第7話:水の都のアンコール
海洋惑星 アクアラグナ の夜は、昼間とは全く異なる幻想的な表情を見せる。
紺碧の海は街の明かりを受けて深みのある紫に染まり、水上都市ルザルカの至る所で輝く青や金のホログラムライトが、水面に揺らめく光の絨毯を作り出していた。潮風に乗って聞こえてくるのは、あちこちの露店から流れる陽気な音楽と、酒場から響く宴の歓声だ。
「よし! 機材のセッティング、オールグリーンだ!」
月影 彗 が水上ステージの脇で小型端末の画面を鮮やかに叩き、満足げに息をつく。
「ドックでの船の防錆処理もバッチリ済ませたし、この特設ステージのホログラム投影機もルザルカの広大な水面と同期完了だよ。水面全体を巨大なスクリーンにして、最高の光の演出を見せてあげるよ」
「助かったぞ、彗! さあ、舞台の準備は整った!」
座長の 星原 昴 は青い衣装の袖をくりと捲り上げ、胸元でビシッと指揮棒端末を構えた。
「昼間、奏芽 が迷子になった時に助けたあのアクアンの女の子……あの子とお母さんも、客席の最前列に来てくれている。迷子の子守唄で終わらせるわけにはいかない! 今夜はこの水の都ルザルカ全体を、俺たちの歌劇で満開の笑顔にしてやるんだ!」
「わんだほー! 咲良も準備バッチリだよ〜っ!」
ピンク色のフリルと貝殻をあしらったキュートなドレスに身を包んだ 花園 咲良 が、軽やかにステップを踏みながらポーズを決める。
そして、ステージ中央の影から静かに歩み出てきたのは――星空と深海をイメージした紺青のドレスを纏った奏芽だった。
そのオーロラシルバーの髪には、昼間咲良と街で選んだ小さく輝く貝殻の髪飾りが留められている。
「個体識別:迷子の幼少個体、およびその保護者の着席を確認。……バイタルデータは極めて安定。楽しみという感情波形を検知しています」
奏芽は可憐な唇を開き、静かに胸に手を当てた。
「私の中に誕生した……『心』という未知のデータ。皆さんと一緒に歌うことで、このデータがどのように拡張されるのか……私自身、演算が楽しみです」
「くう〜っ! 奏芽ちゃんたら、そんなカッコいいこと言っちゃって〜! ギューッてしたい!」
咲良が跳ね起きるのを、彗が「こら咲良、衣装が崩れるだろ」と笑いながら宥める。
昴は三人を見渡し、太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。
「行くぞ、みんな! スターライト劇団、水の都ゲリラ公演――開演だーっ!」
◇
『――♪』
水上広場に設置された特設ステージから、澄み切った旋律が夜の海へと流れ出した。
彗の操作によって、周囲の水面から幾重もの水の柱が立ち昇り、ホログラムの光を受けて七色に煌めく。
「見てごらん! 海の上で何か始まったぞ!」「なんだあの綺麗な光は!?」
水路を行き交うゴンドラの船頭たちや、沿道のレストランで食事を楽しんでいた人々が、次々と足を止めて水上ステージへと視線を向けた。
ステージ中央で、咲良が水飛沫を弾けさせるような躍動感あふれるダンスを披露する。
「みんなー! 今夜は咲良たちの歌を聴いて、いっぱい笑顔になってね〜っ!」
咲良の弾けるような歓声に続いて、奏芽が静かにマイクへと向かい、可憐な唇を開いた。
「――♪♪」
透明感に満ちた、けれどどこか温かい旋律が夜空へと突き抜ける。
前話で涙を流し、『悲しみ』と『温もり』を知った奏芽の歌声は、もはや単なる音符の正確なトレースではなかった。聴く者の胸の奥底をそっと優しく包み込み、日々の疲れや孤独を溶かしていくような、深い慈愛に満ちたメロディ。
胸部の 量子調律炉 がやわらかな青金の光を放ち、水面に反射して広場全体をまるで幻想的な海底宮殿のように彩っていく。
「なんて美しい歌声なんだ……」「心が……洗われるようだ……!」
観客たちから溜め息のような感嘆の声が漏れ出る。昼間奏芽に助けられたアクアンの少女は、お母さんの膝の上で瞳を輝かせ、「お姉ちゃん! がんばれーっ!」と小さな手を一生懸命に振っていた。
「見ろ彗、咲良! 観客の顔を!」
昴がビームブレードの演出光を夜空へ打ち上げながら叫ぶ。
「みんな笑ってる! 俺たちの歌が、この街に届いてるんだ!」
「ああ、素晴らしいよ座長! 集客数はすでに三千オーバー! 街のホログラムモニターにも勝手に映像を割り込ませてやったからね、今やルザルカ全域がボクたちの劇場だ!」
彗が不敵に笑いながら鍵盤を激しく叩き、曲はアップテンポなクライマックスへと突入する!
