17. 英雄と竜
前話のあらすじ
轟美弥の死の現場に居合わせたことを語るベルタ。
最初の配下である彼女に工藤が向ける態度に孝弘は疑問を抱く。
各々の思いが錯綜するなか、一行はついに第二の異界を踏破する。
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「おお! あれはすごいな!」
中嶋さんが歓声をあげ、他の追跡隊の面々も口々に感嘆の声をあげた。
樹海を抜けた先にあったのは、一本の巨大な大樹だった。
幹は何十人もが手を繋ぎ合っても回り切れないほどに太く、枝葉は広く伸びて、まるで天に蓋をするかのようだった。
神々しい光景だ。
そして、これこそが目指していたものだった。
「あれが次の異界への入り口です!」
ベルタの上から指差しておれが告げると、中嶋さんは力強く頷いた。
「よし! 突き進むぞ!」
大樹の周りには、当然のごとく多くの巨人たちがいた。
しかし、すでに対処に慣れた転移者たちの敵ではなかった。
蹴散らして進む集団のなかに守られながら、おれを乗せてベルタは移動した。
リリィたちはすぐ傍を並走して守りを固めてくれた。
大樹の周囲には、中嶋さんたちが武器を振るうまでもなく、すでに砕けて転がっている巨人たちがいた。
すでに神宮司一行と、工藤の魔軍とは通り抜けたあとなのだ。
とはいえ、かなり追い付いた。
最初にここを通り抜けた神宮司一行――正確には、生き残った半数だが――とは、およそ一時間ほどの差しかない。
さらに、ここでも差が詰められる。
「お、おい。これ、どこから入ればいいんだ!?」
追跡部隊の面々から戸惑いの声があがった。
ほとんどビルくらいの太さのある大樹の周りには、人が簡単に入れるくらい大きなうろが無数に開いていたからだ。
これらはすべて第三の異界への扉だった。
ただし、飛ばされる位置は、扉によって違っている。
下手な扉を選べば時間をロスすることになる。
逆に、きちんと選べば時間を短縮することも可能だ。
「大丈夫です! こちらで把握はできていますから!」
動揺する面々に声をかける。
神宮司一行は『世界の礎石』を持っているために、次の異界への入り口であるこの大樹を感知することはできただろうが、おれはさらに異界に接続して情報を得ていた。
第三の異界でも、最奥部に一番近く繋がる入り口はすでに見付け出していた。
「右回りに、もう少し回り込んでください!」
「真島の指示に従え! 周りの巨人を片付けろ!」
こちらの指示を受けて、中嶋さんが集団に命令を下した。
一行は大樹を回り込むように移動する。
邪魔をする巨人を探索隊の面々が薙ぎ払い、ベルタが倒れた巨人を踏みしめて跳躍し、リリィとシランは護衛をこなしながら器用に魔法での援護を行った。
「ありました! そこの根の上あたりにある、あのうろです!」
「よし! 飛び込むぞ!」
「……うす!」
中嶋さんと石田を先頭にして、大樹の洞へと追跡部隊が飛び込んでいく。
おれたちも続いた。
追跡部隊とともに、第二の異界を踏破して――第三の異界に辿り着く。
視界が開けると、そこにあったのは先程までの森とはまったく逆の光景だった。
「ここが、第三の異界か?」
おれの腕のなかで、ロビビアが声をあげた。
「城か……? ずいぶんと古いみたいだけど」
彼女の言う通り、飛び出した先は城の廊下と思しき場所だった。
ただ、スケール感がおかしい。
廊下は幅広く、天井は見上げるほどに高い。
巨人の居城。
それも、チリア砦のような要塞ではなく、豪華かつ絢爛な城といった風情だった。
ただし、装飾はひどく古びていて、風化が進んでいた。
打ち捨てられた古城というのがぴったりくる。
「旦那様」
「わかってる」
