18. 不運
(注意)本日2回目の投稿です。(3/20)
18
短くも激しい戦いのあと、その場にはおれたちだけが残されていた。
「ご主人様!」
リリィが叫んで、こちらに視線を向けてきた。
その目が、どうするのかと問い掛けている。
「……っ! 追い掛けるぞ!」
決断は早かった。
ここで他の探索隊メンバーや、河津たちが戻ってくるのを待っていれば安全ではある。
だが、その間に悪竜は『世界の礎石』に辿り着いてしまうかもしれない。
中嶋さんは確かに強い力を持っているが、残念ながら『世界の礎石』を所持してもいなければ、おれのように『羅針盤』となるものを備えているわけでもない。
万が一、悪竜を見失えばそこで終わりだ。
自由になった悪竜は、ゆうゆうと『世界の礎石』を破壊してしまうだろう。
人任せにできる状況ではなかった。
「わかった!」
指示を聞いたみんなの反応は早かった。
リリィは大きく跳躍すると、その手を触手に変えて、高い天井の穴まで届かせた。
「シランさん!」
「了解です!」
応じて同じく跳躍したシランが、その触手をロープ代わりに上まで上がっていく。
そうする間に、おれを乗せたベルタは壁に向かって跳ぶと、壁を蹴ってさらに高く飛び上がり、腰から伸びた触手を天井にあいた穴のふちに絡めていた。
ベルタが天井の穴から這い上がるのと、リリィがシランに持ち上げられるのが同時だった。
上の階の廊下に出る。
「どこに行った……?」
おれの腕のなかで、廊下を見回してロビビアが殺気立った声をあげた。
神宮司は里を滅ぼした仇敵であり、岡崎を相手にしていたときと違って我慢をする理由もない。
感情が昂っているようだ。
とはいえ、飛び出していったりはせず、おれの護衛をしてくれているあたり、十分に抑制は効いているのだろう。
おれはその頭を撫でてから、口を開いた。
「あっちのほうだな」
異界と繋がった感覚を頼りに、中嶋さんと神宮司の位置を把握した。
ただ、そうでなくても、どちらに向かったのかは点々と残った破壊の跡を見ればすぐにわかることだった。
どうやら激しい戦いを行いながら移動しているようだ。
破壊の跡を辿っていくだけでも、追跡は容易だろう。
「行くか」
同じことを考えたのか、ベルタが走り出そうとした。
「ちょっと待ってくれ」
だが、おれは彼女をとめた。
「なんだ」
「先回りができるかもしれない」
悪竜と化した神宮司は目的地へと向かっている。
だが、それと最短ルートを使えることは同じではない。
最後の扉は、この階にある。
先程から少し時間もあったし、少しずつ『霧の仮宿』での異界の侵食も進んでいる。
最奥への最短ルートを進むことは不可能ではなかった。
問題があるとすれば、これまで戦闘を任せていた探索隊がいないことだが、そこはリスクと割り切るしかない。
「おれが指示する道を進んでくれ」
「わかった。行くぞ」
ベルタが応じて走り出そうとした、そのときだった。
「待ってくれ!」
おれたちは呼びとめられた。
階下からひとり上がってくる人物がいたのだった。
こちらに駆け寄ってくる彼に、おれは声をかけた。
「窪田さん。早かったですね」
「下は他のに任せてきた」
現れた窪田さんは、にっと笑ってみせた。
「いいんですか」
「おれは、お前らの護衛だ。リーダーにそうしろって言われたからな。ちゃんとやらねえと」
言い切る言葉に迷いはない。
探索隊のメンバーに対する中嶋さんの影響力の絶大さが感じられる返答だった。
先程の英雄としか言いようのない立ち振る舞いを思い出せば、それも無理のないことかと思えた。
いま探索隊に残っているメンバーは、およそ彼に心酔している者たちばかりなのだろう。
そういう意味では、絶大な信頼を寄せていたとはいえ、飯野や島津さんは割と冷静なほうだったのかもしれない。
笑みはすぐに引っ込んで、窪田さんは真剣な顔で問い掛けてきた。
「リーダーのやつはどうした」
「神宮司を追い掛けていきました。おれたちは別ルートで先回りしようと思っています」
「……そうか」
窪田さんは一瞬考える様子を見せた。
「だったら、おれはお前らのほうに行ったほうがよさそうだな」
「同行してもらえるのならありがたいです」
中嶋さんのほうに行くかなと思ったので、少し意外だった。
とはいえ、戦力として一級品の二つ名持ちの助勢はありがたい。
「よっし、決まりだな」
「そうと決まれば、急ぎましょう」
窪田さんを加えて、おれたちは第三の異界を移動し始めた。
***
屋外だった第一、第二の異界と違い、古城の内部といった様相の第三の異界だが、変わらず『守護の巨人』は存在していた。
