☆001★同窓会
星は我らを見守ってくださっている。
その代償として、我らも星を見守らなければならない。
これは未来永劫絶対に守り続けていかなければならない契り。
これを破れば星々の均衡は取れなくなり、星の神々は怒りに震え、我らに天災をもたらすだろう。
―――九星誓約書1章1節
一通の葉書が投函された。
乾いた音が部屋に転がり、重たい体を起こして郵便受けに手を突っ込む。
時計を見ると午前10時。
欠伸をかきながら眠たい目をこする。
「何々? 同窓会のお知らせ……か」
過去の記憶を辿りながら参加するか否かを考える。
「うん、行きたくないわ……」
葉書をテーブルの上に放り投げ、代わりにタバコとライターを手に朝の一服を満喫する。
「あいつら元気なんかなぁー」
***
【ホシガミ】
***
横山 拓兎、24歳、独身――――。
小学生の頃は名前の字に兎という字が入っていた為、みんなからは”うさぎ”と呼ばれていた。
拓兎と呼ばれた記憶は皆無である。
中学に入ってからも一部にうさぎと呼ばれ、高校からは知り合いがあまりいない学校だったせいか横山としか呼ばれなくなった。
特に名前にこだわりはないし、なんて呼ばれようが気にはしないが、小学生の頃は子供独特のノリで呼ばれていたのは気に食わなかった。
そんな小学校の頃の旧友たちとの同窓会のハガキが今日、ポストに投函されていたのだ。
再びハガキを手に取り、文面を目で追う。
「軒昂楼でやるのか……あそこ安いし飯は美味かったよな……確か」
タバコの火を消し、ボールペンを手に葉書に書き込む。
「でもめんどいからやっぱパスっと」
しかしこの時の俺は気づいていなかった。
こんな行動が無意味だと思い出せていなかった。
いや、思い出したくなかっただけかもしれない。
我がクラスメイトが普通じゃない奴らばかりだという事を……
***
――同窓会当日。
結局返信用のハガキをポストに投函し忘れていた俺は、焦る訳でもなく家で退屈に携帯をいじっていた。
今日一日はパソコンしたり、携帯いじったり、撮り溜めしておいた録画を消化する時間にあてるつもり。
久しぶりの休みだ、俺の自由にさせてくれ。
ごろごろし出してから30分経過した頃、ふと不安に思う。
「何やってんだろ、俺」
24で独身で休みの日に何かする訳でもなく、家でごろごろ、ごろごろ。
何でこんなにごろごろしてんだ、俺?
もっと他にやらなければいけないことがあるだろうに。
「とりあえず一服しよ……」
口に咥えたタバコに火を着けようとした時だった。
チャイム音が鳴り響く。
「一服ぐらいさせてくれよな」
チャイム音を気にすることなくタバコに着火させる。
普段この家に来るのは新聞の勧誘だったり、保険のおばちゃんぐらいだ。
出ても時間の無駄だし、本当に用がある奴なら俺が出るまで待ってくれるだろ。
***
「逃がさないわよ……」
玄関の前に仁王立ちする女性は不敵な笑みを浮かべていた。
***
出ないと分かった客人は反撃の狼煙を上げる。
玄関を荒れ狂う闘牛の如く叩きのめし、怒り狂った高橋名人の如くチャイムを連打して鳴らし続ける。
「いるのは分かってるのよ! さっさと堪忍してでてきなさい!!」
見知らぬ女性の声。
「誰だよ……せっかく人が休みを満喫してるってのに……」
駄目な人間の休み方だけどな……
玄関に向かう間にもチャイム音は止まない。
「ウルセェ!!!!!!」
怒りに任せて玄関を思いっきり蹴り開く。
しかしそこには誰もたっていなかった。
「んだよ、ピンポンダッシュっとかまじでうぜぇー」
呆れて玄関を閉めようとした時だった。
反対方向から玄関扉に不意に力を入れられ後に転倒する。
玄関は再び開き見慣れない人物がそこには立っていた。
「誰……ですか?」
思わず口からそう言葉が漏れた。
ほんと、どちら様だ!?
どちら様かによっちゃ出るとこ出るぞ!!
「やっぱり居たわね」
女のニヤケ顔が悪寒を誘う。
「さぁ行くわよ!」
襟をつかまれ強引に連れて行かれそうになる。
「っは? なんっ――行くって――!? それよりアンタ、誰!?」
こいつもしや……
「つべこべ言わず、ついて来なさい!」
言われるがまま、奇妙な女に拉致られた。
もしや、俺を某国に拉致る為に……
無理矢理車に乗せられたかと思うと、数分後には田んぼの真ん中に下ろされた。
思考が稼動しきれていない。
「さぁついたわよ、うさぎ!」
疑惑が確証に変わった。
謎は全て解けた!
