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死神と呼ばれた少年は光を求める  作者: 夕凪砂々
第一章 目覚める死神
19/21

死神少年と光の少女

「これで、貴方が仮の主人となりました」

「悪いな。手間かけさせてよ」

「いえいえ、このくらい容易いことです」


 ローブの人物は隷属の呪印の支配権をリーダーの男に移譲し、自分は上司に報告すべくアルディアス王国へと戻っていった。


 他者の奴隷を盗むことは立派な犯罪ではあるが、譲渡・売買して所有権が移った場合は正当な取り引きとなる。

 なら他人を奴隷にするのはどうなのかという問題だが、商売として成立している以上その行為は黙認されている。


 もちろん奴隷の扱いを禁止している国もあるが、そんなものは少数派だ。大多数の国は奴隷の存在を容認しているし、奴隷の扱いにいちいち口出ししたりはしない。


 奴隷の扱いもピンキリで、労働力として使役し、その働きに応じて褒美を与える者もいれば、劣悪な環境で扱き使い、碌に食事を与えない者もいる。


 少なくともまともな価値観を持つ人間なら、よく働いてくれた奴隷には相応の対価を支払い、場合によっては奴隷から解放するものだ。

 だが悲しいかな。中には歪んだ癖を持つ人間というものも一定数いるもので、奴隷を甚振ることに快楽を覚える者もいれば、割れ物を扱うように過剰なまでに大切にする者もいる。


 誰がどこへ買われていくかなんて知る由もない。競売にかけられる以上、ある程度の覚悟はしなければならない。


「さてと、そろそろ出発だ。おめぇらはここを綺麗にしとけよ」

「へい、兄貴」


 リーダーの男は弟分達に小屋の管理を任せ、自分は二人の部下を連れて取り引き現場へ向かう。

 奴隷達が全員荷車に乗り込んだのを確認すると、合図を出して馬を走らせる。


 しかし舗装されていない道を走っているうえに悪路であり、そのおかげで荷車はガタガタと揺れていた。

 あまりに酷い乗り心地に少年は軽く酔ってしまう。


「う……」


 ただでさえ荷車は鮨詰め状態なのに、これだけ酷い揺れだとリバースしかねない。

 そんな時ふと少年の目の前に座っているネコ耳の少女が目に入る。


 彼女も若干青い顔になっていて、どうやら気分を悪くしているのは自分だけではないと安堵した。

 だが次の瞬間、彼女の胸に視線がいく。


 やたら主張の激しい胸部だった、とだけ言っておこう。




 ◇  ◇  ◇  ◇




 いったいどれくらい移動したのだろう。体感ではもう一時間は経った気がする。

 それでも未だに目的地である取り引き現場には着かない。


 奴隷達からすればこのまま一生迷ってくれたほうがマシだが。


「道を間違えたか?」

「もうそろそろ着くはずなんですがね」

「引き返すのも面倒だし、このまま突っ切るしか――ん?」

「――ッ! 兄貴! 前!」

「うおッ⁉︎」


 リーダーの男は慌てて馬を止める。


 目の前にいたのは自分達の背丈の倍はあろうかという巨大なクマだった。


「デビルグリズリー⁉︎ ウソだろ⁉︎」


 目の前に現れたクマはデビルグリズリーという魔物で、腹部に悪魔の顔のような模様があることからその名がつけられた。


 見た目通りのパワーとその巨体に似合わぬ走力で、どんな獲物も仕留めるという。事実、多くの人間がデビルグリズリーの餌食になっており、奴に目をつけられるということは奴の腹に収まることを意味する。


