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19. ゲルトの遺産

(注意)3日前(3/20)に投稿しています。

















前話のあらすじ


悪竜と化した神宮司をついにとめた主人公一行。

しかし、理性を失った彼の暴走が異界の防衛機構の引き金を引いてしまい――。

   19



 大神官ゲルト=キューゲラーの屋敷は、大聖堂からほど近い場所にあった。


 歴史を感じさせる古い屋敷の前で馬車から降りて、加藤真菜はあたりを見回した。


 近隣に人の気配はない。


 ハリスンが来るからと先触れが出され、事前に人払いがされているのだった。


 これは、ゲルトが生前、家族に指示していたことらしい。

 世界の真実に関わる知識を、不用意に広めないための措置だろう。


 ガーベラが同行している自分たちにしてみれば、好都合ではあった。


「それじゃ、真菜ちゃん。わたしはここで待ってるね」

「はい。お願いします」


 ここまでも御手洗葵はついてきて、外で待つかたちになった。


 さすがに申し訳ない気持ちにもなるのだが、本人はむしろ使命感に燃えているようだった。


「護衛、頑張ろうね!」


 拳を手に打ち付けて元気爛々。警護に付いてきた騎士に声をかけている。

 やはり楽しそうだったので、水を差すような真似をするのは避けることにした。


 残りのみんなで、ゲルトの邸宅に足を踏み入れる。


 ちなみに、ハリスンが乗った車椅子は、ゴードンが押していた。


 団長不在のなか忙しく騎士団に指示を出していたのだが、ハリスンがゲルトの屋敷を訪ねると聞いて飛んできたのだった。


 何度となく来たことがあるというハリスンの案内で、一行はゲルトの私室まで移動した。


 ただし、ここはまだ目的の場所ではなかった。


「これはゲルト様から預かっていた魔法道具だ」


 そう言って、ハリスンは鍵を取り出した。


「ゲルト様が不意の事故や病気で亡くなった際には、その知識が失われないようにわたしがあとを任されていた。これがその鍵だ。わたしが奪われたりしたときのための保険として、ゲルト様がご存命の間は使えないようになっていたのだが……」


 ハリスンは一度、故人を悼むように瞑目すると、手にした鍵に魔力を流した。


「ほう」


 ガーベラが小さく感嘆の声をあげた。


 部屋の床に、忽然と地下に伸びる階段が現れたのだ。


「なるほど、なるほど。大したものだ。これは、幻影で階段を隠していたわけではないな」

「わかるのか。これは空間を生み出す魔法道具だ」


 ハリスンが答えると、ガーベラは目を細めた。


「異界とは違うのかの?」

「原理としては同じだろう。ただ『世界の礎石』とは関係ない。歴代勇者のひとりが作り出した勇者の遺産だ。非常に限定的な力しか持たないが、極秘の資料を隠すのには十分だ」


 その言葉の通り、広大な異界と違って階段は短く、その先にあった部屋も小さかった。


 ランプを点けると、壁面には多くの本が並んでいるのが見えた。


「これがすべて、資料なのですか?」


 見回して、ローズが言った。


「だとすると、調べ物にはずいぶんと時間がかかりそうに思えますが」

「全部に目を通していれば、そうだな。だが、恐らくその必要はあるまい」


 ハリスンはそう言うと、ゴードンに指示して、本棚を物色し始めた。


「この部屋に集められた世界の真実の記録に関して、ゲルト様は編纂をしているとおっしゃっていた。引き継ぎのことも考えて、もっとも必要となる資料はまとめられているはずだ」


