第八十三話 後始末の片隅で……。
――古王国山塞跡中庭、討伐隊野営地。
結局、山塞跡にいた農民はそのすべてがプロトンの放った“枯れ地の瘴気”に当てられ、最終的にライゼのスキルで制圧されることとなった。
農民――盗賊団は、“皇国大隊”を主軸とする本隊によってユグドウェルまで移送され、ひとまずは全員が牢に入れられる。
彼らの肌を覆っていた瘴気については、洗い流したことで落ちたようには見えるけど、影響から脱したかどうかはまだ経過観察中だ。
「ニオさま、お腹に何か入れられてはいかがですか?」
ここは、山塞跡の中庭に設営された野営地の片隅。人目を避けるように設置されたテントの中で、俺はひとり鬱々と膝を抱えて座っていた。
入口から顔を覗かせたのは、サンドイッチを片手に持つアエカ。
「あんまりお腹は空いてない……」
「もう、ニオさま! いえ、おじさま、そう落ち込まないでください!」
「おっ、おいっ、誰かに聞かれたら……!」
「付近からは人を遠ざけているので、いまは大丈夫です!」
「そ、それならいいけど……。へこみもするさ……」
大の大人が人前で漏らしもすれば、へこまずにはいられない。
「ニオの体では仕方ありません。そもそも女性の体は尿道が短く、男性は陰茎もあることから長時間の尿意を耐えることができます。やむをえず女性の体になったことで、おじさまはその感覚にズレが生じてしまい、そのせいで漏らしやすいというのは致し方ないことなんですよ」
「いっ、いいいいんっ……!? も、もう少しぼかした物言いを……!」
「失われたおち「うわーっ!? 違うっ、余計にひどいっ!!」
「では、元気を出してもらえますか?」
「ぐぬぅ……。まあ、いつまでもこうしてるわけにもいかないけど……」
「ひとまず腹ごしらえをしてください。もう少しで朝です」
「わかった……」
俺はアエカからサンドイッチを受け取り、気が乗らないまでも口に運んだ。
「うんま……」
「気が滅入ったときほど、おいしいものを食べてリフレッシュです」
「うん、ありがと……。ディーの娘さんは見つかった?」
「現在はまだ捜索中で、山塞の中から隠れ家の印が入った地図も見つかっているので、手分けをして向かっているところですね」
「無事であることを祈るよ……」
「丁重に扱われていたことはたしかかと」
「ん? なんでわかるんだ?」
「先ほど、首謀者の“プロトン”が目を覚ましたのですが、邪気がいっさいない人柄で驚くほど協力的なんですよ」
「え……。“賢者モード”がまだ続いてる……?」
「どうでしょう……。ニオに対する執着もなくなっていて、おじさまが言っていたようなやばさは、少なくともいまの彼からは感じられません」
「んんん……?」
要するに、人格を変容させたままの何かが残った。
それは間違いなく“混沌の神々”によるもので、彼の“アルコーン化”は今後の≪World Reincarnation≫の行く末を左右するものとなってしまうほどの、運営にとっては重大な侵害だ。
さらには、アバターを通して現実世界の人に干渉ができるということは……ど、どういうことだ……?
肝心な、≪星霊樹の世界≫がどこに存在するかの情報がないから、どう考えたところで思考の袋小路に迷い込んでしまう……。
そもそも、そんなことが本当に可能なのかという疑問もある……。
可能であるのなら、それができる存在とはいったい……。
「うむむむ……考えたところでわからん……」
「いまは考えないでください。今回の件は流動的に対処できましたが、私がなによりも懸念するのは、管理用コードを使用したおじさまの負担です」
「げっ……!?」
ややややっぱりバレてーら。
「倒れてここにいることを忘れてはいませんよね」
「わ、忘れてないよ……」
「脳に負担があったらどうするつもりだったのですか?」
「かっ、覚悟のうえだよ……」
「……」
「あいたっ!?」
アエカに非難の目を向けられたあと、額にでこぴんを食らった。
「不測の事態が続いたことで、空いてしまった穴が完全に塞がれていないことは私にも落ち度があります。ですが、次は自重してくださいね」
「は、はい、自重します……」
「私もできるだけおそばにいるようにしますから」
「もしも、また誘拐されたときは……」
「次は絶対にありえません。企てた段階で……」
アエカは言いきる前ににこりと笑った。
だけどその表情は、笑っているのに笑っていない。
たぶん、続く言葉は「皆殺しにします」とかだ……。
「なんにしても撤収は昼頃になりますから、いまは休んでくださいね」
アエカは隣に腰を下ろし、自分のふとももをぽんぽんと叩く。
現実ではほとんどされる機会のなかった膝枕。だけどこの世界に来てからというもの、昼寝なんかしようものならすーぐ膝枕状態なので、いまさらだ。
それに、濡れた下着を洗濯してもらったからいまは替えがなく、破れた服も脱いで粗末なシュミーズを着るのみだから、この状態で人前に出たら間違いなく見せてはいけないものを大衆に晒す羽目になりそう。
ゆえに、少なくとも下着が乾くまではおとなしくしているしかなく、俺は流れに流されるままアエカのふとももの上に頭を乗せた。
「はい、素直でよろしい」
「なんで子どもを躾けるふうなのか……」
「いまの見た目だけなら、おじさまのほうが年下ですから」
「くっ……。早く元に戻りたい……」
「そのためにも、少しの無理もしないことです」
「そんなことを言ってもなあ……」
今回は仕方なかったと思うんだ。
“神理の剣”とやらに斬られていたらどうなっていたことか。
なんにしても、ユグドウェルに帰ったらまずは下着と替えの服を買おう。
着飾る必要なんてない、と変に意地を張って一張羅を通してきたけど、着替えがイベント報酬の旧スク水だけというのは問題があるとわかった。
女性用の下着を購入するのは抵抗がある、とかも言っていられない。
そうして、テントの隙間風にむき出しとなっている下半身をスースーと撫でられながら、俺はひとまずの眠りに落ちていく――。




