後編
「ロイズ。どこなの?」
まったく、一体何処に行ったのか。唐突に消えてしまったロイズを探しに外へでたものの、何処にいるのかはさっぱり分からない。
妖精はこれだから困る。
私は確かに妖精の粉で魔法が使える。でも妖精が使う本物の魔法には敵わない。だから私がどれだけ探しても、相手が見つけて欲しいと思ってなければ、到底見つけることができないのだ。
「まったく、何が不満なのよ。言わなきゃ分からないわよ」
ロイズに私の声が届いていると信じてつぶやく。
ロイズが妖精王であることは、ロイズがどれだけ否定したって変わらない。妖精王と言っても、人間の王とはちょっと違う。血統云々ではなく、妖精としての資質がどれだけ高いかでその名がつく。だから妖精の国の中には妖精王が複数名いる。
その為、もしもどうしてもロイズが人間の親を看取るぐらいまで人間として生きたいと思うのなら、それを実現させる事だって出来るのだ。
それでもロイズが安定するには妖精の羽が必要な事は変わらない。そして妖精と人間が契約を結ぶことが増えている今、妖精が人間に騙されない為にも、人間のことを良く知るロイズが妖精界には必要で、いつかは戻らなければならないだろう。
「……私だって、不安なのに」
ロイズが妖精界に行くという事は、私が人間界で生きていくとう事。
契約者だから二人そろって今は人間界にいるけれど、本来チェンジリングはそれぞれの席を入れ替える魔法だ。だから妖精界の席にロイズが座れば、残っているのは人間界の席だけ。ロイズは契約をすれば人間界に来る事も可能だけれど、人間である私は自力で妖精界には行けない。
ロイズが人間界に沢山の大切を作ったように、私だって妖精界に沢山の大切を作った。何の未練もないわけではない。
でも私はロイズの幸せを願っている。ずっと彼の幸せを願って見守って来たのだ。
ロイズはいずれ年を取らなくなる。魔法で誤魔化したとしても、いずれ無理が生じるだろう。だからロイズが傷つく前に帰るべきであり、妖精王という運命から目をそらし続けてはいけないのだ。
「もう……一体どこなのよ」
たぶんそれほど遠くには行っていないと思う。
思うだけで分からない。でもロイズは子供の頃から親と喧嘩して外に飛び出ても、あえて見つかるよう隠れていた。そう。結局は相手が動いてくれるのを待っている末っ子気質なのだ。末っ子というか一人っ子なのだけど、ロイズはあの美貌と頭の良さがあるので、周りがロイズを放っておかない。だからロイズは自分から行動を起こさず、無意識に周りを動かそうとする。
今回もそうだと思うのだけど……ロイズは私の能力があまり高くない事をいまいち分かってなさそうなのだ。妖精と一緒に暮らしていたただの人間に過ぎないのだからその辺り、ちゃんと理解して欲しいものだ。
このままだと夜まで探す羽目になるのだろうかと思った時だった。突然足元の影が伸び広がった。影は地面だけでなく頭上までのび、私を覆ってしまう。
やられた。
人間界ではあり得ない現象に、すぐにこれが闇の精霊の仕業だと気づいた私は、自分の油断に舌打ちする。
「こっちに仕掛けてくるなんて、油断した……」
私は妖精の粉をまき、この空間からの脱出を試みるが、妖精の粉は光輝くものの、空間をこじ開ける事はできなかった。自分の手すらほぼ見えない状況に恐怖が足元から這い上がって来た気がした。
幸いなのは妖精の粉が光っていることが分かる事だろう。私の手が触れた部分もちゃんと見える。つまり自分の目が見えなくなったわけではないという事だ。
「ヒヒヒヒヒ」
最低な状況にため息をついていると、嫌な笑い声が闇の空間で響いた。どろりとした悪意を感じる笑いに私はため息をつく。
「一体、何がおかしいの?」
「人間がたとえ妖精の粉を使ったところで、私が作った空間を壊す事など無理だ。だがその無駄な努力が楽しくて愛おしいのさ」
闇が楽し気に喋る。愛おしさを語っているのに、ゾゾっと寒気がする声だ。