サルビアに促されて、即座におれは『霧の仮宿』の魔法を展開し、異界への接続を試みた。
「……これは、さすがにきついか」
異界の奥に進むにつれて、異界のプロテクトは強固になっていたが、第三の異界はいっそう堅い。
「どうだ、真島」
「……プロテクトが厳しくて、すぐには情報が得られそうにないです」
声をかけてきた中嶋さんに答えた。
「近場の罠を解除することくらいはできそうですが、これまでのように広域を把握することは難しそうです。ただ、最後の扉の位置だけはわかりました。扉の選択の時点でかなりショートカットしたので、ここからだと一階上になります」
「そうか。いや、十分だ」
中嶋さんは、くるりと光剣を回してみせた。
勇猛な笑みが口許に浮かんだ。
「にしても、ひとつ上の階か。なるほど、ここに来てラッキーだな」
片手に持った光剣を天井に向けてみせる。
「わざわざ階段を探してやる必要はない。天井を突き破って、直通路を作ればいいんだから」
見詰める先の天井は見るからに頑丈そうなもので、そう簡単に突き抜けそうではない。
だが、探索隊のなかでも最強の力を持つ彼にとっては、不可能ではないのだろう。
当たり前のように、探索隊のメンバーたちはその行動の先について話し始める。
「天井が高いな。おれ、魔法使い寄りだし、跳んでも届かない気がするんだが」
「戦士寄りの脳筋なら登れるだろ。あとはロープかなにかで引き上げればいい」
「誰が脳筋だ。魔法使えるのと頭のできに関係ねーし。引き上げてやんねーぞ」
「最悪、風の魔法あたりで吹き飛ばせばいけるいける」
「げー。おれ絶対やだからな。お前やれよ」
わいわいと冗談を飛ばし合う仲間たちに笑みをこぼしながら、中嶋さんが剣をかまえた。
この状況で余裕があるのだ、頼もしいことではある。
……ただ、彼らはひとつ忘れていることがあった。
それはすなわち、中嶋さんが発想した方法は、他の探索隊二つ名持ちでも思い付くということで――。
「これは」
天井に光剣を解放しようとかまえた中嶋さんが、不意に眉を顰めた。
同時に、おれも感知した。
この場所では『霧の仮宿』の触覚が通りづらくて、直前になるまで気付けなかった。
足元からなにかが――
「――この場を離れろ!」
咄嗟におれが叫んだ言葉に、リリィたちは即座に反応した。
付き合いの長いベルタもすぐに続いた。
だが、探索隊メンバーはまず戸惑いが先立った。
「退避だ!」
中嶋さんの指示は一拍遅れた。
驚いていた探索隊のメンバーたちが表情を変えて――直後、床が弾け飛んだ。
「わぁあああ!?」
下の階から床を突き抜けて、魔力の奔流が吹き上がったのだ。
恐らく、狙われたのは中嶋さんだろう。
光剣を解き放つ直前の凄まじい魔力の気配は、的として丁度よかったに違いない。
探索隊が固まっていたあたりで、床が崩れた。
いくら戦闘力が高かろうと、これはどうしようもない。
足場を失った探索隊メンバーは、悲鳴とともに階下に落ちていく。
入れ替わりに、大きな翼を広げたドラゴンが姿を現した。
***
どうにか難を逃れたおれたちは、言葉を失っていた。
目の前の広い廊下には、大きな穴が開いている。
ほとんどの探索隊メンバーが階下に落ちてしまっていた。
残ったのは、おれと眷属たち――そして、他にひとりだけだった。
「……やられた。あいつら、何階か落っこちたみたいだな」
そうつぶやいたのは、中嶋さんだった。
恐るべきことに、的にされたはずの彼だけは攻撃を逃れていたのだ。
あの場面、咄嗟に反応できるだけの反射神経と判断力を持っていたのは、探索隊の二つ名持ち『光の剣』、『多重存在』、『堅忍不抜』の三人だけだっただろう。
ただ、窪田さんは下手におれの近くにいたせいで、おれの指示に従うべきかどうか迷ってしまい、その後の中嶋さんの指示に反応が遅れた。
