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23. 願いの行くすえ

(注意)本日2回目の投稿です。(4/6)














   23



 意識を保っていられたのは、この際、奇跡に近かった。


 全身が粉々になってしまったかと思ったが、どうにか手も足も付いている。

 リリィたちの必死の献身の賜物だった。


 とはいえ、それにも限界はあった。


「あ……ぐ……」


 ローズから受け取って、懐に収めておいた『薔薇の懐剣』が、これまでにない熱を持っていた。


 主の危機に反応して、微弱ながらダメージを軽減する効果を発揮しているのだ。

 その熱は、どうにかして持ち主を守り抜こうとしてくれるようにも、逃げるように訴えかけているようにも思えた。


 だが、どちらにしても、もう体が言うことを聞かなかった。


 そこに、絶望の足音がした。


「見付けたぜ、真島」


 地盤ごと引っ繰り返された破壊の跡に足を踏み入れたのは、他でもない中嶋小次郎だった。


「……どうして」


 信じられなかった。


 異界をほどいた際には、かなり遠くに弾き飛ばしたはずだ。

 それなのに、どうやって、おれたちの居場所を知ったのか。


 そもそも、おれは『霧の仮宿』で周辺の警戒は怠っていなかったのに……。


 ……いや。


 もしかして――と、思い付いて、戦慄した。


 彼もおれと同じ『接続者』であれば、虎の子の魔法『霧の仮宿』と同様の感知能力を持っていてもおかしくないのではないだろうか。


 それも、おれより広く。


 だからこそ、彼は対象を察知して攻撃を叩き込むことができたのだ。


 甘いマスクの青年は、おれたちから距離を取って立ち止まった。


 こちらにとっては攻撃の届かない距離。

 彼の『光の剣』の異能にとっては、必殺の間合い。


 とはいえ、そんな小さなことを気にして、足をとめたわけではないだろう。


 そう確信できてしまうくらいに、そのたたずまいは英雄然としていた。


 輝ける姿に、曇りはかけらもない。

 後ろ暗いところなど、なにもないとでも言わんばかりに。


 どこか人を惹き付ける自然体のままで、話しかけてきた。


「まさか、あのタイミングで逃げられるとは思わなかったぜ。おまけに『接続』ができない。はは。これ、お前の仕業だろ?」


 彼の手には『世界の礎石』のひとつが握られていた。

 異界から弾き出されたあの瞬間に、ひとつくすねていたらしい。


 本来であれば、彼がそれを手にした時点で終わりだっただろう。


 いまは、かろうじて『接続者』としてのおれの力と、初代勇者が遺した意思とがストッパーとなっているから、まだ『災厄の王』は世界を手にしていない。


 いまは、まだ。


 ……だが、それがなんだというのだろうか。


 この状況は詰んでいる。


 終わりだ。


 おれたちも。

 世界も。


 そう思っていたから――



「さすがだ、真島」



 ――おれは、この男が理解できない。


「やっぱ、お前はいいよ。最高だ」


 そう言った声には、わずかな興奮があった。


 敵対関係は決定的なものであり、生死さえも握っている。

 だというのに、この期に及んで、こちらに向ける視線には、混じりけのない好意が宿っていた。


「正直、今回は完全に失敗だったんだ。戦力が揃っていない状態の真島と戦うつもりはなかった。今回に限っていえば、おれは、すべてをかなぐり捨てた限界値の神宮寺と――『竜人』と全力で戦えれば、それでよかったんだから」


 やはり、わからない。


「『竜人』は良い線いってたが、満足できるレベルじゃなかった。まあ、それはいいんだ。予想の範疇だ。最悪だったのは、あんなくだらない偶然ですべてが露見したことだ。異界の防衛機構の暴走。おれだけなら生き残れただろうが、真島が死ぬかと思ったら、咄嗟に守っちまった。それで正体がバレたんだから世話がねえよな。本当につまらない展開だ。心底、がっかりした」


