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28. 完全一致

(注意)本日3回目の投稿です。(4/8)














   28



 苦痛を押し殺した悲鳴が、通路に低く響き渡る。


 弾かれたように、シランは振り返った。


「う、ぐぐぐ……」


 そこで彼女が目にしたのは、ひとりの騎士が蜘蛛の糸に絡め取られて倒れたところだった。


 身動きを封じられた騎士の体の上には、人のサイズよりも大きな蜘蛛がのしかかっている。


 蜘蛛の体から生える女性の上半身。

 アラクネだ。


 無論、ガーベラではない。別個体だった。


「ア、ア、アァ……!」


 ハイ・モンスターであるガーベラとは違い、通常のアラクネは上半身も怪物めいた姿をしている。


 耳まで裂けた口が大きく開く。

 直後、突き出た二本の牙が、必死の抵抗をする騎士の二の腕を引き裂いた。


「ぐ、があぁああ!?」


 鮮血が飛び散り、騎士がかろうじて持っていた剣を取り落とす。


 当然、それだけでは終わらない。

 アラクネはさらに追撃をしようと、牙を剥いた。


 抵抗の弱まった騎士は、それに対応する術を持たない。

 助太刀をしようにも、シランの場所からは離れている。


 このままでは、酷いことになっていたに違いない。


 そうならなかったのは、女の化け物の首を、横から振るわれた剣が刎ね飛ばしたからだった。


「おい、大丈夫か!」


 剣の主は、黒い肌をした禿頭の大柄な男――聖堂騎士団副長を務めるゴードン=カヴィルだった。


 部下である騎士の危機を救った彼は、その安否を確認する。


「……はい。問題はありません」


 よろけつつも、助けられた騎士は立ち上がった。


 見ていたシランは、ほっと息をついた。


 怪我を負ってはいるが、あれなら命に別状はないだろう。

 戦意も挫けていないようだ。


 さすがは音に聞こえた聖堂騎士団第二部隊の精鋭だった。


「よし。これで最後だな」


 ゴードンは部下に頷きを返すと、あたりを見回した。


 シランも視線を周囲に向けた。


 通路には、巨大な蜘蛛の巣が張られていた。

 アラクネの巣だった。


 蜘蛛の巣は大した密度ではないが、進む先に延々と張られている。


 そんな光景のなか、肩を上下させて、息を整えようとする騎士たちが八名。

 誰もが多かれ少なかれ怪我を負っていた。


 彼らは真島孝弘の身辺を警護していた聖堂騎士たちだった。

 異変に気付いて部屋に飛び込み、転移に巻き込まれていたのだ。


 いまはシランと合流し、その身を守るために戦っていた。


「ゴードン様」


 手早く怪我の手当てをする騎士たちを、ゴードンが見て回っているところに、シランは声をかけた。


「提案があるのですが、よろしいでしょうか」

「なんでしょうか」

「やはりわたしも戦ったほうがよいのではないかと思うのです」


 出過ぎたことかもしれない。

 それでもシランは提案をせずにはいられなかった。


 彼女はここまで、ゴードンをはじめとした聖堂騎士たちに守られて移動していた。


 しかし、彼女はただ守られるだけの一般人ではない。


 少なくとも、ここにいる全員が生き残るためには、自分の助力が大きく貢献できることを彼女は知っていた。


「そうはまいりません」


 しかし、助力の申し出を、はっきりとゴードンは断った。


 単なる反発などではない。

 冷静な判断と固い信念、なにより覚悟に基づいた返答だった。


「シラン殿の話では、我々の位置は真島様からもっとも遠いのでしょう。どうあがいても、合流は最後になるということでしたな。であれば、いまの我らがすべきことは、持続力に難のあるあなたを守ることです」

「ゴードン様……」


 シランは短期間の戦いであれば、伝説に謳われる樹海深部の白き蜘蛛ガーベラをも上回る力を発揮できる。

 しかし、その半面で、単独での持続的な戦闘は不得意だ。


 いつ合流できるかわからない状況では、戦闘は可能な限り避けたほうがいい。


 ゴードンの言っていることは正しかった。


 ……彼ら自身の身の安全を考慮しなければ、だが。


「我らの責務は真島様を守ることでした。しかし、このような事態に陥ってしまいました。ならば、せめてシラン殿を送り届けることくらいはできなければ、申し訳が立ちません」


