同類だと俺様思うんだが」


 そんなやり取りをしている間にも作業をしているサートの手は全く止まらず、気が付けばいつの間にかミラへ飲ませるための薬が完成をしていた。

 そのあまりの早さに一同が驚くが、昔取った杵柄ならぬ前世の杵柄で、ユーザスの助手として毎日ひたすら薬の調合をやら何やらをされていたおかげで、こういった作業は身体ではなく魂にまで染み付いているのだ。


「(俺が作っていた物とほぼ同じ薬だったから解毒剤も簡単に用意できたけど、一体何故……って、リラしかいないか)」


 おそらく前世で自分が死んだ後、研究室に残されていたポーション類を解析でもしたのだろう。


 サトラクが造り出した特製ポーションは、そのまま飲めば猛毒だが、少し薄めれば魔術師としての能力を一時的に引き上げる秘薬に、そこから更に薄めると滋養強壮の妙薬として、非常に使い勝手の良い便利な薬としてそこそこの評判を得ていた。

 元々は研究をするために睡眠と食事をする時間すら惜しんだ過去の一部の魔術師たちが協力して開発した栄養剤兼、抗睡眠剤だったのだが、それを更に進化・発展させるために色々な薬草を混ぜ込んだ結果、いくつもの失敗と幸運を積み重ねて偶々偶然出来たのがサトラク特製ポーションこと、スペシャルブレンド栄養ドリンクなのである。


 サトラクは奇跡的に生まれたこの特製ポーションを交渉材料に、多くの魔術師と自分の研究に必要になりそうな技術や情報の取引をしていた。そしてリラもその中の一人だった。

 特にリラの場合は不老という彼女の研究テーマに深く関わる薬学に対する造詣が深く、自分以外の魔術師が造ったポーションには人一倍興味を抱いていた。


 そんな薬学のエキスパートである彼女ならば、現物さえあれば成分を解析して全く同じ薬を再現することは何も難しいことではないだろう。

 問題は、何故ミラがこの薬の危険性を知らなかったのかということだ。リラが伝え忘れたのか、それともミラが忘れていたのか。ただのうっかりであれば良いが、サートはなんとなくそれは違う気がした。


「(ミラの様子を見る限り、本当に何もしらなかったんだろう。ならリラが伝え忘れたのか?

 ……ないなあ、それはありえん。こういう薬に関することであいつがそんなミスをするとか、うちの師匠が情に絆されてモルモットを逃がすくらいあり得ない)」


 一体、どういうつもりなのやら。

 もうこれ以上考えても答えは出ないだろうと悟ったサートは、出来あがったばかりの解毒剤をミラに渡す。


「ほい、とりあえずこれを飲んで、あとは沢山ご飯を食べてしっかり寝るだけでいいよ。明後日くらいにはむしろ今まで以上に体調が良くなってるんじゃないか?」


「本当に、本当にありがとうございました。このご恩はいつか必ずお返しいたします」


 解毒剤を受け取ったミラが礼を言う姿を見て、サートはそんな大げさな、とは言わなかった。今のミラはいつもの冷静で年齢不相応な大人っぽさはどこかへ消え、そこには自分を助けてくれた人物に対して純粋に感謝をするただの少女がいるのみだった。


 それだけ苦しかったのだろう。この薬の製作者であるサートにはその辛さがよく分かった。


 今まで強がってはいたが、ミラが止まらない身体の震えを何とか隠そうとしていたことにサートは気が付いていた。恐らくゴッツとアーグも、もしかしたら朝斗も気が付いていたのかもしれない。それでも口に出さずに普段通りに振舞っていたのは、想像を絶するだろう苦痛を顔色一つ変えず、脂汗一つ流さずに気丈に振舞うその精神力に敬意を表してのことだ。

