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第八十七話 記されない物語(1)

 ――ユグドウェル城塞、大浴場。


 まったく、昼間はひどい目に遭った……。


 結局、俺が求めていたような普段着は手に入らず、要求した十着がすべて女の子らしいガーリーファッションの衣服になってしまったんだ。

 いや、それ自体はニオに合うからいいとは思うけど、それを俺が、中身おっさんが着るのは気が引けて仕方ないといったところ。


 さらには、アエカが自費で大量のコスプレ衣装まで仕入れていたから、たぶん隙あらば着せようとしてくるんだろうな……。

 ≪World Reincarnation≫は、プレイヤーによる装備&服飾デザインも売りとしていて、登録許可制とはいえある程度は自由にできるから、メイド服はもちろん和服からバニーガール衣装なんて物まで、すでに多種多様。


 いまのうちから逃げる言い訳を考えておかないと……。



『珍しいのう。こんな時間まで入浴中とは、どうしたのじゃ?』



 アエカの独断で設えられた大浴場で湯に浸かっていると、天井をすり抜けて幽霊ちゃんこと“闇域の冥主 シルモア”が漂い下りてきた。


 テニスコート一面ほどある広い浴室には、ほかに誰もいない。


 いろいろと、主にアエカの隙を見て寝落ちもしないように、夜にしか出てこないシルモアを熱い湯にまで浸かって待っていたというわけ。


 でなければ、それなりに長い時間を真っ裸で過ごしたりはしない。



「シルモアとはタイミングが合わないから、今回は強引にでも話す機会をと思って、ここで待っていたんだ」


『それはすまなんだ。霊体は消耗が激しいゆえ、どうしたところで夜になれば、ワシ本来の意識浮上とともにプネウマを欲してしまうでな』


「オレもこの体になって、寝る時間が早くなってしまったからお互いさまだ。いまだって寝落ちするのを我慢してるくらいだし」


『では、ワシも湯に浸かるとするかの。おぬしの世界では、裸のつき合いというのも親交を深めるに大切なものなのじゃろ』


「え、うわっ!?」



 すると、シルモアのワンピースのような薄絹が発光し、彼女まで生まれたままの姿へと変化してしまった。それも空中で漂ったまま。


 もちろん手足が透けて霊体のままだけど、俺は咄嗟に視線を逸らす。



「そ、そういう意味で風呂に入ってたわけでは……!」


『何をいまさら。ワシの人化形態をデザインしたのはおぬしじゃろうに、歳の割に心根はウブなのじゃのう』


「うぐぐ……。ま、まあ反面教師がいたせいだろうけど……」


『なんにせよ、ワシから見ればすべての者が赤子も同然、誰に裸身を見られたとて詮無きことよ』



 そんなことを言うシルモアは設定上の年齢がない。


 彼女がかつて治めた地、≪(くら)い根の領域≫の冥主にして、遥か昔より存在していたという簡単な設定があるだけで、詳細自体がないからだ。

 だけど、いま目の前にいるシルモアは、どうも開発でさえ設定をしていない来歴があるらしく、それだけでもこの世界そのものの実在を証明できる。


 もちろん俺が知らされていない可能性はあるけど、情報からイメージを起こすキャラクターデザイナーに知らせないというのは、やはり考えづらい。



『して早速じゃが、おぬしの欲する情報をできる限り話そうかのう』



 シルモアは湯に浸かり、一見は肌が濡れたように見えるけど、実際の物理現象としてそれが行われているのかはわからなかった。


 ただ、湯に揺らぐ艶めく肌は紛れもない美幼女のものだから、隣を向けばシルモアの裸身、下を向けばニオの裸身と、目のやり場に困ってしまう。


 だから仕方なく正面を見るも、表情は確実にしかめっ面だ。



「そ、そうだな……シルモアが知る、もっともはじまりから聞かせてほしい」



 正直、この世界の核心へとたどり着く情報が何か、というのはどう紐解いていけばいいのかとなかなかに難しい。

 できれば、この地に封じられていた“ニトグア”……アルコーンの情報があるといいけど、それよりも“創世の女神”に関することこそが重要か。



『というと、この世界のはじまりについてじゃな』


「んん? 待って、世界のはじまりを知ってるのか……?」


『当然知るとも、ワシは“十二原世竜(ドゥオデキム)”の一身ぞ? 何かおかしいか?』



 どぅお……? 早速知らない名詞が出てきました……!



「い、いや、シルモアがそんな昔から存在してたなんて、生みの親だなんて思ってたのがおこがましくて……」


『ワシに人の姿を与えたのは事実じゃから、おぬしは紛れもなく父のような存在じゃ。胸を張り堂々としておればよい』


「父……!? そういう認識なのか……。ごめん、続きを……」



 何か、期待していた以上の話を聞けてしまう予感がしてきた……。



『もともと、この世界……おぬしらの概念でいうところの“惑星”じゃな、この星にはいまのワシを含む十二身の竜がおったのじゃ』


「ニオの、この体の祖が特別な輝竜ということは知ってるけど、ひょっとして同じ存在なんだろうか?」


『うむ、まぎれもなくワシらの命脈、むしろそのもの(・・・・)にも感ずるが……』


「そのもの……?」


『いや、いろいろと混じるがゆえ、ワシにも詳細はわからぬ』


「うん……?」



 気になる言質だけど、シルモアがわからないならお手上げだ。



『話を戻すと、当時の原世竜でしかなかったワシらには、そもそも文明を築き上げるという概念がなくての、何百、何千年という長い時間を自由気ままに渡り歩くだけの、変化のない自然現象でしかなかったのじゃ』


「自然現象……それがなぜ人に……」


『この星が、いまの姿へと変容するきっかけとなったのが、“星の船”』


「星の船……!?」



 シルモアは話しながら腕を高く上げ、天井を指差した。


 その先は、もちろん石造りの天井なんかでなく……。



「まさか、≪星霊樹アルス・パウリナ≫……!?」


『そのまさかじゃ。あの大樹は外より飛来せし船でな、おぬしの世界では“宇宙船”と呼ぶのじゃったか、なんにせよもとはなかった物なのじゃ』



 そんな設定は聞いたことがない。


 シルモアの言葉を信じるのなら、この世界は、外から飛来した何者かによってつくり替えられた(・・・・・・・・)惑星。


 脳裏にアエカと“創世の女神”がダブってちらつくも、そんな人知を超えた所業は地球がまとまったところで決してなせることではない。


 一体全体なんなんだ……。


 ここは本当にゲームの世界なのか、それとも実在する惑星なのか、少なくともアエカから事情を聞かなければ、何ひとつ答えは出ない……。


 俺は混乱しながら、シルモアの続く言葉を待った。

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