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25. 魔王の戦い

前話のあらすじ



魔王参戦

災厄の王の前に立ちはだかる

   25



「……逃げられた、か」


 中嶋小次郎は、半壊した竜の背中が遠ざかっていくのを見送った。


 追い掛けたい欲求が湧いてくるが……。


「……まあいい」


 ふっと吐息がこぼれた。


「これでいい。いや、これがいい。また会うときが楽しみだ……」


 口のなかだけでそうつぶやいたのは、確信があったからだ。


 現状は、絶対的な力を持つ『災厄の王』中嶋小次郎に対して、同じ『接続者』の真島孝弘が、初代勇者の意思と『世界の礎石』の協力を得ることで拮抗している。


 両者の力関係を考えれば、これは真島孝弘の勝利と言って差し支えない。


 とはいえ、この拮抗は長くは続かない。


 力関係が絶対的なものであればこそ、すぐにでも破綻するときがくる。


 である以上、いずれ真島孝弘は逃げずに立ち向かう必要がある。

 この世界がなければ愛する者たちが死んでしまうのだから、それ以外の選択肢はありえない。


 持てる限りのすべての力で敵対してくる――してくれるはずだった。


「だからいまは、目の前のことだな」


 視線を地上に引き戻す。


 戦いの余波で荒地となった大地に、狼のモンスターの背に乗った少年の姿があった。


「楽しませてくれよ、魔王」


   ***


 工藤陸は硬い表情で、距離を隔てて向かい合う中嶋小次郎を見据えていた。


 攻撃の手は一時、とまっていた。

 最初に襲い掛かった一群は、ほぼ全滅させられていたからだ。


 ただし、そのうち半数ほどは中嶋小次郎の手による損害ではない。


 彼を守るようにして、その場に乱入してきた者たちがいたのだった。


「王よ!」


 ドーラが危機感を露わにして下がってきた。


 乱入してきた者たちは、全員が強力な魔力を放っていた。

 間違いない、転移者だ。


 神宮寺智也を追跡するために異界に突入した探索隊メンバーだろうか。


 しかし、仲間同士であるはずの中嶋小次郎から真島孝弘が逃げ出すところを見ていたはずの彼らに、この状況に対する戸惑いの色はない。


 それもそのはず。

 彼らは同じ転移者ではあっても、追跡部隊に参加していたメンバーとは顔触れが違っていた。


「……なるほど、そういうことですか」


 工藤陸は、淡々とつぶやいた。


「日比谷浩二だけではなく、他にも協力者がいたのですね」


 コロニー崩壊は中嶋小次郎によって意図的に起こされたものだった。


 なかでも致命的な出来事であった『絶対切断』日比谷浩二による『闇の獣』轟美弥の殺害は、中嶋小次郎に指示を受けていたと考えられる。

 つまり、中嶋小次郎と日比谷浩二は、コロニー崩壊において協力関係にあったことになる。


 放っておいてもコロニーは崩壊していたかもしれないが、逆に言えば、崩壊していなかったかもしれない。

 崩壊の引き金を確実に引くためには、ある程度以上の混乱をもたらす必要があった。


 崩壊を容易にするために、中嶋小次郎は遠征隊不参加のメンバーを調整していただろうし、当時残った探索隊のなかで数少ない幹部の日比谷浩二が実行犯であったことは致命的だったが、さらに複数人が意図的に混乱を起こせば確実だ。