「無駄だと分かれば人間は絶望する。そして闇は、ただそこにあるだけで人間の心を疲弊させ、狂わせていく。この状況に堕とした相手を恨み、憎み、魂を歪める。ああ、楽しい」
歌うように性格の悪い話をする相手は、間違いなく闇の妖精だろう。本来ならば、闇の妖精の言葉など聞くべきではない。彼らは毒のこもった言葉を使い、相手を傷つけるのだから。
それでもここから抜け出そうと思うのならば、唯一の情報源を無視するわけにはいかない。
「どうしてこんなことを?」
「人が嫌がることをするのに理由などないさ」
まともに答える気はないと。
ケラケラと笑う声は、まるでこちらを馬鹿にするような音に聞こえる。苛立ちを感じるが、それが相手を喜ばせるのだと分かっているので、深呼吸する。
「お前を閉じ込めたのは、お前が妖精王と契約をしたからだ。だからここで朽ちながら、妖精王を恨め」
「恨むなら、妖精王ではなく貴方に対してでしょ。閉じ込めたのは貴方なんだから」
私は妖精の粉を投げつける。前方に後方に、左右、更に頭上にも。自分自身に妖精の粉が降りかかるが、私自身以外は光らない。
私の行動を闇の妖精は笑った。
「どこを狙っているんだ。お前じゃ、私に何もできない」
私の行動を馬鹿にしながら笑う闇の妖精は憎たらしいぐらい楽しそうだ。
「妖精王がお前を召喚し契約などしなければ、お前は幸せに妖精界で暮らせたのに。哀れな人の子だ」
哀れといいつつ闇の妖精は上機嫌だ。
私はそれを無視して、更に妖精の粉をまいた。
「まあ、でも。お前はとりわけ闇と光のバランスがいい人間らしい。最後まで恨まず死んだらつまらないが、別にそれでも構わない。お前をまきこんだのに助けることもできず契約者を失った妖精王が闇に堕ちるのが楽しみだ。羽を失えば、たとえ妖精王でも魂に隙ができるからな。簡単に壊れて闇に堕ちるだろう。どんな色に染まるだろうなぁ」
魂が欠けるということはかなり危険な状況だ。確かに私との契約を失えば、一気に闇へと傾く可能性は高い。
「ああ。もしかしたら、お前をアンデットとして蘇らせてくれるかもなぁ。昔、いたねぇ。そういう健気な愛を持っている奴が」
「それは愛とは言わないでしょ」
私のツッコミに、頭が痛くなるような声で笑う。この空間自体が、魂に変調をきたすようになっているのかもしれない。私は妖精の粉を声のする方向に投げる。
しかし闇の妖精は笑うばかりだ。
イライラする声に、私は深く息を吐いた。
「そもそも、ロイズはそんなに弱くはないわよ」
私は怒鳴り返したい気持ちを押し殺し、できるだけ平常心を保つようにしながら言葉を紡ぐ。恐怖や焦りは胸の中心でグルグル渦巻いている。でもそれを吐き出せばこの闇の妖精に力を与えるだけだ。
だから私は、ロイズが来るまで、正気を保たなければいけない。
「羽を失った妖精王だ。更に妖精の常識にも疎いもの知らず。そんなのが強いはずないだろ?」
「強いなんて言ってないわ。弱くないと言っているの。それは人間界で育ってきたからこそ、培った力よ」
妖精の世界は美しい。
闇の妖精などの汚れたものを嫌い、美しいものだけで構成された世界だ。それに比べ人間の世界は混沌だ。美しいものと醜いものが混在する。
「人間など弱い無力な存在だ。その世界で育ったからと言って何が変わる。無知に育てられた妖精王が哀れなだけだ」
「ええ。人間は魔法の面だけみれば弱い。でも自分の弱さを知っているから、色々な方法を試すの。それは妖精からしたら卑怯だと思う事もあるけれど、それこそ人間の知恵なの。人間って、強くはないけれど、思っているよりは弱くないの」
私がそう言った瞬間、一筋の光が闇の空間に降り注いだ。
闇の妖精がギャッと悲鳴を上げるが、空間に入ったひびはどんどん広がっていく。
「馬鹿な」
闇の妖精が呆然と呟いた瞬間、世界は壊れた。
闇が崩れ、欠片が粉となり消えていく。そして代わりに元居た場所の風景が現れる。ただし最初は居なかった人物がそこに立っていた。