 本当に、わからない。


「だけど、お前はあの場をくぐり抜けてくれた。ああ。やっぱり、お前は『本物』だ」

「……どうして」


 ようやく、おれは口を挟んだ。


「どうして、こんなことを? それほどの力があるなら、なんだってできたはずだ」


 心底、不思議だった。


 いつだって余裕があり、なにひとつ思い悩むようなことはなく、問題をなんでも解決してくれて、目に映る全てを救う力のあるリーダー。

 かつておれ自身憧れたような、ある種の理想。


 やはりどう考えても、悪意以外の理由で彼がすべてを台なしにする理由はなく、その悪意が感じられないのだから、もうどうしたって理解できなかった。


 ……逆に言えば、理解できればこの状況をどうにかできる可能性もあるのかもしれないが。


 少なくとも、会話は成立している。

 ここまで追い詰められてしまった以上、会話の先に希望を見出すしかない。


 血の味のする唾液を呑み込んで、おれは疑問を投げかけた。


「神様にでもなりたかったのか? いいや。だとしても、お前なら……こんなことをしなくても、正攻法でそう苦労もなく、なんにだってなれたんじゃないのか?」


 それだけのポテンシャルが、中嶋小次郎という男にはある。


 転移によって得られた人知を絶する力によって、さしたる苦労もなく英雄として世界を席巻する。

 探索隊を完全に掌握してみせたカリスマ性と、少なくとも統率下にある限りは彼らに問題を起こさせなかった統率力を考えれば、ゆくゆくは聖堂教会から世界の管理権を委ねられる展開だって、冗談ではなくありえたはずだ。


 そうでなくても、こんな強引な手段を取らずに、もっとこっそりと秘密裏にことを進めることだってできただろう。


 本気でそう思った。


 もっとも、だからこそ――


「だって、そんなの『つまらねえ』だろ?」


 ――この答えは、想像の埒外にあったのだ。


「……つまら、ない?」


 答えが返ってきたというのに、理解ができない。


 わからない。わからない。わからない。わからない。


 なんだ、これは。


 もはやおれには、目の前の男が人のカタチをした化け物にしか見えない。

 そして、多分、それは勘違いではなかったのだ。


「なあ。真島はいま、おれにはなんでもできるって言ったよな。うん。否定はしねえよ。おれはさ、やろうと思えばなんでもできるんだよ。物心ついたときからそうだった」


 思えば、その事実を当人の口から聞くのはこれが初めてだった。


 彼をよく知る窪田さんは『世界が違う』と言っていた。

 彼がいたからこそ異世界に転移されて、他はみんな巻き込まれただけでしかないのではいかとさえ語っていた。


 また、初代勇者は彼を『想定外のイレギュラー』と評した。

 五万年分の試行を繰り返したに等しい結果の産物であり、次の五万年で同格の存在が現れる可能性は低いとも言っていた。


 なにも知らなければ、大袈裟な言いようだと思える。

 馬鹿なことをいうなとも思えるかもしれない。


 だが、違うのだ。

 そうではないのだ。


 それはまったくの事実でしかなくて。


 けれど……そう。そうなのだ。

 それを『当人がどのように受けとめているのか』という視線については、これまで欠けていた。


 いま考えてみれば、そこをもう少しよく考えるべきだったのかもしれない。


 なぜなら、『生きている世界が違う』のに『同じ世界にいる』ということは……『生まれた世界を間違えた』ということに他ならないのだから。


「つまらないんだよ。生きている実感がないんだ」


 口にされた言葉は、あまりにも乾いたものだった。


「おれはひとつ疑っていることがあるんだ。世界の真実を知る者にとって『この世界』は不安定で、出来損ないだ。けどさ、おれたちが元いた『あの世界』がそうでなかった保証はどこにある?」

「……」

「おれたちはなぜ、この世界に来た? ひょっとしたら、それは『あの世界』が出来損ないだったからじゃないのか? 滅びに抗う聖堂教会のような組織がなく破綻しつつある『あの世界』から、おれたちは『この世界』に落ちてきた。そういう可能性だってあるんじゃないか。だとすれば……『あの世界』は『この世界』以上の出来損ないだ。だから、『おれみたいなの』が生まれたんじゃないのか?」