 ゴードンが断固とした声で言うと、部下の騎士たちも決意をこめて頷いた。


 そうした振る舞いには、シランが被差別種族であるエルフだとか、それに加えてアンデッドであるとか、そうした事実は考慮に入っていない。


 守るべきものを、その身を賭して守り通す。

 感じられるのはただそれだけだ。


 彼らは紛れもなく騎士だった。

 己の剣を正義のために捧げ、その身をなげうつ者だった。


 かといって、ただの捨て鉢というわけでもなかった。


「それにですな、シラン殿。我らはそう簡単に死ぬほどやわではありません」


 ゴードンは続けた。


 実際、彼らはここまでの散発的な戦闘で、合計十体ほどのモンスターを倒してきた。

 その間、誰ひとりとして致命的な怪我を負っていない。


「……そうまでおっしゃるのなら」


 最後には、シランはゴードンの言い分を受け入れた。


 確かに、このままであれば、ひとりも欠けずに合流まで漕ぎつけるかもしれない。

 そう思えたからだ。


「少し休憩したら動きましょう」

「わかりました」


 シランは頷き、ふと目を細めた。


「ゴードン様たちはお強いですね」

「……唐突ですな」

「いえ。少し思ったのです。今回の事件、普通の騎士であれば、揺らいでもおかしくない出来事ですから」


 聖堂教会が保護すると決めた人物に対して、勇者のひとりが敵対的な行動を取ったのだ。


 普通なら混乱する。


 自分の為せること、為すべきことを見据えている彼らの姿勢は、シランの大事な少年にも通じるものがあった。


「さすがは名高き聖堂騎士団。お見それいたしました」

「いえ。そのようなことは。樹海で名を馳せた『樹海北域最高の騎士』に言われるのも面映ゆい」


 謹厳そのものの様子で言ったあとで、ゴードンは太い眉を寄せた。


「……それに、いまは混乱している場合ではありませんしな」

「『万能の器』岡崎琢磨ですか」

「あとは恐らく『天使人形』オットマーもですな。どのような魔法道具を用いたのかはわかりませんが、大変なことをしでかしてくれたものです」


 ゴードンが義憤を露わにするのを見て、シランは転移のときのことを思い出した。


「魔法道具ですか。そういえば、転移の直前に大きな音がしていましたね。あのときに、ひょっとすると、なにか使われたのかも……」


 言いかけたところで、眉が寄った。


 ほとんど反射的に視線がゴードンから外れて、通路に張り巡らされた蜘蛛の巣の向こうを見据える。


「気を付けてください、アラクネです!」


 現在、彼女は精霊魔法を使っていない。

 気付いたのは、単純に研ぎ澄まされた騎士としての感覚によるものだった。


 八本脚を蠢かせて、アラクネたちが近付いてきている。


 もっとも、それはアラクネの巣の張り巡らされた通路を進んでいる以上、予想されたことだった。


 心構えは全員がしていた。

 ただ、そこにひとつ計算違いがあったのだ。


「全部で七体。いや、もっとか……?」


 通路の向こうから現れた敵影を認めて、ゴードンが唸った。


 シランも含めて騎士たちは、巣にいるアラクネは多くても、四、五体程度だろうと思っていた。

 それが普通だった。


 けれど、予想を大きく上回って、姿を見せたアラクネの数は多かったのだ。


「ゴードン様! まずいです、敵は十を超えています!」


 シランの警告を聞いて、その場の騎士たち全員が顔を強張らせた。


 聖堂騎士たちは手練れであり、一対一でモンスターと互角に戦えるだけの力がある。


 さらに、人間の最大の武器は集団戦にある。

 訓練を受けた聖堂騎士たちが連携して少数のモンスターとの戦いを繰り返せば、最終的には何十体と討伐することも不可能ではない。


 それが人間の戦い方だ。


 しかし、現実に現れた敵の数は想定の二倍。

 この場はアラクネにとって有利な戦場であり、さらには敵のほうが数が多いとなれば、対処するのは難しい。


 計算違いだが、こういうこともある。

 シランたちにとっては、不幸な偶然とも言えた。


