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15. 霧の女が抱く想い

前話のあらすじ



帝都到着と思いがけない再会

   15



 眠りに落ちて、気付けばまたこの世界に訪れていた。


 目の前には、異世界に転移してくる前まで住んでいた町並みが広がっている。


 眠って見ているものではあるものの、これは夢ではない。

 おれの内面世界――能力の進化に伴って構築されたと思われる場所だった。


「また来ることになるような気はしていたが……」


 ひとりごちて、吐息をつく。


 まさか帝都到着のその日に来るとは思わなかった。


 場所は通学路にある馴染みのコンビニの駐車場だった。

 他に人の姿はない。


 前に来たときの続きという感じなのだろうか。


 どうだろう、よくわからない。

 この現象には、まだ答えを出せていなかった。


「あら。旦那様、また来たのね」


 と、嬉しそうな声がした。

 生まれた霧が人の姿を形作った。


「サルビア」


 前にも会っているので、ここで彼女が現れることに不思議はない。


「ずっとここにいたのか」

「ええ」


 ここ最近は、サルビアは現実世界に顔を出していなかった。


 ほわほわと笑って答える彼女に、おれは歩み寄った。


「こんなところでひとりで、退屈じゃないか」

「そんなことはないわ。アサリナちゃんもたまに来てくれたしね」

「サマッ!」


 おれの手の甲からアサリナが飛び出して、元気よく鳴いた。


 どうやらおれの知らない間に、ふたりはこの世界で過ごしていたらしい。


 サルビアは微笑ましげな顔をすると、さらに付け加えて言った。


「それに、この世界は見たことのないものばかりで、なかなか面白いもの」


 そう言うと、彼女はその場に座り込んで、アスファルトの地面を指先でつついた。


「驚いたわ。旦那様の世界の地面は、大半が石でできているのね」

「あー、いや。それは違う。これは舗装してあるだけだ」

「あら。そうだったの?」


 おれが間違いを訂正すると、サルビアは恥ずかしそうに口許を押さえた。


「わたしはてっきり。ほら。覆われている部分のほうが多いものだから」

「このあたりは町中だからな。もっと山のほうに行けば、あっちの世界と同じなんだが。あまり遠くまでは行ってないのか?」

「……まあ、そうね」


 サルビアは少し曖昧な感じに答える。


 そこに考えるように一拍の間があったような気がしたが、指摘する前に彼女は立ち上がっていた。


「ここで旦那様は暮らしていたのよね」


 あたりを見回して、どこかに感慨を宿した口調で言う。


 おれにとっては、懐かしくはあっても馴染みのある光景だが、彼女にとっては違うのだろう。


「そうだな。毎日、この道を通って高校に通ってたよ」

「高校?」

「高等学校。おれくらいの歳の人間が通って授業を受ける学校だ。って言ってわかるか?」

「学校はわかるわ。わたしたちの世界の人間社会にもあるし、そこに勤める学者さんが、霧の世界にやってきたこともあるから。といっても、どんな感じなのか想像はできないけど」