「ロイズ、ありがと」
「無茶振りするなよ。寿命が縮む」
「大丈夫よちょっとくらい縮んでも。妖精の寿命は、人間のそれとは比べ物にならないぐらい長いから」
ふふふっと軽口を叩けるのは、ロイズがいるからだ。先ほどまで渦巻いていた恐怖も、本来の姿である金色に輝く髪のロイズを見れば吹き飛ぶ。
「何故だ」
しわがれた声には、ショックの色が滲んでいた。
光にさらされ私の目の前に立つ闇の妖精の姿は、雑巾のようなぼろをまとった醜い姿だった。手足がガリガリにやせ細り、無造作に伸び放題な白髪の隙間からは、濁った眼がのぞく。
「だから言ったでしょ? 人間は卑怯な事もするって。私が馬鹿正直にあの空間を壊そうとしていると思った? 最初に無理だと分かったし、貴方も無理だと言ったのに」
人間の魔法が妖精の魔法に敵わない事なんて分かりきっている。
だからロイズに隠れられたら私には見つけられないのだ。でも私が見つけられないだけで、見つけてもらう事はできる。
「妖精の粉をね、この指輪に振りかけると、なんと不思議。私の声がロイズの指輪に聞こえるの」
むふふと笑いながら私はこれ見よがしに指輪を見せつける。契約の指輪は、契約した後に貰ったものだけど、何かと役立つ魔具なのだ。
「馬鹿な。たとえ契約の証があろうと、道具ごときで」
「うん。これ、そもそも後に貰ったものだし。道具だけじゃ、無理だっただろうけど――」
私は自分のかけていた眼鏡を外す。
私には見えないが、そこには色違いの瞳がはまっているはずだ。
「――本物の妖精の目だもの。あの空間は見えないけれど、妖精の粉があれば、映像と気配を伝達してくれるわ。そして目と指輪が音も伝えてくれるの」
ロイズが初めて私を呼びだした日。ロイズは契約の証とするものを持っていなかった。そこで交換したのが自身の目である。私の片目はロイズのそれと入れ替わり契約がなされた。
ふふふふっと私が笑うと、ロイズが私の肩に手を置いた。
「おい。魔力酔いしてるのかよ。テンション高いし、喋りすぎだろ」
「そうかも。ロイズが、魔力全開にしてるから」
本来の姿になっているロイズの魔力が目を通して私に伝わってくる。私は人間なので魔力耐性は低い。多く浴びればすぐ酔っぱらう。
これでも気絶しないだけ、普通の人間よりは耐性があるとは思うけれど。
「でも大丈夫よ。ロイズがいるし」
「なんだそれ」
「えー。だって、覚醒中の妖精王の御前から、ただの闇の妖精が逃げられるはずないじゃない?」
私がチラリと目線を闇の妖精の方に向ければ、慌てふためき這いずる姿が見えた。光の所為で体に不調をきたしているらしい。
でも油断はしない。
私は人間だから、弱い生き物が追い詰められた時に火事場の馬鹿力を出すのを知っている。窮鼠猫を噛むと言うぐらいだ。
私が妖精の粉を闇の妖精にぶつけると、粉はキラキラと輝くロープの姿を取って闇の妖精を縛りつけた。ミノムシの様にぴょんぴょんと闇の妖精ははねた。
「逃げられるわけないって言ったでしょ?」
「人間の癖に」
私を舐めていた闇の妖精がギリギリと歯ぎしりする。でも私を舐めるということは、イコールでロイズを舐めるということだ。
大切なロイズが貶められる事を、私が許すはずがない。
「ロイズを舐めるんじゃないわよ」
「レインを舐めるな」
私が言うと同時にロイズもまた、同じ言葉を言う。流石、私の契約者。
「さあ、裁きの時間だ」
ロイズがそう言った瞬間、闇の妖精の上に大きな鎌が現れた。そしてそれは一寸の慈悲もなく振り下ろされる。
闇の妖精は悲鳴を上げたが、鎌が触れた部分からさらさらと黒い粉へと変わった。そしてそれはそよ風で吹き飛ばされる。
そしてコトンと闇の妖精がいた場所にガラスの破片のようなものが落ちた。薄桃から紫へグラデーションが掛かったそれは、ずっと待ち望んだ、妖精の羽の一部だ。
「やった。妖精の羽の一部――ん?」
喜んだが、自分が言った言葉に愕然とする。待って。何で?!
