第17話 紅き夜の始まり
深夜。
ルナのスマートフォンが、静かに震えた。
知らない番号。
画面を見つめたまま、数秒が経つ。
着信を取ると、ノイズ混じりの声が聞こえた。
『お久しぶりですね、狼の娘』
テラーだった。
ルナは即座に立ち上がり、声を押し殺した。
「……何の用だ」
『用件は簡単です。貴方の学友、茜という娘を覚えていますでしょうか?』
胸が冷えた。
『今、彼女をいつでも攻撃出来ます。ですが、貴方が自分の足でここへ戻るなら、見逃します。ただし、一人で来てください。誰かに話せば――分かりますよね?』
「……分かった」
気づけば、口が動いていた。
『賢い選択です。場所を送りますので其方まで来てください』
通信が切れる。
ルナはスマートフォンを握り締め、しばらく動けなかった。
アルカナに話せば、きっと助けてくれる。
でも――今度は、私の大切な友達だ。
茜は関係ない。あたしのせいで、巻き込まれた。
「……ごめん」
誰にともなく呟き、ルナは静かに立ち上がった。
上着を羽織り、扉をそっと開ける。
廊下は静まり返っていた。
ルナの足音が、少しずつ遠ざかっていった。
__________
送られてきた場所は、都市部の外れにある古い倉庫だった。
重い扉を押し開けると、広い室内に人の気配が満ちていた。
赤いランプが天井から吊るされ、床には紅月の団員たちが整列している。
その最奥。
緋色のカーテンの前に、見覚えのある顔が並んでいた。
そこには『テラー』と他三人が頭を垂れている。
その中には捕えられたはずのゴンザまでもが、巨体を折り曲げて深く頭を下げていた。
「……なんだ、これ」
ルナは思わず足を止めた。
テラーがボスだと思っていた。
だが今、そのテラーが誰かに跪いている。
緋色のカーテンが、ゆっくりと揺れた。
一歩。また一歩。
重厚な足音が、室内に響く。
現れたのは、中年の男だった。
灰色交じりの髪、鋭い眼光。狼族特有の耳と尾が、赤いランプの光に照らされている。
背筋は真っ直ぐで、全身から圧倒的な重みが滲み出ていた。
ルナは直感した。
この男が、本当の紅月のボスだと。
男はルナをゆっくりと見渡し、口元に静かな笑みを浮かべた。
「よく来た、狼の娘。待っていたぞ」
低い、悪魔のような声だった。
だがその穏やかさが、怒鳴り声よりもずっと怖かった。
「……お前は」
「私の名は、ヴォルク。お前と同じ狼族で、紅月のボスをしている。『久しぶり』に会えて嬉しいよ」
男――ヴォルクは室内を見渡し、団員たちへ向けて静かに腕を広げた。
「さあ」
その一言で、室内の空気が変わった。
「数日後、紅き月が始まる」
ヴォルクの瞳が、赤く輝く。
「我々の夢を――叶えようか」
咆哮のような歓声が、倉庫全体を揺らした。