相手をしている暇はないので、遭遇すれば蹴散らして進むように指示を出した。
さいわい、どうやらこの第三の異界は『守護の巨人』の数が少ないらしい。
周辺情報を得ることで、なるべく遭遇することの少ないルートを選んでいるとはいえ、ここまで頻度が低いのはこれまでなかった。
窪田さんが前衛を引き受けてくれたこともあって、たまの戦闘も無理なくこなせた。
彼の能力は『多重存在』。
自身の存在を増やす固有能力の最大数は五人。
ウォーリア相当の戦闘能力を持つ存在がそれだけ増えるのは大きい。
対処しきれなかったぶんについては、リリィとシランで十分に対処ができた。
おれはおれで、『霧の仮宿』の力で第三の異界を把握することに集中した。
結果、判明した第三の異界は、天空城とでも呼ぶべき代物のようだった。
周囲になにもない……ひょっとしたら地表すらない空に、ぽつんと巨大な城が浮かんでいる。
外観としてはひらべったい円盤のようだが、規模が大き過ぎるので縦にも十分に大きい。
恐らく、面積だけでもこの世界最大の都市である帝都と同程度はあるだろう。
それだけの面積がありながら、城自体は全部で三十階層にも及んでいる。
おれたちがいるのは十六階層。
全体で言えば、真ん中の階に当たり、さらにその中央部に目指すべきものがある。
どうやら神宮司は、中嶋さんと激しい戦闘を繰り広げながらも、着実に中央部へ向かっているようだが……。
「どうした、孝弘」
おれと一緒にベルタの背中にしがみついているロビビアが声をあげた。
「……いや。中嶋さんは大丈夫かと思ってな」
「ん。あの神宮司ってやつ、半端じゃなかった」
声色に暗いものを滲ませつつも、冷静にロビビアは敵を評した。
おれも同じ意見だった。
だからこそ、言っておかなければいかないことがあった。
「すいません、窪田さん。中嶋さんをひとりで行かせてしまって」
「ん?」
能力により増えたうち一体だけ、おれの近くに残っている窪田さんに声をかけると、彼は目を丸めた。
「ああ、気にしてたのか? はは。大丈夫だって」
「ですが、神宮司はなりふりかまっていませんでした。中嶋さんが相手だとわかって、全力以上を絞り出すことを決めたんだと思います」
不安がらせたいわけではないが、状況共有はしておくべきだ。
そう思ったのだが、窪田さんの反応は暢気なものだった。
「だとしても、あのリーダーが負けるわけねえよ」
「ですが、窪田さんは、あの悪竜を見ていないでしょう?」
「ああ。だが、それがどうした?」
返ってきたのは、不敵な笑みだった。
「言いきれるぜ。リーダーは負けねえよ」
「……いえ、ですから」
「負けねえよ。ありえねえ。お前こそ、中嶋小次郎って男を知らねえ」
思いのほか、強い言葉で言いきられてしまった。
おれが口を噤むと、窪田さんは苦笑いをした。
「まあ、お前の気持ちもわかるけどな。だけど、あいつのことは心配するだけ無駄だぜ」
確信を抱いている口調だった。
もちろん、これまでも彼が中嶋さんに大きな信頼を抱いていることは知っていた。
この異界に突入したあとで話をする機会もあったからだ。
――やっぱりリーダーは別格だ。あいつはなんつーか、違うんだよな。
――住んでいる世界が違う。
――なにがあろうと、おれはあいつについていく。そう決めてるんだ。
そんなふうに語っていた。
とはいえ、これまでとは状況が違う。
中嶋さんは、この危険な異界にひとりでいて、同じ二つ名持ちである神宮司と戦っているのだから。
それなのに、窪田さんは欠片も心配をしていない。
彼のことをどうでもいいと思っているわけではなくて、心配をする必要がないと確信しているのだった。
カリスマがあるとは思っていたが、ここまでとは、さすがに予想外だった。
「元の世界にいた頃からすごかった……と言っていましたか」
「ああ」
誇らしげに、窪田さんは答えた。
「すごかったぜ。できないことはないくらいのもんでな。あいつがいたからこそ、他のやつらがこの世界への転移に巻き込まれたんじゃないか……なんて言ってるやつらもいたくらいだ。もちろん、冗談半分だけどな」
「巻き込まれた?」
「ああ。そっか。真島はそういう話、あまり触れたことねえのか。にしても、本でも映画でも漫画でもアニメでも、一度くらいは見たことあるだろ。伝説の勇者が異世界に現れて、世界を救うみたいな話。そういう話だと、往々にして主人公は特殊な資格みたいなもんを持ってるもんでさ。ありがちだろ」
「はあ……」
言われてみれば、見たことがあったかもしれない。
