第14話:深海の密室と蒼き哀傷の旋律
灼熱惑星ヴァルカン での激闘を乗り越え、スターライト号は再び亜空間 の光のトンネルを駆け抜けていた。
だが、船内のラウンジは、銀河の運命をかけた壮大な旅路というよりは、どこか所帯じみた熱気に包まれていた。
「――というわけでだ! 新しい劇団員の加入に伴い、我がスターライト号の『生活エリア再編成および部屋割り会議』を執り行う!」
座長の 星原 昴 が、ホワイトボード代わりに持ち出した液晶パネルをビシッと指差し、堂々と宣言した。
「えーっ!? 部屋割り変更!? 咲良、今の奏芽ちゃんとの二人部屋が最高に楽しくて大満足だったのに〜っ!」
花園 咲良 が、ジュースのストローを咥えたまま不満そうに唇を尖らせる。
「現実的な問題を考えてくれよ、咲良」
メカニックの 月影 彗 が、アイスコーヒーを一口飲みながら眼鏡のフチを指で押し上げた。
「元々このスターライト号は小規模な巡業劇団用の小型高速船だからね。個室は座長用とボク用、そして女子用の二人部屋が一つしかなかった。そこに三号機のルージュが加わったんだ。女子用の部屋に三人は物理的にベッドの数が足りないよ」
「ふん、私は通路の隅で腕を組んで眠っても構わんぞ。戦場では岩陰だろうが機体のコクピットだろうが眠れたのだからな」
腕を組み、壁にもたれかかっていた真紅の髪の少女――ルージュ が、サファイアのように燃える瞳をそっぽに向けながら素っ気なく言い放つ。
「そんなのダメだよっ! ルージュちゃんも立派な女の子で、咲良たちの仲間なんだからっ!」
咲良がポンと手を叩き、ルージュの元へ駆け寄る。
「奏芽ちゃんもそう思うよね!?」
「はい、咲良様」
オーロラシルバーの髪を優しく揺らし、奏芽 が可憐な微笑みを浮かべた。
「ルージュは私と同じ、大切な家族であり劇団員です。快適な睡眠環境と充電ポートの確保は、胸の量子調律炉 の安定稼働にとっても極めて重要です」
「くっ……お前たち、なぜそうやって私のことを過剰に気遣うのだ……調子が狂う……」
ルージュが真っ赤になって視線を泳がせると、彗がフッと口元を緩ませてパネルの図面を書き換えた。
「というわけで、ボクの機材倉庫の一部を改装して男子部屋を二段ベッド化、これで部屋を一つ空ける。女子部屋は奏芽、咲良、ルージュの三人用に二段ベッドとシングルベッドを増設した『3人部屋』に改修完了だ!」
「わんだほー! ルージュちゃん、今日からよろしくねっ!」
「ち、近づくな! 私は寝相が悪いからな! 蹴っとばされても知らんぞ!」
ツンツンしながらも嬉しさを隠しきれないルージュの姿に、ラウンジ内は温かい笑い声に包まれた。劇団としての絆が、また一つ深まった瞬間だった。
「よし! 生活基盤も整ったところで、本題に入るとしよう」
昴が表情を引き締め、パネルの画面を銀河マップへと切り替えた。
「彗、例の『姉妹機』の捜索状況はどうだ? 四号機の反応は掴めたか?」
「ああ。ルージュの調律炉から抽出した姉妹機共鳴データを解析した結果、次なる強力なエネルギー反応を捉えたよ」
彗の操作により、青く輝く巨大な水の惑星がホログラムとして浮かび上がった。
「目的地は、星全体の九九パーセントが果てしない海に覆われた|深海惑星アトランティス《プラネット・アトランティス》 だ」
「海だけの星……!? わぁ〜っ! プールみたいで泳ぎ放題かな!?」
咲良が瞳をキラキラと輝かせるが、彗の表情は硬い。
「浮かれてはいられないよ、咲良。この星はただの観光地じゃない。数千年前の古代文明が海底深くに沈んだ『水没都市遺跡』が存在する未開の宙域だ。そして……そこに潜伏しているのが、四号機――通称『シアン』だ」
「シアン……蒼き歌姫……」
奏芽がそっと胸に手を当てる。
「彼女のエネルギー波形は……極めて静かで、けれど深い『哀傷』と『孤独』の旋律に満ちています」
「……シアンか」
ルージュが眉をひそめ、サファイアの瞳を暗く沈めた。
「帝国のデータバンクにあったな。四号機は音波による生体細胞の修復と『広域精神鎮静』に特化して開発された歌姫兵器だ。……だが、帝国の実験によって凄まじい精神負荷をかけられ、自我の均衡を崩して逃亡したと聞く」
「精神鎮静の歌姫……。そんな子が、どうして暗い海底に……?」
咲良が心配そうに呟く。
「帝国軍の捕獲部隊もすでにアトランティス宙域へ向かっているという情報が入っている。急ごう、みんな! シアンが帝国に捕まる前に、ボクたちが連れ出すんだ!」
「おうっ! スターライト号、亜空間 離脱! 蒼き深海へ突入だ!」
◇
亜空間を抜けた瞬間、スターライト号のフロントガラス一杯に広がったのは、息を呑むほどに美しいコバルトブルーの世界だった。
どこまでも続く青い水平線と、太陽の光を受けて眩しく揺らめく波紋。
「うわあぁぁ……! すごい! 本当に全部海だぁっ!」
咲良が操縦席の窓にへばりついて歓声をあげる。
「綺麗だが……シアンの反応はどこにあるんだ、彗?」
「水深八〇〇〇メートル……極光海底谷の底に沈む、古代水没都市『ルルイエ』の中心部だ」
彗が操縦桿を握り直し、潜航モードへと切り替える。
「耐圧シールド全開! 水中推進モーター発動! 水没都市へ降りるよ!」
バシャァァァン――ッ!