「ゴードン様、わたしも参戦いたします!」


 シランは剣を握る手に力を込めた。


 もともと、死者が出そうになれば、強引にでも戦いに手を貸すつもりでいた。


 ゴードンたちは騎士だが、自分もまた騎士だ。

 なにかを守るために、剣を握った者なのだ。


 黙って見ていられるはずがない。


 だが、これはもはやちょっとくらい助太刀をしたところで、犠牲なしに切り抜けられるかどうかわからないレベルだ。


 そう判断したシランは、全力を出す覚悟を決めていた。


 真島孝弘の眷属で最強の一角。

 アンデッドの肉体能力と、精霊使いの力を併用すれば、シランには平均的な勇者と同格かそれ以上の力を発揮することができる。


 あとがない力だが、仕方ない。


 と、そう決心したところで、ゴードンが口を開いた。


「いいえ。まだです」

「ゴードン様!?」

「意地を張っているわけではありません」


 驚き声をあげるシランに、ゴードンは首を横に振った。


 静かに彼は決断を下していた。


「我らにもまだ手はあります。切り札を出すのなら、やはり我々からにすべきでしょう」

「な……っ」


 シランは息を呑んだ。


 ゴードンから魔力の圧を感じたのだ。


 その圧力は、かつて彼女が剣を合わせた転移者、十文字達也にも劣らない。


 いまにも襲いかかろうとするアラクネたちに、ゴードンは宣言する。


「わたしは英雄『輝く翼』の末裔、ゴードン=ガウィル。祖より受け継いだ翼は、すべてを守り、慈しむ」


 鎧に覆われた巨漢の背中に、翼が生えた。


 純白の翼だった。

 小さく、華奢で、美しく、お世辞にも巨漢には似つかわしいものではない。


 だが、それはかつての勇者の能力を再現していることを思えば、当然のことなのかもしれなかった。


 なにせ、その本来の持ち主、『輝く翼』の名で伝説に謳われる勇者は、可憐な少女であったと伝えられているのだから。


 もっとも、その似つかわしくなさは、勇者の力の再現を損なうものではなかった。


「おお。ゴードン様の『輝く翼』から光が!」

「体に力が満ちる……!」


 輝きを浴びた騎士たちが、喜びに満ちた声をあげた。


 勇者といえば剣を持ち、戦場の先頭を行く者だが、少数ではあるがそうではない者たちもいる。

 補助的な能力を持ち、当人は戦闘力を得なかった例もある。


 勇者『輝く翼』は、そのひとり――歴代勇者のなかで最高クラスの補助能力を保有していたと謳われている。


 その力がここに再現された。


「行くぞ!」


 アラクネとの戦闘が始まった。


「おおおおおっ」


 ゴードンの『輝く翼』の力を受けて、騎士たちの動きは見違えるほどだった。


 騎士ひとりの持つ戦闘能力が、アラクネのものを上回る。

 攻撃を防ぎ、反撃を加え、時には怪我を負いつつも、確実に数を削っていく。


 まったく、驚くべき光景だった。


「これが『輝く翼』」


 最高クラスの補助能力。

 身体能力向上。身体強度上昇。魔法威力強化。負傷回復。士気向上。


 それは『輝く翼』の伝説そのままの光景だった。


 無論、基礎となる騎士たちの戦闘能力の高さも理由ではあっただろう。


 これがゴードン=カヴィル率いる聖堂騎士団第二部隊。

 遠く離れたチリア砦にまで聞こえていたその威名をシランは思い出し、それは決して誇張されたものではなかったのだと知った。


 ほどなくして、戦闘は終了した。


   ***


「お見事でした」


 シランは戦闘が終わると、息を整えるゴードンたちに声をかけた。


 すでに巨漢の背中から、光の翼は消えていたが、その美しい輝きはシランの目に焼き付いていた。


 能力を発揮しつつ、自身も剣を振るっていたゴードンは多少なり消耗した様子だったが、その姿にはまだ余裕があった。


 これだけでも、ゴードンが優れた騎士である証明と言えただろう。


「なに。わたしの力は受け継いだものに過ぎません」


 ただ、その当人は謙虚なものだった。