ありがちといえば、ありがちか。
幹彦だったら、もっと最近の流行にも詳しいので、違う意見も持っているかもしれないが。
コロニー時代、チートがどうこうという話をしたときにその手のことについても聞いた気がするが、あまりきちんとは覚えていなかった。
もっとも、おれたちの目の前にあるのは現実だ。
窪田さんだって、そのくらいのことはわかっているだろう。
それでも、そんな与太話を冗談でも思い付いてしまう人がいるくらいには、中嶋さんは特別だということなのだ。
これまでおれが目の当たりにしてきた光景を思い出せば、頷けるところはあった。
「信頼してるんですね。やっぱり、学校にいた頃から?」
尋ねてみると、窪田さんは首を横に振った。
「さすがに、いまほどではないな。距離を感じてもいたし……あいつはああいう性格だから、こっちが勝手に感じてただけなんだろうけど。転移した後は、おれも探索隊の幹部だからな。いつの間にか、距離なんて感じなくなったけどよ」
窪田さんは割と遠慮のないタイプのように見えるので、これは少し意外な意見だ。
いいや。むしろそんな彼でさえ距離を感じるくらいに、中嶋さんが隔絶していたということだろうか。
探索隊のリーダー。
超越者のなかの、超越者。
世界の存亡という最悪の状況がかかっている以上、そんな彼が仲間にいることこそが最大の幸運なのかもしれない。
もっとも、頼りきりにするわけにもいかないが。
なにがあってもいいように備えることには、意味があるはずだった。
だからこそ、こうしておれは動いている。
「……正念場だな」
作戦の完了は近い。
おれたちは目的地に辿り着いた。
***
目的地にあったのは、広いすり鉢状の空間だった。
空間には、人間ほどもある四つのクリスタル状の石が浮かんでおり、すり鉢の中央を中心としてゆっくりと回転していた。
「なんだあれ、魔力の気配があるけど」
「あの石が『浮遊城』を浮かばせているみたいですね」
窪田さんの疑問に、おれは展開している『霧の仮宿』から得た知識で答えた。
「危なくないのか」
「防衛システムは機能しているみたいですが、なにもしなければ大丈夫です」
「オッケー。じゃあ、先を急ぐとするか」
四方にある出入り口から、中央部に向かって伸びる長い階段を、おれたちは下り始めた。
すり鉢状の空間の中心部には、小さな石造りの神殿があった。
神殿の入り口に辿り着く。
足をとめたリリィが口を開いた。
「これが目的の場所なんだよね」
「ああ。そうだ」
世界を維持・管理する力を持つ『世界の礎石』の保管場所だ。
今回は強引に『霧の仮宿』で侵入したために異界を越えてくる必要があったが、きちんと正規の手段を使えば、この神殿のなかに転移するらしい。
「……中嶋さんと神宮司はまだ来てないか」
おれは小さくつぶやいた。
「ぎりぎりだったな」
次の瞬間、おれたちが入ってきたのとは別の出入り口から、悪竜が飛び込んできた。
途端、膨大な魔力の気配が、広い空間に吹き荒れる。
しかし、その直後、背後に光が輝いた。
「逃がすか!」
「ガァ、アア……ッ!?」
後方から振り下ろされた光の刃が、悪竜の背中を叩き伏せた。
探索隊のリーダーである青年も、この場に一緒にやってきたのだった。
刃を伸長して振り下ろした光剣には、いったい、どれだけの威力があったものか。
凶悪な力を持つはずの悪竜の巨体が、すり鉢状の床に叩き付けられる。
地響きとともに、悲鳴があがった。
「……すごい」
おれは思わず声をあげた。
現れた悪竜は満身創痍だった。
体の各所で、頑丈極まるはずの竜鱗が焼けて剥がれている。
右腕は肩から落とされて、尻尾は先がなくなっていた。
先程の一撃で翼も片方が半分の大きさになってしまっており、あれではもはや飛行は不可能だろう。
顔面にも痛恨の一撃を喰らったのか、右の半面が損壊していた。
対する中嶋さんは、大した怪我をしていない。
装備が少しほつれているくらいで、悪竜の吐息も牙も爪もまともに喰らいはしなかったらしい。
この空間に飛び込んできて、豪快な一太刀を浴びせて着地する姿は、まさに威風堂々。
悪竜のすごさは目の前で見て知っていただけに、これだけ一方的な結果となっていたのは驚きだった。
窪田さんが正しかったということなのだろう。
ただし、悪竜はまだ諦めてはいなかった。
「グァアアッ!」
満身創痍の状態を無視して、即座に地面を蹴ったのだ。
この空間の中央にある神殿に――おれたちのほうへ突っ込んでくる。
だが、そうした事態は予測していた。
指示を出す。
「撃て!」
「やぁあああああ――ッ!