 顎に手を当てて、サルビアは思案する。


「きっとこう、なんか、すごいのでしょうね」

「どんな想像をしてるのかわからないけど、多分、違うと思う」

「あら。だったら、どんなところなの?」


 微笑みがこちらに向けられる。

 どうやら興味があるらしい。


 おれは少し考えてから、首を傾けた。


「……言葉ではうまく伝えられる気がしないな」


 サルビアはこちらの世界の物を知らない。

 このあたりを見て回っているようだから、見たことがあったとしても、名前までは知らないだろう。


 そうした相手に言葉で情景を伝えるのは困難だし、そもそも、その必要もあまりない。


「それよりも、興味があるならちょっと見に行ってみるか? ちょっと歩くことにはなるが」


 百聞は一見に如かずだ。


 普段は自転車通学だったが、歩いていけない距離でもない。


「それは素敵ね」


 嬉しそうに、サルビアが胸の前で手を合わせた。


「でも、いいのかしら」

「どうせ時間はあるからな」


 現実のおれは眠っているのだ。

 なにができるわけでもない。


 夢のようななにかのなかで学校を案内するのに、なんら支障はなかった。


「それじゃ、案内してもらえるかしら? ふふ、楽しみね」


 ということで、おれはサルビアを連れて歩き出した。


 ここからだと、歩いて三十分ほどの距離に高校はある。


 少し距離があるので自転車を取りにいってもよかったが、サルビアは歩きがいいと言った。


 おれはそのリクエストに従った。


 授業に間に合わないなんてことはなし、特に急ぐ理由はなかった。


「サルビアとこんなふうにゆっくりするのも珍しいな」

「言われてみれば、そうね。わたしはあまり表に出られないから」


 サルビアが現実世界に現れるのには、いずれ『霧の仮宿』の異界を構築するために溜め込んでいる魔力を消費してしまう。


 いつでも外に出てはいられないし、その貴重な機会も、おれの身に降りかかる緊急事態の対応のために使ってしまいがちだった。


「そういう意味では、これは良い機会だったかもしれないな」

「どういうこと?」

「おれはサルビアに助けられてばかりで、返すことができていないから」


 まだこうなる前の灯火の世界で『霊薬』トラヴィスに襲われたときには、サルビアはアサリナと一緒になって、おれのことを助けてくれた。


 トラヴィスを撃破した際には、ぎりぎりのところで、自分の願いにすべてを削られそうになったおれを引きとどめてくれてもいる。


 そもそも、契約したサルビアの力を借りた魔法『霧の仮宿』がなければ、これまでどうしようもなかった場面が何度となくあった。


 こちらからなにも返せていないことは気になっていたのだった。


「この機会を少しでもサルビアが楽しんでくれるなら嬉しいよ」

「ええ。そうさせてもらうわ」


 サルビアはにっこりした。


「だけど、心配は要らないわ。だって、いつだってわたしは楽しいんだもの」

「え?」

「旦那様はひとつ勘違いをしているわ」


 サルビアは足をとめた。


 おれも足をとめて振り返ると、サルビアは穏やかな笑みを浮かべていた。


「あなたたちの望みは、本当にとても綺麗だから。応援したいし、見守りたいし、困っていれば手を差し伸べたいと思うの。このわたし『霧の仮宿』は、願いを叶える異界を作り上げる魔法で……結局のところ、そういう性分なんでしょうね」


 仕方がないとでも言いたげに肩をすくめながらも、彼女はそんな自分の性質に満更でもなさそうだった。


「だから旦那様やリリィさんたちと一緒にいるのは楽しいのよ。返すものがないなんてことはないわ。……ああ。それにね、これはわたしにとっても、初めてのことだから」


 目を細めて、なにかを思い出すような顔を見せる。


「わたしは本当に長い年月を放浪してきたわ。その間に、たくさんの出会いがあった。だけど、わたしは数日限りのかりそめの夢のようなもの。その誰とも、すぐにお別れしなければならなかった」


 サルビアが世界に現れて力を発揮できるのは、数十年に一度きり。

 それも、数日に過ぎない。


 意思のない魔法現象であれば、それでも問題はなかったのだろう。


 けれど、彼女は意思に目覚めてしまった。


 そのうえ、彼女は他人と接するのを好む性質だ。


 数十年の孤独が好ましいものであるはずがない。


 だからこそ、いまはこんなにも嬉しそうに笑うのかもしれない。


「わたしは常に傍観者。現れて、叶えて、去りゆくもの。だけど、いまはそうじゃない。わたしは傍観者ではなく、確かにみんなの一員としてここにいる。あなたたちと同じように、自分の願いのために尽くすことができる。こうして旦那様に契約を結んでもらって、旅に連れてきてもらえて、わたしはとても幸せなの。それだけで、胸がいっぱいになるくらいに」


