最終話 旅立ち
「皆、ご飯食べに戻って……。」
パトロックが帰ってきて、ルチルとクォーツを連れて工房に行ってから一日が経った、一度は眠ったルベライトだったが、朝になってもリビングには誰もいなかった、パトロックやクォーツはともかくとして、体の弱いルチルが食事を抜いて工房に籠る事はありえない、それはパトロックが許さないはずだ、そう思って「パトロックに怒られる可能性」を考えながら、工房に足を運んだ。
「……?」
工房には誰もいない、確かに三人は工房に入っていったはずだ、工房の方に向かっていくのを見送った、それきり見ていないといっても、まだ一日も経っていない。
「……?」
声が聞こえた、それは鉱石の声、鉱石が呼んでいる声、工房の真ん中、赤い色の鉱石が二つと、蒼い色の鉱石が一つ、転がっていた。
「君が、呼んでるのか……?」
加工して欲しい、こういう風に加工して欲しい、という声が聞こえた、今まではぼんやりと聞こえていただけの鉱石の声、今まではなんとなく「その形になりたい」という声を聞いていただけだったはずの声、それが「はっきりと加工して欲しい形」を希望していた、子の鉱石がどんな材質で、どんな名前で、それもわからなかったが、ルベライトは「それをしなければならない」と、何かに憑りつかれたようにその鉱石を拾った。
暖かい、とても暖かい温もりを感じる、この温もりをルベライトは知っている、はずだった、ただ、何処で感じた温もりなのか、どんな温もりなのか、それがわからなかった。
「……。」
失踪、自分を置いて、何処かに行ってしまったのだろうか。
三人そろって何処かに行ってしまった、何処かに消えてしまった、それがルベライトの思考だった、パトロックが十年前に失踪して、そこから連絡もつかなくなったのと同じ、家族がいなくなってしまった、それが現在のルベライトにとっての認識のすべてだった。
「どこ、行っちゃったの……?」
パトロックは、ルチルは、クォーツは、何処に行ってしまったのだろうか。
わからない、わからない、置いていかれたのだろうか、それともなにがしかの意味があって、ルベライトだけをおいて何処かに行ってしまったのだろうか、それもわからない。
「……。遅かったか。」
「だ、誰だ……!?」
「……。ルベライト君、だね?」
茫然自失と鉱石をもって立ち尽くしていると、誰かから声を掛けられる。
この工房には入ってはいけない、それがカイル家以外にとっての決まり事、ある意味での法律の一種であり、それを破った者は禁固刑に処される、とルベライトは知っていた、だから工房に誰かが入ってくるはずがない、アルベルト近郊の人間からしたら「カイル家の工房に入らない」は普遍的な決まり事だ。
それなのにも関わらず声が聞こえた、そちらを向くと、隻腕で額に傷のある、ルベライトと同じ程度の身長に、赤茶髪の髪の毛を短めに整えて、襟足だけを伸ばして襟足の根で結んでいる、翡翠と琥珀の瞳をした青年がいた。
こんな青年をルベライトはこのあたりで見た事がない、隻腕という時点で珍しい、さらに言えば「オッドアイ」と呼ばれるその瞳の色の違いは、この世界においては基本的にはありえない素養だった、それぞれの属性に起因する瞳の色になる事が殆どなこの世界において「デュアルエレメント」と呼ばれる、多重属性の持ち主、と呼ばれている数少ない人間しかオッドアイにはならない、歴史においてデュアルエレメントの持ち主は「十人いたかいなかったか」と言われている、そのデュアルエレメントの人間なのか、それとも違う何かなのか、兎にも角にも、青年はここが禁じられている場所だ、と理解しているのだろうか。
「俺はディン、ディンアストレフ。ルベライト君、君に用事がある守護者だ。」
「守護、者……?」
「家族がどこに行ったのか、君の家族が何処にってしまったのか、それを知りたいかい?」
「……?俺の、家族が……?知ってるの?君は知ってるの……?父さん達が、何処に行ったのか。」
「……。それはある意味では、惨酷な現実かも知れない。ただ、情報提供には条件がある、君の力を借りたい、伝説の鍛冶職人、カイル家の代表として、賢者の石の肉体を持つ、福音をもたらされた者として、君に協力してほしい事がある。」
ルベライトにとって、家族と全てだ、家族がいたから頑張れた、パトロックがいたから、ルチルがいたから、クォーツがいたから、頑張ってこれた。
その三人がいなくなってしまって、そしてこのディンと名乗った青年は「遅かった」と言った、ならば、三人の身に何かが起こった、と考えるのが妥当な所だろう、ルベライトはそう思考をまとめた。
「俺が、カイル家の代表として……。」
