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5.優しい紫


緑と赤と白と黄色と。そこには色とりどりの花が咲き誇っていた。

――あのときと、まったく同じ。この世界に来て、初めて見た光景。あのひとと初めて会って、私が泣いた場所。





王の庭へと美波を引きずってきたクライヴはここまで来て、「私はここへは入ることが出来ません」と言い出した。


「えと、どういうことですか?」


さあ、行きましょうか、と張り切って連れてきたのは貴方じゃないか、と文句も言いたくなる。じっとりと睨んでもどこ吹く風だ。


「この庭は王のもの。王は庭師以外何人もここへ立ち入らせないので。もちろん私もね」

「…なら、私だって入れないじゃないですか!」


ちっちっちとクライヴは目の前で指を振った。その仕草すらもはや鬱陶しく見える。


「でも貴女はここへやって来た」

「え、」

「貴女はこの世界に来て、王だけの場所へ辿り着いた。それが、王が貴女を願った証」


重たい扉を開いて、美波をその奥へと押し込む。


――だから、貴女はここへ入ることが出来るんですよ。





ひとり取り残されて、一体どうしろというのか。

クライヴへの恨み言を頭の中で考えながら、庭を見渡す。

どこまでも続いているような花の道。美波はてくてくと歩き出す。


「やっぱり、きれい」


初めてここへ来たとき、夢か天国だと思った。世界が真っ暗になって次に見た場所だったというのもあるけれど、あまりにも綺麗で自分が想像していた天国に近い場所だったから。

ここが、王だけの場所。

アリシアが言っていた。王はよくここへ訪れる。護衛をつけず、必ず一人で訪れると。

クライヴも言っていた。王は誰もここへ立ち入らせないと。


王は一人で何を思ってここへ来るのだろうか。


「あ」


庭園を散策していた美波の目にひとつの花がとまる。赤と白と黄色と。華やかな色を持った花が咲く中で、数も少なくひっそりと咲いているような青紫の花。もっとよく見ようとそこにしゃがみ込む。


そのとき、美波の上に影が差した。振り向く前に頭上から声が降ってくる。


「また来たのか」


クライヴではない、けれど初めてではない男の人の声。美波が見ていた花と同じ、紫の瞳。

あのときは、声もちゃんと聞かなかったし、顔もよく見なかった。


けれど、分かった。


「王様、ですか?」


美波をこの世界に呼んだひと。――美波を求めたひと。





誰も立ち入らせないという庭園に勝手に入ったことを謝ると王は構わないと笑った。

もっと咎められると思ったのに、その反応にクライヴの言葉を思い出す。


――貴女はこの世界に来て、王だけの場所へ辿り着いた。それが、王が貴女を願った証


改めてまじまじと見た王は秀麗で、とても美波の力が必要とは思えない。そもそも普通の女子大生の美波に王を助けるような大そうな力などあるわけがないのだ。

なら、このひとはどうして美波をここへ呼んだのだろう。

クライヴが強引に連れてきたのもあるが、確かに美波は王に会いたかった。会って、聞きたかった。

それなのに、いざ本人を目の前にすると何も聞くことが出来ない。というより話しかけることも出来なかった。


そんな情けない自分に美波はこっそり落ち込んでいた。

元の世界にいた時からそうだった。初対面の人と上手く話すことが出来ない。それどころか余程仲良くならないと自分から話題を振ることも出来ない。

社交的な友人たちがそんなに仲良くない人とも談笑出来るのを見て、うらやましいと思いつつそれが出来ない自分が嫌だった。

ここでも、同じ。怖かった。おかしな話題を突然振って、つまらない子だと思われることが。まして、この世界で美波はこれまで会った3人しか知らない。その中のひとり、しかも仮にも美波を願ったというひとに悪印象を持たれたくなかった。かといって黙ったままでも同じ結果になりそうで、もう美波にはどうしていいか分からなくて早く庭園から出て行きたかった。