 サルビアは胸のなかで高まるものを吐き出すかのように溜め息をつくと、満面の笑顔を浮かべた。


「今日みたいに旦那様を独占できてしまうのは、だから、ちょっと出来過ぎかしら」

「……」


 多分、本気で言っているのだろう。

 それがわかったから、おれはかぶりを振った。


「そんなことはない。こんな機会は、これからいくらでもあるだろう。これまでも、これからも、ずっと一緒なんだから」

「……そうね」


 サルビアは、ふわりと笑った。


「それじゃあ、まず今日の案内をお願いできるかしら」


 答える言葉は決まっていた。


   ***


 それから、おれたちは話をしながら学校に向かった。


「アサリナはたまにここに来てるんだよな。ふたりでなにをしてるんだ?」

「大抵は近くを見て回ってるわ。ここだとアサリナちゃんは自由に動けるから……いまは旦那様の手に戻ってるけど、やっぱり居心地がいいのかしら」

「サマ!」

「あとは、たまにちょっとアサリナちゃんの頼みを聞いたりもしているわね」

「頼み? アサリナが?」

「そうよ。ふふ。内容は秘密なんだけれどね」

「なんだそれ」

「秘密なのよねー?」

「サマー」


 こんなやりとりをしつつ坂を下り、信号の灯ることのない道路を渡った。


 片側二車線の道路を見て、サルビアが首を傾げた。


「それにしても、広い道ね。こんなに広い道が必要なくらいに、人の往来があるということかしら」

「ああいや。これは車が走るためのものなんだ。通行人は歩道を使う」


 自動車を知らなければ、確かに妙にも思うだろう。


 説明を聞くと、サルビアは納得の吐息をついた。


「ああ。さっきから広い道の端っこを歩いていると思っていたんだけど、それでだったのね」

「……その発想はなかったな」


 車が走っていれば、サルビアも察しはついただろうが。

 ここがあくまで、おれの内面世界であるからこそ起こりえた誤解だった。


「でも、言われてみれば、そうだな。車は来ないから危ないわけでもないし、現実の法律を気にする必要もないんだから、車道の真ん中を歩いてもいいのか」


 特に疑問もなく歩道を歩いていたのは習慣の為せる業だ。


 それを知らない者からすれば、不思議な行動とも見えたかもしれない。


「どうする? 車道のほうを歩いてみるか?」


 尋ねてみると、サルビアは首を横に振った。


「いえ。やめておきましょう。旦那様の世界のルールに従ったほうが、きっと素敵だわ」

「そんなものか?」

「そんなものよ」


 サルビアはにっこりした。


 そういえば、普段、彼女はふわふわ浮きながら移動しているのに、いまは道を歩いている。


 これも、この世界のやり方に合わせて、ということなのだろう。


 ただ歩いているだけでも、サルビアは楽しそうだった。


 説明のひとつひとつに、興味深く耳を傾けていた。


 そのため、どうしても歩みは遅くなったし、立ちどまることもあった。

 急ぐ理由もないので、それでかまわなかった。


 こちらの現状についても話をした。


 帝都への到着。聖堂教会との接触。

 そして、幹彦との再会。


「ああ、幹彦さん。旦那様の中学校の頃からの友達だったかしら」

「そうだ。腐れ縁ってところでな、高校でもクラスメイトだった」

「これから行く学校で、ふたりは過ごしていたのよね」


 サルビアは目を輝かせた。


「ふふ。楽しみね。旦那様の学校というのは、どんなところなのかしら」

「授業参観みたいなことを言うんだな」


 苦笑しながら言ったあとで、伝わらないことに気付いた。


 案の定、サルビアは好奇心をくすぐられた様子で尋ねてきた。


「授業参観? なにかしら、それは」

「ええっと、だな。普段の学校っていうのは、教室で生徒たちが先生から授業を受ける場所なんだ。だけど、授業参観の日は保護者を呼んで、生徒が授業に取り組むところを見てもらうんだ」

「へえ。それが授業参観なのね。確かに、状況は似ているわね」


 納得したふうに吐息をつき、ふとサルビアが顔を覗き込んでくる。


「だけど、そのたとえだと、わたしが保護者ってことになるんじゃないかしら?」

「……」

「旦那様にそんなふうに言ってもらえるのは嬉しいわ」


 こちらを見詰める表情は、なんだか妙に機嫌が良さそうだった。


 なんとなく気恥ずかしくなって、おれは彼女から目を逸らした。


「……あまりからかわないでくれ」

「あら、残念ね」


 冗談めかして言って、あっさりとサルビアは引き下がった。


 ただ、ほんのわずかにだが、そこには本気の色があったようにも感じられて、思わずおれは視線を戻した。


 サルビアがこちらの視線に気付いて、微笑みを返してくる。

 その一瞬、双眸に過った感情はなんだったのか。


 さっきのは、あながち冗談でもなかったのかもしれない。


 そんなことを思ったのは、先程、おれたちと一緒にいるサルビアの気持ちを聞いていたからだろう。


「なにかしら」


 サルビアが首を傾げる。


「……いや。なんでもない」


 そう答えたのは、こういうことを直接尋ねるのも無粋なように思えたからだった。


 もっと言えば、妙に気恥ずかしかったのだ。

 なぜそう感じるのかは、わからなかった。


「そこを右だ」


 だから代わりにおれはそう言って、角を曲がった。


 そして、足をとめた。


「これは……」


 そこで、道が途切れていたのだ。


◆あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


◆サルビア回でした。

これだけ内心を吐露したのは初めてかもしれませんね。


もう一回更新します。

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