 加えて縄張り意識が非常に強く、侵入者には一切容赦せず、たとえ同族だろうと自分のテリトリーを侵すならば話は別である。

 おまけにタフネスもかなりのもので、生半可な攻撃は通じないことから冒険者の間でも忌避されている。


 逃げようとしても先述した通り走力もあるため、逃げたところですぐ捕まって食われるだけ。

 相応の実力者でなければまともに戦えない相手であり、残念ながら今ここにデビルグリズリーを相手取れるほどの手練れはいない。


「クソッ、こんなとこで死んでたまるか!」


 リーダーの男は急いで方向を変え、一刻も早くこの場から離れる。自分達の命が惜しいのはもちろんだが、大事な商品を失うわけにはいかない。

 もしどうしても撒けそうにない場合は仕方ない。奴隷を食わせてその隙に逃げよう。


 しかしその考えはあっさり砕かれることになる。


「…………マジかよ」


 前方からもう一体のデビルグリズリーが出現し、馬をぶん殴って倒し、その拍子にリーダーの男とその部下、そして奴隷達は一斉に放り出されてしまう。


 そして先程遭遇したデビルグリズリーに追いつかれ、奴隷の一人が鋭い爪で引き裂かれて死亡した。


「どうすんですか兄貴! このままじゃ俺達全員食われちまいますよ!」

「――仕方ねぇ。今は生き残るのが優先だ。奴隷どもを置いて逃げるぞ!」

「いいんですか? 大事な商品ですよ?」

「奴隷なんざまた集めりゃいい。説明すりゃ取り引き相手もわかってくれるだろ」


 リーダーの男は大きく息を吸い込むと、奴隷達に向かって叫ぶ。


「奴隷ども! 命令だ! 『デビルグリズリーを倒せ!』」


 そう言うと男達は全力ダッシュでこの場から遠ざかる。


 あの奴隷の中にデビルグリズリーに勝てるような奴はいない。だから『倒せ』なんて無茶な命令をすることで逃げられないようにし、自分達が逃げ切るまでの時間稼ぎに使ったのだ。