 まくしたてる言葉は、まるで悲鳴のようだった。


 確かに、おれたちがこの世界にやってくることになった原因は不明だ。

 解明されることもないように思える。


 だが、これまでには様々な意見を聞いてきた。


 たとえば『誰かこの世界に召喚主がいる』とか『滅びるこの世界が救世主を呼び出したのだ』とか、そういう話だ。


 けれど、『元いた世界のほうに問題があった』という意見を聞くのは、これが初めてだった。


 だからだろうか。

 おれはひとつ、ひどく恐ろしいことを考えてしまった。


 不世出の天才。

 万能の英雄。


 誰もが中嶋小次郎をそのように評した。


 しかし、ひょっとすると、目の前の青年は『それどころではなかった』のではないだろうか。

 それ以上の『なにかおぞましいもの』だったのではないか。


 元いたあの世界が生み出してしまったバグ。


 それこそが、中嶋小次郎という名の怪物だったのだとしたら――


 否定するだけの根拠はない。

 肯定するだけの根拠も。


 本当であるかどうかはわからない。

 確かなのは、目の前の怪物がそのように考えているということだけだった。


「だからおれは、別の世界に行きたかったんだよ」

「……別の、世界?」

「ファンタジーだよ。っていっても、お気楽な転移チートじゃない。だってつまんないだろ、そんなの。現実ではありえないような困難。立ち塞がる怪物たち。努力して、歯を喰いしばって、ようやく勝ち取れるものにこそ価値があるんだ」


 なんでもできるからこそ、困難を克服して得られるものに焦がれたのか。


「ああ、いや。もちろん、そんなこと現実にはありえないってわからないわけじゃないぜ。だけど、おれは望んでた。望んだんだ。望み続けた。そして――ああ。奇跡が起こった。ありえないことが現実になった。おれは、異世界にやってこれたんだ」

「……」


 おれたちにとっては、異世界転移は災害でしかなかった。


 その結果として、リリィたちと出会えたものの、それはそれ。

 異世界転移自体は災い以外の何物でもなかった。


 だが、目の前の男にとってはそうではなかったのだろう。


 思いがけない幸運な出来事。

 あるいは……それ以外の可能性も考えられた。


 おれたちの元いた『あの世界』が、願いが力を持つ『この世界』と同じ法則では動いていないと思い込んでいた。


 だが、確かに、そのような保証はどこにもない。


 とすれば、ひょっとして、目の前の怪物の『別の世界に行きたい』という願いこそが、あの大規模転移を引き起こした可能性すらある。


 ありえない夢を現実にするために。


「そう。おれは異世界に来たんだ。これから冒険が始まるんだと思った」


 その結果、彼はなにを得たのか。


 焦がれ続けた望みの成就か。

 希望を得られたのか。


 ……いいや。どちらでもなかったはずだ。


 なぜなら、ここは『願いの強さが力になる世界』であるからだ。


 そもそもの資質が破格なのだ。

 となれば、願い続けた莫大な望みの丈こそが、この世界で彼を万能にしてしまう。


 誰にとっても絶望的なことに。


「はは。お笑いぐさだよな。むしろ状況は悪化した。おれは『接続者』なんてものになっちまった。そんな力、おれには必要なかったのに。全力を出して、困難を乗り越えられれば、おれはそれでよかったんだ……」

「……」


 理解はできた。

 だが、共感はできなかった。


 できるはずがなかった。

 おれはそれこそ、できないことばかりの凡人だからだ。


 ただ、心の底から願い続けたことが台無しになったという事実だけを切り取って、そこにあった絶望を想像すれば……同情くらいはできたかもしれない。


 とはいえ、そのような感情、目の前の男は必要とはしていなかった。


 どんな絶望であれ、覆してしまうからこその英雄だとすれば、彼はその称号に相応しい。

 良くも、悪くも。


「だからおれは、逆に考えることにしたんだよ。自分はもうどうしようもない。希望はない。でも、ないのなら『作れば』いい。簡単なことだったんだ」

「……え?」


 血の気がひいた。

 ひどく不吉な予感がした。


 聞きたくない。

 だが、そんなことは許されなかった。


「みんなはおれを特別だって言うけど、おれはみんなを信じてるぜ。おれは特別なんかじゃなくて、みんなきっと、いつかここまで辿り着いてくれる。たとえ、いまは見込みがなくても見捨てたりなんてしない。誰だってできる。応援してる。目的を見据えて、真剣に考えて、物事を決断して、果断に動く。そうしていれば、誰でもいつかは辿り着ける。みんなにだったらできる。そう信じてるから」


 良いことを言っている。

 そのはずだ。


 それなのに、なにか酷い話を聞かされている気がしてならない。


「もちろん、ただ漫然と暮らしているだけじゃ駄目だ。なんでもそうだが、高みに辿り着くためには、それ相応のステップが要る。そのための方法は知ってる。ああ。よく知ってるさ。それこそが『おれが焦がれたもの』なんだからな。わかるだろう?」