 さほど時間をかけることなく、一冊の本を抜き出した。


「これだな」


 ハリスンは、パラパラと本に目を通した。

 ひとつ頷いてみせる。


「ゲルト様の字だ。まだ途中ではあるが、八割方は書かれているようだな」


 ひょっとしたら、ゲルトは完成した暁には、これをハリスンに読ませるつもりだったのかもしれない。


「残りはわたしが編纂するしかなさそうだが……いまは、まず内容を確認すべきだな」


 膝のうえに置いた本に、ハリスンは目を通し始めた。


 本はそれなりに分厚い

 知っている内容は読み飛ばすにしろ、少し時間はかかるだろう。


 そう考えて、なにげなく加藤真菜は周囲を見回した。

 そして、ふと首を傾げた。


「ローズさん?」


 彼女が不意に、いま来たばかりの部屋の扉を振り返ったからだ。


「どうかしましたか」

「いま、なにか……」


 言いながら胸元を押さえる。

 その姿を見て、ぴんときた。


 まだのっぺらぼうだった時代から仲が良かっただけに、パスを得てからはお互いの考えていることが手に取るようにわかるのだ。


「なにか感じましたか? ひょっとして、先輩になにか?」


 パスが繋がって日が浅い自分や、大雑把なガーベラは、あまりパスの繋がりから相手の状態を汲み取るのはうまくない。


 ローズはその点では、仲間うちでパスとの親和性が高いほうだ。


 とはいえ、今回は非常に距離があるうえに、相手がいるのは異界だ。

 パスでなにかを感じ取るのは、現実的ではない。


「……いえ。気のせいでしょう」

「そうですか」


 ローズも結局、そう言ったのだが、少々気になってしまった。


 というのも、彼女は主を守護するという性質が非常に強いだけに、その危機に敏感であってもおかしくないように思えたからだ。


「……」


 遠距離通信の魔法道具を使えば、安否を確認することは不可能ではない。


 とはいえ、タイミングによっては作戦遂行の邪魔になりかねないため、こちらからの連絡は非常時のみにすることになっていた。


 どうしたものか。


 思案する彼女だったが、実行することはなかった。


「なんだと……」


 低い呻き声が響いたからだ。


 すぐに視線を戻した。


 膝の上に置いた本に目を落として、凍り付くハリスンの姿があった。


「信じがたい。だが、確かに、ありえることではあるのか?」


 ぼそぼそとひとりごちる。


 目が何度も同じページを辿っていた。

 震える唇が、言葉を紡ぎ出した。


「『前例』はある。『彼』が唯一絶対である保証など、確かにどこにもない。言われてみれば、頷ける。疑問に説明も付いてしまう。だが、だとすれば、それはあまりにも……」

「おい。どうしたのだ、ハリスン。話をせよ」


 要領を得ないつぶやきを聞いて、やや苛立たしげにガーベラが声をかけた。


 それで、ようやくハリスンは我に返ったようだった。


 顔をあげる。

 表情はひどく強張っていた。


 乾いた唇から言葉がこぼれ落ちた。


「『接続者』」

「……なんだと?」

「そう呼ばれる存在について、ここには書かれていた」


 告げる口調は掠れて、どこか不吉なものを感じさせた。


 接続者。

 そう呼ばれる存在に、ハリスンほどの人物を戦慄させるなにがあるというのか。


 その場の全員に視線を向けられながら、ハリスンは続けた。


「元は仮説として提唱されていたものらしい。初代勇者様は、世界の真実に辿り着き、そこに介入をした。現在の世界の在り方を定めたお方であり、ある意味で言えば、いまの世界をお創りになったとも言える。ゆえに最大級の信仰の対象ともなっている。だが、この仮説を唱えた者は、不敬を承知であえて彼を単なるひとりの能力者として見做した」


 この世界の住人にしてみれば、初代勇者はあまりにも特別過ぎる存在だ。


 神聖視して当然であり、世界の真実を知る者であったとしても、今日まで世界を支え続けたその偉業にどうしても特別視してしまうのが普通のことだ。


 だが、そうした認識は、ときにものの見方を損ってしまう。


 希代の能力と偉業を為しはしたものの、彼はあくまでも能力者のひとりだ。


 この説を提唱した者は、非常に冷静な視線で世界を眺めていたに違いない。

 だから、その危険に気付くこともできたのだった。


「初代勇者様は世界の真実に辿り着いたのみならず、そこに介入する力を持っていた。というより、そのような力があればこそ、真実に辿り着けたのだろう。そのような性質を持つ能力者を『接続者』と呼ぶ」