 しかし、デビルグリズリーはそれを見逃さなかった。


 デビルグリズリーは口腔内に魔力を溜め、それを光線として放つ。

 魔力の光線は的確に男達を捉え、振り返った時には眼前まで光線が迫っていた。


「は……」


 何が起きたのか理解できぬまま、男達は跡形もなく消し飛んだ。


 男達が死んだことで首筋の呪印が消え、命令の効果も解除される。


 本来なら奴隷は主人に『命令』されると逆らうことはできないが、主人が変わった場合や死亡した場合は命令の効果が切れるようになっている。


 しかし自由の身になったはいいが、デビルグリズリーに襲われているこの状況をどうにかしなければ本当の自由などない。


 阿鼻叫喚の惨状を前に少年――光井周は強く意識を集中させ、異能の力を引っ張り出す。

 次々と元奴隷達が殺されていく中で、周は周囲の魂を取り込んで自分自身を強化する。


「う……」


 その瞬間、元奴隷達の悲痛な叫びが脳内を駆け巡る。理不尽な死に対する怒りや恨み、さまざまな負の感情が暴風雨の如く周の中で荒れ狂う。


 その憎悪から生み出されるオーラはデビルグリズリーを怯ませ、無事だったオッドアイの少女とネコ耳の少女は全身が総毛立つほどの恐怖を感じていた。


「なに……あれ……」


 今までに感じたことのない悍ましい気配。もしも死というものを具現化したものがあるとするなら、目の前にいるそ(・)れ(・)がそうなのだろう。


 そして死を具現化し、その力を振るう存在がいるとすれば、こう言い表わすのが相応しい。




 ――死神と。




 ◇  ◇  ◇  ◇




 周はドス黒い魔力を纏い、デビルグリズリーと相対する。右手に魔力で形成した鎌を持ち、全身に身体強化を施し、地面を踏み込んで勢いよく飛び出す。


 デビルグリズリーは周を叩き潰さんと前脚を振り上げ、それに合わせて周も鎌を振るう。


「地獄の鎌(ヘルサイズ)」


 死者の念を込めた鎌は相応に威力があるはずだが、デビルグリズリーの前脚を弾くだけで切断には至らなかった。


 しかし敵は一体だけじゃない。もう一体のデビルグリズリーもまた周を狙って突進してくる。

 周には躱されるが、猛スピードの突進はぶつかった木を薙ぎ倒すほどの威力だ。まともにくらえばどうなるかなんて言うまでもない。


 二対一のこの状況は芳しくない。けれどもここで退くわけにはいかないのだ。まだ生きている人達を逃がすために、自分がここで食い止めなければ。


 幸い二体の注意は自分に向いている。だがいつまでもつかわからない。体力も魔力も無限ではないから。


「くそ…」


 デビルグリズリーの攻撃を捌きながら対抗策を考え続ける。

 まともにダメージ与えることもままならず、かといって受けに回ってもジリ貧にしかならない。


 魔力を全開にすれば勝機はあるかもしれないが、そもそもそんな隙を晒してくれるとも思えない。


 たとえほんの僅かでもいい。ありったけの力を込める時間が欲しい。

 その一撃で仕留められなければどのみち命はない。


「アマネ! 目を閉じて!」


 すると突然背後から叫ぶ声が聞こえた。周は言われた通りに目を閉じると、次の瞬間、目を閉じていてもわかるくらい眩い光が炸裂する。


 ゆっくり目を開けると、視界をやられたデビルグリズリーが首を振りながら周囲の木々にぶつかっていた。


 周も若干視界がチカチカするが、このチャンスを活かさない手はない。ありったけの魔力を込めて鎌を巨大化させ、勢いよく振りかぶる。


「地獄の大鎌(グラン・ヘルサイズ)!」


 周の身の丈以上の大きさとなった鎌は周囲の木々ごとデビルグリズリーの一体を両断する。しかしその直後、全身が軋むような痛みが襲い、周はその場に倒れ伏す。

 どうやら思った以上に負担が大きかったらしい。


 しかしデビルグリズリーはもう一体いる。力を使い果たしてしまった周では最早どうすることもできない。

 それでもこのまま寝ているわけにはいかない。自分が食われれば次は少女達がデビルグリズリーの犠牲になってしまう。


 気づけば生存者も周とオッドアイの少女とネコ耳の少女の三人だけ。その内周はボロボロ、少女達はまだ五体満足だが、彼女達がどこまで戦えるかわからない。


 ならばせめて、二人を逃がす時間稼ぎをしよう。

 そう決意した周は全身の痛みに堪えながらゆっくりと起き上がる。


 そして視界の端に二人の姿を捉えると、二人に聞こえるくらいのボリュームで話し始める。


「いいか、よく聞け。俺がアイツに特攻するから、その間にお前達は遠くへ逃げるんだ」

「無茶だよアマネ! そんなボロボロの身体じゃ…」

「自殺行為です! 勇気と無謀は違うんですよ⁉︎」

「んなこたわかってんだよ‼︎」


 周は思わず声を荒げる。

 殆ど力が残っていない今の状態では絶対に勝てない。そんなことは百も承知だ。


 でもだからといって、立ち向かわない理由にはならない。せっかく自由になれたのに魔物に食べられて死ぬなんて、そんな最期にはさせたくない。


「ハナから選択肢なんざねぇんだ。いいか、俺が合図したら全力で走れ。そして、何があろうと絶対に振り向くな。――いいな」

「でも……」


 周は微かに残った魔力を搾り出し、鎌を生み出すと、鎌を振るって自分と少女達の間に線を引く。

 その線はこれより先に行かせないという決意と覚悟の表れだ。


「――行け‼︎」


 叫んで、デビルグリズリーに挑み掛かる。

 悲鳴をあげる身体に鞭を打ち、紙一重で躱しながら隙を窺い、飛び上がって腕を斬り落とさんと肩目掛けて鎌を振るう。


 しかし肩口にほんの少し刺さった程度で切断には至らず、これではかすり傷程度にしかならない。

 これでは力尽きるのも時間の問題だ。


 少し動くだけでも全身に痛みが走る。何かの拍子に気力の糸が切れてしまえば、その瞬間に倒れ伏してしまうだろう。

 そうなったが最後、抵抗できずデビルグリズリーの餌になるしかない。


 接近戦は分が悪いと判断したのか、デビルグリズリーは口腔に魔力を充填する。

 先程よりも高密度の魔力を溜め、より威力を上げた光線を撃ち出す。


 そのヤバさに周は咄嗟に大振りな回避に切り替え、足に魔力を込めて飛び込むように躱そうとするも、今まで気にしないようにしていた痛みで回避が少し遅れてしまう。


「ぐっ……」


 直撃こそ免れたものの、攻撃の余波で勢いよく吹っ飛び、背中から木にぶつかって小さく呻く。


「くそ……」


 立ち上がりたくても身体が言うことを聞かない。なおも襲う痛みに全身が限界を迎え、もう休めと訴えてくる。


(なんで……俺はこんなに無力なんだ……)


