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第2節:勇者の侮蔑

死んだような静寂が、巨大な聖堂を支配していた。

誰もが息を殺している。

俺の目の前に浮かぶ『測定不能』という二語を、信じられないものを見る目で見つめていた。


女神の御業たる神聖システム(デウス)が、エラーを起こす。


そんなことはありえない。

あってはならない。


この世界の根幹を成す絶対的な信仰が、今、目の前で揺らいでいる。

人々の顔に浮かぶのは、困惑、そして恐怖。

自分たちの世界の前提が、足元から崩れ去るかのような根源的な不安。

それが、聖堂の空気そのものを重くしていた。


その重苦しい沈黙を最初に破ったのは、祭壇の脇に控えていた一人の青年だった。


「――くだらない」


凛と響く、侮蔑に満ちた声。

声の主へと、聖堂中の視線が一斉に集まる。


純白と黄金で彩られた豪奢な鎧。

腰には、聖なる光を放つ長剣。

陽光を編み込んだかのような金の髪。

神が作りたもうたとしか思えないほど整った顔立ち。


彼こそは、この国で知らぬ者のない英雄。

『勇者』のクラスを授かり、システムの寵児として名高いパーティのリーダー。

アレス・フォン・ラインハルトその人だった。


彼はこの儀式に、次代を担う若者たちを祝福し、見守るという名目で列席していた。

だがその真の目的は、自らのパーティに加えるに値する、有望なスキルを持つ者を見出すことだった。


アレスは、俺から視線を外すことなく、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

その一歩一歩が、絶対的な自信に満ちていた。

カツ、カツ、と響く金属製のブーツの音。

それが、静まり返った聖堂に不気味に響く。


やがて俺の目の前で足を止めると、彼は腰の聖剣を抜き放った。

その切っ先を、俺の喉元へと突きつける。


冷たい鋼の感触に、俺の喉がひくりと引きつった。

アレスは、その美しい顔に冷たい笑みを浮かべて、断言した。


「システムに測定できぬもの、それは解析すべき異常ではない。ただ排除すべき欠陥だ」


彼の言葉は、明瞭で、揺ぎなかった。

まるで、それが世界の真理であるとでもいうかのように。


「貴様のような存在は、神聖なる秩序を汚すゴミに過ぎん。そうだろ? 皆の者」


アレスは聖堂に集まった人々を見回し、同意を求める。

システムの異常という理解不能な事態を前に、恐怖に震えていた群衆。

彼らは、単純明快な答えを求めていた。

そして自分たちの信仰を揺がした元凶を罰するためのスケープゴートを、心の底から求めていた。


アレスの言葉は、まさにその渇望を満たすものだった。

彼の言葉は、複雑な現実を単純な二元論へと還元する。


システムか、反システムか。

祝福か、呪いか。

正常か、異常か。


そして、異常は排除されねばならない。

その単純な論理は、恐怖に混乱した心にとって、抗いがたい魅力を持っていた。


「そ、そうだ……勇者様の言う通りだ! 」

「システムが測れないなんて、そんな奴は人間じゃない! 」

「欠陥品だ! 」

「システムのゴミめ! 」


誰かが叫んだのをきっかけに、群衆の恐怖は、俺に対する攻撃的な怒りへと一斉に転化した。

彼らは安堵していたのだ。


システムの完璧性が揺らいだわけではなかった。

ただ、俺という異物が紛れ込んでいただけなのだと。

そう思うことで、彼らは自らの心の平穏を取り戻そうとしていた。

俺を排除すれば、世界は再び完璧な姿を取り戻す。

その集団的な自己正当化が、聖堂の空気を熱狂的なものへと変えていった。


「フン、当然の反応だな」


アレスは満足げに鼻を鳴らすと、彼の後ろに控えていたパーティメンバーたちに目配せした。


最初に口を開いたのは、巨大な戦斧を担いだ筋骨隆々の戦士だった。

赤銅色の肌に、無数の傷跡が刻まれている。

クラスは『狂戦士』。


「おいおい、マジかよ。こんなゴミと同じ空気を吸ってたってのか? 吐き気がするぜ」


彼は心底不快そうに顔を歪め、地面に唾を吐いた。


次に、妖艶な笑みを浮かべた魔術師の女が、扇で口元を隠しながら嘲笑う。

クラスは『妖術師』。

その瞳は、俺を実験動物でも見るかのように、冷たい好奇心に満ちていた。


「まあ、可哀想に。せっかく生まれてきたというのに、何の価値も与えられなかったなんて。わたくしなら、今すぐここで自害いたしますわ。その方が、世界のためですもの」


最後に、神官のローブをまとった可憐な少女が、悲しげな表情で俺を見下ろした。

クラスは『聖女』。

その慈悲深いはずの瞳には、しかし、俺という「汚れ」に対する明確な拒絶の色が浮かんでいた。


「あなたのような存在がいることで、女神様がお心を痛めていらっしゃいます。どうか、これ以上世界を汚さないで……自らの罪を認め、静かに裁きを受け入れてください」


一人、また一人と、システムの寵児たちが俺を罵倒していく。

彼らの言葉は、聖堂に集まった人々の怒りをさらに煽った。

俺を断罪する声の津波となって、聖堂全体を飲み込んでいった。


これが、英雄たちのやり方。

これが、システムの論理。

理解できないものは、解析するのではなく、排除する。

異質なものは、受け入れるのではなく、叩き潰す。


俺は、ただ黙って、喉元に突きつけられた剣の切っ先を見つめていた。

前世で、巨大企業というシステムに全てを奪われた時と同じだ。

個人の尊厳など、システムの秩序の前では何の価値も持たない。

熾烈な公開処刑の舞台は、こうして完璧に完成した。


そして俺は、その主役に選ばれたのだ。

第2話、お読みいただきありがとうございます。

主人公、徹底的にこき下ろされております。

しかし、この屈辱が大きければ大きいほど、後の成り上がりのカタルシスも大きくなるはず……!

彼の受難はまだ始まったばかりです。

不憫な主人公を応援したい! と思っていただけましたら、ぜひブックマークや↓の評価で応援していただけると嬉しいです。

皆様の応援が、彼が立ち上がる力になります。

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