第3節:システムの論理
聖堂に渦巻く、俺への罵詈雑言。
その混沌とした状況を収拾したのは、祭壇に立つ大司教の一声だった。
「――静粛に! ! 」
厳かな声が、システムの増幅機能によって聖堂の隅々にまで響き渡る。
熱狂していた群衆は、はっと我に返ったように口をつぐんだ。
大司教は、俺に剣を突きつけている勇者アレスを一瞥し、静かに告げる。
「勇者よ、剣を収めなさい。裁きは、システムの論理に従って下されるべきです」
「……チッ。分かりましたよ」
アレスは不満げに舌打ちすると、聖剣を鞘に納めた。
だが、その目は依然として俺をゴミのように見下している。
大司教は、周囲の聖職者たちに目配せした。
「これより、緊急の神聖審議会を開く。この異常事態に対する教会の公式見解を決定する」
その場で、祭壇の上が即席の法廷と化した。
数人の高位聖職者が集まり、俺を遠巻きにしながら議論を始める。
だが、その議論は異様なものだった。
彼らが問題としていたのは、俺の魂に何が起きたのか、なぜシステムがエラーを起こしたのか、という原因ではなかった。
彼らが議論していたのは、この前代未聞の事態が引き起こした「神学的な危機」そのものだった。
「システムの完璧性に、疑念が生じてしまった。これは由々しき事態だ」
初老の聖職者が、額の汗を拭いながら言った。
「民衆の信仰を揺るがせぬためにも、我々はこの現象を、システムの論理の内に『正しく』位置づけねばならん」
別の、痩せこけた学僧風の男が、神経質そうに指を組みながら応じる。
「そうだ。これはエラーではない。我々がまだ理解していなかった、システムの深遠なる御心の一端なのだと、民に示さねば」
俺は、その光景を冷めた目で見つめていた。
前世で何度も見た光景と、全く同じだったからだ。
巨大企業の役員会議。
自社が開発したAIに、予測不能なバイアスが発見された時。
彼らが議論したのは、そのバイアスが社会に与える影響でも、原因の究明でもなかった。
いかにして会社のブランドイメージを守るか。
いかにして株価への影響を最小限に抑えるか。
「これはバグではない。『予期せぬ独自の学習成果』だ。そうプレスリリースを出そう」
「責任者は……そうだ、開発チームリーダーの水島くんに全責任を負ってもらおう。彼はもともと、AIの自律性について危険な思想を持っていた。彼が独断で不正なコードを埋め込んだことにすれば、会社は被害者だ」
彼らが守りたいのは、ユーザーではない。
会社というシステムそのものだ。
今、目の前で繰り広げられているのも、それと全く同じことだった。
彼らが守りたいのは、信徒でも、世界の真理でもない。
「神託教会」という組織と、その権威の源泉である『神聖システム』の無謬性だけなのだ。
(ああ、くだらない。本当に、くだらない)
俺が内心で嘲笑している間にも、彼らの議論は恐ろしい速度で結論へと向かっていく。
彼らは、何世紀も前に書かれた難解な教義の、さらにその一部を都合よく引用し始めた。
「古の聖典『デウス・エクス・マキナ』の第七章に、こうある。『システムは、その光の内に収まらぬ影をも識別する』と……」
学僧風の男が、まるで天啓を得たかのように叫んだ。
「つまり、『測定不能』とは、システムのエラーではない。神の恩寵を一切持たぬ、光の届かぬ魂を、システムが『正しく識別した』結果なのだ! 」
「そうだ! それこそが、この現象の唯一にして正しい解釈! 彼はシステムの規格外なのではない。システムによって『無価値』であると断定されたのだ! 」
彼らは、自らが生み出した論理に、恍惚とした表情さえ浮かべていた。
これで、システムの完璧性は保たれる。
教会の権威も揺るがない。
全ての責任は、俺という一個の「異常」に押し付けられる。
俺は、彼らの議論を聞きながら、前世の記憶が蘇るのを感じていた。
リスク管理部門の役員たちが、俺を社会的に抹殺するための会議で、同じような顔をしていたのを思い出した。
やがて、大司教が満足げに頷き、審議の終了を宣言した。
彼は再び俺の前に立つと、最終的な結論を、聖堂に集まった全ての人々に向けて高らかに告げた。
「神聖審議会は結論した! 個体名、ミズシマ・カイトに下された『測定不能』の神託は、システムのエラーにあらず! 」
聖堂が、安堵のため息に包まれる。
「それは、女神の恩寵を一切持たぬ魂を、システムが正しく識別した結果である! すなわち、彼は『異端なる異常』と認定された! 」
測定不能は、こうして異端なる異常へと、その定義を書き換えられた。
「この論理に基づき、これより布告を執行する! 」
大司教が手を掲げると、一人の書記官が羊皮紙の巻物を広げた。
恐ろしく効率的な官僚手続きが開始される。
「異端なる異常、ミズシマ・カイトより、聖都サンクトゥスの市民権を剥奪する! 」
「異端なる異常、ミズシマ・カイトより、全ての個人資産を没収する! 」
「そして――異端なる異常、ミズシマ・カイトより、その名を剥奪する! 今後、汝は名無しの『システム・ウェイスト』としてのみ記録される! 」
市民権。
財産。
そして、名前さえも。
俺という個人を構成していた全てのデータが、一つ、また一つと、この世界のデータベースから削除されていく。
硬直化した組織の、完璧な自己保存本能。
その冷たい論理の前に、俺の存在は、跡形もなく消し去られていった。
第3話、いかがでしたでしょうか。
ついに主人公は、社会的に完全に抹殺されてしまいました。
システムの完璧性を守るためなら、どんな矛盾も捻じ曲げて正当化する。
巨大な組織の恐ろしさが、少しでも伝わっていれば幸いです。
いよいよ次回、彼は全てを失い、どん底へと突き落とされます。
しかし、そこからが本当の始まりです。
物語の転換点となる次回も、ぜひお読みください!
ブックマークと評価、お待ちしております。