 それが、いまここにいる彼らなのだった。


 工藤陸にしてみれば、ただでさえ絶望的な相手に援軍が現れたかたちになる。

 ただ、その割に彼は落ち着いていた。


 そうした態度が気になったのか、中嶋小次郎が尋ねてくる。


「慌てないんだな」

「今更ですからね」


 肩をすくめた。


 死ぬとわかっていて、この場に介入したのだ。

 今更、恐れるものはない。


 そうした態度は中嶋小次郎の求めるものではなかったのだろう。


「諦めたのか?」


 肩透かしを喰らったように言った。


 どうやら必死で抵抗してほしいらしい。

 そこには、わずかに不満の色さえあって、工藤陸は冷笑を浮かべた。


「諦めた? まさか。そんなはずがないでしょう」


 この男はなにもわかっていない。


 目の前に、すべての元凶がいるのだ。

 いまでも胸を焦がす暗い炎が、諦めることを許すはずがなかった。


 呪わしいのだ。

 許せないのだ。


 敵わないとわかっていても。

 最大の怨敵に殺されることになるとわかっていても。


 その屈辱と怨念が晴らされることはないのだとしても。


 とまらない。

 とまれない。


 あの日から、工藤陸は壊れている。


 壊れ果てて、別のモノに成り下がった。


「ぼくは、魔王です。とまりませんよ。虚無と絶望のなかで、破滅するそのときまで」

「ははっ! そうか。悪くないぜ、お前」


 この返答に対して、中嶋小次郎はいかにも楽しげに笑った。


 あの日、彼が引き金を引いた混乱のなかで死んでいて当然だった、ちっぽけな命。

 その成長を寿ぐように。


 好意しかないがゆえに、邪悪な笑みを浮かべて。


 その事実に――心の片隅で、工藤陸は安堵する。


 本質的に、中嶋小次郎の性質は快楽主義者だ。

 なんだかんだ言ってはいても、少しでも隙ができれば、この場を他の者に任せて真島孝弘を追い掛ける可能性もあった。


 だが、いまの彼は工藤陸という存在に注目している。


 これで後顧の憂いはない。


 そう考えたのを最後に、工藤陸は頭を切り替えた。

 ここから先は殺し合いだ。


 その前に、自身の戦力を確認する。


 自軍の戦力は確実に低下している。


 名前を与えた配下では、狂獣が死亡。

 母子の屍竜は、一体が完全消滅。もう一体は戦線離脱した。


 彼ら以外の魔軍の駒については、異界での消耗に加えて、この場で殺されたものが二百近く。


 とはいえ、それでもなお、通常のチート持ち程度であればまとめて葬り去る程度の力はある。


「ドーラ、ツェーザー、フリードリヒ」


 呼び掛けに応えて、影絵の少女が両腕の剣を構える。

 魔王の背中には無機質な羽が展開して、周囲を汚泥の防御壁が浮遊した。


「グスタフ」


 話をしている間に呼び寄せておいたのは、魔軍の本隊と同規模の別動隊だ。

 この世界で災害とされる陸上魚の群れにして、一度ぶつけてしまえば魔王でさえ制御のできない暴力の波だった。


「アントン」


 さらに、影の女王は魔軍を率いて参戦した。

 友軍である別動隊との同士討ちを避けるために、あえて時間差をつけて突撃をかける構えだった。


 現状の戦力のすべて。

 総勢二千近い魔王の軍勢だ。


 出し惜しみはしない。


「行きなさい!」


 下された命令に従って、魔軍は敵に向かって進撃を開始した。


   ***


 恐るべきモンスターの群れが大地を揺らした。


 誰が見ても蒼褪めずにはいられないような光景だった。


 工藤陸の『魔軍の王』は、特性上、戦力増強に時間を費やせば費やすほどに強くなる。

 いまの魔軍であれば、一度に限れば、探索隊とも正面からやり合えるだろう。


 ……ただし、それは『光の剣』の存在を考慮しなければの話だが。


「素晴らしい」


 そうつぶやいた中嶋小次郎が、大きく腕を振り上げた。


 その掌に強大な魔力が集まった。

 転移者たちのなかでさえ規格外の、身の毛がよだつほどの魔力量だった。


「だから、これはお返しだ」

「……!」


 ゆっくりと時間をかけて生み出されたのは、これまで見せたことのない巨大な光剣だった。


 五回の制限付きの切り札『大剣』。

 規格外の怪物が一本に十日という長い時間を費やして込めた魔力は、それひとつで災害にも匹敵する。


 個人が所有してよい火力ではない。


 だからというわけではないが、ほぼ彼はこの力を使わない。

 発動まで少し時間がかかるし、小回りが利かないというのもあるが、普段はこれを使わなくても敵を倒せてしまうからだ。


 切り札を使うに値するだけの相手だと、工藤陸は認められたとも言えた。


 無論、それはこの世のなにより恐ろしいことでもある。


 最強を誇る光剣の、最大解放。

 放たれた先は、魔軍の別動隊であるグスタフだった。


「――!」


 次の瞬間、森の一角が完膚なきまでに蹂躙された。


 すさまじいほどの熱量は、地上に太陽が生まれたかと錯覚するほどだった。

 森の面影など、跡形も残らない。


 ましてや、そこにいた者など。


「これほどまでですか……」


 工藤陸は呻いた。


 別動隊であるグスタフは、群れの七割近くが一瞬で焼失していた。

 残りも半数以上が重傷を負っている。


 痛かったのは、トリップ・ドリルの群れは先頭の一握りを除いて『魔軍の王』の能力の制御下にないため、散開することもできずにまともに攻撃を喰らってしまったことだった。

 というより、それを見抜いて中嶋小次郎はグスタフを狙ったのだろう。


「お、王よ……」


 ドーラが表情を歪めた。


 たった一撃だ。


 それだけで、本隊と同規模の別動隊が壊滅してしまった。


 狂信に生きる彼女でさえ、畏れを抱かずにはいられなかったのだ。


 しかし、少年は恐怖で判断を間違えなかった。


「……怯んではいけません。散開して突撃しなさい」


 そう指示を出したうえで、自分はドーラに抱えられて、影から影へと移動を開始した。


 初手で明白となった事実。

 遠距離での撃ち合いでは『光の剣』に対しては相手にもならない。


 よって、突撃して近接戦闘に持っていく以外に道はないのだ。


 その判断は正しい。


 だが、正しいからといって通用するとは限らない。


 まず敵のもとに辿り着くことが困難だ。

 光剣が振るわれるたび、取り巻きから魔法が放たれるたび、魔軍を構成するモンスターは木端のように拉げて吹き飛ばされる。


 そして、敵のもとまで辿り着いたところで、転移者が複数名で守りを固めているのだ。

 どうにか一匹、二匹が襲い掛かったところで瞬殺されてしまう。


 無論、そうしている間に中嶋小次郎とその仲間たちが大人しくしているわけもなく、光剣や魔法が工藤陸目掛けて飛んでいく。


 ドーラに連れられて影から影へと飛び回り、フリードリヒの魔法とツェーザーの防御壁とを駆使して凌いでいるが、そんなものはいつまでも続かない。


 正しい判断をしても敵わない。

 端的にいって、工藤陸は詰んでいる。


 これは一方的な鏖殺だ。


 そう理解しているのだろう中嶋小次郎の取り巻きたちは、まるで作業のように粛々と高位の魔法を放ち、魔軍のモンスターを殺していく。


 忌まわしい破滅の足音が聞こえていた。

◆もう一回、更新します。

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