55話 バイバーイ!
イオリの話は、にわかには信じ難い話だった。それはチヨの持病についてのことだった。
イオリが語るには、チヨは子どもの頃は活発ないたずらっ子だったようだ。だが、いつしか活発な言動は目に見えて減っていき、代わりに人形遊びをすることが増えていった。当初、チヨの両親はチヨが落ち着いたと思い、喜んでいた。だが、実態はそうではなかった。チヨは活発な活動がしづらくなっていたのだ。
転機は高熱にうなされる日々が続いた後でのことだった。やっと熱が引いたかと思ったが、体が鉛のように重い。当初は療養中、何日も寝ていたので体力が低下したものだと思っていた。が、何日経っても体の重さは解消しなかった。回復魔法が使える村の人に診てもらうも原因不明であり、回復魔法はチヨには効果が無かった。切り傷のような外傷は回復させることができたので、厳密には体の重さを回復させることができなかった。
チヨは徐々に恐怖を覚えた。
(もしこのまま体が重くて動けなくなってしまったらどうしよう。)
そしてその恐怖は現実のものとなり、体はますます重くなっていった。自己強化魔法を使っても身体能力に劇的な改善は見られなかったことが、より恐怖心を掻き立てた。
チヨはいつしか森を走ることよりも、人形遊びや書物を読むようになっていった。チヨにとって、人形遊びや本の世界は自由を感じれる場所だった。中でも、鳥の本がお気に入りだった。
(鳥はいいな。元気に動けて自由に飛べて…。)
チヨにとって、鳥は自由の象徴だった。
「だから頼む!このとおりだ!」
イオリはさっきから頭を下げっぱなしだ。
「顔を上げてください。イオリさん。それくらいお安いご用ですよ。」
「恩にきる!」
「では行きますね。」
ヒッカは【エアライド】を発動し、宙に浮いた。チヨの目が輝いているように見えた。ヒッカはチヨの周りをゆっくりと飛び回った。チヨはゆっくりと拍手している。
「良かったら、一緒に飛びますか?」
ヒッカの申し出にチヨは一瞬、驚きの表情をした。
「そんなこともできるのか?ぜひ頼む!良かったな!チヨ!!」
遠慮がちに頷くチヨの手を取り、ヒッカはゆっくりと高度をあげていった。チヨの体は思った以上に軽かった。ヒッカとチヨは、イオリの頭上をぐるぐる縦にも横にも回った。その度にイオリの表情もくるくる変わっていく。ヒッカは小鳥のさえずりのように、ふふふと笑うチヨの声を聞いた気がした。
「そろそろ戻るね。」
ヒッカはイオリの元に降りて行った。
「いやー!良いものを見せてもらった!そのうえ一緒に飛んでもらえるなんて、なんて礼を言ったら良いか。ありがとな!」
「…。」
「チヨも『ありがとう』って言っている。よっぽど楽しかったんだろうな。こんな顔久しぶりに見た。」
なるほど、確かに喜んでいるようにも見える。この微細な差で感情を読み解くのは、さすが婚約者と言ったところか。
「それでは、俺はこれで。『オーシャジア』が見つかることを祈ってます。」
『オーシャジア』とは、チヨが特に興味を持っている鳥だ。薄い青色の羽が美しい鳥とされている。
「ありがとな。お前も急いでいるとこ悪かったな。」
「…。」
「チヨもお前を応援してるってさ。」
「ありがとう。それじゃ!」
ヒッカは手を振りながら走り出した。
(イオリさんにチヨさんか…。夢、叶うと良いね。)
振り返ると二人はまだ手を振ってくれていた。
「バイバーイ!」
ヒッカは魔力を高め、一気にジャンプする。
「【エアライド】!」
ヒッカは高速で空を滑るように移動する。ヒッカの姿が見えなくなった後も、二人はしばらく手を振り続けていた。
ヒッカは焚き火の炎を眺めていた。昼間に少し休んではいるものの、連日の長距離高速移動こともあり早めに野宿の準備を終えていた。
(あの景色…。)
ディムサリーの町から、さらに進んだ場所にはある戦いの跡地。
(悪魔を打ち倒した勇者…。)
ギルドで聞いた勇者の話。
(世界って、本当に広いよな。)
目を瞑り、ゆっくりと【エアライド】で空に登って行く。
風を感じる。
ヒッカはゆっくりと目を開ける。
満天の星が煌めき、静かに輝いている月があった。
(綺麗な世界だ…。)
月明かりが支配する闇の世界。ここにはヒッカ一人しかいない。暗闇の中に溶けていくように、ヒッカは大自然のマナを感じていた。
翌朝、ヒッカは大樹の枝で目を覚ました。
(よく寝たな。太陽が眩しいや。)
大きく伸びをするヒッカ。
(さて、今日必ず追いつくぞ!)
太陽を前に、ヒッカの一日が始まった。
時刻はちょうどお昼になろうとしていたところだ。
「見えたな。あれがサイドリャルの町だ。」
「やっと着いたっスー!師匠はもう着いてるんスかね?」
「さあな。ディムシース地方は遠いからな。早くても今日の夜か明日の朝だろう。」
「了解っス!それまでは魔獣退治っスかね?」
「いや、今日はこれらの精算と情報収集だな。」
ジェイクが袋いっぱいの魔力核を見せる。道中でハントした魔獣たちの魔力核だ。
「そうっした!これだけ大量だといくらになるんスかね?」
ラッフェルは顔が緩みっぱなしだ。ジェイクはやれやれ、とでも言いたげに肩をすくめた。
「まあそれなりの額にはなるだろう。精算ついでに冒険者ライセンスも見てもらえ。運が良ければ三人ともランクアップできるぞ。」
「っしゃー!偉大な冒険者への道を着実に歩いてるっスね!」
「やったね。お兄ちゃん。」
「だな!これからももっともっと頑張るぜ!」
ラッフェルはガッツポーズでフィリーに応えた。
「町についたらまずは宿を探す。その後は解散だ。俺はギルドに向かうが、お前たちも魔力核は先に精算しておけ。精算した硬貨はお前たちで分けて使えばいい。」
「え?良いんですか?私たちだけで使ってしまっても。」
ライクがジェイクに尋ねる。
「今回のハントはお前たちの成果だからな。俺が取るわけにもいかないだろう。それに…。」
「それに?」
「あ、いや。これでも困らない程度の金は持っているのでな。お前たちは案ずる必要はない。」
ジェイクは横になった。
「少し休む。着いたら起こしてくれ。」
「っス!」
「町ではどこに行こうかな?私、魔道具か魔導書のお店を見てみたいな。」
魔道具は、魔力を込めるだけで魔法が発動できる道具のことだ。魔導書は、魔法についてのイロハが書かれているものだ。特定の呪文の効果・特性・発動方法が書かれている。
「ほら、ヒッカくん色んな魔法使えるでしょ?私も今の魔法以外にも使えるようになりたくて。」
「ライクさんはどんな魔法を探してるんですか?」
「回復魔法の精度を高めたいから、まずは回復魔法かな。フィリーちゃんはどうするの?」
「そうですね。私も魔道具見てみたいので付いていきます。」
「うん。決まりね。ラッフェルくんは?」
「俺ももちろん付いて行くっス!あ、でも装備品も見てみたいっスね。」
「じゃあ手早く回る必要があるね。楽しみ。」
「ですね。早く着かないかな。」
サイドリャルの町が目前に迫る中、三人は買い物談義に夢中だった。
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