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胡散臭い占い師が、悪縁をほどくまで。  作者: 雨音


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3/3

後編

 身分を捨て、愛する男と知らない町へ旅立つ。

 近頃は、そういう筋書きが貴族の娘たちの間で流行っているらしい。物語はそこで頁を閉じる。翌朝の食卓を誰が整え、夫が留守のあいだ何をして暮らすのかまでは書かれていない。



 二人が店を訪れたのは、よく晴れた日の午後だった。

 若く可憐な令嬢は、ユリウスより半歩だけ先を進んだ。扉を押したのも、占いを申し込んだのも、相談票を書いたのも彼女だった。

 ユリウスはその後ろを、柔らかな笑みを崩さずについてきた。


「相性を見ていただきたいんです」


 ミラに向かって切り出したのも、ユリウスではなく、その隣に座る令嬢だった。

 淡い色の外套に、丁寧に整えられた髪。華美ではないが、身につけたものの一つ一つが、長く大切に扱われてきた品に見える。


「恋愛の相性でよろしいですね」


 ミラが尋ねると、令嬢は少し照れたようにうなずいた。


 今、卓の上に置かれているのは灰色の紙ではない。恋愛と相性。生成り色の相談票にはそう記されている。

 令嬢の名は、アレクシア・リント。

 代々この辺りの土地を受け継いできた、リント男爵家の末娘だ。

 王都ではさほど高い爵位ではない。だが、この町では家名そのものが信用になる。新たに店を構える商人にとっては、立派な看板より、男爵家が一度うなずくことの方がよほど効くだろう。


「なぜ占いたいのか、伺っても?」

「はい。私の父が、そろそろ正式に話を進めてはどうかと。母も、結婚後のことを考え始めた方がいいと言うものですから」


 アレクシアが答えてから、隣のユリウスに微笑みかけた。


「では、恋が縁談に変わるところなのね」


 ミラはカードの束を手に取り、軽く切った。そこから三枚を抜いて卓の上に並べる。令嬢の前に一枚、男の前に一枚、二人の間に一枚。表を伏せて置いた。


「まず、お互いが何を求めているかを見ましょう。自分の前にあるものを、一枚ずつ開いて」


 先に手を伸ばしたのはアレクシアだった。

 おずおずとカードに触れて裏返すと、窓の絵が現れた。


「窓。外の世界、新しい暮らし、今いる場所からの解放」


 アレクシアの顔に驚きが広がる。

 続いてユリウスがカードの縁に指をかけ、ためらいなく裏返した。

 鍵のカード。


「あなたは、入る場所を探している」


 ユリウスの片眉がわずかに上がる。

 二人の間に伏せられた一枚へ、ミラは指を伸ばした。


「では、二人を結ぶものを」


 現れたのは、鏡のカード。


「似た者同士ね。どちらも相手ではなく、その向こう側を見ている」


 ミラは水晶の表面に映る令嬢を見た。


「あなたは、どのような暮らしがしたいのかしら」


 アレクシアの視線がカードから離れた。彼女はゆっくりと息を吸い、口を開いた。


「身分に縛られず、好きな方と自由に暮らしたいんです」


 よくできた台詞だった。流行りの恋物語なら、そのまま章の終わりに置けそうなほどに。


「では、その次の頁を見てみましょうか」


 ミラは令嬢に微笑みかける。


「この人と結婚すれば、あなたは家を出る。実家の領地ではなく、商会の都合で住む場所が決まる。その地で、平民の生活を一から覚えることになる」

「でも、平民といっても、商家なら……そこまでではありませんよね」

「商家には、あなたの家——貴族家に代々仕えるような使用人はいない」


 アレクシアは小さくまばたきをした。意味がまだ追いついていない顔だった。


「それは……嫁ぐのですから、当然だと思います」

「ええ。当然のことなの」


 淡々としたミラの返しに、令嬢の瞳が揺れた。不安げな視線が隣へ向かう。


「ユリウスのお屋敷にも使用人は大勢いるのでしょう?」

「ええ、もちろんです。ですが……」


 そこでユリウスは口を閉じ、ミラを見た。

 面倒なところだけ、占い師の口から言わせるつもりらしい。もっとも、そのための銀貨は受け取っている。


「商家の使用人はいる。でも、あなたが朝に何を飲むか知っている者はいない。母君が不機嫌な日にどの廊下を避けるべきか知る者も、幼い頃に苦手だった花を覚えている者もいない。あなたを知る者のいない家で、平民の奥方を始めることになる」


 アレクシアはすぐには答えなかった。

 当然のことを言ったまでだ。けれどその当然が、いま初めて、自分の暮らす部屋の形をして立ち上がったらしい。


 沈黙を貫いていたユリウスが、そこで割って入った。


「つまり、相性は悪いと?」

「悪いわね。結ばれた時に、互いが相手に見ていたものを失うから」


 ミラは中央のカードをふたたび伏せ、アレクシアを見やる。

 次の瞬間、令嬢の引き結ばれていた唇がゆるみ、ふっとほどけた。


「……そうですか」


 その声は、思っていたよりも静かだった。

 令嬢は泣かなかった。

 怒りもしなかった。

 ただ、助かったような顔をした。


「ありがとうございました。よく、分かりました」


 アレクシアが立ち上がり、乱れのないお辞儀をして、衝立の向こうへ出ていった。

 ユリウスは、ほんの一拍遅れて、帽子を手に取る。


「失礼します」


 その笑みは、店に入ってきた時より少しだけ薄かった。



 *


 それから十日ほどが過ぎた頃、ユリウスが再び占いの館に姿を現した。

 アシスタントの案内を待たず、衝立の内側へ入ってくる。そして水晶の隣に革袋を置いた。


「残りの代金です」


 ミラはアシスタントに目配せした。

 アシスタントは革袋を手に取り、奥へ下がる。中身を確かめに行くのだと、ユリウスにも分かったはずだった。


「望みどおりになりました」

「そう。では、なぜそんな顔をしているの」

「彼女があんなに簡単に受け入れるとは思いませんでした」


 ユリウスは少し不貞腐れたように言い捨てる。


「簡単に受け入れたんじゃないわ。ようやく手放せたの」


 相性が悪いと告げたとき、令嬢は動揺を見せなかった。ただ、長く抱えていた荷物を下ろしたように、ほんの少し息を吐いた。

 彼女もまた、恋物語めいた夢を終わらせる口実を探していたのかもしれない。


「あなたが欲しかったのは、男爵家へ通じる道であって、男爵家の一員になることではなかったんでしょう」

「ずいぶん簡単に言ってくれますね」

「簡単にしたのはあなたよ。縁談になる前に、星のせいにして切ったんだから」

「そのフード、似合いませんよ」


 ユリウスが唐突に話題を変えた。

 ミラの指が、身にまとうローブの表面を確かめるように触れる。


「占い師らしくない?」

「占い師らしく見せようとしているところが、少し」


 帽子のつばを撫でて、ユリウスが続けた。


「その座り方も、客の黙らせ方も、下町で覚えるものではないでしょう」


 ミラはフードの下で紫の瞳を瞬かせた。それから、口角をわずかに上げて言った。


「商人は、人の値札を見るのが好きね」

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― 新着の感想 ―
続きがありそうな終わり方。 占い師の正体が気になる。
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