「一部?! えっ。嘘でしょ?!」
私は酔いが一気に冷め、急いでその破片を拾い上げた。間違いなく妖精の羽だ。気配からもロイズのものだと分かる。
でも羽のかたちはいびつで一部としか思えない。
「まあ、捕られてから結構時間が経っているし、とり返されたくなければばらして、他の闇の妖精とかに渡すよな」
「わ、渡すよなじゃないでしょ?! 何で、そんなあっけらかんと。ちょっとは残念がってよ!!」
とうとう宿命の敵が現れて倒したというのに、何でそうだと思った的な感想なの?!
私、天国から地獄に堕とされた気持ちなんだけど?!
「まあ仕方なくね? ないものはないんだし」
「そうかもしれないけど」
私ががっくりと膝を落とすと、ロイズが笑った。既にその姿は再び人間に擬態したものに戻っている。相変わらず場違いな美貌だけど、人間の範疇だ。光ったりしていないし、髪色は私と同じ。
オッドアイも相まって、多分兄弟に見えるだろう。
「でもそもそも、ロイズの羽でしょ?! ロイズは笑っている場合じゃないでしょうが!!」
私はロイズの笑い声にイラッとして、怒鳴りつけた。しかしロイズは懲りない。何が楽しいのかまだ笑っている。
「これからもよろしく、レイン。先は長そうだ」
小さな欠片を私の手から取ると、自分の胸に当てる。すると欠片はロイズに吸収された。
確かにあのサイズに粉砕されて、闇の妖精がそれぞれ持っているならば、時間がかかりそうだ。
……むしろ私が生きている間に果たして全部見つけられるだろうか。私はがっくりとうなだれたのだった。
◇◆◇◆◇◆
俺は闇の妖精から盗まれた羽を取り戻したが、羽は既に砕かれており、見つかったのは一部に過ぎなかった。
その事実にレインはがっくりと落ち込んでいたが、それでも仕事が消えることはない。なのでレインは気持ちを切り替えて、落ち込みつつも仕事を再開した。
まあ、俺の方は今とっても気分がいいけれど。
「――というわけで、こういった契約者とのお揃いのチョーカーというのはいかがでしょう?」
「これにゃ。こういうのを、待っていたニャ」
レインがあれこれ考えてはダメ出しをしていた、猫の妖精はレインがサイズや細かい部分は違うが、ペアと言ってもいい似たデザインのチョーカーを見せた瞬間目を大きく見開いて輝かせた。
チョーカー自体は何度かレインが案を出していたし同じ素材での提案もあったので、つまるところ、コイツは【お揃い】の部分が必要だったのだ。
「……そういうお揃いが欲しかったんなら、最初に言えよ」
「仕方ないにゃ。自分が何を望んでいるのか、吾輩にも分からにゃかったんにゃ」
「開き直るなよ!!」
「ロイズ。騒がしくするのならば、花園に行って花の管理をお願いしたいのだけど」
猫の妖精の言い分にイラッとして怒鳴れば、レインが嫌なら自分から離れなさいと言外に伝えて来た。でも俺はこの猫妖精とレインを二人きりにしたくはないので大人しく黙る。
妖精王として特別扱いされるのは嫌いだけど、でもレインも俺がいるのに空気みたいに扱うのは酷い。そりゃ、ここにいても今の俺は全く役立たないどころか、客に喧嘩を売ってしまうけどさ。
それでも契約した妖精というものは、自分達の間に別の第三者が入るのを嫌がるのが普通である。特にレインは取り換えられた事によって、俺の魂の双子みたいなものだ。
だから余計にレインは俺のだという意識が特に強い。……レインは人間だから違うのだろうか?