 ハリスンは膝の上に置いた本の紙面に指を滑らせた。


「そして、あくまで初代勇者様を転移者のひとりだと捉えるのであれば、それはなにも彼だけの特権とは限らない」

「それはつまり……他にも、同じ力を持つ者が?」


 加藤真菜は信じられない気持ちで、示唆された事柄を口にした。


 ただ、考えてみれば、ありえないことではなかった。


 ウォーリアを除けば、転移者の能力に同じものはない。


 ただ、よく似た能力というのはありうる。

 たとえば、甲殻竜マルヴィナの伴侶であった勇者と、『竜人』神宮司智也は、厳密には異なる能力であるとはいえ、『ドラゴンにその身を変化させる』という意味では同じ性質の力を持っていた。


 同じように、世界に接続する力を持つ能力者が、なんらかのかたちで存在してもおかしくはないのだ。


 だとすれば……。


「……まさか」


 加藤真菜は息を呑んで言った。


「『接続者』の性質を持つ能力者が、今回の転移者のなかにいたとでもいうんですか?」


 ハリスンの話は、その可能性を示唆するものだった。


 突飛な話とも思えたかもしれない。

 だが、彼女はそもそも、ここに来た理由を忘れてはいなかった。


「だからこそ神宮司智也に情報を与えた人間は、世界の真実について知っていた? 『世界の礎石』の場所を知っていたのも、そのせい……?」


 もともと、どうして神宮司智也が世界の真実に関わる情報を得られたのか、その情報源についての手掛かりを求めて、彼女たちはここにきたのだった。


 その点、『接続者』は、ハリスンとゲルトのような真実を秘匿していた人間から情報を得る必要がない。


 どのような隠蔽の手段も意味を持たない。

 初代勇者と同様に、自力で辿り着けてしまうのだから。


 そう考えれば、今回の事件での最大の疑問は解決される。


 されるのだが……。


 そうして見えてくるのは、最悪の展開だった。


 大半の勇者を越える力を持つハリスンでさえ扱いの困難な『世界の礎石』だが、初代勇者と同じ『接続者』であれば使える可能性が高い。


 問題は、今回の事件において神宮司智也を異界に向かわせたのが、その『接続者』であることだ。


 それが単なる愉快犯ではなかったとしたら、非常にまずいことになる。


「……先輩に、連絡を取りましょう」


 神宮司智也と『接続者』には繋がりがある。


 だったら『異界の扉』を強奪した場所に『接続者』が向かっているかもしれない。

 あるいは、すでに異界に侵入している可能性すらある。


 いいや。最悪、神宮司の仲間のひとりがそうなのかもしれない。


 だとすれば、早急に伝えなければならない。


 そう考えて、迷いなく遠距離通信の魔法道具を取り出して――


   ***


 ――『最悪の展開』として、加藤真菜が頭に浮かべた懸念は、妥当なものと言えた。


 たとえば『魔軍の王』工藤陸は、真島孝弘の行動に合わせて、異界への侵入に成功している。


 また、神宮司智也の仲間には『絶対切断』日比谷浩二が紛れ込んでいた。


 彼らと同じように『接続者』が異界に侵入している可能性は十分にあったのだ。


 もっとも、結論から言ってしまえば、現実にはそうではなかった。


 そうではなかったのだ。


 ……そうであったらよかったのに。



 なぜなら、それは決して『最悪の展開』などではなかったのだから。



 本当の最悪はここにある。


 三つの異界をくぐり抜けて、辿り着いた目的の場所。

 神宮司智也が変じた悪竜を追い詰めたと思った、その直後だった。


「……え?」


 驚きの声をあげたのは、果たして、誰だったか。


 ほんの数秒前の出来事だった。

 想定不可能な悪竜の攻撃は、偶然にも古城を浮かばせるクリスタルを撃ち抜いて、防衛機構を発動させてしまった。


 あまりにも運が悪い。

 そのように、真島孝弘一行の誰もが思ったはずだ。


 ただ、ここでひとつ勘違いがある。


 本来的に、偶然の出来事には良いも悪いもありはしない。

 偶然は偶然でしかない。

 そこに、人が勝手に良し悪しを見出しているだけだ。