咲良と奏芽の綺麗なデュエットが響き渡り、観客の手拍子が地鳴りのように広場を揺らした。
(楽しい……。この感情を、『楽しい』と呼ぶのですね……!)
歌いながら、奏芽は自分の胸が心地よく跳ねるのを感じていた。
観客の笑顔、咲良の弾けるポーズ、昴の熱い眼差し、彗の奏でる音色。そのすべてが自分の中でひとつになり、素晴らしい音楽となって世界へ広がっていく。
自分はもう、ただ命じられて歌う『兵器』ではない。仲間とともに舞台に立つ、一人の『歌姫』なのだ。
曲が最後の美しい余韻とともに締めくくられた瞬間――。
クーーーーッ!! と、広場が割れんばかりの大歓声と拍手に包まれた!
「ブラボーーーッ!」「素晴らしいぞ、スターライト劇団!」「アンコール! アンコール!」
地響きのようなアンコールが巻き起こる。
「やった……! やったよ昴くん! 大成功だよ〜っ!」
咲良が飛び跳ねて昴とハイタッチを交わす。
「よし! このままアンコールに応えて、もう一曲――」
昴が指揮棒を掲げかけた、その時だった。
『――警報。空間歪曲 反応を多数感知。上空より接近中』
スターライト号の自動警戒システムから、耳を疑うような緊急アラートが彗の端末へ叩き込まれた。
「……ッ!? 座長、まずい! 上空だ!」
彗が叫ぶと同時に、ルザルカの美しく澄み渡った夜空が、ドス赤く歪んだ。
『――ゴオオオオオオン……!』
大気を引き裂く重低音とともに、雲を割って姿を現したのは、漆黒の重装甲に身を包んだ巨大な宇宙戦艦――巨大銀河帝国軍・第3機動艦隊の旗艦であった!
その周囲には、数テンの大型ドロップシップが群れをなして降下してくる。
「な……なんだあれは!?」「帝国軍の戦艦!?? なぜこんな水上都市に!?」
祭り気分だった観客たちが一転してパニックに陥り、悲鳴をあげて逃げ惑い始めた。
艦隊のスピーカーから、地響きのような威圧的な電子音声が街全体に響き渡る。
『――中立都市ルザルカの市民に告ぐ。我が帝国軍は、重要危険指定機体および逃亡犯の潜伏を確認した。直ちに当該機体を引渡せ。引き渡しが遅延した場合、本都市への無差別砲撃を開始する』
「無差別砲撃だと……!? 冗談じゃない、ここには一般の市民がたくさんいるんだぞ!」
昴が拳を握りしめ、上空の巨大戦艦を睨みつける。
「影の旅団からの報告を受けて、本隊が直接叩きにきたんだね……! 惑星ネオンの時とは規模が違う、本気でボクたちを潰しにきているよ!」
彗が顔を青くしながら、素早く撤収作業に入る。
「おのれ帝国軍め……! せっかくの最高なライブを邪魔しやがって!」
咲良が怒りで頬を膨らませる。
そして、奏芽は上空の黒い影を見つめ、静かに一歩前へ出た。
「……私のせいです。私がこの街で歌い、大規模なエネルギー波形を出力したため、帝国の長距離広域センサーに捕捉されました」
奏芽の瞳に、かすかな陰りが差す。
「私の存在が、またこの街の人々を……皆さんを危険に晒しています」
「バカ言え、奏芽!」
昴が駆け寄り、奏芽の肩を力強く掴んだ。
「お前が自分を責める必要なんてどこにもない! 悪いのは、歌を楽しむ人々を脅かすあいつらだ!」
「ですが、昴様……! このままではルザルカが――」
「逃がすかよ! 俺たちのステージを途中で台無しにされて、黙って引き下がれるか!」
昴は腰の指揮棒端末を空へ突き出し、逃げ惑う観客たち、そして最前列で怯えるあのアクアンの少女へ視線を向けた。
「奏芽! 咲良! 彗! スターライト号へ戻るぞ! 帝国の鼻かみ野郎どもに、俺たちの本当の『アンコール』を見せてやる!」
「了解だよ、座長! 船の準備はできている!」
「うんっ! 咲良たちの邪魔をする奴らは、まとめて吹き飛ばしちゃおう!」
「……了解、マスター。……いいえ、座長」
奏芽は貝殻の髪飾りにそっと触れ、力強く頷いた。
「私の……私たちの歌声を、邪魔させはしません!」
四人はパニックに包まれるルザルカの街を駆け抜け、待機させていたスターライト号へと飛び込んだ。
夜空を覆いつくす帝国軍の影。
水上都市の平和と、自分たちの『歌』を守るため――スターライト劇団の新たなる激闘の幕が、今まさに上がろうとしていた。
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