レインが猫の妖精に最終的に作ったのは、スズランを使用したものだった。花言葉は確か、幸せが再び訪れるだっただろうか。たしかに贈り物を想定して作ったのならいい花言葉だ。
「ありがとにゃ。何か困ったことあったら言うにゃ。吾輩も手を貸してやるにゃ。そっちの、妖精王でも」
「ありがとうございます」
誰がお前の手なんか借りるかと言いたかったが、先手を打ってレインがお礼を言い、それを聞いた妖精の猫は一秒でも早く契約者の元に行きたいとばかりに、その姿を消した。
お金は麻袋に入って机の上に置いてあった。結構重量があるので、気前のいい払い方だ。ただし、ここまでどれだけレインがデザインを出したかを考えると、全然気前など良くない当然の金額な気もする。
「ロイズ。もう少しお客に対して愛想よくしでよ。確かに綺麗な女性じゃなかったけどさ」
「おい。勝手に勘違いするなよ。俺は別に女好きとかじゃないからな」
「はいはい。私を心配してくれたんだよね。ありがとう」
何処まで分かっているのかは分からないが、妖精の猫を俺が嫌っているのは、あの猫がレインの仕事の邪魔になるような態度だったからだと思っているようだ。まあ、間違ってはいないけど……でも、それだけじゃない。
「納得いってなさそうな顔をしてるけど、私は大丈夫だよ。それと、はい」
「へ?」
「プレゼント。開けてみて」
突然目の前にプレゼントと称して箱を差し出され俺は目を瞬かせた。特に今日は俺の誕生日でも何でもない。
よく分からないまま受け取った俺は、箱を開く。中には小さな石のような青い木の実が付いたピアスが入っていた。
「これ、私のとお揃いなの。よく考えたら、ロイズが契約を持ちかけてきたから、ロイズからばかり色々貰っていたなと思って」
レインは色違いの瞳を楽し気に細め、指輪を見せる。
人間の世界にレインを呼びだしたのは俺だ。だから最初に目を交換し、後から契約の指輪を贈った。
「これは契約でも何でもないから、この契約が終了しても持っていて大丈夫だよ。きっとあの猫の妖精も同じ気持ちだったんだと思うんだよね。契約は片方が死ぬまで続く事もあるけれど、大抵は最初の契約時の条件が満たされた時点でおしまいだから。世界を分けられたらおいそれと会えないし。だから少しでも寂しくないようにね」
「……まだまだ先だろ。羽の欠片をどの闇の妖精が持っているか分からないんだから」
沢山に砕かれた俺の羽を探すのは中々に大変だろう。
だからこの生活はまだ続くはず。
「そんな悠長なことを言って。今はいいけど、ちゃんとすべての羽を見つけた頃には姉離れしなさいよ」
レインに姉離れと言う言葉を使われた瞬間、違うと反射的に思った。
「……俺はレインを姉なんて思ってないから」
「そりゃ、確かに血は繋がってないけど、魂が繋がっているみたいなものなんだし」
「うん。だから……家族だって思ってる。姉とか兄とか弟とか妹じゃなくて」
「なるほど。確かに、どっちが上って事もないわね」
俺の言葉にレインは納得したかのように笑い、仕事場をかたづける為に俺に背を向けた。
いつもの光景なのに、ドキドキする。その背を離さず抱きしめたいと思うけれど、今はまだそれをする時ではない。
「健やかなるときも病める時も共に永遠に……」
俺は契約の指輪に口づける。
そうか。俺は、レインとそういう関係になりたいんだ。
「ん? ロイズ何か言った?」
「神様に家族になると宣言する人間の呪文を言っただけ」
「ふーん。人間の世界にはそんな呪文があるんだね」
レインは気にした様子もなく、水を汲みに外へと出た。部屋に残った俺は、手を天井に掲げ指輪を見る。
特に何かを思って用意したわけではない。
ただ瞳の交換だけだと、周りに分かりにくいから、後から契約の証として指輪を用意したのだ。そうすれば、誰でも一目でレインが俺の契約者だと分かるから。
「でもまるで結婚指輪みたいだな」
俺はうっそりと指輪を見つめながら笑った。
いつか本当にそういう意味にしてしまおうと思いながら。