 だから――あとから良し悪しが引っ繰り返ることだってありうるだろう。


 実のところ、真島孝弘一行にしてみれば、これは『幸運な出来事』と言うべきだった。


 たとえ、それが『最悪』の扉を開くものだとしても。


「……とまった?」


 防衛機構は働かなかった。


 とはいえ、最初から動かなかったわけではなかった。

 この場にいる全員を殺害すべく動き出した直後に、唐突に停止したのだった。


「……どうして」


 呆然とした真島孝弘のつぶやきが、すり鉢状の空間に吸い込まれた。


 この場で唯一、異界の機構に干渉できる彼は、なにが起こったのか把握できていた。


 異界の防衛機構に干渉があったのだった。

 それが、恐るべき無差別攻撃の発動を未然に防いでいた。


 ただし、それは異界に干渉できる唯一の存在であるはずの彼自身の手によるものではなかった。


 そもそも、あのわずかな時間では、彼の干渉力ではまるで間に合わなかった。


 だから、あの瞬間に働いたのは、その何十倍も、何百倍も強力な干渉力だった。

 自分が掌の上の小人になったかのように感じられるほどの。


 隔絶した存在に対する恐れと、どうしようもない驚愕に精神を麻痺させられながら、震える唇でその名を呼んだ。


「……中嶋さん?」


 異界への干渉力によって防衛機構を沈黙させた青年は、何事もなかったかのようにその場にたたずんでいた。


   ***


 真島孝弘一行の全員が、ピンで縫いとめられたかのように、遠くに立つ青年の姿を見詰めていた。


 思考の歯車がうまく噛み合わない。


 それも仕方のないことだった。

 なぜなら、もしもいま考えていることが事実であるのなら――この場にいる仲間たちは全員死ぬ。


 真島孝弘も、リリィも、シランも、ロビビアも、あやめも、ベルタも。

 誰ひとりとして生き残れない。


 そう確信できてしまうくらいに、力の差があり過ぎる。


 返答次第で、すべてが終わる。

 あるいは、下手に動いただけでも。


 だから、全員が身動き取れずに息を詰めている。


≪……先輩? 先輩? どうしたんですか、先輩!?≫


 そうする間にも、遠距離通信用の魔法道具から、加藤真菜の声が届いていた。


 独自に動いていた彼女は、とある可能性を伝えてくれていた。


 この事件の裏で暗躍していた『接続者』――世界に干渉する能力者の存在を。


 しかし、応える余裕はない。


 どころか、突然、ブツリと通信が切れた。


 とめられたのだ。


 真島孝弘も以前に、異界で鐘木幹彦の『エアリアル・ナイツ』に干渉したことがあるが、こちらはより自然だった。


 当たり前のことのようにそれを為してみせた青年が、くしゃりと前髪を掴むようにした。


「……なんてことだ」


 しわぶきひとつない沈黙のなか、そのつぶやきは奇妙なくらいクリアに耳に届いた。


「最悪だ」


 なぜだか、背筋が粟立った。

 本気の嘆きがそこにはあった。


「こんなつまらない幕引きがあるかよ」


 なにを嘆いているのかわからない。


 それどころか、なにひとつ意図が掴めない。


 どうして神宮司を唆したのか。

 それでいて、どうしてその邪魔をしたのか。


 あの好意的な態度は、嘘だったのか。


 なにもかもがわからない。


 だが、そこはこの際、問題ではない。


 中嶋小次郎は、否定しなかった。

 それこそが重要だった。


「お前が、黒幕……!」


 この瞬間、なにもかもが反転する。


 英雄は災厄に。

 希望は絶望に。


 生は死に。


 全員が対応しようとした。


 だが、無駄だった。


「ああ。つまらねえ」


 光の剣が振りかぶられる。


「終わりだ。なにもかも」


 存在が反転したところで変わらない。

 それこそは、この世界で最強の輝ける一撃。


「――」


 そうして、なにもかもが光に塗り潰された。


◆次の更新は二時間後です。

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