 そんな苦しみからようやく解放されるのである。黙って素直に礼を受けとるのが大人というものだ。


「(そういうところも親にそっくりだな。まあでも、あいつはこんな素直にお礼なんて言わないか。こっちの方が百倍可愛げがあるね)」


 願わくば、どうかこのまま性格はあいつに似ずに健やかに成長をしていってほしいと心の底から願ったサートである。


 そして、これで今日やらなければならないことは全て終わった。


「後はこの芋どもを食べ切るのみ!」



「残念、追加のお仕事ですよ」


「うおおう!? 誰だ、今悪魔の呪文を唱えたやつは!?」


 肩の荷が下りて、あとは気楽に芋大会を楽しもうとしたときに、個人的にとても人間のすることとは思えない残酷な言葉ランキング上位に入るワードをいきなり後ろから浴びせられ、精神的ダメージを受けるサート。一体誰が、と後ろを振り向くとそこにはいつものどこか草臥れたような笑みを浮かべるサイスが立っていた。

 よく見ると少し離れたところにはアイラとガランといった今まで姿を見せていなかったゴッツの仲間達がこちらに歩いてきている姿も見える。


「お久しぶりですね、サートさん」


「おー、家に来たのに姿が見えないと思っていたら朝から出かけていたのか、お帰りなさい。あと、その冗談は俺に効くからやめてくれ」


「それはこちらのセリフですよ。サートさんを探していたのに、まさか自分達の拠点にいるなんて、随分と長い散歩になってしまいました。

 それと冗談ではなく、ユーザス様がお呼びです。何でも例の主級ごと氷漬けにした湖の底に、気になる物を発見したとのことです」


「えー、マジかよ。どうしようかなあ……。そろそろ芋も焼き上がりそうなんだよなあ」


 どうやらサイス達はユーザスから言伝を預かり、朝からサートを探していたようだ。流石にユーザスからの呼び出しをガン無視するわけにはいかず、サイス達に朝から手間を掛けさせてしまって申し訳ないという気持ちもある。

 それに湖の底で見つけた気になる物とやらにも少し興味があった。あのユーザスがそこまで言うのだから、まず間違いなく呼び出されるだけの価値がある物なのだろう。


「(それに先週はこちらから呼び出して仕事を放り投げちゃったからなあ。流石にちょっと機嫌を取らないと後が怖い)


 でもなあ……」


 行かなければならない理由も、行っても構わないという動機もあるが、今一乗り気になれないサート。いつも通りと言ってしまえばその通りだが、今回は少し様子が違った。

 そんなサートの様子に気が付いたゴッツが質問をする。


「なんだ、そんなに芋が食いたかったのか? 安心しろよ、ちゃんとお前の分も残しておくからよ」


「別にいいよ、俺は食べようと思えばいつでも食べられるし。

 ただ、芋を食べてあまりの旨さに驚くゴッツたちの反応を見てドヤ顔をしながら笑いたかったからわざわざこっちに来たのに、それが出来ないのが心残りで。


 あと、仕事っていう響きがなんか嫌だ」


「よし、連れていけ」


 聞いた俺が馬鹿だったと、サイス達にサートを連行するように指示をするゴッツ。その指示通りにサイスとガランがサートの両脇を抱えてズリズリと引きずり始めたところでサートが焦った声を発した。


「まーまー、待ちたまえよ君たち。何も行かないとは言ってないだろう。だから引きずるのはやめて下さい。この靴結構高かったんです」


 踵がすり減ってしまう! と情けない悲鳴を上げたサートに呆れたのか、サイスとガランは揃って溜息を吐いてサートを解放する。


「それならちゃんと自分で歩いてくださいよ」


「何をしたかったのかは知ラんが、早く行ってその分早く戻レば良いだロう」


「いや、少し思いついたことがあってね」


 どうせ行くのならばと、サートはそう言ってミラと朝斗に視線を向けて言い放つ。




「そこの病み上がり二人。丁度いい機会だからちょっとお兄さんと一緒に大冒険をしようか」


いつも応援ありがとうございます。

皆様から頂いた感想は全て目を通しています。また、おかげさまで累計ランキングにも入ることが出来ました。

これもすべて皆様の応援のおかげで達成出来たことです。本当にありがとうございました。

これからも応援をよろしくお願い致します。

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