98話 ああ。美味いものは任せろ
「ジェイクさん。お加減はどうですか?」
ヒッカからの手紙の書き出しは、その様な言葉から始まった。
「本当は直接話したかったんですが、事情もあり手紙でお伝えします。今後の事も書きますので、全部目を通してほしいです。
早速ですが、ジェイクさんに伝えたい事は三つです。
・シルフィードの事
・魔道具の事
・これからの事
順番に書きますね。
ジェイクさんに宿っていたシルフィードですが、今はジェイクさんの中にはいません。」
(そうか……)
ジェイクは左腕を撫でる。
シルフィードはフィアンセのヘレナが召喚した風の精霊だ。一度目のギースとの戦いで、ヘレナがジェイクを生かすために召喚した。シルフィードはその遺志を汲み、ジェイクを遠くの地まで連れ立った。
長い旅路だった。その果てにジェイクはある地に降り立つ事になる。だが、ここで問題があった。
一つ目はジェイク自身が受けたダメージが大きかった事だ。体のあちこちが悲鳴をあげている。左腕の前腕部はギースの炎で焼失している状況だった。
二つ目はシルフィードについてだ。召喚獣がこの世界で生存するためには、大量の生命エネルギーを消費する。通常、この問題は召喚士が防護魔法で召喚獣を保護する事で対処する。だが召喚士のヘレナはもういない。では元いた世界に返せば良いのでは?と言う話ではあるが、やはりこれもヘレナが死亡した事で難しくなってしまった。送還魔法を使える人間はそう多くはない。仮に送還魔法を使えたとて、シルフィードの元いた世界へ繋げる術式を見つけるのも難しい。事実上、シルフィード自身が元いた世界に帰れなくなったと言える。
だがこの二つの問題は意外な形で解決する事になる。その鍵となったのは、ヘレナから託されたペンダントだった。ヘレナのペンダントは魔道具であり、魔法を封印する事ができる物だった。ヘレナは今際の時に、シルフィードの防護魔法をペンダントに封じてジェイクに託した。ジェイクもまた、そのペンダントに無意識に自身の魔力を送り込み、その魔法の維持をしていた。ジェイク自身が比較的、魔力回復量が高いと言う幸運も重なった。ヘレナとシルフィード、ジェイクの魔力がつながり、それが契機となってシルフィードはジェイクに憑依した。シルフィードをそのまま連れ歩くと悪目立ちする、と言う事を避けるためでもある。
シルフィードが憑依した事でジェイクは体の自己回復能力が強化され、生命の窮地を脱した。失った左腕はシルフィードの力で腕を形どる事で、以前とほぼ変わらない働きをする事ができるようになった。ただ、魔力で形どったその手が異質な物である事は明らかだった。周囲からの無用な詮索を避けるため、普段は包帯を巻いて過ごす事にした。
シルフィードが憑依した事でジェイクは、風魔法を補助的に使う事ができる様になっていた。何より自身の炎との相性が良く、ここ一番での切り札になるその力は、ジェイクの心の支えでもあった。
傷が癒えたジェイクは冒険者となり、ギースの足取りを追う事にした。当てがあった訳ではない。ただ、種々様々な情報を得るため、冒険者が効率が良いと思われたためだ。
ジェイクは今一度、左手に魔力を集中させる。が、魔力の腕を形成させる事はできなかった。
(まあいいさ。ギースを討てたのだ……だのに、これは……?)
いつの間にか目に涙を浮かべていたジェイク。大切な存在を奪った仇敵を打ち倒す。それだけを考え、突き進んできた毎日。許す事ができない敵。敵討ちが終わった今、ジェイクの胸にあったのは過去の思い出であった。
「あ、ああ……」
分かっていた事なのだ。敵討ちをしたところでヘレナが戻ってくるはずもない。仲間が蘇る事もない。
今となっては、フィアンセが自分を生かすために遺してくれたシルフィードもいなくなってしまった。ただただ空虚だ。
「ジェイクさん……」
「すまない。一人にしてくれないか……?」
「分かりました。行こう」
「うん。ジェイクさん、また後で来ますね」
ラッフェルとフィリーが部屋を出る。
(俺は、俺は……)
「うおおぉぉー!」
それは、魂の慟哭だった。心に湧き上がる感情が何かは分からなかった。
「はあ、はあ」
ジェイクは呼吸を整え、落ち着きを取り戻す。ヒッカからの手紙はまだ半分も読んでいなかった。
(そう言えば……手紙には魔道具の事も書いてあったな。)
フィリーも先ほど、魔道具にはヒッカの魔法が込められていると言っていた。
(続きを……)
現状を理解する事がヘレナへの手向けだと考えたジェイクは、ヒッカからの手紙の続きを読んだ。
「シルフィードがいなくなったので、今まで出来てた事ができなくなると思います。ごめんなさい。だけどあの場ではこうするしか無かったんです。戦いを終えたジェイクさんは魔力が空っぽだったので、魔道具へ魔力供給が途絶えてました。それで中の魔力が尽きてしまって、防護魔法が焼失したんです。シルフィード消滅を防ぐため、今はライクに憑依しています」
(何? 一体どう言う事だ?)
ジェイクが驚くのも無理はない。ヒッカには左腕の事は伝えていたが、シルフィードの事までは伝えていなかった。ましてや魔道具の事やそれに封じてある魔法の事も。それにシルフィードを憑依し直す、と言う事も眉唾ものだった。
「実はシルフィードが色々と教えてくれたんです。ジェイクさんに憑依した経緯や魔道具の事、そして寄生型の召喚獣の事。で、ジェイクさんを迎えに行った時、運悪くその召喚獣にライクが攻撃されてしまいました。普段は平気そうなんですが、呪術的な影響を受けている様なんです。その進行を抑えてもらうために憑依してもらってます」
ジェイクは驚きのあまり声が出なかった。ヘレナにシルフィードを見せてもらった事はある。だが、ジェイクはシルフィードと意思疎通はできなかった。ヘレナは『シルフィードとは心が通じている』と言っていた。何かテレパシーの様なもので会話していたのだろうか、と今になって思う。
「ただ、シルフィードが抑えてくれるとは言ってもライクの呪術は早めに解除した方が良いと思いました。町長さんに教えてもらって、俺とライクはアーデシア大陸に向かう事にしました」
(なるほどな。となると今魔道具に入っている魔法は一体?)
ジェイクは手紙をめくる。
「ジェイクさんの体調が心配だったんですが、町長さんがしばらく面倒を見てくれると約束してくれました。この間と今回のお礼も兼ねてるみたいです。看病をフィリーが、街の復興にはラッフェルが参加してくれるので安心してください。で、魔道具なんですが俺の【ヒーリング】を入れてます。これでジェイクさんは全快できます。左腕も元に戻ると思います」
(なるほどな。そう言う事か)
ジェイクは一人合点がいった。右手が無事だったのではない。右手はやはり炭化していたのだ。それをヒッカの魔法で元通りに治癒してもらっていたと言う事だったのだ。
「この魔法の発動には例の泉の水と、魔力が多量に必要になります。つまり、フィリーの出番ですね。結構大変だと思うので、思いっきり美味しいものを食べさせてあげてください」
そこまで読んだジェイクは思わず吹き出してしまった。
「ああ。美味いものは任せろ」
いつの間にか、外の天気と同じ様にジェイクの心も晴れわたっていた。
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