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57. すれ違ってきたふたりだから

(注意)本日3回目の投稿です。(10/14)














   57



 意識が体を離れ、深いところに沈んでいく。


 いつものように辿り着いたのは、おれ自身の世界。

 心と心を繋ぐ深いところにある、記憶により形作られた場所。


 ……では、ないようだった。


 場所は同じ高校だった。

 しかし、なにかが決定的に違っている。


 当然のことだった。


 同じものを見たとしても、人が違えば見えるものは変わってくる。

 見えるものが違えば、記憶している世界のかたちだって変わるだろう。


 間違いない。

 ここは『加藤さんの世界』だった。


 構築しているのはおれの力だが、参照されているのは彼女の記憶のほうだ。

 どうやらきちんと、目的の場所に辿り着けたということらしい。


 そのあたりの違いが原因なのか、おれの姿は、最近は袖を通すこともなくなった制服姿になっていた。


 もっとも、懐かしがっている暇はない。


「……加藤さんを探さないとな」


 少し考えてから、おれは校舎に上がり込んだ。


 学校の記憶がまだ残っているのはさいわいだった。

 迷うことなく歩を進める。


 本校舎は『目』の字のようになっていて、横線部分に教室がある。

 真ん中のふたつ、B棟とC棟が一般教室になっていて、端のA棟が職員室など、逆端のD棟には各科目の特別教室がある。


 まず探すとしたら、加藤さんの教室だろう。


 そう考えて、一階の一年生の教室に向かった。


 残念ながら、加藤さんが何組だったのかは聞いていないし、B棟とC棟のどちらなのかもわからない。

 地道に探す。


 廊下から教室を覗き込んでいき、いないのを確認して次の教室へ。


 ひとつ、ふたつ、みっつ――。


 加藤さんは水島さんと同じで吹奏楽部に所属していたはずなので、芸術関係の教室が入っている別校舎のE棟にも縁がある。

 そちら側にいる可能性も考えていたが、結論から言えば、そこまで探しに行く必要はなかった。


 教室にひとり、ぽつんと座っている加藤さんを発見したからだ。


 その姿を見付けられたことに、おれは喜びと安堵を覚えたが、すぐにそうした気持ちは引っ込んでしまった。


 加藤さんの様子が、どこかおかしかったからだ。


 ぼうっと窓の外を眺める横顔は、魂が抜けたような虚ろな表情をしていた。


 扉を開けて、おれが教室に足を踏み入れても反応はない。


 教室を横切って歩み寄り、傍に立つ。

 それでも、やはり反応はない。


「加藤さん」


 声をかけると、ようやく彼女のまつげがぴくりと震えた。


 ゆっくりと瞬きをする。

 まるで彫像が動き出したかのように、緩慢な仕草だった。


「……先輩?」


 どうやら、かろうじて声は届いたようだ。


 わずかではあるものの、彼女の口許に喜色が浮かんだ。


 けれど、すぐに表情は消えてしまった。


「……いえ。そんなわけがありませんね」


 またぼんやりとした表情に戻った。


 うまくおれのことを認識できていないらしい。


 やはり、人間相手では、普段と勝手が違うということだろうか。

 まだ心は届いていなかった。


「馬鹿ですね。先輩が来てくれるはずがないのに」


 彼女の口元には、諦めたような笑みが浮かんでいた。


 胸が締め付けられるような表情だった。


「わたしはモンスターじゃない。心は繋がらない。この想いは届かない」


 切ない想いが紡がれる。


「……先輩には、振り向いてもらえない。わたしは人間だから」


 人間だから。


 その事実が、彼女にとって、どれだけ大きいのかが伝わってくる。


「だけど、それでいいんです」


 彼女はゆっくりと首を横に振った。


 机の上の手が軽く握り締められて、もう一方の手が胸を押さえた。


「真島先輩はトラウマに苛まれながら、わたしに向き合ってくれた。お陰でわたしは傍にいられるようになった。だから、わたしは満足なんです。傍にいられれば、それだけで幸せだから」