 己の無力さに打ちひしがれる周にデビルグリズリーはゆっくりと近づく。漸くありつける食事を前に口の端から涎が垂れ、血に塗れた鋭い歯を覗かせる。

 大型肉食獣の爪牙にかかれば、人間の皮膚など腐った果実のように簡単に貫ける。デビルグリズリーが食らいついた時点で周はジ・エンドだ。


 刻一刻と迫る死に周は自分がどれほどちっぽけな存在なのか痛感していた。こんな鬱蒼とした森の中で、誰に知られることもなく死んでいく。

 所詮自分なんて最下層の人間だったのだ。勇者として祭り上げられ、舞い上がってしまった。その結末がこれだ。

 分不相応な力を与えられ、その力で罪もない人々を殺してしまった。


 もしもこれが罪を犯した報いだというのなら、なんとも似合いの最期じゃないか。


(あぁ、こんなとこで終わっちまうのか…)


 青柳には悪いが、少しばかり先に眠らせてもらおう。満身創痍ではどの道もう助からない。こんな森に足を踏み入れるような物好きなんて……まあ探せば少しくらいはいるか。


 もう疲労困憊で頭が回らない。周は一切の思考を放棄し、ゆっくり目を閉じる。あとは死ぬ瞬間まで痛みに耐えるだけでいい。






(…………?)


 しかしいつまで経っても一向にデビルグリズリーが周を食う気配はない。

 恐る恐る目を開けると、頭部を失ったデビルグリズリーが目の前に横たわっていた。


「間一髪ってところか」


 どこからか聞こえた青年の声に周は身を捩る。すると周の隣に見知らぬ人物が立っていた。

 しかし顔まではわからなかった。確認する前に周の意識が途切れてしまったから。


 蓄積したダメージと疲労のせいか、はたまた命拾いした安堵からか、それは誰にもわからない。

 ただ、一先ず危機は去ったと言えよう。


「アマネ! アマネ!」

「大丈夫、気を失っているだけだ」

「よかった……」


 周が生きていたことにオッドアイの少女は胸を撫で下ろす。


 しかしどうしたものかと青年は思案する。異様な魔力を感じてここまで来たはいいものの、ボロボロの少女が助けを求めてきた時は驚いた。


 見るからに奴隷にしか見えない少女は、アマネという少年が魔物と戦っていること、自分達を逃がすために囮になってくれたことを涙ながらに語ってくれた。

 必死に懇願する彼女の頼みを無碍にできずこうして駆けつけたわけだが、さすがにこのまま放置するわけにもいかない。


 とりあえずは連れて帰るとしよう。主人には自分から説明すればいい。彼らの今後についてもきっとなんとかなるだろう。


「さてと、一旦俺が仕えている屋敷に向かおう。どうせ行く充てもないんだろう?」

「えっと…その…」

「悪いようにはしないから大丈夫だって。それに、ここで君達を見捨てたら寝覚めが悪いからさ」


 そう言うと青年は周を背負い、オッドアイの少女とネコ耳の少女は彼についていく。

 この選択が正しかったのかはわからない。ただ、これからどのような扱いを受けるにせよ、最低限生きていける環境ならばそれでいい。


 少女は青年の背中で寝息をたてる周を見てクスリと微笑む。そして同時に、なぜあんなにも不安になったのかと疑問に思う。


 ただ助けてくれたから、というだけで気になるはずがない。この胸に刺さるような想いはなんなのか。

 しかしながら、彼女はその答えを持ち合わせていない。だったら今は考えなくていいのかもしれない。


 そう結論づけると、少女は周の寝顔を眺めながら歩いていくのだった。








 光井周。


 後に死の遣い(メメントモリ)、魔王の右腕と呼ばれる彼の、長い長い戦いが幕を開ける。

 それは幾多の出会いと別れを齎し、時に歩みを止めながらも前に進み、やがてアルカナの王の下へと辿り着く。


 その果てしない旅路の第一歩は、一人の少女との出会いから始まるのだった。

 これで第一章は終わりになります。第二章についてはストーリーの練り直しで少し時間をいただきます。

 この後は登場人物の簡単な紹介と用語の解説を投稿しようと思うので、作中で書けなかった設定などを書ければと思います。

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