スターライト号は水煙を上げて海面へとダイブし、青い水の中へと潜っていった。
浅瀬の明るいサンゴ礁を抜け、光の届かない漆黒の深海へと深く、深く降りていく。水圧警報がピピピと鳴り響く中、船の探照灯が照らし出したのは、海底に佇む巨大な水晶の神殿と、苔に覆われた古代の建築群だった。
「ここが……水没都市ルルイエ……」
昴が息を呑む。
「みんな、見て! 神殿の真ん中に、何か浮いてる!」
咲良が指差した先――海底神殿の中央にそびえる青い水晶の柱。その内部に満たされた透明な羊水のようなカプセルの中に、一人の少女が眠っていた。
膝を抱え、水中にたゆたうのは、透き通るような蒼空色の髪を持った儚げな少女。彼女の胸には、深海のように深い青色に輝く量子調律炉 が埋め込まれていた。
「シアン……!」
奏芽が叫んだその時――!
『――ククク、やはり現れたな、逃亡アンドロイドども!』
深海の暗闇を切り裂き、巨大な潜水型機動要塞――帝国深海艦隊 が姿を現した!
無数の魚型自律ドローンがスターライト号を取り囲み、魚雷の照準を合わせていく。
艦隊の指揮官である帝国の高官・ドクトル・ザックス が通信モニター越しに不敵に笑う。
『この四号機は、広範囲の敵の精神を崩壊させる『絶望の音波』を発する極秘兵器として、我が研究所が回収する手はずになっていたのだ! 貴様らごとき鼠どもに横取りされてたまるか!』
「絶望の音波だと……!? 彼女は兵器じゃない! 仲間だ!」
昴が叫び、ビームブレードを構えるが、深海の水圧と敵の潜水兵器群により、スターライト号は身動きが取れない!
その時、カプセルの中の少女――シアンが静かに可憐な目を開いた。
その瞳は、涙のように濡れた、哀しみで満ちたマリンブルーだった。
「……誰も……来ないで……」
シアンの消え入りそうな声が、深海の水振動となってスターライト号のスピーカーから響いてくる。
「私の……歌は……みんなを傷つける……。私の胸の……調律炉は……絶望しか産み出さない……。だから……私は……ここで一人で……永遠に眠るの……」
シアンの胸の調律炉から、ドス黒い青の衝撃波が解き放たれた!
「――♪♪♪(誰も……私に触れないで……!)」
それは、聴く者の心を抉り取り、激しい孤独と哀しみに包み込む『哀傷の防衛旋律』だった!
「ぐあっ……! な、なんだこの旋律は……! 心が……激しく重くなる……!」
昴が胸を押さえて膝をつく。咲良も「悲しい……悲しいよぉっ……!」と涙を流して倒れ込んだ。
「シアンの調律炉が、過去の実験トラウマで暴走しているんだ! 彼女自身が、自分の歌を『呪い』だと拒絶している!」
彗が必死にキーボードを叩くが、深海の音波干渉によって船のシステムが麻痺していく。
「愚かな……! 絶望の旋律に呑み込まれて、そのまま海底の塵となるがいい!」
ザックスが嘲笑う中、奏芽とルージュの二人が力強く一歩前へ踏み出した。
「シアン……! 違います!」
奏芽が耐水シールドを展開し、深海の冷たい水の中へと飛び出した! オーロラシルバーの髪が水中で美しく揺らめく。
「お前の歌は呪いなどではない! 私たちが証明してみせる!」
ルージュも背中の炎のスラスターを水中モードで限界まで噴射させ、奏芽の隣へ降り立った!
「奏芽! 行くぞ! 絶望の底に沈んだ『妹』の心を、私たちのデュエットで解き放つんだ!」
「はい、ルージュ! ……シアン、届いてください! 私たちの仲間の歌声が!!」
水深八〇〇〇メートルの漆黒の海底で、奏芽の『希望』と、ルージュの『情熱』、そしてシアンの『哀傷』という三つの旋律が激しく交錯し始めた――!
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