リリィが振りかぶった槍を投擲した。
同時に、リリィとシランが魔法陣を展開する。
投擲された黒槍にかけられたのは、風の魔法。
リリィは投擲の威力を高めることだけに専念し、シランは暴れる軌道を制御する。
キィンと甲高い音がした。
次の瞬間、悪竜の首が半分もげた。
槍の穂先にこめた一点集中。かつ、単体で転移者ともやりあえるふたりの力の合わせ技が、一本の槍を恐るべき威力の弾丸と化したのだった。
それだけではなかった。
「よし、おれも行くぜ」
そう言ったのは、窪田さんだった。
三人に増えた彼は、同時に備えていた魔力を展開した。
第四階梯の極大魔法。
おれが事前に悪竜の到着を予測していたため、十分に準備をした三重の火炎魔法が竜の体を戦闘不能にまで燃やし尽くす。
これにはさしもの悪竜も勢いを失って、地響きをあげて撃墜された。
「よし、勝った」
堕ちた悪竜の姿を確認して、窪田さんが、ぐっと拳を握った。
おれもほっと胸を撫で下ろした。
あれではもうまともに動けない。
また、無理矢理動いて襲い掛かってきたところで十分に返り討ちにできるだろう。
追跡作戦は無事に完了したのだった。
あとは、この悪竜をどうするかだが、一応、生け捕りにはできたことだし、判断は中嶋さんに任せればいいだろう。
そう考えた、そのときだった。
「ガァア、アア……」
血の滲むような枯れた鳴き声が耳に届いた。
再起不能の傷を負いながら、悪竜は諦めていなかったのだ。
というより、そのような機能がもはや備わっていないと言うべきかもしれない。
破れかぶれの咆哮をあげると、無理な動きで崩れゆく体を押して口を開いた。
その喉奥に溜まる魔力は枯れている。
半死半生の様だった。
翻って、こちらには油断はなかった。
魔力の奔流を吐き出されたところで避けられるし、リリィとシランなら防ぐことだってできるだろう。
一秒後には、中嶋さんが光剣で叩きのめす。
それで終わりのはずだった。
だから、計算違いはひとつだけ。
あまりにも傷付き過ぎた悪竜は、すでになにもわからなくなっていた。
正気であれば、絶対にそんな愚かなことはしなかっただろう。
「な……っ!?」
魔力の奔流は、天井を向いて吐き出されたのだった。
まさかそんなことをするとは思わない。
実際、まったく出鱈目な方向に破壊を撒き散らす攻撃に、なんの意味もあるはずがなかった。
本来であれば。
しかし、その攻撃は偶然にも空間を漂うクリスタルを撃ち抜いた。
作戦完了間際の、最悪の偶然。
触りさえしなければ、この城を浮遊させているクリスタルは危険なものではない。
逆に言えば、それほど重要なモノに攻撃など仕掛けてしまえば、どうなるか。
「しまっ……!?」
備え付けられていた防衛機構が作動する予兆に総毛立つ。
これまでの罠があくまでも『資格なき者を排除する』目的だったのに対して、これは『異界に害為す者を抹殺する』ためのものだ。
殺傷力は比べものにならない。
ここまでおれは罠をすべて事前に解除していたが、さすがに発動しないはずだった機構にまでは干渉していない。
おれの干渉力では、この咄嗟の時間で解除するのは不可能だ。
「ご主人様!」
「孝弘殿!」
「孝弘!」
せめておれだけでも守ろうと考えたらしい仲間たちが、思い思いの防衛手段を講じながら必死で叫ぶ。
そうして、なにもかもが反転した。
◆今回の更新はここまでになります。
しばらく余裕がなくて更新できなかったぶん、次は早めにしたいところです。
◆ご報告です。
書籍14巻が5月末に発売されます。
内容は、反響の良かった異界編になります。
すでに通販等での予約も始まっているようです。応援よろしくお願いします。