「素晴らしいのは祖たる勇者『輝く翼』であり、労をねぎらわれるべきは部下たちで、わたしではありません」

「なにをおっしゃいますか」


 口を挟んだのは、部下の若い騎士だった。


「ゴードン様のお力は素晴らしいものです。いかな『恩寵の愛し子』と言っても、その力を実戦レベルで発揮できる者はごくわずか。そのなかでもゴードン様は、研鑽の末に類稀なる『完全一致』に至られたのではありませんか」

「『完全一致』……?」


 シランが首を傾げると、若い騎士は頷いた。


「我らはかつての勇者様の血を継ぎ、時に能力を再現します。ですが、その再現性はまちまちです。完璧な再現に至るためには、研鑽に研鑽を重ね、心身ともに鍛え上げ、そのうえで魂の在り方をもかつての勇者様に近付ける必要があります。それは生半可なことではありません」

「そうして至る先が『完全一致』ですか」


 シランが納得すると、ゴードンが首を横に振った。


「畏れ多いことです」


 と、本人は言うものの、シランには十分に誇るべきことであるように感じられた。


 勇者の恩寵――転移者の固有能力は、個々人の願いに起因している。


 であれば、かつての勇者に『完全一致』したという事実は、ゴードンの在り方を示唆していると言えるだろう。


 無論、そのようによくできた人間であるからこそ、ゴードンが驕ることもないのだろうが。


「それに、わたしなどは団長であるハリスン様には到底及びません。あれこそが、すべての騎士が目指すべき境地。わたしなどはまだまだ未熟者に過ぎません」

「ハリスン=アディントン様ですか」


 シランも当然、現在の聖堂騎士団を率いる団長の話は知っていた。


「『騎士のなかの騎士』との呼び声高きお方ですね。こちらに来てから一度お顔は拝見しましたが、あなたがこれだけ評価しているということは、評判に偽りはないのでしょうね」

「機会がありましたらぜひお話をなさってください。素晴らしいお方ですから」

「ええ。ぜひ」


 このような非常事態であっても、得られるものがある。


 今回の事件でゴードンたちと一緒に飛ばされたのが、シランであったのは運がよかっただろう。


 騎士である彼らは相性がよく、早いうちに信頼関係を築くことができていた。

 シランはゴードンの人柄を知った。


 この事件を乗り越えたそのとき、この信頼関係は聖堂教会と真島孝弘の間に良い影響をもたらすに違いない。


「その日のためにもここは乗り越えましょう」


 シランは笑顔でそう言って――表情を強張らせた。


 まだ終わりではなかったのだ。


「まさか、そんな」


 きちきちと鳴る蜘蛛の脚。

 張り巡らされた巣の向こうに、新たな敵影を見る。


 その数は、追加で十体ほど。


 敵意を見せてこちらにやってくる。


「総員、戦闘準備!」


 即座にゴードンが指示を出し、その背に受け継がれた『輝く翼』を展開した。


 さっきと同じくらいの数だ。

 対処はできる……できるが。


「いくらなんでも、多過ぎる……!」


 こうも短い間に二十体。

 樹海でだって、そうそう行き当たることのない数だ。


 これはもう計算違いがどうこうというレベルではない。

 異常だった。


「この場所はいったい、なんだというのですか……!?」


 疑問は大きく、シランは危機感を募らせる。


 ばらばらになった仲間たちは、少人数ごとに合流を目指している。


 それぞれのグループの戦闘能力には差があった。


 このレベルの敵が押し寄せてきても、どうにでもできる組み合わせはある。

 自分たちもこれは乗り切れるだろう。


 だが、かなり厳しいことになる者たちもいた。


「孝弘殿……」


 大事な少年から離れた場所で、シランにできることはただ無事を祈ることだけだった。



◆本日の更新はここまでになります。


◆ご報告です!

応援のお陰様で、コミック「モンスターのご主人様」大重版(原文まま)だそうです。

書籍版ともどもよろしくお願いします!

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