 男が笑う。


「そう。困難だ。立ち塞がる困難こそが人を高みに引き上げる。険しければ険しいだけ、恐ろしければ恐ろしいだけ、無残であれば無残であるだけ、困難を乗り越えたやつは上にいける。だから、そうした」


 浮かべた笑みには、他者への期待と好意しかなく、それゆえに禍々しく――



「能力を発揮できなかった可哀想な七百人の生徒たち。全員を地獄に叩き落せば、きっと這い上がって輝ける者がいるはずだろう?」



 ――すべての元凶が、そこにいた。


「実際、真島は数々の困難を乗り越えた。言っただろ、おれはお前のファンだって。ずっと注目していたんだ。ずっとな」

「お、前……」


 意識が白く染まる。

 どくどくと心臓が血液を送り出して、頭がぐらぐらと煮立つような心地がした。


 怒涛のように思い出される悲劇の記憶が、人が人以下の存在に堕ちる地獄の光景が押し寄せて、爆発した。


「お前が! コロニー崩壊の元凶……!」


 いまわかった。ようやくわかった。


 中嶋小次郎は、常におれたちに好意的でいた。

 他人を信じていているように見えた。


 それは、真実、嘘ではなかったのだ。


 ただ、想像さえ及ばないような価値観の違いがそこにあったことを、思い知らされずにはいられなかった。


 そして、もうひとつ理解せざるをえないことがあった。


 それは、この男を会話で説得するのは不可能だということだった。


 こちらに好意を抱いているから見逃してくれる――なんてことはありえない。


 むしろ好意を抱いているからこそ、この男は全力で敵対するだろう。


 そして、潰れたあとで嘆くのだ。


 叩き潰すのに全力を出したかっただけで、潰れてほしいわけではなかったのだ、と。


「理解してもらえて嬉しいぜ」

「……ぐ」


 ようやくおれは、状況を把握できていた。

 しかし、絶望的であることもまたわかってしまった。


 諦めるわけにはいかないが、どうすればいいのか。


 そう考えたところで、声があがった。


「ここまで……かな」


 ずるり、と音を立てながら立ち上がる者がいたのだった。


「ありが、と。ご主人様……お陰で、時間稼ぎ、できたね」

「くだらねえ話……聞いた甲斐は、あったな」


 リリィが言ったのと同時に、ロビビアも身を起こした。


 おれが話をしている間に、どうにか動けるようになったらしい。


 とはいえ、礼を言うリリィの姿は、すでに少女のものを保てていなかった。


 半ばスライム状の体は、擬態すらできなくなっていることの現れだ。

 戦闘などまともにはできまい。


 後衛でおれを守っていたロビビアのほうはマシだが、それも五十歩百歩でしかない。

 だくだくと頭から血が流れており、視線は定まらずに朦朧としていた。


 他はおれも含めて、身動き取れないか気絶しているかのどちらかだ。


 それでも、彼女たちは可能性を諦めない。


「わたしが、足留め……あとは、ロビビア……」

「……ああ」


 槍を引きずるようにして動き出したリリィが、決死の覚悟で駆け出した。


 ふらふらと頭を揺らしながらも、ロビビアは倒れている仲間を引っ掴んで逃げるべく腰を落とした。


「まだ……」


 おれはどうにか全員で逃げられないか、目眩ましの霧の魔法を使うために、なけなしの魔力を集めようとした。


 最後まで諦めない。

 諦められるはずがない。


 だけど……ああ、これは駄目だ。


 必死の抵抗をしようとするおれたちを、中嶋小次郎はひどく嬉しげな顔で見ていた。

 負けるな、挫けるな、と言わんばかりに。


 応援すると同時に、その片手は必殺の光剣を放っている。


 一片の呵責もなく、手加減もなく、さあ生き残ってみせろと笑っている。


 その光がリリィを滅多打ちに引き裂き、そのまま自分たちを蹂躙する。


 想いは踏み躙られる。

 決意は無為に、願いは届かない。


 それが、現実というものだ。

 これこそが、残酷なこの世界なのだった。


 ……であればこそ。


 そんな世界を滅ぼすと誓った魔王が、黙って見ているはずがなかったのだ。



「させませんよ」



 静かなつぶやきを聞いた。


 このときのことを、おれは二度と忘れられないようになる。

◆本日の更新はここまでになります。

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