俺の全思考がその答えを示している。
俺のことをうさぎと呼ぶのはごく一部の人間だけだ。
見慣れないと思っていたのは当たり前だ、あの時とは変わっている。
化粧もしているし、成長しているのだから当たり前だ。
なんとなく面影は残っているが、月日が経てば忘れてしまっている部分もある。
「……何じろじろと見てるのよ?」
怪訝な顔で身体を遠ざけ始めた女。
「お前ってまさか……鈴花?」
「なに? 気づいてなかったの?」
人差し指をこちらに向け、俺の心臓にノックする。
そんなことされたって心の扉は開かないぞ、コラ。
「どうしてこんな所へ?」
なんとなく思い当たるふしがあるが、それはひとまずないだろう。
「どうして? 聞いて呆れるわ……何故なら、あそこで同窓会が行われるからよ!」
鈴花は見ろと言わんばかりに空を指さした。
「………っへ?」
空――――?
「どこみてんのよ……」
あぁ目の前の山の頂上か。
鈴花が指差す山は俺らが子供の頃、地元の人の間で鬼山と呼ばれる山だった。
鬼山は大人が登るにしても一苦労で、地元の人間でさえ頂上を見た者は少なかった。
俺は鈴花の肩に手を乗せがっつりと掴む。
「鈴花……死ね!」
餓鬼の様な捨て台詞をはき捨て、ココまで乗ってきた車に乗り込んで逃げようとした。
「っな、なんだとぉおおお!!」
しかし鍵が付いていない。
一歩先を読まれていただと!?
車を出ようとするが外には危険な猛獣、鈴花が放し飼いされている。
鈴花め……一体何手先を読んでいる!?
「ふ~ん……うさぎぃ、あんた私に死ねですって?」
「あっ! ヘッ? イヤッ、エ~ト……それは、ですね……」
そのままの意味で理解して、実行していただければ丸く収まるんですけど……
なんて口が裂けてもいえない。
「理由ヲ5文字デ答エロ」
5文字!?
それはさすがに無理です……
「悪かった」
今まで生きてきた中で、死を覚悟した瞬間だった。
そこからは悲劇だった。
目にもとまらぬ速さで体にロープを巻きつけられ、車体と赤い紐で繋がれた。
そしてアクセル全開での1キロ程の距離を車に引きずられながら走った。
そして鈴花に精神に支障をきたす聞きたくもない言葉を散々言われ、身体的にも精神的にも、かなりのダメージを受けた。
最後には山道の途中の駐車場に置いてけぼりにされ、鈴花は山を歩いて登っていった。
俺は少しの時間、ダメージのせいでその場を動けなかった。
その横を昔の友達が通り過ぎていく。
『ガンバレヨー』とか、『鈴花にまたやられたのか?』とか言って行くくせに、助けてはくれなかった。
どんな同窓会だよ……
ってか、なんで軒昂楼じゃなくて山になってんだよ!
もお夕方だし。
そろそろ帰るかな……
そういえばこの山も、今は登り易く整備されているみたいだ。
昔はこんなところに駐車場なんてなかったし、頂上までの道が獣道からタイル張りされた道に変わっていた。
そろそろ起き上がろうかと考えている時だった。
頭の上に何かが飛来する。
「――ッチ! アッ、チー!!!」
何かが当たった付近を触ると、髪の毛がその部分だけはげていた。
次にその何かを見ると、それは熱しられている石。
勢いよく起き上がると、石が飛んできた方に向かって怒鳴りつけた。
「何すんだよ!!!」
こういうことをするのは鈴花だと思った。
でも違った。
そこには誰もいない。
いや視線を下に移せば誰かいたわ……
そこにいたのはかわいらしい女の子だった。
ワンピース姿で、髪の毛がオレンジと大胆な色。
「ごっ、ごめんなさい……」
女の子は体を小さくしながら、怒られる事を怖れるかのように謝った。
俺は動揺しながらも、励ますことにした。
か弱い小動物や子供は放っておけない性格なんだよ……俺。
そのかいあってか、何とか泣かせずには済んだ。
「それより、こんなとこでどうしたの?」
子供の目線の高さに合わせるように俺はかがんだ。
「上に行く途中、倒れているあなたを見て……」
上……頂上には鈴花を始め、いろんな敵が待ち構えている。
あいつらの所にこの子を行かせる訳には!
でも、何で俺にこんな仕打ちを?
嫌がらせなの?
君はドSなの?
「どうしても行くの?」
「……うん」
あれこれ考えてもしょうがない……決めた。
「よし、俺も行くよ」
「エッ……?」
「ほら、俺におぶさりな? さっき怒鳴ったからお詫びに」
「でっ、でも……」
「いいからさ、っね?」
女の子は戸惑いながらも、俺の背中に乗った。
オレンジ色の眼差しを空に向けて。