第5話 狼少女
夜のアジトは静まり返っていた。
医療室の白いシーツの上で、少女――ルナが眠っている。
アルカナは壁にもたれながら、静かにその寝顔を見つめていた。
「調べてみましたけど、外傷は軽いです。精神的なショックによる気絶でしょう。じきに目を覚ますと思います」
『第六夢』のリヴェルダが診察を終え、穏やかに報告する。
「そうか。助かったよ、リヴェルダ」
アルカナは小さく頷いた。彼女の額に残る小さな傷跡が、過酷な逃避行を物語っていた。
その時、シーツが微かに動いた。
ルナのまぶたが震え、うなされるように目を開く。
「……ここ、どこだ……?」
かすれた声。見知らぬ天井に怯えた瞳が揺れる。
「大丈夫か? もう安全だ」
アルカナが一歩近づき、落ち着いた声をかける。
だが、その瞬間、ルナの表情が恐怖に染まった。
「ち……近寄るなッ!」
反射的に腕を振り上げ、鋭い爪が空を裂く。
アルカナはとっさに腕で防いだが、袖が裂け、皮膚に赤い筋が走った。
「チッ……動くな!」
瞬時にポーカーが銃を構え、ルナの額に照準を合わせる。
「ポーカー、銃を下ろせ」
アルカナの声は低く、しかし鋭く響いた。
「危険だ、アルカナ。次に暴れたら――」
「いくら俺でも、そろそろ怒るぞ?」
静かな言葉に、空気が張りつめる。
ポーカーは無愛想に銃を下ろした。
ルナは震えながら壁際に下がり、目を伏せる。
「すまねぇ……怖かったんだ。思い出しちまって……」
その声は強がりにも、泣き声にも聞こえた。
リヴェルダがそっと彼女の肩に手を置く。
「大丈夫。ここにはあなたを傷つける者はいません。なぜ狙われていたのか教えて貰えますか?」
ルナは少しだけ呼吸を整え、ぽつりと語り始めた。
「……あたしの両親、昔“リベラ協会”っていう団体の代表だったんだ。狼族だって人と同じように生きられるって、そう言ってさ。でも……十数年前、“スーパーブラッドムーン”が来たんだ」
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窓の外から、赤い月光が差し込んでいた。
「月が紅く染まる夜……あれが、全部の始まりだった。
あの夜、狼族は暴走した。理性をなくして、仲間を、家族を……誰でも襲ったんだ。」
「あたしの両親も暴走しかけたけど、必死に耐えてた。でも……警察が来て、危険因子と判断されて……撃たれた」
声が震え、唇を噛みしめる。
「目の前で、だ。何もできなかった。それから、あたしは逃げて……親が残した金で学校通って、普通の人間みたいに生きようとした」
「でも、無理だった。“狼族”って聞いただけで、みんなビビって逃げるんだもんな」
リヴェルダは静かに目を伏せ、ポーカーは無言で壁に寄りかかる。
アルカナだけが、まっすぐルナを見つめていた。
「それでも、君は生きてきた。逃げるでもなく、憎むでもなく。……強いな、ルナ」
ルナは驚いたように顔を上げ、涙の跡をぬぐった。
「強い、だと? ……そんなの、初めて言われたぜ」
「嘘でもないさ」
アルカナは微かに笑い、腕の傷を押さえた。
「まったく……過保護なんだから」
ポーカーがぼやく。
その時、通信機からソリティアの声が響いた。
『アルカナ様、彼女の保護は危険です。十四年前と同じ月が来れば、また暴走するかもしれません。監視をつけて外に戻すべきです』
「……分かってる。でも、今夜くらいは休ませてやってくれ」
アルカナの言葉に、誰も反論できなかった。