「加藤さん……」


 ここは彼女の世界だ。

 これが彼女の本音であることは間違いない。


 秘められていた想いを、ここでおれは初めて知ったのだった。


 寄り添い合う怪物たちが羨ましくて、自分も怪物になりたいと思い募らせる。

 それでいて、結局のところ自分は人間だから、想いは届かないと諦めている。

 それでも傍にいられれば、自分は幸せなのだと満足している。


 能力を発現した現実の彼女の姿を思い出せば、それらすべてが能力として現れていることに気付けた。


 どの想いも強固で、互いにしっかりと噛み合っている。

 それがゆえの、あの怪物の強さであり……取り返しのつかなさだ。


 これは小手先ではどうにもならない。

 根本のところを覆さなければ、どうしようもない。


 そう理解できたから、確信する。


 彼女を取り戻すことができるとしたら、それは自分だけだと。


 なぜなら加藤さんが現在の能力を発現するに至った『怪物になりたい』という願いは、『人間の自分では想いが届かない』という認識を前提にしているからだ。

 その認識こそが、問題の根本になる。


 それは違うと否定してやることで、彼女の願いは土台をなくす。


 これは、当事者の一方であるおれにしかできないことだった。


 そう考えてみると、加藤さんと『モンスターとしてパスが繋がること』がなかったのは、さいわいだった。

 もしもそうなってしまえば、彼女は『モンスターになったから心が通じ合った』と思い込んでしまっただろう。


 それでは、彼女の思い込みは覆せない。


 彼女に戻ってきてもらうためには、強固なその思い込みを覆す必要があった。


 そのためには……。


「おれも、思い込みを捨てないとな」


 机の上に置かれた加藤さんの手に、おれは目を向けた。


 とても華奢で、硝子細工のように繊細で。

 下手に触れたら壊れてしまいそうに思えて、どうしても気後れしてしまっていた。


 出会ったばかりの頃の、どうしても彼女のことを信じてやれなかった後悔の記憶がそうさせた。


 大事に想えばこそ、二度と傷付けたくない。

 男性恐怖症の彼女に対して、踏み越えてはいけない『仲間』という一線を引いて、万が一にも男として接することのないようにしたのだ。


 けれど、そうしたおれのスタンスこそが、彼女が『想いは届かない』と思い込む一因ともなってしまった。


 逆に、そうした状況におれが気付けなかったのは、加藤さんが仲間という関係でかまわないと身をひいていたことが大きい。


 出会ったばかりの頃の人間不信だったおれが必死に向き合った事実を大事にしてくれていたからこそ、傍にいられれば満足だと身をひいてしまっていたのだった。


 お互いを想っていたからこそ、気持ちは少しずつすれ違って届かなかった。

 過去にあった過酷な状況が、おれたちの関係をそういうふうにしてしまっていた。


 だけど、いまこのときには、それでは駄目なのだ。


 そうわかったから、おれは彼女の手を握った。


 意識的に『仲間』という立ち位置の境界線を踏み越える。

 次の立ち位置へと、一歩進むために。


 それは同時に、遠いところに失われつつあった彼女の心に、こちらから近付いて引き寄せる行為でもあったのだ。


「加藤さん」


 そうして、改めて呼び掛けた。


 より強く、より近くで、心を繋いだ。


 今度こそ、その声は届いた。


「……先、輩?」


 焦点の合っていなかった彼女の瞳が、そこでようやくおれの姿を映し出した。


「良かった。声が届いて」


 それだけでひどく安堵してしまって、自分の気持ちを再確認する。

 だからもう、躊躇うことはなかった。


「えっと、先輩? なにが……?」

「迎えにきたんだよ、加藤さん」


 まだ状況がわからず、きょとんとした顔をする加藤さんに、笑みを向ける。


「いや。伝えにきたと言ったほうが正しいか」


 ずっと押さえてきた気持ちの蓋を取り払う。


 これまでずっと禁忌としていたこと。

 ひとりの男として、目の前の女の子を見詰めたのだ。


「……あ」


 繋いだ手で、絡まった視線で。

 熱は伝わる。


「え? え? 先輩?」


 加藤さんの顔が、徐々に赤く染まっていった。


「な、なにを……?」


 手を握られていることに気付き、見詰められていることに動揺する。


 珍しくあたふたする、その仕草が可愛らしい。

 そう素直に認めてしまえたから、もうとまれないし、とまるつもりもない。


 至ってシンプルな話なのだ。

 加藤さんが抱いている『人間の自分では想いが届かない』という認識を覆すためには、こちらから想いを伝えてしまえばいい。


 禁忌の感覚を乗り越える。思い込みを覆す。


 告白の言葉は、思いのほか自然に口をついで出た。


「加藤さん。おれは、きみが好きだ」


 こちらを見詰める加藤さんの目が、いっぱいに見開かれた。


「……」


 そのまま彼女は固まってしまった。


 完全に思考が硬直しているのだろう。

 本当に、ぴくりとも動かない。


 どれだけでも待つつもりだった。


 やがて、ぽつりと言葉がこぼれた。


「……本当、ですか」

「本当だよ」

「わたしは人間なのに?」

「関係ない」

「それじゃあ、本当に……」

「ああ」


 何度だって確認したいのだろう。


 そのたびに、おれは応えた。


「さっきも言ったけど、おれは加藤さんが好きだ」


 もう一度、想いを告げる。


 すれ違い続けてきたおれたちだから、誤解なんて生まれさせない。


 それで、完全に伝わった。


「あ……ああああ」


 みるみるうちに、加藤さんの両目に涙が盛り上がった。


 ぼろぼろとこぼれ落ちる。


 出会ってからこれまで傍で過ごしてきて、初めて見る表情。

 長い間、求めていたものをようやく手に入れた、幸せに満ちた涙だった。


「先輩……!」


 呼び掛け、飛び込んでくる加藤さんの体を、おれはしっかりと抱きとめた。


 小柄な体を抱き締める。

 彼女もこちらの背中に腕を回して力を込めた。


「わたしも……わたしも、先輩のことが好きです。大好きです! 出会ったときからずっと好きでした!」


 耳元で告白する声は、喜びに満ちていた。


「好き。好きです。大好き。ああ、やっと……やっと、言えた」


 噛み締めるような言葉だった。

 まるで想いを告げることができたのが奇跡のように、万感の想いがそこにはあった。


「大好きです、先輩……」

「ああ。おれもだ」


 ふたりきりの世界で、おれたちは抱き締め合う。


 想いは成就し、献身は報われる。

 これまで彼女が抱え込んでいた『振り返ってもらえない』という思い込みが消えていく。


 怪物になる必要は、もはやどこにもなかった。


◆加藤さん回でした。結ばれたところで、本日の更新はここまでになります。


お互いを想うがために、すれ違ってきた片想い。

ようやく決着が付きました。

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