「君にしか頼めない事があるんだ、ルベ。君にしか頼れない、君にしか出来ない事があるんだ。それは、お父さんでもなく、お兄さんでもなく、歴代のカイル家の誰でもなく、ルベライト・セレン・カイルにしか出来ない事だ。」
「とう……、オヤジ達は、どこに行っちゃったんだ……?」
「それは今は語れない、ただ、俺について来てくれるのであれば、教える事は出来るよ。」
級に現れて、訳知り顔で語るこの青年の言葉は、不思議と信じても良いと感じていた、眼を見ればわかる、と言うべきか、眼を見た後から、ディンの言葉を信じても良い、この青年は自分に危害を加える事はしてこない、それを本能的に理解した。
「ついて行って……、それで、オヤジ達は……。」
無事なのかどうか、それだけでも知りたかったが、知ってしまったらディンの交渉は意味をなさない、と直感した。
つまり、家族が無事かどうかを知る為にも、パトロック達が何処に行ってしまったのか、の答えを知る為には、自力で探すかディンについて行くか、どちらかを選ばなければならない、それがルベライトの出した答えだった。
「俺に、カイル家の代表なんて勤まるのかな……。」
「ルベにしか出来ない事だ、その槌を俺達の為に振るってくれ。それが、お父さん達の損だ未来でもある。」
「オヤジ達の……?」
「まあ、詳しい事はまだ言えない、ただ、それでも君に来てもらう事の意味と意義はある、君がどうして賢者の石の肉体を得るに至ったのか、そしてどうしてお父さん達は君の前から消えてしまったのか、それには意味がある。」
「……。ちょっとだけ、時間をもらっても良いかな……?」
「構わないよ、一週間後、迎えに来るからそれまでは自由だ。」
「……。わかった。」
何かがわかったわけではない、何か大きな事柄に自分が巻き込まれようとしている、その予感だけはしていた、ルベライトは正しく「自分が何か大きな流れの中にいる」事を理解した。
ディンは一週間後、と言ってすぐに消えてしまった、転移の類を使ったのだろうが、転移処や賢人機関の人間でもないのに転移を使える存在がいる、そのことにも驚きながら、ルベライトは「消えてしまった家族を探す為」にディンに協力する事を決めた。
「これで良い、かな。」
一週間後、ルベライトは二種類の武器、というよりは道具を鍛造した。
一つは槌、工房に遺されていた鉱石のうち、赤い二つをパーツにした槌を作った、それはなぜかはわからないが「ルベライトの意思によって伸縮自在」な槌だった、どうしてそんなものを造れたのか、どうしてルベライトの意思に従って伸縮するのか、と問われた時、ルベライトは「鉱石がそうして欲しいと言っていたから」としか言い様がなかった、ルベライト自身にもわかっていない構造をした槌、をピアスの大きさにして、右耳に填める。
もう一つ、弾丸。
蒼い鉱石を弾頭とした弾丸、パトロックが「認めたくはないが商売敵として仕方がない」といって工房に一つだけおいていた「スミス家の製造した拳銃」に籠める弾丸、を造った、こちらもまた「鉱石がそうして欲しいと願った」からそうしたのであって、その詳しい理由についてはルベライト自身知らない、わからないが正しい。
「ルベ、迎えに来たよ。」
「ディン……。ここって、どうすりゃ良いんだ?出て行って戻ってくるまで、と思って冷蔵庫は空っぽにして置いたけどよ、それ以外ってどうすりゃいいんだ?」
「ん、俺の魔法での転移は、時間を消費しないから、戻ってくる時は大体半日か一日後になる、だから問題はないよ。」
ルベライト本来の口調ではない話し方、大人として、クォーツの話し方を真似してみよう、これから先は「成人者」として扱われる気がしていた、だから今までの様な甘い話し方は封印して、パトロックがそうだった様に、クォーツがそうだった様に、ガサツと呼ばれる話し方をしよう、そう練習をしていたルベライトは、ディンが再び現れるまでの間、それを練習していた。
「じゃあ、行こうか。」
「……。何処に行くんだ?」
「ディセント、年輪の世界群、その中で中心たるセスティア、その裏側たるディセント、そこにルベ達がやるべき事がある。」
「……。わかった。」
ディンが転移魔法を発動する、工房の火は消した、家のガスの元栓は閉めてきた、だから大丈夫だ、火事になって帰る場所がなくなるという事にはならないだろう、そしてディンの言葉が正しいのであれば、時間経過については心配する必要はないのだろう。
景色が白んでいく、刹那、ルベライトは聞いた気がした、聞こえた気がした。
「ルベ、頼んだぞ。」
そう言って肩をたたく、パトロックの声が。