石田のほうは、反応こそできていたものの、明らかなパワーファイターである彼は機敏な動きが得意ではなく、退避が間に合わなかったようだ。
結果、リーダーである中嶋さんを除いて、全員が階下に落ちてしまった。
ウォーリア以上の戦闘向け能力者ばかりなので、そうそう死ぬことはないだろうが、瓦礫に埋まった者もいるだろうし、上がってくるのには苦労するだろう。
一時的なこととはいえ、思わぬかたちで戦力が激減してしまった。
そして、目の前には天井を破壊してこの階まで上がってきた獰猛なドラゴンの姿があった。
「う……」
間違いない。
これが『竜人』神宮司智也。
その力が尋常なものではないことは、肌で感じられた。
もちろん、二つ名持ちであるからには強いことはわかっていたのだが、これはそれだけではない気がする。
うまく言えないのだが、固有能力持ちとしても『外れてしまって』いるような……。
自然と思い出していたのは、高屋純が姿を変えた『狂獣』だった。
周囲を巻き込んで自滅する、道を外れたモノ特有の危うさが感じられた。
湧き上がる危機感におれは固唾を呑んだ。
けれど、そこで前に出る者があったのだ。
「そう緊張するな、真島」
片手には、彼の代名詞とも言える輝く光剣。
歩を進める動きには、力みなどかけらもない。
「お前は自分の仕事をしてくれた。だったら、あとはおれの仕事だ」
この場面でも、中嶋さんは自然体でいた。
立ち振る舞いは堂々としていて、思わず目を奪われてしまう。
指の先まで充溢する自負が、その姿をひとまわりもふたまわりも大きく見せていた。
「任せてくれればいい」
大言壮語などでは決してない。
絶大な才能。
強固な意志力。
きっと、これこそがあの『韋駄天』飯野にさえ、リーダーとして絶大な信頼を寄せさせたものに違いない。
この世界の人間でもなければ、探索隊でもないおれでさえ、目の前の男を見ていて、英雄という言葉が脳裏を過ぎったのだ。
「久しぶりだな、神宮司」
声を掛けられると、絶大な力を持つはずのドラゴンのほうが、たじろぐ様子を見せた。
「リーダー……」
ここまでの異界攻略で消耗しているのか、どこかうつろな声には、明らかな動揺が現れていた。
神宮司は、自分が追い掛けられていることを知らなかったはずだ。
ましてや、それがかつて所属していた組織のリーダーだとは思いもしなかったのだろう。
だが、動揺は一瞬のものだった。
「……あんた相手に……手加減は、できねえな」
苦しげでどこか朦朧とした様子ながらも、口にした言葉には覚悟が感じられた。
探索隊の所属である彼は『光の剣』中嶋小次郎の力をよく知っているはずだ。
どうやら声の調子からすると、神宮司は消耗してもいるようだ。
大神官ゲルト=キューゲラーの死に物狂いの防戦に引き続いて、まともに休むことさえなく異界の探索を強行しては、さすがの二つ名持ちであっても消耗は免れなかったのだろう。
そんな状態では『光の剣』には敵わないとわかっているはずだ。
けれど、彼は退かなかった。
いや、退けないのか。
見れば、彼の周りには一緒にこの場所に来たはずの仲間たちの姿はない。
第二の異界でそうだったように、一行のリーダーである神宮司を先に進ませたのだろう。
「おれは……みんなを、元の世界に……そのためになら……」
なにより、敵わない相手が現れたくらいで諦めるくらいなら、彼は最初からこんな暴挙に出なかったに違いない。
少なくとも『一緒にこの世界に飛ばされてしまった転移者たちを元の世界に戻したい』という彼の願いだけは本物なのだろう。
狂おしいほどに。
だから、彼は変転する。
「おお……オオオオオオオオ!」