そのとき、くい、と急に腕を引かれた。そのまま王の正面に立たされた。王が美波の顔を覗き込む。


「あ、の」

「今日は泣いていないな」

「なんで…」

「ずっと黙っているからまた泣いているのかと思った」

「そんなすぐ、泣きません」

「なら、あのときは何故泣いた?」


突然泣き出したから、驚いた。

からかいを含んだ声に、頬が熱くなる。

恥ずかしくなって顔を背けた。


「さすがに初対面の人には言いません」


つい、すねたように答えてしまった。


「では次会ったときに教えてもらおうか」


頭に大きな手がのった。初めて会ったときと同じあたたかさ。

そのぬくもりがくしゃくしゃと往復する。

いきなり泣き出したせいなのか、幼子のような扱いを受けている。ますます恥ずかしくなり、いたたまれない。


そんな美波の心情に王が気づくわけもない。とんとんと王のペースで話は進む。


「異世界の娘、名は?」

「…美波です。涼風、美波」


王に問われ、自分の名前を口にしてから美波は気がついた。

この世界に来て初めて自分の名前を言ったことに。

美波がここへ来て話したことがあるのは、目の前の王様と、侍女のアリシア、そしてその兄のクライヴの3人のみ。アリシアは理由はいまいち納得がいかないが「姫様」と呼び、クライヴも「貴女」と呼ぶかふざけ調子に「お姫様」と言うだけだった。

気がついてしまうとそれが寂しく感じた。彼女たちにとって美波は「涼風美波」ではなく王が呼んだ「異世界の娘」に過ぎないということであるから。


「美波」


久しぶりに他人に呼ばれた名前が美波の思考を引き戻した。


王は屈むと、そこにあった花を一輪手折る。そして、美波へと差し出した。

美波がずっと見ていた紫の花。


「これ、」

「お前にやろう。この花はお前によく似合う」


向こうの世界で異性に言われたことのないような言葉に顔が熱くなった。王の顔を見るのが恥ずかしくて、視線を手の中の花へと移した。

そんな美波の様子の何が面白いのか王は喉の奥で笑う。


「美波、またここへ来い」


そのまま背を向けようとした王の服を美波は引っ張った。後から思い返せばなんて畏れ多いことをしたんだろうと冷や汗をかくような行動だけれど、今の美波にとってそんなことはどうでもよかった。


「待ってください!」


――まだ、私は肝心な事を聞いていない。



「どうして、私をここへ呼んだんですか?」


退屈で、何が楽しいのか分からなくなった毎日だったけれど、それでも大切にしてきたものがあった世界。この人は何かを願って、美波をそこから引き離した。

王の客だとお姫様だとどんなに侍女に大事にされても、理由を聞かなければ美波だって納得は出来ない。

必死にそれを求める美波を王は黙って見下ろした。先程までと異なり、一切の感情を隠したような静かな瞳を怖いと思った。しかし、それでも美波は目を逸らさなかった。


「…さあな。私にも分からない」


ひとつ瞬きをして、再び見えた瞳には困ったような色が見えた。


「それでも私がお前を呼んだことは事実だ。しばらくは、ここへいてほしい」


この言葉の中で王が、美波に対して申し訳ないという気持ちを抱いていることが分かった。

それはきっと、異世界へ勝手に連れてきたにも関わらず、その理由を説明出来ないことに対して。王は決して誤魔化そうとしているわけではない。

だから、美波はそれ以上は追及せず、王の言葉にゆっくりと頷いた。

ずっと掴んだままだった王の服から手を放す。



「美波」


王が名前を呼んだ。

ここへ来て一度も呼ばれることがなかった名前は、不思議と王の声に馴染んでいるように聞こえた。それが心地よかった。


「また来てくれるか?」


先程と違ってこれは命令ではなかった。来いという逆に萎縮してしまいそうな言い方より、こっちの方がいい。

もらった紫の花をそっと握り直して、美波は頷いた。


「また、来ます。王様、この花ありがとうございます」


長く更新を止めていて申し訳ありません。

今後も不定期になりますが、頑張りますのでよろしくお願いします。

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