雄叫びをあげるドラゴンの目の色が、血の色に染まった。
「こいつ……!?」
下手に『霧の仮宿』で周囲の情報を集めているせいで、おれには神宮司の状態がわかってしまった。
弱っていた魔力が増大する。
その代わりに、唸り声をあげる姿からは理性らしきものが消失した。
やはりこれは『狂獣』と同じだ。
正気を手放して、狂おしいほどの願いに己のすべてを委ねたのだ。
こうなってしまっては、もはや言葉は通じない。
お前は騙されているのだと告げたところで、なんの意味もないだろう。
神宮司は世界を壊すためだけに存在する悪竜と化したのだった。
「グルゥウウウ……」
その力は、並みの転移者など束でかかっても叶うものではないだろう。
願いの強度が、思いのたけが、あまりにも桁外れていた。
願いのために。ただただそのためだけに。
悪竜が動き出した。
「グオォオオオオッ!」
竜の口蓋から、魔力の奔流が吐き出された。
山ひとつ崩せてしまいそうな一撃だ。
それが、たったひとりの人間に放たれたのだ。
しかし、対する青年は落ち着き払っていた。
「……それがお前の選択なんだな」
対抗するのは、一振りの剣。
探索隊最強の『光の剣』により作られた『片手剣』。
振りかぶられた光剣に宿る力が、あますことなく解放される。
「カァアアアアアア――ッ!」
竜の吐息と、英雄の一撃が激突した。
おれは思わず目を見開いていた。
押されていたのが、悪竜のほうだったからだ。
魔力の奔流が砕かれ、押しのけられる。
余波で壁に亀裂が走り、先程床から飛び出した魔力の奔流によって破損していた天井は崩落を始めた。
おれたちも中嶋さんのうしろにいなければ、吹き飛ばされていたかもしれない。
「グラァアアアアア!?」
次の瞬間、悪竜が悲鳴をあげた。
「……嘘だろう」
冗談のような光景だった。
魔力の奔流を押し切った光剣が、ドラゴンの巨体を真っ向から弾き飛ばしたのだ。
竜の鱗は頑丈で、深く傷付けられることこそなかったものの、焦げて煙をあげていた。
剣を振り切った青年が、ゆったりと体勢を元に戻した。
「神宮司。おれは、お前の意思を否定はしねえよ」
新しい剣を掌に生み出して、英雄そのものの威風をもって青年が告げた。
いつでも彼は他人の意志を尊重するのだと、飯野が言っていたことを思い出した。
探索隊を離れるという人間が出たときにも、彼らの選択に任せたというが、そうした姿勢はいまでも変わらないものらしい。
「お前がした選択、進むと決めた道だ。通せるものなら通してみろよ」
「グラァア……!」
堂々と投げつけられた言葉に、神宮司の選択は単純なものだった。
大きく羽ばたくと、再び魔力の奔流を吐き出したのだ。
「効くかよ」
もちろん、先程と同じく中嶋さんの体にその攻撃は届かない。
新たに生み出した光剣で迎撃する。
だが、神宮司の目的は敵の撃破ではなかった。
「違う! 中嶋さん、神宮司は――」
「――そうか!」
中嶋さんも気付いたようだが、遅かった。
彼が迎撃に動いた間に、悪竜の巨体が天井に開いた穴へと羽ばたいたのだ。
神宮司は自我を失ったように見えたが『世界の礎石』を破壊するという目的だけは残っていたらしい。
むしろそれしか残っていないからこそ、戦いよりも目的を優先することができたのかもしれない。
中嶋さんが魔力の奔流を迎撃していた光の剣を振り切ったが、その切っ先は竜の尻尾を切り落としただけだった。
とはいえ、やられてばかりの『光の剣』ではない。
「逃がすか!」
中嶋さんは身を沈めた。
バネのようにその長身が飛び上がって、天井の穴まで跳躍する。
あっという間に、ふたりの姿は視界から消えていったのだった。
◆忙しいのが一段落ついたので更新です。
もう一度更新します。






